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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
3章.魔道の国
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69話「これから」

アンセルムとケルスは、ナパルク邸の客間でソファに深く腰を下ろしていた。


「ソルクスの手によって、ジレーザ都市部は事実上の壊滅を迎えたと言って差し支えない。人口の四割が死に、アウレア侵攻の要として拵えていた正規軍も九割が殉職した。裏ジレーザのクローン兵は、俺たちが可能な限り殺しておいた」


ケルスはテーブル越しに向かい合う形で、ジレーザでの顛末を話す。


「頑張ったよー!」


ケルスの座る席の横に座っていたペルギニルが、嬉しげに尻尾を揺らしていた。

アンセルムは冷や汗を流し、やや強張った笑みを貼り付けていた。

彼からしてみれば、超常的な武力の誇示に他ならなかったからだ。


「……そうですか」


「ともかく、古代人からの介入は暫く無いと思って良い……と言いたいが、クレイグがセジェス近傍を散策している。用心した方が良いだろう」


ペルギニルがケルスの膝に前脚を乗せ、甘える素振りを見せる。


「感謝します。時に、あの二人はどのように?ただ訪れたと言う訳では無いのでしょう」


「ああ、一年ほど2人を滞在させて貰えないだろうか?勿論、費用はこちらが持たせて貰おう」


ケルスはペルギニルを無視し、話を続ける。

ペルギニルは寂しげに鳴いた後、元の位置に戻った。


「まさか。費用はこちらで持たせていただきますよ。御客人に金銭を求めていては、先祖に顔向け出来ません」


真剣にそう答えるアンセルムを前に、ケルスは感慨深げに笑った。


「そんな事は無いさ。キャブジョットとは一度酒を交わした事があるが……奢らされたよ」


アンセルムは目を見開き、一瞬眉が震えるも、何処か納得したようで、安堵した様子で息を吐いた。


「父祖がご無礼を……どうか、埋め合わせも兼ねて、彼らを支援させて頂けませんか?」


アンセルムは座ったまま軽く頭を下げた。


「ああ、恩に切る。それと、重ね重ねすまないが、ナトにジレーザの出来事を伝える際に、シルヴィアに魔法を教えるよう頼んではくれないだろうか?」


その願いに、アンセルムは初めて表情を崩し、悲しげに眉を落とした。


「その言葉は……あなた様が伝えては如何ですか?」


ケルスは目線を逸らし、天井を見上げた。


「嫌われているんだ。再訪を断る妹の部屋の鍵を壊して入る程、粗暴な兄ではないさ」


彼は分かりやすくため息を吐き、アンセルムを見つめた。


「孤独を感じたなら会いに行くし、危機に瀕したなら助けにも向かう。そう、例え100年近く会っていなくてもな、ヒトには理解してもらえないかもしれないが……俺は、こうなんだ」


「恐らくナトは、そう思ってはいませんよ」


ケルスは乾いた笑いをこぼし、諦めたように微笑んだ。


「そうかもしれないな。だとすれば、俺は臆病者だ」



ケルスとは別の客室にて、シルヴィアと待機していた。

外と負けじ劣らずの調度品や装飾に彩られた室内は、工芸品を家にしたようなものであり、今腰掛けているソファにすら少し気を遣う程だった。


そして目の前では、エルフの女性がソファに座って、にこやかに笑みを向けていた。

長い金髪が窓からの光によって輝き、白いレースの入った黒のドレスを着こなしているその姿は、外見の年齢こそシルヴィアよりも年下に思えたが、内面や仕草はとても大人びているように見えた。

彼女はエレネア。アンセルムの孫娘だ。


「それで……今はどのように?」


彼女はやや沈痛な口調で丁寧に尋ねた。

先程まではジレーザの街並みについて話していた故に、街の悲惨な惨状を伝えるのには気が引けた。


「先程話した鉄道は線路が壊れ、蒸気船も港に停泊していたのは全て沈んだそうです。街は瓦礫だらけで、家無しの家族や親を失った孤児達が、孤児院の受け入れ先を探して街を駆け回っているのが、今の惨状です」


シルヴィアに目配せすると、彼女は頷き、間違っていないと示した。


「……そうですか」


エレネアは目線を落とし、悔しげな表情を浮かべた。

その純真さがシルヴィアに帰って来れば。と、一瞬考えてしまった。


「しかし、彼の国はお強いのですね。きっとこの国で、同じことが起これば、もう二度とは立ち直れないでしょう」


彼女は気を持ち直し、自身の国の状況を淡々と語った。


「ええ、警備能力を失ったと知れば、村人達が大挙して報復にやって来る……そんな所でしょうか?」


「ええ、先ず間違いなく。それだけの事を、私達はしていますから」


エレネアは苦々しい笑みを浮かべた。

その時点で、彼女の評価を改めた。

彼女は、外の村々の惨状を理解している。

それどころか、自身が加害者である事をしっかりと受け止めているようだった。


「時にクリフ様。不躾を承知でお願いがあるのです」


ミラナの時を思い出し、少し嫌な予感がした。


「何でしょうか?」


「もし母を見掛けたら、私に知らせて欲しいのです」


普通の頼みでは無い事は明らかだった。

この国で一二を争う一族の令嬢が、母親探しを他国の要人に依頼する事など先ずあり得ないからだ。


「他国に居るのですか?」


「ええ、恐らくは。私が五つの時に、忽然と姿を消してしまいました。妾の立場を気にしたのかは……分かっていません」


エレネアは眉を落とした。

それと同時に、少し驚いた。

彼女は妾の子だったようだ。だとすれば、正室の子や父親の姿が無いことが気になったものの、それを尋ねる事は(はばか)られた。


「失礼ながら彼女の名は……?」


エレネアが口を開こうとした時、部屋がノックされ、ケルスが入って来た。


「おっと、立て込んでいたようだな」


彼はわざとらしく片手を上げ、ドアノブに手を掛けて退出しようとした。


「お構いなく、あなた様をお待たせする程の事ではございませんので」


エレネアは軽く手を挙げ、席を立った。


「クリフ様、私の話に付き合って頂き、感謝します。とても楽しかったです」


彼女は白い歯を見せ、表裏の無い笑みを浮かべた。そして部屋の出口で一礼し、立ち去ってしまった。


「随分と探られたようだな?」


エレネアが去ったのを見て、ケルスは乾いた笑いをこぼした。

そこでようやく、彼とエレネアの意図に気付いた。


「そういう事かよ……」


「ジレーザの内情を知る人間は、セジェスではごく僅かだ……子供相手だと油断して、金にも勝る情報を譲った訳か」


「すまない……」


返す言葉も無かった。


「まあ気にするな。例えバベルの地下工房の内情を知った所で、彼女に打つ手は無い……今の所はな」


ケルスは意味ありげに言い、向かいの席ではなく、こちらの隣に座った。


「半分は忘れてるかも知れないが、本来俺たちは終戦に向けた書簡を送っていた訳だが、今回は結果まで見届けてくれ」


「……ああ、構わないが」


共和政とはいえ、話し合って決議するのにそう時間は掛からないだろう。


「ナパルク家がこれから一年ほど、滞在費を持ってくれるそうだ」


しかし、ケルスはその考えを見透かしていたように、言葉を付け加えた。


「何だって、一年?なんでそんなに遅い?」


「即決できるヴィリングやアウレアが異常なだけだ。特にセジェスという国は、頭と脚が腐っている、50年と保たずに滅びる国だ。遅くもなるさ」


「50年足らずで滅びる国に停戦を願う意味があるのか?」


「アウレアは3年も保たない」


ケルスはきっぱりと言い切った。

場の空気が張り詰める。


「とは言え、腐っても大陸最大規模の国家だ。セジェスの可否によってジレーザとハースはやる気を変えるだろう」


彼は人差し指で肘掛けを叩く。


「つまりだ、セジェスが辞めない限り、どの国も戦争を辞める事はない」


彼は腰を上げてこちらを見下ろし、微笑んだ。


「という訳で、一年程の長い旅行を楽しんでくれ、叔父さん」


そう言うと、シルヴィアがこちらを見てにやけていた。


「ああ、叔母さんも楽しんで」


ケルスは悪戯っ気のある笑みでシルヴィアを見つめ、彼女は苦い顔をした。


「……うん」


「甥っ子が出来て良かったな、オバさ……ぐふっ」


シルヴィアを揶揄(からか)った瞬間、脇腹に彼女の肘が刺さった。

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