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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
3章.魔道の国
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68話「すれ違い」

波の音が耳朶(じだ)を叩き、微睡(まどろみ)から覚める。

両手に力を入れて身体を起こすと、砂粒の軽い感触が返って来た。


「……どうなってる?」


周囲を見渡すと、海岸で横になっていたようで、昇り始めた太陽が薄暗い光を放っていた。


すぐ隣では、毛布に包まったシルヴィアが、荒い寝息を立てて眠っていた。


「シルヴィア、起き……」


彼女を揺すろうと手を伸ばした瞬間、昨晩の事を思い出した。

虐殺に手を染めるシルヴィア。

それを笑って報告する彼女に、何も返すべき言葉を見つけられなかった。

ふと、ソルクスに切った啖呵を思い出す。


「……親なら正して見せろよ、か。どの口が言ったんだか」


どれだけ綺麗事を吐いたとしても、自分もまた、何度も人を殺していた。

そんな人間の言葉が、彼女に響く筈も無かった。


手が止まり、彼女に触れて良いのかさえ分からなくなってしまった。


「おーい、何やってんだお前」


そんな時、少し離れた位置から女性の声が聞こえた。

声の主へ振り向くと、青い髪のエルフが、馬程の大きさの狼に乗って砂浜を歩いていた。


「ダンマリかよ、憲兵にしょっ引かれたいのか?」


彼女は狼から飛び降り、こちらの顔を覗き込む。


「珍しい目だな……それにリザードマンなんか連れて……」


顔に手を伸ばす彼女の手を払った。


「ヴィリングから来たんだよ。色々立て込んでてな、俺も何が起きたか分かってないんだ」


そう言ってシルヴィアを揺らして起こす。

彼女は薄く目を開けると、勢いよく起き上がり、焦った様子で自分の両手をきつく握りしめた。


「……どくっ、毒は!!もう大丈夫なの!?」


そんな彼女の反応に、意表を突かれた。

無警戒に寝ぼけなくなっていたからだ。


「大丈夫だ。多分顔色も良くなってる」


「ほんと……?」


シルヴィアに頬を掴まれ、顔を覗かれる。


「うん。良さそう……?」


小柄な女性に顔を掴まれるのは、少し屈辱だった。

力が快復したその日には、似たような事をやり返してやると心に誓った。


「……で、何があった?」


彼女の手を掴んで押し除け、尋ねる。


「えっと……あの後津波に襲われて、二人とも流されたの。それしか知らない」


「津波……か」


乾いた衣服、シルヴィアに巻かれた毛布を見て、眉間に皺が寄る。


「多分ケルスの仕業だろ。なああんた、セジェスの首都を目指してるんだが、どっちに向かえば良い?」


青い髪のエルフに尋ねると、彼女は不思議そうに目を丸くした。


「いや……バロンならすぐ側だが」


「えっ」


「何だって」


エルフの女性は眉を落とし、苦笑した。


「ヴィリングから来たんだろ、乗ってけよ。その代わり、外の事を聞かせてくれないか?」


彼女はそう言って狼に膝を着かせ、乗るように促した。


「俺はクリフ、あんたは?」


それに応える形で右手を出し、握手を試みる。


「私はマレーナだ、よろしくな」


快活に応える彼女の名を聞いて、心の中で何か引っ掛かるものを感じた。



狼の背に揺られながら検問を抜け、セジェスの市内へと入る。

背に取り付けられたサドルは二人乗りで、シルヴィアが余ってしまった為、彼女はマレーナの前に座る事となった。


落ち着いた色の漆喰、煉瓦屋根、そして樹皮を剥いだ丸太の飾り柱で彩られた民家が立ち並んでいた。

整った建築と飾り柱のバランスはどこか不自然で、宗教や習慣に由来したものに思えた。


しかし、それ以上に目を引いたのは、天高く聳える塔だった。

遥か遠方からでも見えるそれは、一本の杭が青空に突き刺さっているようにさえ見えた。

その巨大さは言うまでもなく異質で、体感したことの無いものだった。


「古代人の遺構か……初めて見たが、デカいな」


片手を目の上にかざし、それを見上げる。


「私達は世界樹って呼んでる。中身は綺麗さっぱり廃墟だから、下の方は金持ちの集合住宅になってるよ」


「上は?」


と、シルヴィアが尋ねる。

事実、気になるのはそっちだった。


「廃墟になってるせいで、登れたもんじゃなくてな。半年くらいの頻度で冒険者を登らせてる、私も行ったが……過酷な割に成果は無かったよ」


と、マレーナの感想を聞いて思案する。

バベルやケルスが既に回収したのかもしれない。


「というか、冒険者って居るんだね」


シルヴィアが月並みな感想をこぼす。だが最もな意見だった。


「冒険者は居るだろ、何言ってるんだ?」


しかし、常識が違い過ぎて話が噛み合わなかった。


「アウレアやジレーザには居ないんだよ。勿論、ヴィリングにもな」


冒険者という職業は、言ってしまえば第三次産業に近いもので、国そのものが裕福でなければ、貧しい民間人が依頼を出す費用など工面出来る筈もなかった。


エルウェクトの死後、徹底した軍隊の再統合と職業管理が行われたアウレアでは、魔物討伐は軍隊や憲兵の仕事になり、真っ先に消された職業だった。


ジレーザも同様で、魔物と共存しているヴィリングではそもそも需要が無かった。


「私はセジェスしか知らないからなぁ……そうか無いのか……食いっぱぐれるな」


しかし、そこで引っ掛かった。


「そもそも、誰が依頼を出してる?村は酷い有様だぞ」


その質問に、マレーナは少し固まった。

そして、僅かに眉を吊り上げてこちらに振り向いた。


「都市に住んでる人間だよ。各地に点在する村から限界まで徴収して、この国を成り立たせてるんだ」


「そんなんじゃ成り立たないだろ」


「成り立ってしまったんだよ。例え子供が親の肉を食べて生きていたとしても、対岸の火事でしかない。そう誰が言ったか、都市の人間にとって村は鉱脈でしかないんだ」


マレーナは淡々と言って、前に向き直り、道行く人々を眺め始めた。

市民達の装いは派手で、鮮やかなマントやビロードを身に付けており、さながら吟遊詩人のような出立ちをしていた。


「枯れたらそこまでって事か?ならいつかは全部枯れるぞ」


露悪的な内容に思わず眉を顰め、無関係のマレーナに問い詰めてしまった。


「私は政治家じゃない。ただ、この国の人間にとって、100年……いや、50年先の事なんてどうでも良いんだろ」


マレーナは悲しげに呟いた。


「お前は違うのか?」


その質問を、彼女は鼻で笑った。


「いいや、みんなそんな感じだ。軽蔑するか?」


「まさか。ただ、後味の悪い話だと思っただけだ」


「そうだな、最悪だよここは」


マレーナは鼻で笑った。

狼が足を止めて、鼻を鳴らした。


「ああそうだ。悪いけどここからは歩いてくれるか?」


狼が膝を折り、頭を地面に付けた。


「どうしてだ?」


狼から降りながら尋ねる。


「戦争で結構殺しててな。ハト派のナパルク邸に向かうと、私の雇い主が嫌な顔するんだよ」


先に降りて、シルヴィアの手を取って下ろす。

そして、彼女を庇う形で後ろに下がらせた。


「下の名前はテネルディオ……だったか?」


マレーナは片方の眉を上げ、薄く笑った。


「……随分警戒するじゃないか、気に障ったのか?」


「ケルスに拾われる前はアウレアに徴兵されててな……一度戦場でお前を見た」


場の空気が張り詰め、肌を刺すような感覚を覚えた。

背後に居たシルヴィアが、こちらの左手を強く握り締め、微かに殺気立っていた。


「ああ、あの時の私を見たのか……ここでやるか?」


マレーナが乗っていた狼がこちらに向き直り、唸り声を上げ始めた。

彼女は狼から飛び降りて不敵に笑った。


「バカ言え、俺の所属はヴィリングだ。出先で喧嘩なんてするかよ」


「そうか……残念だよ」


彼女は眉を落とし、手綱を握って再び狼に乗った。


「まあ、せいぜい上手くやるんだな」


「連れてってくれた事には感謝するよ。じゃあな」


「ああ……またな」


マレーナは無愛想に呟き、その場を後にした。


「そんなに危ない人だったの?」


去って行く彼女を見つめながら、シルヴィアが呟いた。


「戦場で見た時は、獣みたいだった。俺の戦友も5人、あいつに殺されてるよ」


「ふぅん……」


シルヴィアは関心が無さそうに答えた。


「優しそうな人だったのに」


「そうか?俺はクレイグみたいな奴に思えた」


口ではそう答えつつも、確かに引っ掛かるものはあった。そもそも、クレイグなら引き下がってはくれなかっただろう。


「寂しそうだったな」


シルヴィアは、景色に消えるマレーナの背を見つめて、そう言った。



「……うわぁ」


シルヴィアが感嘆と困惑の混じった声を漏らした。

ただ今、国立公園と見間違う程の広大な庭園の中を、馬車に乗って移動していた。

馬車の上だと言うのに、僅かな揺れもなく、馬の蹄の軽快な音と、軽やかに回る車輪の音だけが鳴っていた。


「綺麗だな」


俺には、分からなかった。

会うように指示された、アンセルム=ナパルクという人物は、セジェスにおける穏健派のトップにして、最大の慈善家であるという。


だが、この庭園を維持するのに、どれ程の貧困階級が犠牲になったのだろうか。

聞いていた人物像とは矛盾した光景だった。しかし、止むに止まれぬ理由があるようにも思えた。


「なあシルヴィア」


彼女を呼ぶ。これから要人と会うと言うのに、相応しく無い話題を選ぼうとした。


「村で人を殺した時、どうだった?」


抑揚のない口調で尋ねる。

非難ではなく、疑問として知っておきたかった。


「……まだ怒ってるの?」


シルヴィアは目くじらを立てて言った。


「いや、違う。一緒に暮らす家族として知っておきたい」


シルヴィアはため息を吐いた。


「クリフを食べようとして、腹が立った。それ以外は無かったの。じゃ、今度はあたしの番。クリフは列車に来た強盗を殺して、何を感じたの?」


痛い質問だった。


「……シルヴィアと同じだ」


「あたしだって……クリフの為なら何でもするよ。クリフがそうしたように」


彼女は、鋭い目つきでこちらを見つめた。

覚悟を決めているような、思い詰めてもいるようにも見えるそれに、返す言葉は無かった。


「そうか……」


ありがとう。とは、返せなかった。


馬車が止まり、御者が自分とシルヴィアの名を呼ぶ。

席を立ち、扉が開かれると、階段を降りた。


宮殿と見間違う程の屋敷が、そこにはあった。

原木を切り出したような飾りはなく、煉瓦造りの外壁に、無数の装飾が施されたそれは、住む美術品と言って相違ないものだった。


そして、玄関道を譲る形で使用人達が並んでいた。


「ようこそお越しくださいました。クリフ殿」


白髪の老人が、玄関から現れた。

街並みを行く市民と違い豪奢で、しかし落ち着きのある色合いの服に身を包んでいた。


恐らく、彼がアンセルムだ。


頭の中で礼儀作法をでっち上げようとしていた時、自分と彼の間に転移門が出現した。

そして、転移門からすらっとした脚が飛び出し、続けてケルスが顔を出した。


「不躾な来訪ですまないな、アンセルム殿。ひとつ頼みがあって来させて貰った」


彼はそう言って転移門を消し、こちらに目配せをし、得意げにウインクをした。

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