67話「すれ違い」
鋼線と繋がった剣が人々の間を滑り、人体をバターのように寸断した。
魔法の効果が切れ、意識が鮮明になった村人達は、暴風のように振り回される剣から逃れる為、その場から背を向けた。
「逃がさないよ」
続けざまに白加を発動し、自身の時間を早める。
鋼線を引っ張り、一対の剣を持って走り出す。
そして、左から回り込む形で村人達の解体を始めた。
静止しているに等しい時間の中で、自在に剣を振るい、人間を解体する。
コカトリスの頭蓋を殴り砕ける膂力を以て振るわれる剣は、切断と同時に人体を破砕し、胴体を軽々と切り分けた。
噴き出る返り血を無視しながら村人達の集団を半数程切り殺した瞬間に、魔法が切れた。
「限界……じゃないよね。なんで制限時間があるのか聞こうかな」
剣を振り、刀身に付いた血を払い落とす。
一瞬の内に、三十人以上の仲間が即死したのを見て、3人程残った村人達は背を向けて逃げ出す。
「許すと……思ってるの?」
剣を連結させ、弓へと可変させた。
そして、腰に提げた矢筒から矢を番え、構える。
武器に魔力が宿り、金属製の矢の持ち手が、握力で沈み始めていた。
極限まで緊張した鋼線が跳ね、矢が勢い良く飛び出した。
魔力を纏った矢が一人に命中した後、凄まじい威力によって胴体が弾け、散弾のように飛び散った人骨が、横並びで逃げていた村人の命を奪った。
「これで全員かな」
一瞬の内に殺したのはのべ四十人。
漁村の規模を考えれば、恐らくこれで全員だろう。
そんな折、寸断された死体の下から一人の女性が這い出て来た。
クリフに毒を盛りに来た女性だった。
「ああ、生きてたんだ」
ゆっくりと歩き、止めを刺しに近付く。
「嫌ぁっ……来ないで!!」
「生きてたら邪魔するでしょ」
そう言って剣を分離し、振り上げる。
「嫌いやいやっ!!せっかく苦しいのも、痛いのも、気持ち悪いのもずっと我慢して来たのにっっ!!」
「てめぇらが襲って来たんだろうが!!」
怒りが頂点に達し、女性の頭を咄嗟に踏み潰して黙らせた。
「__っぅ!クソ、クソ!!」
二本の剣を地面に突き刺し、掻き毟るように両手で顔を覆い、大きく溜息を吐く。
父親として見て来たクリフの怒りをなぞるように、怒りを表現する。
踏み潰した方の足を上げると、粘ついた嫌な感触が返って来た。
「あの人達を殺しといて……なんでだよこのっ……クソ!!」
潰した頭を蹴り飛ばし、再び深呼吸して怒りを鎮めた。
帰りたい。
そんな思いが湧き上がって来る。
しかし、彼に着いて行くと言ったのは私で、今この場に居なければクリフは死んでいたのだと、考え直す。
しかしそれでも、辛かった。
「シルヴィア……?」
背後にあった家屋が開き、クリフの声が聞こえた。
以前のように、涙を流して震えながら彼の胸に飛び込みたい衝動に駆られる。
しかし、弱った今のクリフに負担を掛けたく無かった。
無理に笑顔を作って振り向く。
「もう大丈夫だよっ、あの後村に逃げたんだけど、村人が盗賊とグルだったみたいで、襲われたけど全員倒したから!」
右足から血を滴らせながら、彼の元へと歩く。
少なくともこれで、少しでも彼が安心して静養してくれるだろう。
「何してる……そんなに沢山殺して。どうして、手を汚してるんだ……!?」
しかし、クリフから返って来た言葉は、非難だった。
「え……?」
思わず笑みが崩れ、その場で立ち尽くしてしまう。
「……ケルス。見てるんだろ、シルヴィアをヴィリングに帰させてくれ」
それどころか、クリフは私を旅から追い出そうとし始めていた。
かける言葉を失い、焦りを覚えて考えが纏まらなくなる。
「無視するなら良い……シルヴィアはミラナに預けさせて貰うからな」
そんな折、最初に出会った頃のクリフを突然思い出した。
優しくて、残酷な彼の姿を。
「何言ってるのクリフ。あたしが居なきゃここで死んでたじゃん」
彼を呼び止める。
戦力として換算せず、子供扱いを続ける彼に腹が立った。
「あの時、震えてたろ。お前は殺すべきじゃないんだ……」
ソルクスに囚われていた時の事を言っているのだろう。余計なお世話だ。
「じゃあ何?クリフはこの状況をどうにか出来たの!?それとも、お得意の自己犠牲を発揮したあなたを見殺しにしろって言うの!!?弱いんだから黙っててよ!」
荒い歩調で彼の元に近付き、胸ぐらを掴んで引き寄せる。
「あぁ、あたしがクリフの身代わりに死んだら、どれだけ馬鹿な事言ってるのか、ちょっとは理解してくれるかな!?」
彼を突き飛ばし、地面に倒した。
力なく倒れ、弱々しく上体を起こしていた。
「……すまない」
毒によって衰弱していた事もあってか、いつになく気弱な返事を返された。
「会ったばっかの時、クリフ言ったよね」
しかし怒りが収まらず、弱った彼に続けて言葉を吐き出す。
「言葉で解決できなくなったからこうなったんだろうが。いいか、この世界はお前が思う程平和でもなければ……」
抑揚の無い声で、あの日彼の言った言葉をなぞる。
「善人で溢れ返ってる訳でも無いよ。そうだよね、叔父さん」
冷たい態度で叔父と呼び捨てた。
彼の顔は酷く青くなり、悔しげな表情を浮かべた後、倒れた。
「えっ?」
拍子抜けし、怒りが一気に冷める。
恐らく、症状が再び悪化したようだった。
「あぁっ、駄目っ……死なないで!」
急いでクリフに駆け寄ったのも束の間、地面が強く揺れ、月明かりが突然遮られた。
「何?」
海側へ振り向くと、巨大な津波がやって来ていた。
咄嗟に魔法を発動させる為、右手に魔力を集めるも、何故か発動しなかった。
「……っ」
倒れたクリフの元に向かい、彼に覆い被さり、地面に両腕を突き刺して庇った。
その後来るであろう水流に備えて目を瞑り、歯を食いしばった。
◆
内臓のような壁面が、一定のリズムで鼓動を刻む部屋で、オネスタと青い鱗の竜人がテーブル越しに向かい合っていた。
テーブルや周辺に設えられた家具はどれも特異な形をしており、珊瑚を切り出したような椅子、黒い真珠を大理石のように切り出したテーブル。
陶器ではなく貝殻で作られたティーポットが置かれ、部屋の天井付近では、暖かな光を発する海月達が浮遊していた。
「世話を掛けたな、レア」
オネスタが竜人の名を呼ぶ。
竜神レアマキュア、それが彼女の名だ。
「構わないわ、どうせルナの予定通りじゃないかしら?」
「かもしれないな……」
オネスタは席を立ち、クリフとシルヴィアが眠るキングサイズのベッドの側に立つ。
彼女はクリフの頬に触れるも、眉を落とし、複雑な感情を抱いていた。
「分かるわよ、私だって……息子にルナが入ってたら嫌だもの」
レアマキュアは立ち上がり、海水を固めたような淡い色のドレスを揺らしながらオネスタの横に並んだ。
「……聞こえてるんだけど」
クリフが起き上がり、女性の声で喋り始めた。
オネスタは嫌悪感を露にし、数歩下がった。
「だってそうでしょう?誰が入ったって嫌よ。11人も身体に入れて、アルテス君はよく我慢してるわ」
オネスタがレアを凝視し、ルナブラムの目つきが鋭くなった。
「この子はクリフだ。アルテスじゃない」
先に言ったのはルナブラムだった。
それに、オネスタは意外そうに目を丸くした。
「ごめんなさい。他意は無かったの、本当よ?」
「分かってる。感情の解読と予測は、神でも持て余す課題だから」
「で、どうしてクリフに魔力を扱えなくした?毒殺する気か?」
オネスタは腕を組み、語気を強めて問い詰める。
「深い意図は無いよ。強いて言うなら、あの子不器用だから、一度弱い側の経験も積んだ方が良いかなって」
軽々しく答えた瞬間、オネスタはルナの首を掴んで持ち上げた。
「シルヴィアが虐殺に手を染め、二人の関係が壊れそうになってもか!?」
ルナブラムは手を引き剥がし、逆にオネスタの首を掴み、持ち上げた。
「あなたはあたしの駒だよ。二人を勝手に救出して、レアと合流したのも予定通り。けどさ……あの子を甘やかすのは程々にしないとさ……困るんだよ」
ルナの右腕から黒色の魔力が滲み、それを首から流し込まれたオネスタの身体が痙攣し、目の焦点が合わなくなり、失神したかのように脱力した。
「普通死ぬんだけどな……流石魔神第六席の妻だ」
ルナが素朴な感想を述べていると、突如として彼女の右腕が潰れ、肩から千切れ飛んだ。
オネスタが床に倒れ、ルナはレアマキュアを見つめた。
「レア」
「私の家で刃傷沙汰は許さないわ、例えあなたでもね」
オネスタはティーポットを手に、カップへ紅茶を注いでいた。
「……分かった。あたしにも一杯貰える?」
ルナが頷くと、ページを差し替えたかのように右腕が再生し、彼女は席に付いた。
「ええ、勿論よ。オネスタはどうかしら?」
オネスタは力なく起き上がると、シルヴィアが眠っているベッドに倒れた。
「寝る」
不機嫌そうに呟くと、シルヴィアの横ですぐに寝息を立て始めた。
「そう、残念ね」
「レア。バロン近辺の海岸に二人を投げてくれないかな」
「勿論よ、毛布くらい添えてあげるわ」
「安いのにしてよ、聖物認定されないくらいの」
「あなたがそれを言うのかしら?一度、エルフに少し凝った剣をあげたように思えたけれど」
それを言われたルナは、顔に皺を寄せ、酸っぱいものを食べたような顔をしていた。
「あの頃は感情が薄かったから……あはは」
「……そうね。今、あなたは再び感情を捨てようとしてる」
レアは憂うような眼差しで見つめた。
「ソルが死んで、ケテウスの前で自害した女だよ?今なんて、昔に戻れたらどれだけ嬉しいか考えてるのに」
「駄目よ、このまま計画を進めたら貴方は……!」
「クリフに恨まれ、殺される。でしょ?」
口調を荒げ、席を立つレアの言葉を遮った。
「それで良いんだよ。アルテスは帰って来ないんだ。今生に未練なんて無いよ」
彼女はけらけらと笑い、紅茶を一口飲んだ。
「大丈夫、今度は自殺なんてしないからさ」




