表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
1章.人の国
7/159

7話「必要」

シルヴィアは、フルゴルビス城の離れの塔の最上階、その客室から夜の景色を眺めていた。


ニールという男に連れられた先は監獄ではなく、信じられない程豪奢で清潔な浴場だった。

そこで無数の使用人に囲まれ、身体に付いたあらゆる汚れを落とされた後、王宮仕えの美容師に髪を梳かして貰い、綺麗な化粧まで施された。

白い髪と対になるよう、複雑なレース生地で作られた黒いドレスに着替え、この部屋に案内された。


あなた様は国賓です__それが、唯一教えられた情報だった。


「クリフ……居ないかな」


窓から城下町を見下ろし、呟く。

無駄とは分かっていても、遠くから見える灯りを眺め、彼を探した。


竜人(ドラゴノイド)が持つ圧倒的な視力は、数キロ先に居る町民が持つ最低限の特徴を捉えてくれた。

しかしそれでも、街をゆく人々を正確に判別することは困難だった。


「暴れてるのが見えてるから彼は出られないよ」


声の主へ振り返ると、ドアの前に置いた椅子に赤髪の青年が座っていた。


「クリフは助かるんですか?」


彼はマイルズと名乗っていた。

かれこれ数時間この部屋に残ってこちらを見張っている。

恐らくここから出してはくれないだろう。


「彼も馬鹿じゃない、裁判を終えたら無罪さ」


微笑を浮かべる彼の瞳を見て、平静を奪われた。


__クリフが人を殺した時と同じ目だ。


直前の出来事のように、脳裏に焼き付いた光景。人物経験が希薄であったものの、彼が何をするつもりなのか予想がついた。


「お願いします、会いたいんです」


彼に向かってゆっくりと歩く。

()かされたハイヒールは、とても歩きにくく、足どりは子鹿のように頼りなかった。


「駄目だ、仮にも人を殺してるから」


「お願いです。私には、あの人しか居ないんです」


彼は椅子から立ち上がり、こちらを見下ろす。気圧される体格差がそこにあった。


「出来ないよ、君がどれだけ望んでも」


彼の瞳から伝わる意思は刃物のように鋭く、それ以上何も言い返せなかった。


「分かり……ました」


尻尾から力が抜け、重い足どりで窓に戻る。

小鳥が最初に見た生き物を親と思うように、この世界で目覚めてから、初めて自分を助けてくれたクリフを、親や兄のように思っていた。


ほんの数時間の出会い。

そのたった数時間の間で、充分すぎる程の温もりを受け取っていた。

彼と別れれば、人生に大きなしこりが出来ると確信していた。


「会いたいな……」


再び外の景色を眺めていたその時、屋根の上で一つの灯りが灯った。

それを見て、思わず出そうとした声を抑える。屋根の上から、ランタンを持った黒髪の男がこちらをじっと見ていた。



深夜のフルゴルビス城正門。

その裏側で、ニールは城壁にもたれ掛かり、城内の庭園を眺めていた。

大神が手ずから植えたとされるその花々は、まるで時を止めたかのように、決して朽ちることは無い。

黄色いエリカの花は、風にあおられて揺れていた。


「……全く、気配すら無いな」


彼がやって来る時間が近付いているものの、気配は全くと言って良い程なかった。


「相手は神の息子……半神だ。俺達の常識など通じんさ」


どこからともなくレイが現れ、苦笑交じりに呟く。


「状況はどうだ、変化無しか?」


「ああ、空を含めた都市部全域、近辺の港を含めたその全てに目を張っているが……成果は無しだ」


「ふむ……」


顎に手をあて、思案する。


__どういうつもりだ。


こちらの監視網が弱いのか、まだ来てすら居ないのか。いずれにせよ推測の域を出なかった。


「イタズラじゃないだろうな?」


レイが疑念を口に出す。


「さあな」


「何だって?」


素っ気ない返事に、レイは眉を顰める。


「皇帝の枕元に書簡が置かれていた」


彼は鋭い目つきでこちらを凝視し、続きを促す。


「目撃者は皆無、皇城にあった魔法のアーティファクトも一切反応を示さなかった」


「大神が遺した防衛機構だぞ?俺やあんたでも探知されずに皇帝の寝室に入るのは不可能だ」


人差し指を立て、ふっと笑う。


「そう、まさしく神の仕業……だからこそ信憑性があるわけだ」


そう言って壁から背を離し、空を見上げる。


「だが埒が明かないな、少し飛んで来る」


「お気をつけて」


右手から電流を発生させ、それを全身の鎧に流す。


〈__磁雷鉄陣(プラエセプタ)


魔法によって、今居る位置から空へと続く磁力のトンネルを形成し、自身を真上に″発射″した。


風を切りながら雲の少し下まで一気に上昇し、磁力の足場を作ってその場に留まる。

城下町を一気に見渡し、首に掛けた懐中時計を引き抜いて時刻を確かめる。


「予定の時刻まであと2分、さてどうなるか」


常人離れした視力を以て、街で動く人物を注視する。


「衛兵が殆ど、あとは町民……それに……いや……あれは違うな」


服装が怪しい者、衣服の文化様式が違う者を観察するも、それらしき存在は見当たらなかった。


「……む?」


正門前の橋から、緑色の光子が溢れていた。


「魔力か……?大きいな!!」


その場から方向転換し、橋に向かって飛翔する。

着地の瞬間、逆方向に磁力を掛けて減速し、微かな風を巻きながら着地した。


「ニール様!」


正門の前に立つ二人の衛兵は、ボルトガンを構え、自分の名を呼ぶ。

その銃口の先には、人が一人通れる、楕円形の真っ黒な″穴″が空いていた。


「銃を向けるな!」


魔法を再び発動し、衛兵の持つボルトガンを磁力で乗っ取り、銃口を上に向けさせる。

そして路地に浮かぶ穴を、注意深く見つめた。


孔から、一人の男がゆっくりと足を踏み出した。飛び出した足が地面を踏み締めた時、場の空気が変化したような錯覚を覚えた。

それ程までに、眼前の人物は強い存在感を放っていた。


二歩目を踏み出すと、その姿が露わになる。


__デカい、2mはあるな


現れた銀髪の大男は、アウレアにはない、菱形の模様をあしらったコートを纏い、獣皮のマフラーを肩に掛けていた。

そして頭頂部には、狼に似た耳が生えていた。


「よくぞお越し下さいました、ケルス・イヴィズアールン閣下」


全ての想定から外れた手段で現れた彼に、内心焦りながら、アウレアの作法に則った一礼を行う。

彼から滲み出るその存在感を感じ、彼がヴィリングの首長であると、そう判断した。


「出迎えに感謝する。ニール・クスシア・ディアドル殿」


微笑を浮かべ、フルネームで返答してくれた彼に対し、言葉を探す。


「恐縮であります」


右手を振り上げて魔法を発動し、城門の裏側にあるレバーを倒す。


巨大な城門が音を立て、ひとりでに開き始めた。


「こちらに、皇帝陛下がお待ちです」


先行して門を潜り抜け、庭園を歩く。


「ああ」


ケルスは威厳ある声で短く答え、後を追う。

突発の来訪にも関わらず、衛兵達は既に整列を済ませており、各自指示された持ち場にて銃口を上に向けて微動だにせず立っていた。


二人が彼らの前を通る度、衛兵達は銃を持ち直し、敬礼する。

彼らのプロとしての対応に、拍手を浴びせたいくらいだった。


相手は1000年以上も生きた半神、その常識、知恵、力を、普通のカテゴリに押し込むべきではない。

そう考えては居たものの、この登場は想定外が過ぎた。


__胃がキリキリする。千切れそうだ。


数々の芸術品が等間隔で陳列された廊下を歩く。

元来、戦時中のアウレアに張る見栄など無い為、これらは国庫に眠っていたのだが、今回の来訪に合わせて急遽、職人と使用人が総出でこれらを整備する事になった。


__頼む、話しかけないでくれ。礼儀作法は子供の頃以来なんだぞ


そう、心の内で叫ぶ。


「ハイヒューマンを統べる英雄が直々に迎えてくれたのは意外だったな」


その願いは容易く打ち砕かれる。


「貴方程のお方がお越しになるのであれば、並の護衛、文官では釣り合わないと判断した次第です。どうかご容赦を」


口では綺麗に纏めつつも、心臓が止まるような感覚を覚え、青ざめる。


__これで良いのか!?何がどう意外なんだ!?外交官や副官が居ないからか!!?


元来、彼を迎えるべきは外交官だ。

しかし建国以来、他国との外交をほぼ持たなかったアウレアにとって、そういった専門家が殆ど居なかった。

ましてや相手は半神。どのような事態になっても良いよう、皇都に着くや否や、凄まじい詰め教育を受けさせられたのだ。


「良い者たちだ、恐れを知りながらも勇敢で、みな輝いている。黄金の国アウレアは、未だ色褪せていないようだな?」


またも彼は話す。

もはやその意図は、今の精神状態では判断しようがなかった。


「光栄です、殿下」


限界まで作った声で返事をする。

すると、ケルスは少しの沈黙を置き、何かに気付いた素振りを見せる。


「この国の衰退に加担した俺が言うのは嫌味だったな。すまない」


アウレアの衰退の原因は竜神たちにあり、大神との戦争に加担したケルスが言うべき賞賛では無かった。規範的なアウレア市民なら眉を顰めた事だろう。


「いえ、お気になさらず」


だがそれどころでは無かった。

笑みを貼り付け、嫌な汗が流れないよう、魔法で血流を操作し、高鳴る心臓の音を必死に抑える。結果、脳に行き渡る酸素が減り、思考能力がさらに一段階落ちた。


__生きて、生きて帰るぞ。戦争で生き残って、可愛い嫁を娶って、ワイン漁りに余生を費やすんだ……


耐えられなくなり、心の片隅で現実逃避をし始めた。


__ハッ!?気を締めろ!ディアドルの家名に泥を塗るつもりか!


しかし、残った理性とプライドがそれを許さなかった。魔法を解除し、血流と心臓の速度を平常に戻す。


しかし会話は一度途切れ、絨毯を踏み締める音が続く。彼は城に置いてある調度品や工芸品への興味が尽きないようで、様々なものに目移りさせていた。


「アウレアのものに興味がおありで?」


「ああ、ヴィリングは木に囲まれているせいで、繊細な金属細工には疎い。後進国が先進国の技術に関心があるのは当然だろう?」


彼の言葉に疑念を持つ。

ヴィリングが後進国。

人間側の神、大神を皆殺しにした側が言うべき台詞では無かったからだ。

顔色を崩さず、綺麗な所作で振り返る。


「意外ですね、こちらの仕組みはお好きではないものだと」


皮肉か、賞賛かを推し量る為、敢えて中間的な言葉を使った。


「いいや、さっきの言葉に嘘は無い。実際、アウレアの行政はかなり参考にさせてもらっている。その甲斐あって、そろそろ首長を引退できそうだ」


またも意表を突かれた。


__どういうつもりだ?竜神やケルスはこの世界を牛耳りたい訳じゃないのか?


しかし、言葉をそのまま飲み込むのもどうかと考え、一先ずは心にしまっておく事にした。


「素晴らしいことと思います」


当たり障りのない言葉を返すと、暫しの沈黙が続き、皇帝の待つ部屋に辿り着いた。

今回の会談場所は玉座ではなく、会議室を賓客向けに整えたものを用意していた。

部屋の前でノックをする。


「ヴィリング国長、ケルス・イヴィズアールン殿下をお連れ致しました」


両開きのドアが内側からゆっくりと開かれる。

部屋の奥にはアウレアの皇帝、クラーク・ヴァシラ・ミラーが鎮座し、彼を囲うようにして、アウレアの重鎮達が立っていた。


「よくぞお越しになられたケルス殿。このように貧相な客間である事をどうかお許し頂きたい」


ケルスは簡易的な一礼をした後、変わらず穏やかな笑みを浮かべる。


こちらも、軽く一礼をした後、席を通り抜け、皇帝の斜め後ろで立ち止まった。

案内役は終わり、今度は皇帝の護衛としての役割となる。


__後は頼んだクラーク、得意だろ?


一瞬、先に老いてしまった幼馴染の皇帝と目が合い、心の中でバトンタッチを交わした。

それもあってか少し、気が楽になった。


「滅相もない。むしろ不測の来訪に応じて頂けたこと、感謝する」


彼は席に座り、用意されていた紅茶を一口だけ飲む。


「良い茶だ」


彼の言葉に給仕長が軽く一礼をした。


「さて、色々話すべき事がある訳だが……先ずは竜神達の動向を伝えようか」


皇帝は、より一層真剣な表情を浮かべた。


「是非とも、頼めますかな?」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ