65話「遭難」
目を瞑ると、円状のコロセウムに辿り着いた。
所々のディティールが荒く、観客席に何故か樹木が生えていた。
コロセウムの端では、テレシアが棚を召喚しながら様々な武具を立て掛けていた。
彼女はどこか嬉しそうで、鼻歌を歌っている。
しかし、こちらに気が付いたようで、武器を置いて駆け付けてきた。
「おはようシルヴィア!夢の世界にようこそ」
彼女は仰々しく両腕を広げ、白い歯を見せた。
「おはよう……お姉ちゃん」
ジレーザで会った時とはあまりに乖離した印象に、会うたびに困惑し、思わず苦笑してしまった。
「……やっぱり、気になっちゃう?」
彼女は目を逸らし、視線を落とした。
「ううん。あの時のあたしはああでもしないとクリフの邪魔しただろうし……むしろ止めてくれてありがと」
「……うんっ」
テレシアは上機嫌に詰め寄り、両手を取った。
「今日はどうしよっか。武器の扱いで良い?」
「ううん、どっちかと言えば、セジェスの内情について知りたいかな」
そう尋ねた瞬間、テレシアの目線が逸れ、一瞬だけ目つきが悪くなった。
しかしすぐさに元の表情に戻り、笑みを貼り付けていた。
「ごめんね、妹達のこと思い出しちゃった」
「気にしないで」
儚げに微笑む彼女を見て、言葉に出来ない思いが湧き上がった。
あの暗い部屋に居た無数の姉達。
もし、私もクリフに救われなかったら。
そう考えるだけで恐ろしく、寂しい気持ちにさせられた。
「セジェスには七つの大きな都市があって、その周囲に村が並んでる形になるよ」
テレシアは右手から魔力を放出し、一冊の本を取り出し、ページをめくった。
「都市の治安はアウレアと変わらないくらいで、深夜に出てもトラブルひとつ無いくらいなんだけど……」
彼女はページを止め、見開きをこちらに向けた。
それはセジェスの地図であり、大きな丸のついた箇所が七つと、無数の小さな点が表示されていた。
「国土全体に広がってる村は最悪。殆どが野盗化してて、キャラバン隊から逸れた人の見ぐるみを剥いで、ついでに食料にするくらい困窮してるの」
「えっ……」
突然飛んで来た物騒なワードに、思わず面食らう。
「妹達も23人は彼らの晩御飯にされたくらいだし……それもこれも、税の取り立てが苦し過ぎて、餓死一歩手前になってるって事。反政府団体もあるみたいだけど、正規軍が強過ぎて、全く歯が立ってないみたい」
「あたしの姿と、ヴィリングの手形でもダメ?」
「駄目。彼ら、飢え過ぎて信仰と理性が壊れ掛けてるから……飯を寄越せって言うと思う」
一気に不安が押し寄せて来た。
だとすれば、神の遣いの真似事は駄目だろう。
「戦う準備はした方が良い?」
「一応ね。でも、キャラバンに乗って移動するだろうから、そんなに心配しなくても大丈夫だよ」
◆
こうして、セジェス行きの行商隊に乗り込み、本国のバロンを目指していた。
無骨な作りをした内装の馬車内に、クリフと二人きりで乗っていた。
この馬車には本来、別のものを積む予定だったようだが、同乗したいと言うと、急遽中のものを積み替え、大量のクッションと織物で装飾されていた。
一度辞退を申し出たものの、商人に押し切られる形で、突貫のVIP席へと座る事になった。
「シルヴィア様ぁっ!揺れは大丈夫ですか!暫く続きますが、不調があったらすぐに教えて下さい!!」
馬車の御者が声を張って呼びかけてくれた。
今現在、切り立った崖の側を走っており、揺れがひどかった。
「ええ、ご心配なく。お気遣い感謝します」
笑顔を貼り付け、にこやかに微笑み掛けた。
御者の男はそれを見て気持ちを引き締めたようで、自身の仕事に集中し始めていた。
「……すっかり俺の立つ瀬が無いな」
クリフは申し訳無さそうに呟いた。
「あたしがついて行くって言ったんだから、これくらいやれないと」
胸に手を当て、白い歯を見せて意思を示した。クリフは多分また、私を子供扱いしている。
「……ああ、そうだな。助かるよ」
そう答える彼は、どこか悲しげだった。
「うんっ」
文句が喉から飛び出そうになるが、ぐっと堪えて、窓を眺めた。
「えっ?」
上から異音が聞こえ、窓を見上げた時、石のような物体が窓越しに見えた。
僅かな間を置いて、御者が叫び声を上げると、強烈な衝撃と共に体が浮き、馬車の壁が吹き飛んだ。
どうやら、落石に巻き込まれたようだった。
恐らく横転し、屋根から崖へと滑落している。
「クソ……!」
両手を天井に付けて着地し、遅れて落下したクリフを尻尾で受け止めて捕まえる。
「助かった!」
「どうも!」
そして、思い切り正面の窓を蹴って馬車の外へ飛び出した。
飛び出した時、遠くで御者の姿が見えた。
自分達と同じく空中に投げ出された彼は、絶望の表情を浮かべてこちらに手を伸ばしていた。
「助けて……」
彼が残した言葉を聞き取ってしまった。
しかし、踏み場となる足場は無く、クリフのように魔力で足場を作る事も出来なかった。
彼と共に、崖下の森へと落ち始める。
「ああっ……クソッッ!!」
シルヴィアは尻尾で抱えたままのクリフを腕の中に抱き寄せ、地面に勢い良く着地した。
両脚に鈍い衝撃が訪れ、両脚が地面に陥没した。
それと同時に、御者の男が地面に勢い良く激突し、嫌な音が聞こえた。
「あ……」
クリフを雑に下ろして御者の男の元へと向かうも、既に目の焦点が合っておらず、即死していた。
「……ごめんね」
死体の瞼に触れて、目を閉じさせた。
「シルヴィア」
クリフに殺気立った声音で呼ばれる。
咄嗟に振り向くと、6人程の男に囲まれていた。彼らは痩せ細り、みすぼらしい格好をしていたものの、弓と剣を携えていた。
その内の一人は、ボルトガンを所持していた。
恐らく、野盗だ。
「上に仲間が居るな……落石の犯人はコイツらか」
クリフの言葉で状況の察しが付いた。
相変わらず、彼は判断と洞察力に優れている。そうやって、自分を何度も守ってくれたのだろう。
話の最中に野盗の一人がクリフに矢を放つ。
彼も判断し、回避行動をとってそれを躱し始めた。
念の為クリフを庇う形で彼の前に立ち、飛来した矢を手で掴んだ。
「……殺されても良いって事だよね」
深く被っていたフードを上げ、掴んだ矢を握り潰した。




