表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
3章.魔道の国
68/159

プロローグ

軽い足取りで木板で舗装された街路を歩く。

右手に持った手提げ鞄には、姉の好きな焼き菓子が入っていた。


金色の尻尾を揺らし、尾の先に生えた羽毛が靡いた。鱗に覆われた脚で土を踏み締めながら、青空を見上げた。


「お、アルテス。今から帰るのか?」


聞き慣れた父の声に呼ばれ、振り向く。

その先には、ヴィリング様式の衣装に身を包んだ、素朴なアウレア人の夫婦が肩を並べていた。


「クリフで良いって言ってるだろ。姉さんから貰った神名も大事だけど、二人から貰った名前も大事だよ」


浅く微笑み、意思をはっきり伝える。

時を重ねる程に、両親とは疎遠になっていく感覚が、どうも嫌だった。


「悪かったよクリフ。何というか……俺達はアウレア人だからな、どうしてもそこら辺の信心が抜けねぇんだ」


「何言ってるのよあなた。クリフもシェリーも、あたしがお腹を痛めて産んだ子なんだから、後からぐずくずしないの」


母は父の背中を叩き、気の良い笑みを浮かべた。


「ありがと母さん。先に姉さんと夕飯の支度するけど、今日は?」


母は眉を落として苦笑した。


「ごめん、結構夜遅くなりそうだから、先に二人で食べておいて、頼める?」


子供に諭すような物言いをする母を、不快に思う事は無かった。

寧ろ、神として疎遠感を感じた時、ふと垣間見せる母の態度は、心にとって良い薬だった。


「ああ、二人で紅茶でも楽しんでるよ。それじゃ、また後で」


「ええ、また後で」


「後でな、クリフ」


軽く手を振ってその場を離れ、帰路に着いた。

ヴァストゥリルの領域内の街並みはどれも美しく、ヴィリングをそのまま進化させたような景観をしていた。


風雨に晒されても、色褪せない木柱。

大理石のように滑らかで鮮やかな色を放つ漆喰。

そして、照りのある煉瓦が、柔らかな日差しを弾き、鮮やかな色合いを見せていた。


そんな街並みを抜け、やや街から離れた森にある自宅へと辿り着いた。


「姉さんは……帰ってるな」


煙突から昇る煙を見て確かめた。

神としての力を使えば、確かめるまでもない事だったが、人間的な情緒が死にやすいので、あまり使いたくは無かった。


一階建ての屋敷のような形をしたその場所は、四人の家族が不自由なく暮せる為に、程よい大きさに留めていた。

目立った装飾もない、シンプルな家。

神の住処としてはあまりに質素過ぎるその家が、好きだった。


「ただいま」


ドアマットで土を落として玄関を抜け、リビングへ向かう。

リビングの方では、肉の焼ける心地よい音と、食欲を誘う良い香りが立ち込めていた。


「おかえり、アルテス」


リビングに出ると、部屋の端にあるキッチン越しに、竜人の姿をした姉が、屈託のない笑みを浮かべて、笑いかけてくれていた。


「……は?」


列車の振動に揺られ、目が覚める。

日はまだ沈んだばかりで、月明かりが車窓から差し込んでいた。


「……何だよ今の」


死んだ筈の両親、ヴァストゥリルの領域、儚げな印象のあった姉が見せた、屈託の無い笑顔。

そして、アルテスと呼ばれる竜神となった自分の姿。


夢と呼ぶにはあまりに鮮明で、義父やエルの過去を覗いている時によく似ていた。

しかし、それとの相違点は自分の記憶だという事。


確かに自分はあの場所で、家族四人と暮らしていたのだと。

そんな、不思議な実感だけが残っていた。


「あり得ないな」


そう言って苦笑し、隣のベッドで眠るシルヴィアに目配せした。

義両親との記憶も、ニール達戦友の記憶、そしてシルヴィアとアキムとの記憶を捨ててまで、あの景色は見たく無かった。


「俺はクリフだ。アルテスじゃない」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ