エピローグ
頭の骨が割れた感触。
頑丈な殻から、煮凝りのようなそれが飛び出すあの感覚。
痛みはなかった。
しかし、生き物しての嫌悪感や違和感は、とても形容出来るものではなかった。
嫌悪感が蘇り、目を覚まして跳ね起きた。
「っ……!?あぁっ、クソ!!くそ……何だよ、もう」
叩き潰された筈の顔を何度も触り、自分が生きている事を確かめる。
大量の汗をかいていたようで、服が湿っていて不快だった。
枕元にあった端末を手に取り、直近の情報を確かめる。
「母さんは無事……作戦は失敗か。良かった……」
車酔いに似た感覚を感じながら洗面台に向かい、鏡に映った自分の姿を見る。
「……なんだよ、これ」
シルヴィアに潰された筈の頭が完治し、赤かった髪が、金色に輝いていた。
「……っ」
歯軋りをし、髪の毛の一部を引きちぎった。
人造半神としての機能が、母から貰ったものを押し潰しているように思えて仕方なかった。
こんな髪じゃ、母さんが肯定してくれない。
ひりついた痛みが止み、ちぎった髪が再び生え、元に戻った。
以前よりも再生速度が上がっていた。
そんな時、部屋の扉が突然開いた。
一瞬、母が来てくれたと考えるも、入り口から滲み出た魔力がそれを否定した。
バベルがやって来ていた。
「……見舞いに来た。なんて事は無いでしょう?」
苦笑しながら振り向く。
やはり彼が来ていた。
「そうとも。かなり大きく運営方針を変える事にしてね。新たなパートナーを迎え、より精力的に世界に進出する事にしたんだ」
彼がそう言うと部屋の扉が再び開き、神父服の青年が入って来た。
「やあ、百貨店以来だね、メイシュガル君」
目を疑った。
目の前に居る半神は、このジレーザを半壊させた元凶であり、少し前まではクレイグに殺すよう命じていたからだ。
「はっ……お会いできて光栄です。アルバ様」
殺されかけたのだ。文句や恨み節を無限に吐き出せる自信があったが、バベルはそれを望まないのは明らかだった。
「技術保全課を解体し、元メンバーと僕らヒトのクローンで編成した特務部隊を結成するつもりだ」
バベルは僕を指差し、微笑んだ。
「さしあたって外交官の役職は終わりだ。これから君は特務部隊のリーダーとなり、各国を股にかけて貰う」
予想だにしていない使命だった。
そもそも、僕に戦闘経験は殆どない。
「技能取得の猶予は?」
「一ヶ月だ。やれるね、メイ?」
母も僕も、所詮は彼の道具だ。
道具としての価値を示せなければ、自分はおろか、母の身すら危うかった。
「承知しました」
片膝を着き、頭を下げた。
「僕とバベルの目的は、この大地に蔓延る人間共の駆除だ。そして今、彼らはヴィリングからの圧力に抗する為に、この僕と手を組んだ訳だ」
アルバは手を差し出す。
「よろしく頼むよ」
その手を取りたくはなかった。
しかし、母を守る為に取るしかなかった。
立ち上がって彼の手を取り、固い握手を交わした。
「改めて、僕達メメントモリは君達に協力しよう」
彼は不敵に笑い、手を離した。
原生生物図鑑
「ヒト」
種目:人族、人系
平均体長:180cm〜300m以上
生殖方法:有性生殖、胎生
性別:オス、メス有り
食性:雑食
創造者:エルウェクト=レグ
エルウェクトが創造した、最高の生命体。
善き存在として誕生し、老いぬ身体と、優れた魔法への適性を持っていた。
十年程で生体へと成長し、殆どの個体が超域魔法を会得していた。
その能力故に、衣食住を個々人で解決させ、貨幣制度や国家を持たなかった。だが、善意で全自動の惑星間輸送インフラを作成し、無償で同族に利用させる事も珍しくなく、利害無くして助け合って生きていた。
その善性故に、兵器という概念は無く、他の動植物への二次災害を極端に嫌っていた。
それ故に、バベルの凶行を目の当たりにしたケルスの母は、大いに嘆いたという。




