64話「出立」
「本当に良いのか?」
ミラナの工房で、クリフは身に付けた防具を確かめ、気まずそうに尋ねる。
「もうっ、今更何言ってるの?宝珠の採取費用と、防具の工面……そう言う約束だったでしょ?」
ミラナは呆れた様子で返事をする。
これまで着ていた防具は、これまでの戦いで、修復不可能なレベルにまで破損していた。
ヴィリングで新調したはずの鎧は、一ヶ月もしない内に、穴の空いたチーズのような無惨な姿となっており、防具としての役目は勿論、衣服としての役目すら果たせそうに無かった。
そんな折、忘れ掛けていた約束をミラナが果たしに来てくれた。
ダマスカス製の防具。恐らく、同じ量の金塊よりも高価なそれを、潤沢に使ったものを用意してくれたことだ。
防具の部位を確かめる。
恐らく、この店でも相当上質な革鎧を基に、胸部、肘、膝、前腕、脛にダマスカス鋼の防具を設えており、極細のダマスカス鋼製の鎖帷子が胴体と腕に掛けて仕込まれていた。
このレベルとなると最早、着る宝石、工芸品とでも呼ぶべき代物である。
そして、ダマスカスの防具には最小限ではあるものの、変わった模様の刻印が埋め込まれていた。
「こいつは?」
「私がデザインしたの。オシャレでしょ?実際は色んな国の鎧のエングレービングを真似ただけだけどね」
苦笑するミラナに対し、クリフは眉を上げる。
「主張し過ぎてないのが気に入った。重量のバランスも良い……だがこいつは……本当にダマスカスか?」
ダマスカス鋼に相当する部位の模様は、クリフの剣のような斑模様ではなく、鈍い灰色だった。
「飽くまで私の魔法で作られた金属だから、試してみたら色も変えれたの。そっちの方が旅先でトラブルにならないでしょ?」
彼女の気配りと職人気質に、思わず笑みをこぼす。
「確かにな、少し前ならともかく、今の俺はそこらの野盗と良い勝負だろうからな」
少し悔しげに呟いた。
「ミラナっ!これ良いね!」
部屋の奥から着替えを終えたシルヴィアが出て来た。
「ねぇっ、似合ってるでしょ!!」
シルヴィアは両手を広げ、自慢するようなポーズを取る。
ドレスにも似た白いチュニックの上から着込んだそれは、かなり突き詰めた軽鎧となっていた。
胸部には、鎖帷子の胸当てに金属板を取り付けたものを装備しており、長手の革手袋の上部にダマスカス鋼の鋼板を打ち付けていた。
そして、下部は白と黒の模様がつけられた前掛けのある革製の腰鎧に、革のズボンとロングブーツだけと、かなり偏った防具配置だった。
「随分と軽装だな……怪我するぞ?」
クリフは苦言を呈する。
「そこは似合ってるって言ってよ、もう」
シルヴィアは少し不満そうな表情を浮かべる。
「革の中にダマスカス製の鉄板も仕込んであるから大丈夫……それにね」
ミラナはそう言ってシルヴィアに目配せする。
「テレシアと少しだけ相談したの」
「待て……何だって?」
テレシア、彼女の事は覚えている。
ソルクスの最初の娘にして、妹達のメンタルケアを健気に行っていたあの少女だ。
シルヴィアは、彼女と話したと言ったのだ。
「クリフの中にお母さんが住んでるように、あたしの中にはテレシアが住んでるの」
彼女にそれを話した覚えは無かった。
恐らく、テレシアがそれを伝えたのだろう。
「それで姉さんが言うには、材質がダマスカスなら最低限で良いって」
「その理由は?」
「鱗が同じくらい硬いから。手入れの多い重鎧は向かないし、切られる前に殺した方が良いって」
それを聞き、頭に血が上る。
「魔物はな。ヒトを殺すのは俺だ」
彼女はそれに対し、嫌そうに口元を歪めた。
「状況次第だよ」
シルヴィアはそっぽを向き、テーブルに置いてあった弓を手に取る。
シルヴィアが握っていた弓を見て空目する。
「そいつは……またすごい見た目だな」
弓の弧に辺る部位が、剥き出しの刃となっていた。
全てダマスカス製で出来ているのだとしたら、その殺傷力は凄まじいことだろう。
「うん、材質もまるっきり違うんだけどね」
シルヴィアは、弓のグリップを半分に折り、弦が持ち手へと吸い寄せられ、二刀一対の曲剣へと弓を変形させた。
「かっこいいでしょ。弦の仕組みにこだわりがあるんだけど……まあそれはいいや」
ミラナは矢継ぎ早に喋る。
「扱い方は姉さんが夢の中で教えてくれる。それで毎晩弓に少しづつ魔力を注いで、私だけの武器に作り替えて行くんだって」
彼女はそう言うと、持ち手に格納された弦を引き出し、鞭のように素早く回し、自在に操ってみせた。
「おい、危ないぞ」
閉所で刃物を振り回されるのは、心臓に悪かった。しかし、嘗められたくは無かった為、動じずに強気な態度で返した。
「ああ、ごめん」
シルヴィアは弦を引っ張り、勢い良く手元に戻す。
そして再び双剣を合体させ、元の弓へと変形させて机に置いた。
「とにかく、前も言ったけど今度はあたしが前に立つから」
彼女は、毅然とした態度でそう言い切った。
◆
クリフとシルヴィアは、ミラナと店の入り口で、荷物をまとめていた。
「そんなに荷物持って大丈夫?シルフはもう……」
ミラナが不安そうに尋ねる。
「いや。あいつは来るさ」
そう言って腰を上げ、シルヴィアと共に多量の荷物を持って立ち上がる。
「……なんかイカしてるね、その台詞」
ミラナはにやりと笑う。
「一言余計なんだよ」
店の出口の前に立つと、入り口の前には、シルフが立っていた。
「本当に来た……」
「お帰り、相棒」
唖然とするミラナをよそに、クリフは荷物を彼女に載せ始める。
予め用意していたシルフ用の馬具を手際よく取り付け、シルヴィアも疑問を持つことなく、慣れた手つきでそれを手伝う。
久しぶりの出番と再会に、シルフも嬉しそうに鼻を鳴らしていた。
「……母さんの使いだろ?この前は母さんが化けてたけど」
「えっ、そうなの?」
シルヴィアは驚いた様子で、最後の荷物を載せる。
「ああ、ソルクスの時に一度だけな。シルフに化けてた」
彼は馬具をきつく締め、最終調整を済ませた。
「じゃあな二人とも。世話になった、ありがとう」
クリフはシルフの手綱に手を掛け、二人に振り向く。
「おう、こっちこそな。また随分と退屈になりそうだ」
アンドレイはにっと笑った。
「馬鹿言うなよ、お前の娘は有名人になる。退屈とは程遠い日々が待ってるだろうさ」
「馬鹿野郎め、気を遣ってしんみりしてやってるんだぞ」
「そうかい、感謝するよ」
クリフは朗らかに笑い、片手を上げた。
「えっと。私からも、お世話になりました!」
シルヴィアは深く頭を下げる。
「うん。暖かくしてね、それと……エルフの国は物騒だって噂だし、気を付けて!」
二人はシルフに跨り、手綱を握った。
「それとクリフ、ありがとう。あなたが来たお陰だよ。私は今とっても満足です、じゃあね二人とも、また会おう!」
ミラナは満面の笑みを浮かべて手を振る。
「ああ、またどこかで」
「うん、またね!」
クリフは手綱を鳴らし、シルフを歩かせ始めた。二人が遠くに離れていく様を、アンドレイとミラナは眺めていた。
「行ったな」
「うん」
「……ミラナ」
アンドレイは腕を組んだまま思案し、重々しく口を開いた。
「何?お父ちゃん」
「お前の出生についてだ」
彼は罪悪感で表情を曇らせ、目を合わせられなかった。
「悪い話、良い話?」
ミラナは問い詰めるように聞く。
「……いや、悪い話だ」
「じゃあ、聞きたくない」
彼女はアンドレイに背を向け、素っ気なく返事をする。
「だが、知っておくべきだと思わねぇのか」
「やだ。私のお父ちゃんは、アンドレイ・グロームだけだから」
ミラナは、柔らかな口調、優しい笑みを浮かべて、そう返す。
「私、お父ちゃんの娘で良かった。本物のパパとママには悪いけどさ」
後ろに手を組み、にっと白い歯を見せた。
「さ、今日も今日とて鉄を打つよ!ほら頑張ろう!!」
彼女は背を向け、快活に店の扉を押し開けて入った。
「ああ、ワシも……お前が娘で救われたよ」
___2章「鋼の国」-完-




