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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
2章.鋼の国
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63話「出立」

ジレーザの東部には、集合墓地が存在している。

土地代はやや高いものの、ジレーザの都市を一望出来るその場所は、飛竜達の被害を受けていなかった。


自宅の修復を終えたミラナは、レナートが眠る墓石の前で、思いに耽っていた。


「なんだ、あんたも来てたのかい」


ややしゃがれた女性の声に呼ばれ、ミラナは振り向く。

その先には、彼の母親であるアンジェラが、酒瓶を片手に立っていた。


「アンジェラさん」


「悪いね、うちの馬鹿息子の面倒を見てもらって」


アンジェラは墓石に向かって苦笑し、酒瓶の蓋を開けた。


「旦那と息子に先立たれちゃ、何のために生きてるのか分からなくなって来るよ」


そう言って彼女は酒瓶を逆さにし、墓石に酒を掛けた。

半分程注ぐと、彼女は残りをひと息に飲み干した。


「……」


かける言葉が見つからなかった。


「アンドレイは無事だったかい」


彼女は話題を変え、レナートの墓石から目を逸らした。


「うん、無事でした。騒乱が終わったらすぐ外に飛び出して、空に向かって文句を言ってました」


アンジェラは苦笑した。


「大切にするんだよ。悔いを残さないようね」


彼女は墓石の前で両膝を付き、何か思案しているようだった。


「そうだ。アンタの扱いについて、言伝を預かってるんだった」


アンジェラは振り向くと、三本指を立てる。


「一つは、アンタは私たちみたいに、クソみたいな役目が無い。特例さ」


彼女は薬指を折り、二本の指を立てた。


「二つは、その身体を他者に知られない事」


中指を折り、人差し指を立てた。


「最後に、年に一度の定期検診に来る事」


彼女が伝えた破格の条件に、ミラナは空目した。


「そんなので良いんですか?」


「私らは良くないさ。ウチのボス曰く、アンタにはスポンサーが付いているそうだ。名は教えてくれなかったがね」


アンジェラは安堵のため息を溢す。


「私も、レナートだって安心してるさ。ここの仕事は正直言って、クソだからね」


彼女は微笑み、ミラナの肩を叩いた。


「第二の人生を楽しみな。それが、あの子にとって一番の供養さね」


彼女がそう言った瞬間、ミラナの足元が隆起し、小型犬程の大きさのトカゲが飛び出した。


「ミラナ、ミラナ……」


トカゲは、甲高い独特な声で彼女の名を呼び、背中をよじ登って肩に乗った。

その光景に、アンジェラは顔を引き攣らせた。


「なんだい、それ」


「私にもさっぱり。でも、バベルさんに見せたら、真っ白な魂に、レナート兄の記憶が混じってるって」


アンジェラは、トカゲを注意深く見つめた。


「私が改造して貰って起きる前、夢でレナート兄と会ったんです。そこでちゃんとお別れをして、なんでか分からないですけど、兄ぃから、戦い方の記憶まで貰ったんです」


「……ミラナ」


「だから、この子はきっと。レナート兄ぃじゃない。私が貰った記憶から溢れた、影なんじゃないかなって……」


ミラナは苦笑し、少し無理をした笑みを浮かべた。


「変な話……ですよね……はは、忘れて下さい……きっと私、疲れてるんだと思います」


アンジェラは指先でソフィヤの胸を指差す。


「いいや、信じるさ。ミラナ、影なんて関係ない。私の息子があんたについてるんだ。やりたい事を、ビビらずにドンとやっちまいな!」


アンジェラは目尻に涙を浮かべ、ミラナの肩を強く叩いた。



酷い頭痛の中で目が覚める。

殴られたような痛みの中、身体を起こす。


「……運が、良かったのか?」


八塩折の毒素が緩和されていたようで、頭痛こそあるものの、それに対する強烈な欲求は失せていた。


助かった。そんな思いが頭に浮かぶも、思い違いだったと気付く。


周囲を見渡すと、深々とした森の中だった。

超域魔法による破壊痕が無く、また目の前には、クレイグが生成したであろう紅い刀が突き刺さっていた。


「……逃がされたか」


ため息を吐きながら立ち上がり、紅い刀に近付くと、持ち手には折り畳んだ紙が結ばれていた。


「なんだ……?」


紙を剥がして開く。

どうやら、絵筆のようなもので綴られた手紙だったようだ。


「あぁ……?」


彼らしからぬ行動に目を細め、唸りながら文章を凝視した。

独特な筆記体で、文章が堅く、言い回しも難解なそれは、一見暗号文にも見えるものだった。

しかし、これでも皇帝の右腕として学問に励んでいた人間だ。暁国訛りの手紙を解読するのに、そう手間は掛からなかった。

恐らく、彼の言葉に置き換えるとこうだろう。


「二年前とは見違えるくらいに強くなったな、てめぇを殺すには惜しい。次会う時には、もっと強くなりやがれ……か。馬鹿にしてくれるな」


傲慢とも言える彼の言葉に、少し腹が立ち、手紙を握り潰し、破いてしまった。


「まあそう言うなよ」


背後から、手紙の送り主に囁かれた。

振り向こうと意識した時には、左肩に刀が乗せられていた。


「超域魔法は潰せるぞ」


振り向かずに答える。

根拠はないが、再びクイドテーレを喚べる自信があった。


「超域魔法は遊びだ。てめぇが親父からのプレゼントを喚ぶより先に、粘土になるまで刻めるぜ」


ハッタリか、真実かの判断はしかねた。

しかし、行動が必要なのは間違いなかった。

一か八かの賭けに出ようと試みた時、クレイグが刀を持ち上げ、鞘に納めた。


「次会う時は、って言っただろ?伸び代があるてめぇを摘みはしねぇさ」


「……なら何の用だ」


尋ねるとクレイグはにっと笑い、着物の下から酒瓶を取り出した。


「アウレア最強の看板を背負った男と飲んでみたくてな、気に入った奴と殺し合う時は……そう、フルコースみたいに愉しむのが俺の主義でな」


そんなクレイグの提案に、思わず眉を顰めた。


「……ふざけてるのか?」


クレイグは意に介していないようで、血の魔法で盃を造った。


「お前達もやるだろう。食い物を食う時に、命に感謝するアレだ。俺は、それを丁寧にやってるだけだ」


彼は盃に酒を注ぎ始め、甘い香気が周囲に漂う。


「驕りだな、俺は食事に過ぎないか?」


「まさか、喰われる時の為に知りたいんだ。俺がそうするように、その時はお前も俺を味わってくれ……そしたら、フェアだろ?」


彼は嬉しげに酒瓶の口を締め、床に置いた。


「八塩折の毒は神酒として奉納されていてな。少し面倒な手順を踏めば、美味い解毒薬になる」


「……参ったよ、付き合ってやる」


クレイグの盃を手に取り、座った。

彼の思想はある意味では無垢であり、狂熱的とも評せるそれを、嫌いにはなれなかった。

もっと言えば、彼との戦いに心躍っていた自分が確かに居たからだ。


「渡津海の嫡子、渡津海狩狗だ。今後ともよしなに」


「大神ケテウスの息子、ニール・ガムス・ロナだ。よろしくな」


互いに盃を掲げ、一気にあおった。


「そうか……ケテウスの息子だったか!!」


クレイグはより一層笑みを深め、喜んでいた。



「……どこだ、ここ」


アキムは、光のない洞窟に放り込まれていた。


「エトヘンス山の内部だ。酸素が無いけど、苦しく無いかな?」


「……発光器官を体内で作って、光合成をやってゴリ押してる。出来れば長居したく無いな。ここ一帯に俺たちを繁茂させて良いなら別だけど」


アルバは満足そうに微笑みかけた。


「うん、流石だ。でもここの住民の機嫌を損ねるから辞めて欲しいな」


アルバが右手に魔力を込めると、彼の手の内から発光する巨大な綿毛が飛び出し、周囲を照らした。


洞窟内には鋭く切り立った谷が存在しており、チペワの肉体によって補強された目を以てしても、底を視認する事が出来なかった。


綿毛が先行し始め、道を照らす。


「さあ、進もうか」


天井が見えない程巨大な洞窟の中、人ひとりが通れる切り立った道を、彼に先導されながら進む。


『チペワ、エトヘンス山って?』


心の内で彼らに尋ねる。


『知ら……ない』


山の中に居る所為か、彼らとの繋がりが悪かった。


「しかし、イネスに手酷くやられたみたいだけど?」


彼を煽る意図でもなく、叱責する意図がある訳でも無い。

しかし、今所属している、メメントモリという組織は、彼に心酔している者で構成されている訳では無かった。

故に、彼がリーダーに相応しい実力があるのかを知っておきたかった。


「ああ、僕の超域魔法は使い切りなんだ。元は違ったのだけれど、今後の為に魂を改造してね。今は戦闘向きじゃないんだ」


魂の改造。

聞きなれない言葉に首を傾げる。


「……改造して、良いものなのか?」


「当然駄目だよ。人格が歪んでしまうからね」


彼はにこやかに微笑んでそう言った。

しかし、そんな彼には異常と呼ぶには程遠く、歪んでいるとは言えなかった。


「流石神の魂って奴だな」


突き当たりに辿り着き、アルバは岩肌を見上げた。


「僕も例外じゃないよ、多分ね」


彼は関心が無さそうに呟くと、綿毛を指先で弾いた。


「イカれてるようには見えないが」


「君たちに関心がないだけさ」


綿毛の光が輝きを増し、洞窟内全体を照らす。

先程まで壁面だと思っていたものは、巨大な生物の胸だった。


「やあ、テュポン」


アルバは気さくな口調で彼の名を呼ぶ。

それに反応して彼の身体が動き、地面が揺れ、山全体が振動した。


巨大な顔がゆっくりと降り、こちらを見下ろす。

山を揺らす程の巨躯を持つ男の顔は、その恐ろしい身体に反して意外にも精悍な顔つきで、長く蓄えられた髭が特徴的だった。


「何の用だ……バルツァーブの子よ」


空気が震え、彼の喉から発せられた振動によって地面が、そして肌がひりついた。


「エルウェクトの生まれ変わりを見つけた」


テュポンの顔に皺が寄り、怒りの形相を浮かべていた。


「確証はあるのか」


アルバは神父服のポケットからクリフの写った写真の束を取り出した。


「先ず、彼は金色の魔力を放っている」


彼は束を次々とその場で落とし、写真をテュポンに見せて行く。


「異常な魔力量、オムニアントの携帯、彼女が持っていた権能の模倣、そして何より……それを本人が自覚している事だろう」


山の揺れが激しさを増す。


「まだ必要かな?」


「アーシェルトがミルリュス様の座を継承した以上、吾の役割は無いと思っていたが……主の仇がまだ生きていたか」


アルバは苦笑する。


「では、ご武運を」


彼はそう言って肩を叩いて来た。


「帰るよアキム。この山を消し飛ばすつもりだろうから」


そう耳打ちして来た。


「えっ……消し飛ばすって……!?」


「この山そのものが、エルウェクトの魔法によって作られ、彼を封じ込める檻となっている。けど、彼に掛かれば二年もしない内に壊してしまうだろう」


アルバは降って来る瓦礫を避けながら転移門を出現させた。


「ささ、破壊活動に巻き込まれる前に逃げるよ」

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