表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
2章.鋼の国
62/158

61話「あなたの為なら」

拳に嫌な感触が伝わる。

樹脂のように粘ついて、指先から離れないそれは、赤く、友人だった彼の頭から滴っていた。


頭の上半分が潰れ、目の焦点が合わなくなった彼を見て、私の中で何かが吹っ切れた。


「シルヴィア」


腹の奥に響く威厳のある声に呼ばれ、我に返った。


「はいっ……皆さん。私はヴィリングより参りました、シルヴィア・クレゾイルという者です。先程ティロソレア様が仰っていたように、ソルクス様を裏切った邪悪なる竜は、ティロソレア様とケルス様によって、無事打ち倒されました」


民衆でごった返す広場、偽のティロソレアの横で、予め決めていた台詞を頭の中で読み上げた。


「ですからどうか、不安に怯え、自信を見失わないで下さい。今回ご不幸に遭われた方々は皆、パラシオンに導かれています。どうか今は、大切な家族や隣人の為、今を生きて下さい」


パラシオン。

それは、竜神を信仰するストリクト教での、死後の世界。

つまり天国の事である。

しかし、そんなものは存在しないと、ティロソレア本人から聞かされていた。


人々を落ち着かせる為の嘘。

我ながら、反吐が出そうだった。

嫌悪で歪みそうになる顔を抑え、上辺の笑顔をどうにか作る。


「ティロソレア様は霊山へとご帰還なされますが、私はこの国に滞在する間、微力ながらこの国の復興に尽力させていただきます」


膝を折り、チュニックの裾を軽く持ち上げ、視線を落とした。


感嘆、畏敬、安堵。

それらの感情が込められた視線や言葉を一身に受けながら、視線を戻した。


偽のティロソレアが巨大な翼を広げ、そこから放たれた魔力によって巨大な転移門を潜った。


「では皆さん、後ほどお会いしましょう」


作り笑いを浮かべ、彼らにひと言告げて転移門を潜った。


視界が玉虫色の光に覆われ、それが晴れると同時に、荒野に辿り着いた。


生き物は一つとして無く、小さな山々から切り立った岩肌。植物が失せ、風によって砂塵が巻き上がるその様は、例えるならば死の大地だった。


「ご苦労だったの、シルヴィア」


本物のティロソレアが、竜人の姿で岩に腰掛けていた。そしてすぐ側では、偽のティロソレアが俯いて頭を下げていた。


「いえ、感謝します。こうして便宜を図って貰えて」


「まあの、本来なら人間共が何と言おうと興味なぞ無いが……言い訳のひとつでもせねば、お主らの旅に差し支えるであろう?とは言え、お主に言い訳をさせたのは悪かったのう」


「クリフの為ですから」


そう返事をすると、彼女は渋い顔をしていた。

何が気に食わなかったのだろうかと考えるも、分からなかった。


「それで……あたしに会わなかったのはどうしてですか?」


偽のティロソレアに尋ねると、彼は地に頭を下ろし、謝罪の意思を示した。


「申し訳ありません、シルヴィア様」


それをティロソレアが手で遮る仕草をした。


「妾の意向じゃ。ぶっちゃけ、お主の内にソルクスがあると伝えても、結果は同じじゃったからの……濁す他無かった」


意味が分からなかった。

ソルクスを目覚めさせない手立てなら幾らでもあった筈だ。


「同じだった……?」


あまりにも不誠実な回答に、怒りが湧き上がる。


「ルナブラムの脚本通りの結末……という事じゃ。お主らが霊山に来た時、ギーリャの姿でクリフと接触した時に、彼女と話したがの……心が壊れていたよ」


頭が混乱する。

自分の中でルナブラムは。母はそんな人物には思えなかったからだ。


「今回の成果は、クリフに技術を学ばせた。奴に長い修練に耐える理由を与え、そして世界最高峰の技を教えた。ソルクスは、良い実戦相手にされた訳じゃ」


彼女は腰に巻きつけた布の裏から干し肉を取り出し、齧った。


「一度殺されるのが確約されている者に、死刑宣告など酷であろう……まぁ、アルバの小僧が暴露しよったがの」


彼女は干し肉を食べ終え、指先に付いた脂を舐め取った。


「……じゃあ、これだけの人が死ぬって分かっていて、あなたや母さんは何も思わなかったの?」


「妾の飼い主のミラナとアンドレイは守った。後は知らん。神からすれば、所詮は他人の飼っていた家畜よ。妾を犠牲にしてまで守る道理は無いのう。昔のソルなら守ったやもしれぬが……そのソルが殺しておるのだ、もう無理じゃ」


彼女は少し疲れた様子で話す。

それに返す言葉も無かった。


「……そっか。もう良い、帰して」


「無礼な娘じゃのう……せいぜい、ルナブラムには気を付けるのじゃぞ。恐らく、この先もこんな事が起こるじゃろうから」


彼女がそう呟くと、視界が再び玉虫色に光り、アンドレイの店内に戻された。


周囲を見渡すと、店内はそれなりに荒れていたが、被害は少ないようで、アンドレイが店の一部を補修していた。

彼はこちらに気付いたようで、作業の手を止め、気の良い笑顔を向けて来た。


「おぉ……ティロソレア様に会ってきたので?どうですかねシルヴィア様、あのお方は」


何食わぬ顔で、カウンターの下で眠るギーリャを見つめた。


「あいつ嫌い……」


「ぶみっ!?」


ギーリャもといティロソレアは、後ろ足で立ち上がると、勢いよくその場から飛び跳ね、顔に向かって飛び付いて来た。


「ぶみーっ!!」


彼女は勢い良く口を開き、髪の毛に噛み付いた。


「ひえぁああああっ!!?お前ぇっ!!」


彼女の尻尾を引っ張ろうと手を伸ばすも、それよりも先に彼女から離れ、飛び降りた。

そして、追いかけようと考えるより先に、ティロソレアはその場から走り、ミラナの工房へと逃げてしまった。


「ギーリャ!!……面目ねえ、シルヴィア様。さっさと風呂沸かしますんで……」


「ううん、良いの。丁度邪魔だから切ろうと思ってたから」


そう言って作り笑いを浮かべ、長く伸びた髪を持ち上げた。



突然地面に叩きつけられた。

イネスは目を開くと、木造の家屋に居るのだと理解した。


体を起こすと、節々が痛むものの、不自由は無いように思えた。


「久しぶりだな。二代目」


聞き慣れない声に振り向くと、ケルスがこちらを見つめていた。


息が詰まるような感覚がやって来た。

鼓動が早まり、緊張で頭がボヤける。


そんなイネスの態度にケルスは顔を顰めた。

彼の仕草が恐ろしくて堪らなかった。


「私の命を取りにきたのですか」


震える声で、尋ねる。


「ペルギニルに咀嚼させれば済む話だ。100も昔の出来事に、今も怒るほど子供じゃない」


ケルスは鼻で笑いながら、コートの裏から古びた革装丁の本を取り出した。

そして、それをイネスの前に落とした。


「ナトの図書館に入る為の鍵だ。セジェス首都バロンの南西にある、プルーヴィアという書店に向かうと良い」


彼女は目を丸くし、本を手に取って眺めた。


「私の苗字……」


「そうだ。お前の苗字と同じ書店にある五番目の棚にその本を置け。転移魔法によって地下に飛び、お前の……親友が居る筈だ」


ケルスは苦々しい顔でそう言った。


「私……あの時ナトを見殺しにしたのに……そんな価値あるんでしょうか?」


イネスは涙声で尋ねる。


「その為にセジェスに向かうんだろう。勘違いするな二代目、お前を励ましてやれる程許した訳じゃない」


ケルスはイネスを見下し、氷のように冷たい怒気を放っていた。


「自惚れるな。俺はお前の為ではなく、ナトの為に鍵を渡した。それを履き違えない事だな」


イネスの鼓動が早まり、目の焦点が合わなくなった。


「あっ……ご、ごめんなさい……」


恐怖で怯え、呼吸のペースが不規則になる。

今すぐ、その場から消えてしまいたかった。


「アルバと会っただろう」


「え……」


「アイツが狂ったのは、お前がナトを裏切った時からだ」


ケルスは苛立った様子で、転移門をイネスの後ろに開く。


「ナトと会うのは……お前の義務だ」


彼はそう言ってイネスの首根っこを掴み、転移門へと放り投げた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ