58話「黄金の太陽」
ジレーザの上空では、金と白の光が何度も激突し、瞬いていた。
「良い加減、消えてくれよッ!!」
「消えんのはてめぇだ!!」
戦闘の途中から、蓋が緩むような感覚を覚える。
まるで、空腹が満たされていく時の多幸感が、際限なくやって来るようだった。
魂から供給される魔力が明らかに増え、それらを圧縮して練り上げているにも関わらず、周囲の景色を埋め尽くさんばかりの勢いで溢れ出した。
集中を高め、それら全ての魔力を一瞬で束ねて右腕に集めた。
それに連ね、イメージを重ねた。
筋繊維の膨らみ、血管で急速に流れる血液。
肉に覆われた骨が躍動し、ソルクスに向けて繰り出される。
そんなイメージを描きながら、彼を全力で殴った。
「ぐぅっ!??」
拳で防御した彼の腕が歪んで変形し、千切れ飛んだ。
巨大な腕が真下の底なし穴へと吸い込まれて行った。
「くたばれ!!」
空いた左腕で彼の頬を思い切り殴った。
遅れて魔力が弾け、凄まじい速度でソルクスが吹き飛び、大穴の外壁へと激突した。
土煙を立て、地面を揺らしながら、外壁の一部で地滑りが起こる。
「どれだけ再生出来るか試してやる」
オムニアントを弓へと変化させる。
そして、掌から細長く紅い宝石のような物体を精製し、それを矢として番えた。
それを、無数の瓦礫に巻き込まれながら落下するソルクスに向けて構えた。
空に浮かぶ金色の太陽が輝きを増し、そこから琥珀色に輝く雫が零れ落ちる。
雫は、矢尻に滴り落ち、矢の輝きをより一層強めた。
「とっておきだ」
弦から指を離すと、放たれた矢が光と見紛う速度で突き進み、ソルクスの元へ向かう。
〈__緋雫〉
しかし、ソルクスは再び自身を加速させてその場から離脱し、目の前に瞬間移動してみせた。
既に両腕の再生を終えており、その体長を優に越える大きさの両拳を振り出した。
〈__塑性弾核〉
次の瞬間、放った矢が逆方向へと向きを変え、ソルクスの胸を貫いた。
「隊長の真似事だ。アレよりインチキだけどな」
彼の胸を貫いた矢は、ソルクスの胸の奥に吸い込まれた。
彼の胸を中心に金色の亀裂が発生し、それが全身へと一気に広がった。
「吹き飛ばしても意味が無いんでな、味わってくれ」
次の瞬間、ソルクスの全身が激しく燃え上がる。
しかし、それに抗する形でソルクスの胸部が白く瞬いた。
〈__白〉
「知ってたさ!!」
オムニアントを剣へと戻し、彼の心臓部を突いた。
「なっ……どうして」
心臓部を突かれた彼の権能は停止し、その光を失う。
ソルクスは目に見えて動揺しているようだった。
「コイツが教えてくれたんだ。半世紀もぶっ通しで握ってたんだ、言葉を話さなくても分かるさ」
オムニアントを握る力を強める。
「思うに、てめえの権能はまだ不完全だ。見積もって、超域魔法の規模が関の山。まだ、ギリギリだが神の力には及んでいない」
突き刺した剣を勢い良く切り下ろし、心臓部から股にかけて切り裂いた。
それと同時にソルクスの胸が横に裂け、紙芝居のコマを差し替えたかのように輪切りにした。
「容赦はしない」
クリフの輪郭が歪み、剣先に無数の残像を描きながらソルクスを刻み始めた。
鋭い切先が肉体を数百にも切り分けた瞬間、クリフは左腕に魔力を纏わせ、ソルクスの胸部があった位置に拳を叩き込んだ。
「最大火力だ!!」
彼の内側に刻まれていた〈緋雫〉の魔法が、打ち込まれた魔力によって活性化し、瞬いた。
次の瞬間、ソルクスを中心に大爆発が巻き起こり、金色の火柱が大穴の全てを覆い尽くした。
二人は火柱の中に飲まれていた。
そして、その内側から飛び出したのはクリフではなく、巨大な白竜だった。
光輪にも似た角、体躯より遥かに巨大な翼を六つ備えたその竜は、ソルクスの特徴を明確に引き継いでいた。
白竜はその場から飛翔し、雲を突き抜けた。
遅れて、火柱の中からクリフが飛び出し、白竜を見上げた。
「変身なんてアリかよ」
白竜となったソルクスは咆哮を上げ、彼を見下ろしていた。
六枚の巨大な翼を丸め、繭のように全身を包み込む。
そして、内側から白の光子が漏れ出した時、彼は一斉に翼を広げた。
強烈な風と共に光子が拡散し、雲のようにジレーザ上空を埋め尽くす。
それらが集積し、眩い光を発すると、上空に巨大な槍が複数出現した。
並の建造物を優に超える程の威容を誇るそれらを、一斉にクリフへと落とした。
「ああそうかよ、お前は被害を気にしなくて良いもんな!?」
〈__戦戦火馬〉
クリフは地面に左手を付くと、彼の足元から燃える鬣を持つ金色の馬が出現する。
彼はそれに跨ると、勢い良く手綱を鳴らした。
馬は前脚を上げた後、空気を蹴って空を駆けた。
炎の残影を描きながら、落ちて来る槍に向かって走る。馬が槍の側面を通過し、槍の側面を駆け上がった。
ソルクスは更に槍を召喚し、クリフに向けて落とした。
槍の底部から飛び立ち、次の槍を回避しようと空を駆けた瞬間、槍が一斉に爆裂し、クリフは光に包まれた。
雲が光に飲み込まれ、消失する。
クリフの作り上げた金色の空に台風のような白い欠けが生じた。
ソルクスに油断は無かった。
三対の翼の先端を口部に向け、口元に魔力を集約させる。
それと同時に、光の中から長方形の鉄塊が飛び出した。すぐに鉄塊の表面が溶け、内側からクリフが飛び出す。
そして、溶け出した鉄塊がクリフの手元に集まり、剣の形を取った。
「上等っ!!」
瞬時に状況を把握した彼は、剣に炎を纏わせ、空に掲げた。
〈__昇旭〉
空に浮かぶ金色の太陽がクリフの剣に滴り落ち、吸い込まれた。
ジレーザの空に再び夜闇が訪れ、オムニアントが太陽のような輝きを発する。
それと同時に、ソルクスが集積していた魔力の輝きもまたピークを迎え、瞬いた。
ソルクスの口部から極大の熱線が放たれる。
クリフもまた、それに抗する形で剣を振り上げ、剣の内に秘めた熱を火球へと変えて放った。
双方の力が激突し、僅かな間を置いて音と衝撃波が追い付き、周囲に浮かぶ雲を吹き飛ばした。
クリフの熱球がソルクスの熱線を弾きながら突き進む。しかし、それに対してソルクスは更に熱量を高めた。
二人の攻撃が膨張し、限界を迎えて弾けた。
爆発によってジレーザの夜空が朝焼けのように光り、地表を焦がす。
眩い光と爆炎が続き、ソルクスが僅かに飛び退いた時、爆炎の中からクリフが身を焼け焦がしながら飛び出した。
「超域魔法、開坑」
クリフは両拳を激突させた。
次の瞬間、拳がガラスのように砕け散り、そこから眩い光が生じた。
〈__潜光〉
彼の手が再生し、その手には、光り輝くツルハシが握られていた。
ソルクスは咄嗟に巨大な前脚をクリフに向けて振り出した。
彼の体長を軽く超える脚に対し、クリフは爪先にツルハシを叩き付けた。
「俺の勝ちだ、ソルクス」
次の瞬間、二人は光に包まれ、その場から消失した。




