57話「黄金の太陽」
最初に仕掛けたのは、ソルクスだった。
〈__白加〉
彼が魔法を行使すると、その場から消滅し、クリフの背後に周る。
そして彼は、拳を思い切り振り抜いた。
「さて味見だ」
しかしクリフは、振り向いてその動きに追従し、剣で防御してみせた。
一秒にも満たない世界に、クリフが介入した事に、ソルクスは苦い顔をする。
「一体何をした!!!」
ソルクスの言葉を、クリフの一撃が遮る。
袈裟に斬り飛ばされ、上半身と下半身が分かれるも、一瞬でその身体が結合した。
「何も。ただ、お前の動きを予習しただけだ」
続けざまに剣から放たれた炎が、ソルクスの身体にまとわり付く。
〈__白加〉
次の瞬間、纏わり付いた炎が凄まじい勢いで燃焼し、消滅した。
そして、焼け焦げた皮膚が光に包まれ、一瞬で再生する。
ソルクスは、クリフの言葉を吟味していた。
恐らく、自分の妻であったルナブラムが、白加の仕組みを教えたのだろう。
彼女が、自分を見捨てた事が悔しく、また恨めしかった。
「消すのに三日分加速した……厄介だ」
しかし、クリフに心情を悟られないよう、飽くまで冷静な態度を取った。
「ああどうも。きっとオヤジも喜んでるよ」
再び加速を開始した。
そしてもう一つ、結論付いた事があった。
「やっぱり君は……エルか!!」
背後に回ることなく、拳を振り抜く。
クリフに防御され、拳に炎が燃え移るも、構う事なく殴り続けた。
そして、クリフもまた、無数の残像を残しながら、ソルクスの猛攻を弾き続けてみせた。
「うるせぇ!俺はクリフだ!!不器用なジジイに拾われ、人並み以上に幸せになった人間だ!!」
「いい返事だよ!それは!!」
ソルクスに皮肉の意図は無かった。かつて人を信じた男の、表裏のない感想だった。
互いの拳と剣が弾け、僅かに間合いが開く。
その刹那、クリフは床に拳を打ち付けた。
それと同時に、巨大な火柱がソルクスの足元で起こり、彼を包み込む。
「そりゃ良かったよ」
対して、クリフは無愛想に呟き、その場で拳を握り締め、力の限り振りかぶった。
衝撃で踏み締めた地面が砕け飛び、火柱が拳に接触すると、火柱そのものが巨大な爆弾のように弾けた。
二人の周囲は強烈な光に包まれ、周囲のあらゆる物体を溶解させた。
強烈な爆風が起こっているのにも関わらず、その圧倒的な熱量によって、瓦礫が一つとして飛散することは無かった。
そして光が晴れ、溶岩が煮え滾る地上で、クリフが一人立っていた。
しかし、彼の面持ちは険しかった。
「肉体にダメージは無さそうだな……お前」
飛び散った灰を起点に光が集まり、そこからソルクスが出現する。
「鬱陶しくはあるよ。何をするにも身体は必要だからさ」
彼は右手を挙げ、指先をクリフへと向けた。
〈__白〉
ソルクスを中心に、白の光が巻き上がる。
それは接触したもの全てを次々と消滅させながら、クリフへと突き進む。
頭の中にキャンパスを描き、それを世界に吐き出すのが魔法だとすれば、ソルクスは世界そのものをキャンパスにしていた。
彼は今、空間そのものへ白い絵の具を撒いたように、周囲を塗り替え、消滅させていた。
「やってやるさ!!」
クリフは両腕から金色の炎を発し、障壁を形作る。
白と激突した炎が次々と消滅し、障壁から漏れ出た光が、クリフの頬を掠める。
彼は雄叫びを上げながら、放出する魔力を強め、火力を更に上げた。
炎が内側から爆裂し、それによって生じた衝撃波と魔力が、白い光を払う。
次の瞬間、クリフは足場がない事に気が付き、咄嗟に魔力を足場にして踏み止まる。
「驚いた……」
光が晴れると、空中に浮かぶソルクスが、目を見開き、感心していた。
クリフが下を見下ろすと、クレイグの作っていたクレーターが全て消滅し、底の見えない大穴へと変わり果てていた。
「さてと……オレは活性の竜神だ。何も消す事が能じゃない」
ソルクスは手を叩き、そこから再び魔力を放出させる。
「消えた物体は全て、オレの中に根付いてる。クリフ、もちろんお前の炎だって」
彼が手のひらに向けて息を吹き掛けると、クリフの扱っていた金色の炎が飛び出した。
「うおっ!??」
クリフは掌から炎を放ち、剣を構える。
互いの炎が激突し、爆炎が辺り一帯を包み込む。
「出し惜しみは無しだ!キミを消して、オレはあの子達の楽園を造る!!」
炎を突き破り、両腕に巨大な竜の腕を纏ったソルクスが飛び出す。
クリフは残像を生じさせながらソルクスに切り掛かり、彼もまた魔法によって加速を始めた。
◆
クリフが、行ってしまった。
私は何をしているのだろう。
ケルスに啖呵を切り、彼の旅に同行した時、私は彼を守るような気持ちで居た。
力では及ばなくとも、私の立場が彼の役に立つと。
けれどそんな事は無かった。
彼の旅に私の存在は薄かった。
私が居なくともこの国に馴染み。
私が居なくともこの国で友を作った。
私は、何度も殺されそうになった。
その度に彼に助けられ、私は無力に転がっていた。
足手まといの私。
弱くて。
臆病で。
わがままで。
あの日私を助けてくれたクリフとは、似ても似付かない、役立たず。
「あたしがなんとかしなきゃ……」
姉達が死んだままの空間で、喉から溢れる血を抑えながら立ち上がる。
「シルヴィア?」
私を抱き締めていたテレシアが顔を上げ、不安げにこちらを見つめた。
「ごめん」
彼女を押し退け、その場から走り去る。
しかし、出口は一向に見当たらなかった。
「……何処行くの?」
気が付くと、置いて行った筈のテレシアが目の前に現れていた。
「ここの外っ!!クリフのとこに行かなきゃ……!!」
堪らず叫ぶと、テレシアは溜息をしていた。
「シルヴィア」
彼女の姿が消えた瞬間、頭を勢い良く殴られ、周囲の景色が一変した。
そこは、アウレアの皇城。
かつてクリフが戦っていた円舞台だった。
重い頭を押さえながら立ち上がり、周囲を見渡すと、正面にテレシアが立っていた。
「あなたがクリフとの戦いに参加する?冗談言わないで」
再び彼女の姿が消えると、目の前に出現し、腹部を殴られた。
やって来た重い衝撃に膝をつき、思わず倒れそうになる。
「そんなざまで、どうやってあの人に協力するの?本当に、役に立つと思ってるの?」
彼女は冷え切った眼差しで私を見下ろした。
それは、心の奥底で煮えていた劣等感を引き出すのには、充分すぎた。
「……黙っててよ、行かせてよ!」
立ち上がりながら彼女に拳を振るうも、軽く払われ頬に拳を撃ち込まれた。
「痛っ……!」
痛みに思考が鈍った瞬間、左膝に彼女の踵が打ち込まれ、そのまま転倒した。
そして、倒れた私の腹を、思い切り蹴飛ばした。
「う……おぇ」
肺の空気が全て絞り出されたような感覚、焼けるような痛みが頭を埋め、怒りが滑り落ちそうになっていた。
痛い。
苦しい。
助けて……と、頭が考え掛けた瞬間、それを振り払って立ち上がった。
テレシアの拳が迫っていた。
それを額で受け止めた。骨が砕けたような感触を感じ取りながら、彼女を睨みつけた。
「やるじゃん」
拳が砕けたにも関わらず、彼女は不敵に、そしてどこか嬉しそうに笑っていた。
「おいでシルヴィア。お姉ちゃんにぶつけてみなさい!」
ごめんなさい!仕事に追われて更新を忘れていました。
急いで更新したので、ルビをまだしっかりと振れていませんが、ご容赦ください。




