54話「父親と」
「オヤジと母さんは……俺がエルの生まれ変わりじゃなかったら、あそこで見殺しにしてたのか?」
義父の横に座り、焚き火に枯れ枝を投げ入れ、一番聞きたい事を尋ねた。
恐らく、期待している言葉は得られないだろう。だがしかし、どうしても知りたかった。
「そうだ……エルウェクト様の生まれ変わりだから、お前を拾った」
義父は真っ直ぐに瞳を向け、言い淀む事なく答えた。
「そうか……」
辛い返事だった。
心が揺さぶられ、言葉を返せなかった。
「ただ……今は息子として、お前を愛してるよ。それは、オネスタだって一緒だ」
彼は自分の肩を叩き、気の良い笑みを浮かべた。
「……ありがとう。父さん」
「俺の台詞だよ。お前が来てくれたから……俺は陰気なジジイを辞められた」
義父に頭を乱暴に撫でられる。彼の生前ならそれに苛立ち、拒絶した事だろう。
しかし、今はどうしてか心地良かった。
「俺はお前の味方だ。この先何が起きても、絶対に。俺はお前の内側から、オネスタは外からお前を護るつもりだ」
思わず、目尻に涙が浮かぶ。
望んだ返事は無かったが、それと同等かそれ以上の言葉を貰えた。
少なくとも両親は、自分を一人の存在として見てくれていた。
「アイツだってお前を見捨てた訳じゃないさ。断った時、泣いてただろ?」
「……うん」
義父は腰を上げ、剣を手に取る。
頭の中の世界の為か、お互いにオムニアントを所持していた。
「……ソルクスは、俺が倒しても良い」
義父は短く呟く。
その言葉は、優しさにも思えた。しかし、それと同時に自分を試しているかのようにも思えた。
返事は既に決まっていた。
「オヤジ、それだけはやめてくれ」
その返答に義父は、乾いた笑いをこぼした。
「どうした?俺の方が確実だぞ。何か手立てはあるのか?」
「いいや、無い。けどな……俺がシルヴィアを助けなきゃ、格好が付かねえよ」
「よく言ったクリフ」
彼が剣を引き抜いた。
その様子はいつになく嬉しそうで、少し焦れているようにも思えた。
「これからお前に魔法と技術を叩き込んでやる、覚悟は良いか?」
返答代わりに腰のオムニアントを引き抜き、義父の顔を見上げた。
「長い付き合いだろ、やるって言ったらやるんだよ、俺は」
「そうだった……お前はそういう馬鹿だったな」
義父は鼻で笑うと、剣を構えた。
次の瞬間、体感した事のないプレッシャーが降り掛かり、剣を握る手が震えた。
その時、義父が比喩でも誇張でも無く、世界最強の剣士だったのだと肌で感じさせられた。
死なない前提があったとしても、その気迫と殺気は並ぶものが無い程恐ろしく、初めて戦場に立った時の感覚を思い出す程だった。
「二人のお陰だろうさ」
額から流れる汗をそのままに、剣を構えた。
そして、剣を振り抜いた瞬間に、自分の首が吹き飛ぶ。
頭の中の世界の為、特に害はない。
視界が宙に舞う中、刹那に感じ取った実力差に思わず眉が落ちた。
これを埋めるのに、一体何年掛かるだろうか。
少しだけ辟易とした後、視界が巻き戻り、首が元の位置へと戻った。
◆
ミラナとアルバは、イネスを置き去りにし、二人で戦闘を始めていた。
市街地を駆け抜けながら、逃げるアルバをミラナが追う形となっていた。
「……鬱陶しいな」
アルバは手のひらをミラナへと向ける。
〈__樹諧〉
彼の手を中心に、樹木が飛び出す。
その量は、彼の体積を明らかに無視しており、さながら土石流の如き勢いと質量で、ミラナへと迫った。
「切り裂く!!」
彼女は腰に提げた鞘に剣を素早く納刀し、再び抜刀した。
抜き出された刀身は熱を帯び、大気に触れた瞬間に、激しく燃え盛っていた。
そして彼女は、その場で剣を空振った。
ルーティンにも似たその不自然な動きを前に、アルバは過剰な程に大きな回避行動を取った。
「いちいち喋らない方が良いんじゃないかな」
樹木の濁流がミラナを避けるように割れ、凄まじい速度で燃え盛り、炭化した。
その余波で、アルバの背後にあった建物に大きな切傷を残した。
アルバが目を凝らすと、微かに空気が揺らいでおり、燃え盛る剣の先に、無色透明な炎が伸びている事が確認出来た。
「バーナーみたいなものかな、古の人が作る武器にしては、非効率だね」
アルバは両脚に魔力を纏わせ、触れた地面に魔力を流し込む。
「力押しで行くよ、何せ神の子だからね」
そして、アルバは両手を彼女に向ける。
ミラナの足元から樹木の槍が生え始め、それと同時に両腕からも樹木の塊を発射した。
彼女は剣を地面に突き刺し、床を加熱して足元から生えた木を焼き払う。
そして、彼女の指先から砂が放出され、それらが一本の剣を形作る。しかし先程の剣とは似ても似付かない程、粗雑で脆そうだった。
ミラナは右腕から青い魔力を放ち、剣に纏わせる。
そして、それを鞘に納刀した。
〈__練鋼〉
そして、再び抜刀すると、砂の刀身は黒々と輝く、斑鉄の剣へと形を変えていた。
「せーのっ!!」
ミラナは横薙ぎに剣を振り、正面から迫る樹木を焼き払った。
アルバはその場から跳躍してそれを回避し、腰部から枯れ枝を生やした。枝が成長して枝分かれし、その密度を増すと、一対の翼が出来上がった。
彼は剣を振り上げて鋭く滑空し、ミラナへその切先を振り下ろした。
互いの剣が激突し、火花を散らす。
「嘘っ、溶けないの!??」
「短慮じゃないかな?」
アルバは剣に魔力を込め、膂力の差で押し切る。
ミラナの剣が手から滑り落ち、二本目の剣が地面に突き刺さる。
アルバの剣が彼女の頭を捉えた瞬間、ミラナの拳が彼の顎と胸を一瞬で打ち抜いた。
「へぇ……?」
不意の一撃に微かによろけたアルバは、ダメージを受けた内臓を一瞬で治癒する。
「それっ、何で出来てるの!!?アダマント……じゃないよね!!ねぇ、もし私が勝ったら……その剣を少し削っても良いかな?」
彼女の態度は、到底戦っている人間には思えないもので、相手を愚弄しているとも取れた。
「……やってみると良い」
アルバの放つ殺気が一段階強まり、彼女を見つめる眼差しが、鋭さを増した。
珍しい事に、彼が怒っていた。
「じゃあ……遠慮なくやるからっ!!」
ミラナは、地面に刺さった二本の剣を掴む。
〈__練鋼〉
次の瞬間、アルバの足元から二本の鉄製の巨大な腕が飛び出し、合掌をする形で彼を押し潰した。
「どう!?これなら……!!」
勝ちを確信したミラナは、アルバの元へと走り始める。
「短慮だと警告したんだけどね」
彼女の胸から、一振りの剣が飛び出した。
「……えっ?」
彼女の胸部から勢い良く剣が抜けると、振り向きながらその場から倒れた。
アルバが彼女の背後に立っていた。
「ただ単に、転移門で逃げたよ。僕の選択肢を都合良く考え過ぎだよ。技術はあるけど、経験が浅いね……古代人にデータでも仕込んで貰ったのかな?」
アルバは剣を振り上げ、倒れたミラナへ振り下ろす。
しかし次の瞬間、地面が崩落し、その内側から二足歩行の竜が出現する。
鉄の身体を持ち、長い腕を持つそれは、先ほど地面から飛び出していた腕の正体だった。
「ミラ……ナぁぁ……っ!!!」
竜は恐ろしげな声で叫ぶと、崩落した瓦礫と共に落下する彼女を受け止め、アルバを殴り飛ばした。
そして、その場から勢い良く跳躍し、周辺にある建物の屋根を踏み壊しながら飛び跳ね、その場から離脱してみせた。
「……逃がすとでも」
地面に着地し、受け身を取ったアルバが、足元に転移門を出現させようとした瞬間、ある気配に気が付いて背後を振り向いた。
「ぶみ」
そこには、一匹の大トカゲが佇んでいた。
彼は、僅かな間すら置かずに片膝を着き、頭を下げて敬意を示した。
「お久しぶりです、ティロソレア様」
大トカゲは、二度瞬きをした。
「久しぶりじゃのう、アルバ」
彼女は女性の声で喋ると、短い前足を片方だけ挙げた。
「あの小娘は妾の友人でな……襲われた手前で悪いが、見逃してやってくれ」
「お望みとあれば」
彼は抑揚の無い声で答える。
「うむ。まあそれだけじゃ、ソルクスの行いに妾は関与せんよ、どのみち、上手く行かんじゃろう」
彼女は短い足でトテトテと歩き、その場を離れ始めた。
アルバが頭を上げ立ち上がった時、ティロソレアが振り向いた。
「おおそうじゃ、客が来ておるぞ」
彼女はからかうような口調でそう言って、その場から立ち去った。
次の瞬間、空が瞬き、流星雨のような光がジレーザの上空を覆い尽くす。
一瞬にしてそれが晴れると、上空を舞っていた飛竜が一斉に空から堕ち始めた。
アルバの目の前で首の無い飛竜が地面に激突し、身体がバラバラに千切れ飛んだ。
そして、それを踏み潰す形で、イネスが目の前に勢い良く着地した。
地面がひび割れ、土煙が漂う中、彼女はフォールティアを片手に、笑っていた。
「私は最強……一番強くて、カッコよくって!!」
イネスは普段ではあり得ない程の高いトーンで、上機嫌に呟いていた。
全身から魔力が噴き出ており、真珠のような輝きを放つ純白の鎧を身に纏っていた。
「あぁっ、アルバ君だ!!最強になった私と、戦おうよ!!」
彼女は深い笑みを浮かべ、アルバに切先を向けた。
「……まずい」
その姿を見たアルバは、柄にもない言葉を吐き、額に汗を滲ませた。




