53話「父親と」
大地が弾け、千々に砕け飛んだ。
光線にも似た落雷が森を溶かし、赤い海を引き裂く。
そして、クレイグから放たれた赤い閃光がニールの胸を通過し、その体を真っ二つに引き裂いた。
身体が左右に乖離して尚、身体の感覚を失う事は無かった。
それどころか、治癒のイメージをせずとも傷口から魔力が搬出し、身体を再接合しては、跡すら残さずに治してみせた。
「最っ高だ……!!」
無尽蔵に湧き出る魔力、そして半神の「力」に高揚を隠せなかった。
今まで以上に、幻想を自由自在に思い描く。
今ならば、どんなに馬鹿げた魔法も起こせる気がした。
「楽しいなぁ!12代目ぇ!!」
血の海に浮かぶクレイグは、刀を振り上げながら叫ぶ。
「ああ!もう一度戦えて良かった!!」
クレイグの振り払った刀が血の海を纏って拡大し、巨大な斬撃波となって空を掛ける。
クレイグの超域魔法によって森全体が沈み、その全てが溶解していた。
つまり、煌皇降雷で操れるもの全てを奪われていた。
血の斬撃は、自身の体積を遥かに超え、山があればそれを容易く切り分ける程の圧を放っていた。
回避は困難、魔法は機能不全、そして、まともに浴びれば跡形もなく蒸発してしまう事だろう。
圧倒的な実力差がそこにはあった。
だと言うのに、心が躍った。笑みが崩せなかった。
イネスとの戦闘を経て、自分の心境が変わりつつあるのを、感じていた。
「行くぞ最強!今夜、お前を撃ち抜いてやる!!」
全身に磁力を纏わせ、超域魔法展開時に生じる四つの光輪を、眼前に並べて配置した。
弾ならある。
俺という最高の弾丸が。
光輪に向かって自身を射出し、一気に加速する。
オレンジ色の光に包まれ、目が潰れる。
焼けるような痛みが襲い、恐らく、クレイグの放った斬撃に勢い良く激突した。
加速と激突によって全身が千切れ飛ぶ。
しかし、無意識に鋼鉄化した拳へ魂をうつしていた。拳を起点に身体が一瞬で再生し、斬撃を突き抜けた。
そして、彼の目の前に到達した。
「ほぉっ!!ああ……やってみろよ!!」
クレイグは感動した様子で、刀を突き出す。
鉄の拳で、それを弾く。
しかし、その瞬間に首と左腕が切断された。
一度の攻撃で、三度も斬られた。
「凄いな!!イネスだって、動かないものにやるのが精一杯だった!!」
クレイグが披露する人外の技量を前に興奮し、傷を一瞬で再生させて拳を振り抜く。
〈__磁雷鉄陣〉
自身の体を魔法によって操り、人形のように動かす。
体の動きは、音速を超えていた。
両腕が空気との摩擦で熱を帯びる中、彼の刀と打ち合う。
常人ならば受ける事すら難しいその拳を、クレイグは軽々と防いでいた。
ぶつかり合う金属音が激しさを増し、間隔のなくなった音は、甲高い高音へと変化する。
同時に生じる斬撃を、それ以上の手数で打ち落とすも、クレイグが一度に放つ斬撃の数が三つから四つと打ち合うたびに増えていた。
コンマ数秒の打ち合いの中、クレイグが自分の右腕を切断した。
打ち合いに負け、一瞬で身体を切り刻まれ、五体が分裂した。
海面が隆起し、別れた身体を飲み込もうとした時、
後方へと身体のパーツを一斉に射出してそれを避けた。
「なんて……なんて強いんだ!!」
距離を取って体を接合し、全方位に向けて電流を放った。
足元に広がる血の海が吹き飛び、拡散した電流は枝葉のように広がった。
「お前の超域魔法は精々3kmが限界だろう!!」
電気の枝から種子のように魔力が溢れ出し、広域へと散布した。
続けてイメージを形作る。
以前では絶対に考えもしなかったものを、天地を覆すような魔法を。
イメージに応じ、地面が激しく振動し始める。
「おっ!?まさかお前っっ!!!」
クレイグは興奮した様子で、刀を持って水面を走り出す。
それに呼応するように、海面から赤い槍が飛び出し、こちらに飛来した。
しかし、絶えず放出された電流がそれらの表面を砕き、その制御を乗っ取った。
「そのまさかだ!楽しんでくれよ!!」
血の槍が方向を変え、クレイグに向けて一斉に射出された。
クレイグは、難なくそれら全てを切り飛ばした瞬間、彼は真下へと引っ張られ、姿勢を僅かに崩した。
重力を操ったり、見えない手で引っ張った訳では無い。クレイグの超域魔法を展開している地面を全てを丸ごとくり抜き、大砲のように空へと打ち上げた。
そして、森に生えた木々や岩石が空を飛び交い始め、クレイグへと降り注いだ。
「二年前っ、お前を殺さなくて……本当に良かった!!!!」
クレイグは刀を素早く振り回し、血の斬撃を放って空の木々を打ち払い、こちらに向かって突進して来た。
「期待には応えるさ」
指を弾き、遠方から巨大な岩塊を呼び寄せる。
「こいつは……!」
「ソルクスが落とした隕石を固めたんだ!気に入ってくれるよな!!」
クレイグは、以前と同じように海面の血を集約させ始める。
しかし、隕石は電流を纏っては、一瞬のうちにクレイグの頭上へと落ちた。
「これくらいデカいと加速できないと思ったか!!?」
次の瞬間、強烈な衝撃波が海を割り、持ち上げた大地を破砕した。
そして、余波としてやって来た熱波が、周囲に残った残骸と海を消し飛ばした。
熱波すらも制御下に置き、それを屈折させて無効化する。
砕け散った大地、熱と血の嵐の最中、身体の半分を失ったクレイグが近くの岩塊に足を付けて、こちらを見上げていた。
やはり、あの男はこの程度では死なない。
「思ってねぇさ!!刺激的だったぜ!!」
クレイグは身体を瞬く間に再生させ、右側に小さな転移門を出現させる。
撤退。そんな言葉が過った己を恥じる。
あの男は、絶対にそんな真似をしない。
命が尽きる最後まで、己が愛してやまない愉悦を手放したりはしない。
その期待に沿うように、クレイグは持っていた刀を転移門に押し込み、そこから別の刀を引き抜いた。
「コイツはあんまり抜かねぇんだ。でもな……でもさぁ!!こんなに楽しいんだぜ!全力でやらなきゃ損だろうが!!」
クレイグが刀を鞘から抜いた瞬間、空中に漂う岩塊を操作し、彼を押し潰す。
岩塊から桃色の斬撃波が飛び出し、瓦解する。
「ありがとうニール」
砕け散った岩塊からクレイグが現れ、薄桃色の刀身をした太刀を握りしめていた。
「甘い?」
鼻に手をあてて匂いを確かめる。
先程まで漂っていた血の臭いが消え、爽やかな甘味を感じさせる香りが、周囲に漂っていた。
次の瞬間、クレイグの姿が消えた。
「血界大海原、絶景……!」
声につられ、背後を振り向くと、クレイグが赤い短刀で喉を引き裂き、超域魔法を発動していた。
〈__血生睡蓮〉
赤い膜が空を覆い、周囲が暗闇に包まれた。
◆
「またか……」
クリフは、目覚めてすぐにため息を吐く。
そこは、アウレアの王宮だった。
玉座の側では、エルウェクトと、壮年の男が何か口論を始めていた。
「どうかご再考を……今ではありません……!」
男は焦っているようだった。
対してエルの意志は固く、どこか冷めている様子だった。
「くどいよ、アードラクト」
彼女の眼差しは、微かに怒りを帯びていた。
「竜神とは手を組まない。お兄様との決着は、私だけのものだ」
「エルウェクト様っ!!」
「なに?」
彼女は、若い頃の義父を睨む。
厳格で、毅然としていた筈の父がそれに恐怖し、大粒の汗を流していた。
「……万に一つでもあなた様を失う事など、私には耐えられません……」
義父は剣を引き抜き、自身の喉を引き裂いた。
多量の血が動脈から溢れ出し周囲に居た家臣が慄いていた。
その中には、神官の衣装を纏ったオネスタの姿もあった。
義父はその場で膝を着き、エルウェクトに頭を垂れる。
「この命に免じて、どうかご再考を……」
義父は右手で首の傷を掴み、抉って出血を早めた。
そして、そのまま微動だにする事なく、エルウェクトに頭を下げていた。
「……ごめん」
エルウェクトが指を弾くと、義父の首が飛んだ。
「エルっ!!てめぇっ!!!」
過去の記憶と分かっていても、思わず叫び、彼女に剣を向けた。
しかし、義父の首が地面に落ちた瞬間、その場が暗転し、皇城の医務室で横になる義父と、その横で目覚めを待つ義母の姿があった。
「……どうなった」
目を覚ましたアードラクトは、オネスタに尋ねる。
「解雇だ。騎士爵も剥奪だと」
それを聞いて彼は身体を起こし、オネスタの服を両手で掴む。
「彼女はっ……!!彼女はどうなった!!!」
彼は、腹の底から絞り出すように怒鳴った。
目は血走っており、今にも泣き出しそうだった。
「お前が寝てる間に、ケテウスと戦っていた」
彼女は暗い表情を浮かべる。
「……ならっ、お前なら視えるだろう!どうなった!!!」
「彼女は負けた。じきにこの星はあいつのオモチャになるだろう……竜神が負ければ、だが」
彼はその場で俯き、震えた。
「私は付いて行かなかった、お前を選んだよ。女神に心惹かれた怪物ではなく、一人の女としてさ」
オネスタが義父を抱き締めると、場面は再び切り替わる。
「オヤジ……」
痛々しい彼の姿に、言葉を失う。
命を捨ててでも説得しようとした主の死に目に立ち会う事すら出来ず、名誉と居場所さえ失ったのだ。
根無し草として生きて来た自分にとって、父の心中は察するに余りあった。
それと同時に、一抹の不安が過ぎる。
オネスタも、アードラクトも……自分ではなくエルウェクトを、偶像を愛しているのでは無いかと。
「失せろ……」
次に映ったのは、やつれきった義父の姿だった。
髪質は荒れ、衣服こそ丁寧に洗濯してあったものの、何処か流浪者のように擦り切れた雰囲気を漂わせていた。
「ちょっと冷たくない?あたしが来てあげたんだよ?」
山奥の小屋で、薪を切っていた義父に、生前の姉がやって来ていた。
「お前を相手にして何になる……何を提示したとて興味などない。彼女を裏切った今でも……私は主君を変える気など無い」
義父は斧を切り株に突き刺し、立ち上がる。
「殺すと良い……この身にその価値があるのならな……」
「無いよ。あたしだって、用が無かったらあなたみたいな陰険老人の相手なんてしたく無いよ」
姉はからからと笑い、その後義父に冷ややかな眼差しを向けた。
「三日後に、クルトゥーラという村に来て。そこで……あなたの運命が待ってる」
再び景色が切り替わる。
義父は、燃え盛る村の中に立っていた。
この村は、よく知っている。
俺の故郷だ。
「何のつもりだ……」
義父はうんざりしたような声音で、村を進む。
生存者はいない。
自分を除いてだが。
「……誰?」
幼い頃の俺が、義父を見上げていた。
「意図が読めないな……」
幼い自分が抱えた姉の生首を見て、義父は眉を顰めていた。
「貰うぞ」
「あっ……!!」
義父が姉の生首を取って奪うと、彼はそれを確かめ始めた。
「姉ちゃんを返してっ!!ねぇっ!!」
子供の俺が、折れた脚を引き摺りながら、義父に抗議する。
しかし彼は興味を示していないようで、無視していた。
「魂を感じない……遊ばれたか……」
「姉ちゃんを……返せよぉっ!!」
義父が踵を返した時、彼は気配を感じてその場から振り返り、殴り掛かって来た子供の拳を受け止めた。
幼い自分の傷は全て癒えており、髪が金に染まり、黄金の魔力を発していた。
「この魔力は……っ!??」
義父は目を見開く。
そして、目にも留まらぬ速度で膝を着いて頭を垂れ、姉の首を差し出した。
「お返し致します……度重なるこの無礼。面目もございません」
幼い自分は首を受け取り、困惑していた。
その光景を見て、言葉に詰まる。
義父が愛していたのは自分ではなく、エルウェクトだった。
そんな疑念が、より一層強まった。
「オヤジ……大丈夫だよな?」
その場から暗転し、景色が大きく変わる。
場所は、荒れ地だった。
転がった枯れた丸太に、初老の男が腰掛けており、目の前で焚き火を焚いていた。
「よう、オヤジ……で、良いんだよな?」
「あぁ……久しぶりだなクリフ」
義父は顔を上げ、先ほどの景色に登場した人物とは思えない程に、優しげな笑みを浮かべていた。




