48話「チペワチペワチペワ」
互いの剣が激突し、甲高い音を立てる。
そのまま鍔迫り合いとなって、双方睨み合った。
「アキム!現実に負けるな!!それすら濁したらきっと……生きる意味すら無くなる!!」
「辛いから目を瞑って、何が悪いんだよ!!痛いから逃げて、なんで駄目なんだよ!?」
アキムは更に左腕を変形させ、剣に変えて振り払った。
クリフは鍔迫り合いを中断し、その場から飛び退いて距離を取る。
「他人を巻き込んでんじゃねぇ!!普通にやる分には俺が付き合ってやるって言ってるだろうが!!」
アキムが右腕を向け、膨張して破裂し、そこから飛び出した骨の槍がクリフの頰を掠めた。
「普通じゃ……駄目なんだよ!!」
アキムは左腕を突き出し、赤黒い魔力を放出した。
〈__食餌〉
次の瞬間、左腕から大量の肉塊が飛び出し、アキムの真下から溢れ出す。
「魔法が使えるように新調したんだ……クリフ、諦めるなら今の内だぞ」
溢れ出した肉塊は形を変え、七体ものヒト型のチペワへと姿を変えた。
〈__塑性弾核〉
しかし、クリフは既にオムニアントを拳銃に変形させ、発砲していた。
青い光線が何度も屈折し、チペワ達の両膝と頭を撃ち抜いた。
そして、オムニアントは再び変形し、中折れ式のグレネードランチャーへと形を変えた。
「悪いが、強くなったのはお前だけじゃない」
そう言って発砲し、一発の弾頭がチペワ達に着弾すると、それが爆発して激しく燃焼した。
「チペワっ!!」
アキムは目を見開き、クリフに憎悪に似た感情を向けた。
「クリフも……俺達を否定し、殺すんだな」
「……ヒトである限り、受け入れやしないさ」
アキムは両腕から肉塊を放出し、散布する。
溢れ出した肉塊は地面に滑り込み、建物を侵食する。
「じゃあ、お前は敵だよ。クリフ」
侵食された建物が赤黒い魔力を放つ。
「俺の魔法は、ただ栄養を作るだけの魔法だ。けど、それのお陰でチペワ達は増える。そして、こんな事も出来る」
建物が発する魔力が一際強くなった。
〈__灼光〉
次の瞬間、クリフの頭上に極太の雷が落ち、爆炎が生じた。
「チペワは増える。増えたチペワが魔力を作って、魔法を出してくれる」
アキムは更に肉塊を放出し、より広範囲の建物を侵食する。
彼は既に、クリフが倒れていない事を知覚していた。
「来るなら来いよ!クリフ!!」
次の瞬間、クリフが地面を突き破って飛び出した。
両腕には、鉤爪型に変形したオムニアントが備えられていた。
「ツルハシがこうなるなんてな!!」
クリフは両腕に灰色の魔力を纏わせ、素早く突き出した。
「何の話をしてるんだ!!」
アキムは左腕から肉塊を放出、形成し、盾を作ってそれを防ぐ。
それを見て、クリフは笑った。
〈__潜孔〉
次の瞬間、鉤爪が鈍く輝き、アキムの盾が歪み、人ひとり通れる穴が開いた。
「なあっ!??」
「話聞いてなかったのかよ!アキム!!」
鉤爪がアキムの胸に突き刺さり、クリフは勢い良く引き裂く。
「ツルハシだけで分かる訳ないだろ!!」
しかし、アキムに大したダメージは無く、彼は腹部から赤い棘を射出して、クリフを飛び退かせた。
「……なあアキム」
クリフは飛び退いた際の慣性を殺す為、地面に爪を突き刺してブレーキを掛けた。
「お前、どこまでやったら死ぬ?後悔はしたくないんだ」
その台詞を聞いたアキムは、僅かに警戒を緩め、ため息を吐いた。
「0.3mm角に裁断されたら死ぬよ。あと燃やされても……クリフが殺さないなら、俺だって殺さないよ」
「お前の殺さないは、違うだろ。要らねえよそんなの。チペワにするくらいならぶっ殺せ!」
アキムは悲しげに顔を歪め、右手を剣に変形させた。
「なんでっ、なんでそんなに嫌なんだよ!!」
彼は叫びながら剣を振るった。
「人間だったなら、分かるだろアキム!!」
クリフは武器を鉤爪から剣へと戻し、これを弾いた。
そして、鋭い切先がアキムの喉を切り裂く。
「チペワッッ!ぶっ飛ばせ!!!」
アキムは喉元を押さえながら叫んだ。
〈__灼光〉
〈__瑞切〉
〈__耀立〉
建物に侵食していたチペワが輝き始め、周囲から火炎、水の斬撃、落雷が出現し、クリフに降り注ぐ。
「えっ?」
しかし、それらの攻撃が突然霧散し、中断され、アキムは半分口を開いて唖然としていた。
「おい何やって……え」
クリフはアキムの見ている方向を、背後を振り向いた。
「あら、ごめんなさい。邪魔しちゃったかしら?」
シルヴィアとミラナの退避していた場所に、赤いドレスを身に付けた女性が立っていた。
彼女は、その身長を優に越える鎌を地面に突き刺し、それに寄り掛かっており……切り取られたシルヴィアの首を持っていた。
そしてすぐ側には、頭を失ったシルヴィアの身体と、腹部を両断され、身体が二つに分かれたミラナが転がっていた。
「えっ……あぁぁっ……!!」
クリフは顔を歪め、子供のように狼狽えた。
そして、その場で最も早く行動したのは、アキムだった。
「シルヴィアっっ!!」
彼は両手から肉を放出し、シルヴィアの修復を試みる。
「駄目だよアキム」
しかしアキムは背後から現れた人物に突然手を引かれ、止められた。
「アルバぁっ!!どうして、どうして二人を襲ってるんだよ!!待つって!待つって言っただろうが!!!」
アキムはこれ以上なく怒り、手を引いたアルバに対し、額に青筋を浮かべながら、罵声を浴びせた。
「だってもう、答えが出てたじゃないか」
「……はァ?」
アキムは言葉の端に怒りを乗せながらも、震えていた。
「クリフは君の価値観を絶対に受け入れない。そうだろ?」
「でもクリフは、俺の事を」
「君がどれだけ言葉を尽くしても、チペワを否定したじゃないか。僕は君とチペワを否定しないさ。さあ」
アルバは手を差し出す。
アキムは、少しだけ目を逸らした後、その手を取った。
「クリフ……」
アキムは、今にも泣き出しそうな声色で話しかけた。
「今、辛い時が来たよ。クリフは耐えられるんだろ?立ち向かえるんだよな?頑張ってくれ」
励ましとも、皮肉とも取れる言葉を残し、アキムとアルバは光に包まれて消えた。
そしてクリフと、謎の女性。二人の死体がその場に取り残された。
「……っ、お前ぇっ!!!!」
クリフは涙で顔を歪ませながら、喉が裂けんばかりの声で叫んだ。
「うーん、ごめんなさい。タイプじゃないわ」
女性は地面に刺さった鎌を引き抜くと、目にも止まらぬ速度でクリフとすれ違い、彼の両足を切断し、そのまま光に包まれて消えた。
両脚を失ったクリフは、地面に叩き付けられ、転がったシルヴィアの頭と目が合う。
目を剥き、半開きになった口。
彼女のその表情は、間違いなく死んだというその事実を、クリフに伝えていた。
「シルヴィア……駄目だ、駄目だ駄目だ駄目だだめだ……っ!」
クリフは、無くなった脚で立ち、四つ這いになりながら彼女の首を持ち、それを抱き上げた。
「……っ」
持ち上げると、多量の血が断面から溢れ、クリフの手を濡らす。その事実が、彼の正気を確実に蝕み始めていた。
「シルヴィア……ああ、くっ付けないと……」
彼女の首を小脇に抱え、クリフは振り向いてシルヴィアの身体に手を伸ばす。
しかし、そこにある筈の彼女の体は無く、一人の男が彼の目の前に立っていた。
優しげな雰囲気をもった端正な顔立ちに、金糸の入った大きな布を巻き付けた装いをしており、その姿は、聖書に載った神の挿絵とよく似ていた。
ただ神とは違い、純白の鱗と尻尾が生えており、耳の裏から大きく伸びた角が頭頂部の先で曲がり、光輪のような形をしていた。
「誰……?」
クリフは弱々しく尋ねる。
「オレはソルクス。ルナと対になってた、役立たずの竜神さ」
彼は胸に手を当て、陽気に答えた。
「シルヴィアを助けてくれてありがとう。取り敢えず、君とは色々話もしたい所なんだけど……オレの孫がちょっと待っててさ。野暮用が済んだらまた来るよ」
ソルクスは矢継ぎ早に用件を伝えると、足元から転移門を出現させ、そこに沈み始めた。
「待ってくれ!なあっ、神なんだろ!?シルヴィアっ、治してくれよ!!」
クリフは錯乱気味に叫び、シルヴィアの頭を差し出す。
しかし、ソルクスはそれに苦笑した。
「ああ、もうそれは捨てておいて大丈夫だよ。どうせ空だから」
彼は言葉足らずにそう言って転移門に沈み切り、その場から消え去った。
その場に残されたクリフは、ただ力なくへたり込んだ。
◆
アルバに指定された場所へと転移したソルクスは、その場所を見て空目する。
「ご自由になられたようで何よりです、お祖父様」
アルバは、ジレーザ市街の喫茶店のベランダ席に座り、紅茶を飲んでいた。
ソルクスは周囲を見渡す。
彼が転移者で出現したにも関わらず、周囲の人が気にする様子はなく、素通りしていた。
「流石抜かりない、認識阻害はバッチリだね。君みたいな子に会えて良かったよ」
ソルクスの過剰とも言える賞賛を前に、アルバは嬉しげに微笑んだ。
「神の子なら当然ですよ。貴方ほどの人に言われると、皮肉に聞こえる」
「ああ……ごめん。けど、100年近く封印されてたんだ、情緒だって揺らぎやすくもなる」
ソルクスは席に着き、アルバが予め注いでいたティーカップを手に取る。
「それで……どうしてオレを起こしたのかな?」
ソルクスが指を鳴らすと、球状の白く輝く膜が二人を包んだ。
「父を解放し、人類を滅ぼしたいのです」
アルバは微笑を浮かべ、紅茶を一口飲む。
「え?バルツァーブは勇者の跡継ぎにやられたって聞いたけれど」
「まさか、人間が神に勝てませんよ。あの女が、姉さんと協力して、再び封印しただけに過ぎません」
ソルクスは少し悲しげに笑う。
「君が人類を憎悪してくれて良かったと思う日が来るなんてね」
「では、貴方も?」
ソルクスは紅茶を一気に飲み干し、ティーカップを床に落とした。
高音が響き、破片が石畳に飛び散る。
「シルヴィアが産まれる前の記憶を見ただろ?オレはもう、ヒトを信じる事なんて出来ない」
ソルクスは、虚ろな瞳で通りを行く人々を見つめる。彼の周囲からは、濁ったような殺意が滲み出ていた。
「……もし僕を止めるなら、それはあなただと思っていた」
アルバは抑揚のない声で呟く。
目線を上げ、寂しげな眼差しを彼に向けていた。
「ソルクスは死んだ。肉体を奪われ、魂を囚われ、徹底的に尊厳を破壊されてさ……今のオレは、ただの殺戮者だ」
ソルクスは席を立つ。
「事を起こすのですね」
「ああ、最後に確認したい。君はクリフを殺すかな?」
アルバは僅かに思案した。
「貴方がお望みであれば撤回し、反意を示す者全ての首をここに」
ソルクスは瞑目した。
「君を育てた者の一人として、オレは悲しむべきなんだろうね」
「では僕は、志を共にする者として、貴方の行いを賞賛しましょう」
アルバは優しげに答えた。
「……ああ」
ソルクスが手を叩くと、白い膜とアルバの魔法が解除される。
それと同時に、ソルクスの姿に気が付いた民主の目線が集まり、彼らは少しずつソルクスに集まり始めていた。
「……ではお祖父様、後ほど」
アルバの身体が僅かに発光し、その場から消失した。
「じゃあ……始めようか」
ソルクスは指を組み、掌に魔力を集めた。
〈__白〉
次の瞬間、指の隙間から純白の光が溢れ出し、周囲に拡散した。
飛び散った光を受けた、一人の通行人の首が腐り落ち、頭と胴体が別れた。
それと同様の現象が周囲で起こり、その場で生き残った者達は悲鳴を上げ、蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。
「さあ、開幕だ」
ソルクスの手中から光の玉が飛び出し、強烈な光となって拡散し、ソルクスの周囲にあるもの全てを包み込んだ。
太陽のように膨張し始めたそれは、一本の光の柱となってジレーザの首都を照らす。
そして、光柱から瞳を持たない一匹の白い飛竜が飛び出す。
それが空を舞い始めたのを皮切りに、次々と飛竜が産まれ落ち、首都の空を覆い始めた。
◆
彼は神でありながら、生まれながらに心を持っていた。
彼は神でありながら、生まれながらに優しさを持っていた。
彼は神でありながら、生まれながらに感情を持っていた。
彼はその翼で世界を旅し、様々な生命と心を通わせて来た。
彼は生命と言葉を交わし、彼らの持つ想いと意志を受け止めて来た。
彼はその瞳で世界の全てを目にして来た。
彼は不完全だった。
活性の神。
暁光の父。
そして、生命の庇護者。
しかし、彼は変わってしまった。




