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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
2章.鋼の国
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47話「チペワチペワチペワ」

いつか街に出たかった。

毎日牛と一緒に温泉から飲み水を汲み、大人たちの狩りを学ぶ。


そんな生活だって悪くはない。

けれど、この狭い村で一生を終えるのは嫌だったし、何よりも父が嫌いだった。


「アキム!遅ぇぞ!!」


父に顔を殴られ、床に転がる。

筋骨隆々な出で立ちをした彼に敵う筈も無く、横になった所で腹を蹴られた。


分厚いブーツが内臓を押し潰したかのような感触と痛みを感じさせ、肺の空気が押し出される。


「ごめんなさい……」


父に向かって、心にない謝罪を放つ。

俺は悪くない、悪いのはあいつだ。


そう思い込んで、自分の心を必死に守る。

母さんは、父の横で目を逸らして、居た堪れない様子でいた。

守って欲しいと思う自分が悔しかった。


ゆっくりと立ちあがろうとして、肩を蹴られる。

テーブルに頭を打ち、目が回る。

こんな毎日だった。

些細な事で激怒する父に殴られ、それに怯える日々。

さっさと、逃げてしまいたかった。


程なくして、意識が飛んだ。


「わっ、うわあぁっ!!?」


思わず叫んで起き上がる。

そこは、アルバの洋館にある寝室であり、周辺には八体ものチペワが並んでいた。

身体を起こすと、背中から伸びた赤い触手が彼らと接続されていた。


「そうだ……アップデート中だった」


『アキム、大丈夫か?』


頭の中から、父の声が聞こえた。


「大丈夫だよ父さん。ちょっと、怖い夢を見ただけ」


『そうか、なら良いんだが……お前にばかり無理をさせて悪いな。いざとなったら、俺や母さんと替わるんだぞ、良いな?』


優しい父の声を聞いて、安堵する。


「ありがとう、父さん」


「二人は仲が良い。チペワもうれしい」


チペワの内一体が呟いた。


『……ああ、まあな』


父は、バツが悪そうに答えた。


「チペワのお陰だよ。みんなと一つになった事で、前よりも余裕が出来たんだ」


両手で指を組む。


「クリフ、受け入れてくれる?」


チペワは不安そうに尋ねる。


「大丈夫、きっと上手く行くって。だって俺たち、こんなに幸せなんだよ?」



ミラナの工房では、宴会が行われていた。

ダマスカス鋼の完成によって、店がごった返しそうになった為、アンドレイは祝いも兼ねて早めに店を畳んだ。


シルヴィアとミラナが二人で話しているのをよそにクリフは、アンドレイと少し離れた場所で酒を交わしていた。


「しっかしお前さん強いのぉ……」


既に蒸留酒のボトルを三本目まで開けていた。確かに、普通の人間にはそう見えるかもしれない。


「酔えないだけだ」


「ふはは!そりゃいい、お前さんならこの国でも人気者だ!」


アンドレイは顔を赤くしながら、朗らかに笑った。


「勘弁してくれ……どっかでヒューマンってバレちまう」


肩をすくめて苦笑する。酒瓶を机に置き、顎に手を当てた。


「そういえば」


そう切り出してアンドレイに尋ねる。


「ミラナは何故ここに居るんだ?ヒューマンの子供を、男で一人で育てたんだ。楽な道じゃ無かっただろう」


それを訪ねた瞬間、アンドレイの表情から酔いが消えた。


話題を間違えた。

後悔したのも束の間、彼はミラナに目配せした後、彼女が酔っている事を確認して呟いた。


「まぁ……お前さんならば良いか」


彼は蒸留酒の入ったグラスを机に置き、肘を付いて囁く。


「ミラナはな……戦災孤児だ」


眉間にシワを寄せて思案する。

彼の話す情報と、アウレアの歴史が噛み合わなかったからだ。


「アイツの歳からして、20年前後じゃジレーザと戦争してないだろう」


アンドレイは表情を曇らせる。


「そう……だな、語弊があった。ワシの心が弱いばかりにな」


アンドレイは蒸留酒の入ったグラスを一気に飲み、大きく息を吐く。


「おい、無理するな」


「いいや、お前さんだからこそ聞いて欲しい」


彼は口元を拭いながら、酔いで一段と顔を赤くする。


「20年前、ワシは軍人だった。北の端にある地域を巡回していた時、ある集落を見つけた」


嫌な予感を感じ取る。


「その集落ってまさか……」


「そのまさかだ。80年前の戦争で、アウレアへ逃げそびれたヒューマン達の集落が、そこにあった」


アンドレイは酒を注ぎ、もう一杯酒を呑む。


「その時のワシは、馬鹿だったよ。何か大きな軍功が得られると、浮き足立って上司に報告した。それで、地獄が起きたよ」


彼の意図に気付く。

これは懺悔だ。ミラナや同族には言えず、彼が殺したヒューマン達と同じ種族であるクリフに向けての懺悔だ。


「俺たちの部隊が、その村を蹂躙した。最前線とは違い、何の技術隠蔽もされてない、銃火器で武装された兵団だ。生存者はゼロ人だったよ……ミラナを除いてな」


アンドレイは、涙を浮かべていた。

それは恐らく、20年もの間誰にも言えず、敵性種族の子を育てるという茨の道を選んだ男が、初めてこぼした感情だったのだろう。


「娘だけは許して欲しい。ワシにそう頼んだあの子の両親を殺して、まだ2歳だったミラナを見つけた時、思ったよ」


「ああ、自分は″ヒト″を殺したのだと」


その言葉は、戦争で亜人を殺した自分にも刺さるものだった。


「__俺も元軍人だ。その気持ちは痛いくらい、分かってるつもりだ」


事実、自分は彼の友人を殺している。

ここに来て、彼がそれを糾弾しなかった理由がここに来て分かった。


二つのグラスに蒸留酒を注ぎ、片方を手に取る。意図を理解したアンドレイはグラスを手に取り、掲げた。


「遠い地で戦った兄弟よ」


アンドレイは口元を吊り上げ、続きを促す。

しかし、それに続く詩を知らない。


「汝の魂にいつの日か、平穏と救済のあらん事を」


だから、アウレア式での決まり文句を言った。二人は杯を交わし、酒を一気に飲み干した。


「アウレアの言葉で繋いだのか?そっちは随分と優しいもんだ」


アンドレイは苦笑する。


「宗教色が強いんだよ、故郷は。厳しいだけの言葉よりよっぽど良いさ」


空になったグラスを置き、少し寂しそうに答えた。


次の瞬間、工房の窓ガラスが勢い良く弾けた。

シルヴィアとミラナは突然の出来事に凍り付いていた。


「クソッ!!」


咄嗟にテーブルを蹴り倒し、その物陰にアンドレイを放り投げて、二人の元へと走る。

しかし、前に二人の大男が立ち塞がり、銃を構える。更には、四人の男が侵入し、シルヴィアとミラナを囲んで取り押さえた。


躊躇わずに、拳銃を持った二人の男に向かって突進する。

男達が握る拳銃が弾け、閃光を放つ。そこから飛び出し、飛来する弾丸を目で追った。


__なんだコイツら、ダマスカス泥棒か?


弾丸の下を潜って回避し、凄まじい速度で密着して二人の大男の頭を鷲掴みにする。


「死ねよ!!」


握力を強めると、頭蓋骨を割った感触が伝わってくる。男達は脱力し、動かなくなった。


そんな光景を目にした四人は、シルヴィアとミラナを担いで窓から脱出しようとしていた。


「行け!逃げろ!」


そして一人は、表情を恐怖に染めながらも、拳銃を引き抜いて応戦した。


「ヒトの身内(さら)って無事で済むと思ってんのか!?」


二人の大男を武器のようにふりまわし、拳銃を持った男に叩き付けた。

圧倒的な質量によって二人は潰れ、即死した。


かつてない程の殺意と怒りを激らせ、走る。

窓に向けて、もう一人の大男を砲弾のように投げる。


「嫌だぁぁぁっ!!」


逃げ遅れた男が悲鳴を上げながら、大男に押し潰され、即死した。


「シルヴィアっ!!」


飛び蹴りで窓を突き破り、外に出る。

二人を連れ去った男を探す。しかし彼女の姿は無く、跡形もなく消えていた。


「逃さん」


全身から金色の魔力を流し、力を解放する。

石畳を踏み砕きながら跳躍し、一気に屋根の上に登って街を見下ろす。

すると、街道で自動車が凄まじい速度で駆け抜けていた。


「アレか……!」


その場から跳躍し、街道に着地する。そして、一切の加減をせずに走った。

街道のアスファルトを粉々に粉砕しながら車に追い縋り、一気に距離を詰める。


「来るんじゃねぇ!!」


窓から一人の男が身体を乗り出し、銃を構えた。

走る過程で一粒の石を拾い、男に向けて投げ付けた。


炸裂音と共に飛んだ石は、男の眉間に直撃し、頭を貫通した。

男は目を剥いて車から転落し、こちらに転がって来た。


「丁度良い!!」


転がって来た男の足を掴み、逃げる自動車に向けて投擲した。

右後輪に直撃し、タイヤを吹き飛ばす。


しかし、完全停止には至らなかったようで、車体を大きく揺らした程度だった。


タイヤを失い、車体後部を擦りながらも、尚も逃走を続けていた。


「遅くなったな、これなら……」


そんな折、後部座席の車窓から、シルヴィアが暴れているのが見えた。


「馬鹿野郎!殺されるぞ!!」


思わず叫び、シルヴィアの背後に居た男が彼女の後頭部に銃を突き付けているのが見えた。


「やめろっ!!!」


叫んだ瞬間、空から赤い塊が落下し、自動車を上から押し潰した。

次の瞬間、車は赤い触手に覆われ、車輪に巻き付いて走行を無理矢理止めた。


「お待たせ、間に合って良かった」


クルマの天井部には、アキムが乗っていた。


「遅えよ。シルヴィアを守るって約束、忘れたのかと思った」


アキムは苦笑しながら触手を操作し、車体後部を引き裂いて、無理やり出口を作った。

すぐ側まで近付くと、シルヴィアが気絶したミラナを抱えて出て来た。


車内に居た人物はアキムの触手に巻き取られていたが、その中心部では一人の男が殴り殺されていた。


「殺しちゃった……」


シルヴィアは大粒の涙を浮かべ、顔をくしゃくしゃにして泣いていた。

そして、ミラナを抱いたその両手は、血に染まっていた。


「辛かったな……」


片手で彼女を軽く抱き締める。

胸の内から、嗚咽が聞こえた。


「悪いな、アキムと話をしたい」


「うん……」


彼女はすすり泣きながらすれ違い、ミラナを連れて、その場から離れた。


「ようアキム。お前の知り合いとは話がついたか?少し前、吸血鬼に襲われたんだが」


アキムは目を見開き、悔しげに歯軋りする。


「……くそ。クリフ、俺は……というよりチペワが付いてた組織が、お前を殺そうとしてる。俺なりに止めてみたんだけど、全然駄目でさ……」


少し焦って弁明する彼の肩を掴む。


「落ち着け、な?」


優しげな口調で彼を宥めた。


「……ウチのリーダーのアルバから、話をして来いって言われたんだ」


その言葉で、少しだけ警戒心が増した。


「ああ違うんだ!俺はクリフの味方だよ!!ただ、アルバの奴、俺達の生き方をクリフは受け入れないって言うんだ」


アキムは慌てた様子で両手を振り、敵意を否定した


「この前聞いたよな?俺の母さんは何処だって」


アキムは胸に手を当てる。


「俺の中で生きてるんだ。比喩なんかじゃない。目を瞑れば、いつだって会えるんだ、父さんや村長、村のみんなと」


彼は穏やかに笑い、満たされたような顔をしていた。

そんな彼の反応を見て、気分が悪くなった。


「必要ならここに呼べる。見せた方が良いか?」


無邪気に尋ねる彼を見て、微かな恐怖を憶えた。


「アキム」


「何だよ」


「お前は誰だ?」


そんな言葉が出る程、自分の知る人物と乖離していた。

しかしアキムは、その言葉を前に焦ったような表情を浮かべていた。


「俺はアキムだよ!いきなりどうしたんだよ、そんなに変な事言った訳じゃないだろ……」


やはり、彼は矛盾に気が付いていないようだった。


「本当に生きてると思ってたなら、どうしてお前は洞窟で泣いてたんだ?」


それを指摘されて、アキムははっとする。


「え……俺……どうして泣いてたんだろ……」


困惑し、動揺するアキムの肩を掴む。


「アキム、しっかりしろ。お前の母親は、お前を守って死んだんだ。あの時、もう帰って来ないからお前は涙を流したんだろ」


アキムの瞳孔が開き、身体が震え始めた。


「違う、母さんは死んでない。父さんだって、俺を殴ったりなんて……」


「大丈夫だアキム、俺達が居る。お前は一人じゃないんだ……!」


持ち合わせた語彙を搾って、彼を励ます。

しかし、アキムの瞳に自分は映っていなかった。


「なあクリフ……俺たちさ……みんなと一つになりたいんだよ」


「っ……アキム駄目だ」


間違いなく彼は、恐ろしい思想に染まっていた。


「何が駄目なんだよ!だってこの世界はこんなに辛くて、悲しくて……何が楽しくて生きてられるんだよ!?今だって、シルヴィアが人を殺して苦しんでるじゃないか!!」


彼は必死に抗議していた。

チペワとしてではなく、アキムとしての行いを受け入れて欲しいのだろう。


「……チペワなら、全部無くせるんだよ」


アキムは、搾り出したような声で呟いた。

心が痛む。しかし、肯定だけは出来なかった。形だけの返事は何より、あの時のアキムへの裏切りに他ならなかったからだ。


「俺は……辛い過去も、失敗だって、今の俺を作ってくれた大事なものだ。少なくとも俺は、そいつを濁して忘れたくない」


だからこそ、俺の意思を伝えた。

たとえ、それで決別する事となっても。


「っ!!それはっ、それは立ち直れた奴の台詞じゃないか!!」


アキムは激怒し、右腕を剣に作り替えて、臨戦態勢を取った。


「だからここに居るんだよ。かかって来いよ、引き摺ってでもてめぇを連れ帰ってやる」


こちらもまた、オムニアントを引き抜き、魔力を一際強く放った。

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