46話「カタブツ」
「よう、調子は……っと」
クリフはシルヴィアと買い物を終えた後、ミラナの工房に訪れていた。彼女が放つ、声を掛け難い雰囲気に気圧され口をつぐむ。
彼女はチョークで番号の振られた無数のインゴットを睨んだり、作業場に散らばった羊皮紙に何かを書き殴っては、近くの黒板に小難しい数式を書いては何かを呟いていた。
その隣に座り、作業を眺めていた。
彼女のスケッチやメモ書きを読み、彼女が何をしているかを読み解く。
__紋様を積層構造と解釈したか。
アウレアで紛い物のダマスカス刀剣を売った商人を思い出す。当然本物でへし折って贋作であると証明した訳だが、その後にトラブルに巻き込まれたのは良い思い出だ。
金属の配合表を眺めていた時、疑問を持ち眉を顰める。金属の強度を落とすような不純物が多数見つかったからだ。
恐らく、外見を似せる為だろう。
そうせざる程に、彼女は行き詰まっているようだった。
「ミラナ、休憩しろ。それ以上は質が落ちる」
彼女は鈍い動きで振り向いた後、頷いた。
金槌を置いて、金属作業用のエプロンを脱いだ。
「……アキム君はまだ来ないの?」
彼女は疲れた様子で、話題を振る。
「ああ、あまり巻き込みたく無いし、さっさと戻って欲しいんだが」
「気にしないで、全部話を聞いた上で、ここに残って良いって言ったのは私だし……」
二人と話した後、アキムが来るまでは待つ事になった。
結局、不用意に都市外縁部で待つ方が、襲撃される可能性が高くなるという結論が出たからだ。
「……そうだな、悪かった」
「しおらしくならないでよ。確かに……レナート兄ぃが死んだのは悲しいけどさ……きっと、仕方なかったんだよ」
彼女は淡い笑みを浮かべる。
恐らく、一番辛いのは彼女の筈なのにだ。
再び、謝罪の言葉が喉から出そうになるも、抑えた。
彼女はそれを望んでいない。
「……ああ、そう思う事にするよ」
暫しの沈黙が続いた後、ソドラスからの伝言を思い出した。
__そのまま伝えるのはマズいよな。
この話題の後に話せば、間違いなく顰蹙を買うだろう。だがそれ以前に、狂人扱いされてしまう。
「なあ」
「なに?」
「今までで一番良質だった鉄はどれだ?」
「一昨日に作った24番」
そう言って24とチョークで書かれたインゴットを渡される。
それを念入りに眺める。質感を確かめ、腕に魔力を込めて思い切り握り締める。
仄かに指の痕が残るが、歪む事は無かった。
「仮説で良いか?」
インゴットを眺めながら尋ねる。
「聞かせて」
ミラナは眠そうな顔を一変させ、目を爛々と輝かせてクリフを見つめる。
「ダマスカスは恐らく、魔法によって造られた金属だ」
「根拠は?」
彼女は仮説を一笑する事なく、一人の技術者として真剣な面持ちで尋ねた。
「カーバンクルの宝珠を使った炉は、良質な鋼造りに使えるが、製鉄所のような本格的な釜でも代用は効く。つまり普通の金属なら、とうの昔に発見、もしくはより優れたものが流通されている筈だ」
「うん」
彼女は青い瞳でじっとこちらを見つめ、耳を傾けてくれていた。
「それに加えて、カーバンクルの宝珠は魔石で焼くよりも強い熱と魔力を鉄に送ってくれる。そして、鍛冶屋は魔法を使わない」
自身の剣を引き抜く。
黒い木目状の刀身が輝いており、先日の戦闘を経ても、刃こぼれひとつしていなかった。
尤も、この剣ダマスカスでは無かったのだが。
「それに今作ってる金属は、性能を突き詰めた事で得られるこの紋様とはまるで正反対だ。ダマスカスに寄せれば寄せるほど、脆くなっていく」
剣に魔力を込め、最もダマスカスに類似していたインゴットを放り投げ、剣で真っ二つにした。
彼女はその光景に息を飲み、鉄が耐えられなかった事に少し落胆する。
「つまり、アーティファクトって事?」
彼女が悩ましそうに尋ねる。
アーティファクト。それは、皇都でイネスが尋問で使った道具のように、魔法が込められた道具だ。
魔石には、火、水、氷、雷、風。
そして無垢の六つの属性が存在する。
無垢は、同じサイズの宝石に匹敵する程、希少で高価だ。
そんな無垢の魔石には、魔法を込める事が可能で、理論で言うならば、〈黒減〉〈凝血〉〈火照薪〉〈磁雷〉なども埋め込む事が可能だ。しかし、魔法を埋め込む事は非常に難しく、現在のアウレアでは技術者は二人ほどしかいない程だ。
しかし、レイが持っていた本物のダマスカス製の銃とカトラスに、無垢の魔石は付いていなかった。
「いや、単純に魔法で強化した金属だ。それは断言して良い」
剣を収め、両断したインゴットを拾う。
「……クリフ、教えてくれる?」
ミラナは真剣な面持ちでこちらを見つめた。
魔法の習得には個人差があるが、数十年掛かるというのが通説だ。
実際、〈黒減〉を会得するまでに、基礎練習した時期を含めれば、15年以上掛かっている。
「やってみるか。ものは試しだ、適当なのを打ってみろ」
だがきっかけさえあれば、一瞬で覚えることもある。
そして彼女は、こと鍛治に対しての熱量は本物だ。つまり、金属に対するイメージは誰よりも正確に行える筈だ。
「……分かった、どうしたら良い?」
「そうだな、先ずは__」
作業を開始して六時間、日が暮れ始めた時、二人での練習パターンが仕上がりつつあった。
彼女の利き腕を握り締め、その腕を通して金槌に魔力を流し、彼女は鉄を打ちながら、まだ見ぬ最強の鋼をイメージさせていた。
集中力と練習の密度は凄まじく、滝のような汗を流しながら打たれるたびに変形する鉄を凝視し続ける。
そして、作業が節目を迎えたその時、ミラナの身体が僅かに痙攣した。
流していた魔力が弾かれ、彼女の腕から青色の光子が溢れ、打った刀剣が光に包まれる。
「えっ」
「おっ?」
光子が霧散した時、斑模様の鉄剣がそこに存在していた。
二人で言葉を失い、鉄剣をまじまじと眺めた。
「えっ、あっ……!!成功!?成功した!!?」
彼女は興奮気味に剣を取り、振り回す。
「危ねぇな!貸せっ!!」
完成した剣を彼女から奪い取り、持ち手にボロ布を巻き付けて左手で握り締める。
そして、右手でオムニアントを引き抜く。
両腕に魔力を通わせ、その場で互いを打ち付けた。凄まじい振動と衝撃が両手に伝わり、甲高い金属音が工房に響き渡る。
「……完成だ」
剣はどちらも曲がらなかった。
ミラナの目の色が明るくなり、完成した剣を再び奪い取っては、店番をしているアンドレイの元へと走っていった。
その光景に微笑し、無邪気に喜ぶ彼女を好ましく思ったのも束の間、この後に彼女が取るであろう行動に気付き、血相を変える。
彼女の後を追い、工房の扉を開く。
「ミラナ__」
「お父ちゃん!ダマスカス鋼作れたよ!!!」
言葉を遮る形で、彼女は店の中でそう言った。
「最悪だ……」
顔を覆ったのも束の間、店に居た殆どの人物が、一斉に彼女の元へ押し掛けた。
◆
燃えるジレーザ市街の中、クリフは路地裏でうずくまっていた。
大通りから悲鳴が絶えず聞こえ、金切り声を上げる謎の生物が羽ばたき、人々を連れ去っていた。
「……なあシルヴィア」
クリフは彼女の名前を呼ぶ。
しかし、返事はなかった。
「ヴィリングに帰ったら何をしたい?」
クリフは、何か球状のものを抱き締めていた。
「そうだな、またあの店のステーキを食べよう」
乾いた笑いをこぼし、抱き締めたものに話し掛ける。
「……ああ、ごめんな。ゆっくり寝ててくれ、俺はここで待ってるから」
虚ろな瞳でクリフは抱き締めた球状のものを……シルヴィアの生首を撫でた。
語る予定のない設定
各種族の再生について。
・ハイヒューマン、ハイエルフ
普通の人間に毛が生えた程度で、血が直ぐに止まり、やけど傷が綺麗に治る程度。欠損などは難しい。
・吸血鬼
頭と心臓を完全に潰すと死ぬ。
が、個体によっては液体にされても死なない。
再生過程は、肉と皮が風船のように再生した後、骨が張る。
・半神、悪魔
殆ど不死。
頭の欠損はおろか、全身を灰にされても生命活動を維持できる。
反物質によって、この世から完全に構成物質を消されたとしても、残留した魂から肉体を再構築出来る。
しかし、魂が捻出できる魔力の限界を迎えると、そのまま死んでしまう。
再生過程は、損傷、欠損部位が魔力に覆われた後に、一瞬で治癒する。
・ウェンディゴ
熱に弱く、物理攻撃に強い。
基本的に、小さな生物の集合体である為、欠損した箇所を、新たに誕生した個体がそこを埋め合わせているといった表現に近い。
再生過程は、傷の箇所から血肉が湧き上がって治癒する。




