45話「カタブツ」
クリフは身体を起こす。
周囲を見渡すと、岩肌に覆われた洞穴に居るようだった。
所々、木材によって崩落しないよう補強されている所から、恐らくここは坑道、もしくはそれに準ずるものに思えた。
また、頭の中の世界に飛ばされたようだった。
「クソ、またこれか……」
そう呟き、暗い坑道を進む。
少し進むと、暖かな光が見え、遠くから鉄を打つ音が聞こえた。
「今度は鍛治屋か?」
苦笑しながら先に進む。
穴の奥には一人の男が、金床で一振りの剣を打っていた。
光源は側にある炉だけであり、燃え盛った炎が、老人の彫りの深い顔を照らしていた。
設備はかなり無骨で、ミラナの工房と比べると、時代錯誤な雰囲気さえ放っていた。
「悪くないな……おい爺さん!」
「……む」
老人の身体が跳ね、こちらに振り向くと同時に、持っていた金槌を投げて来た。
想定以上に速度が速く、頭に金槌が直撃した。
そのまま頭が貫通し、吹き飛ぶ。しかし痛みは無く、一瞬で再生した。
やはり、あの空間だ。
「……っ、何しやがる!このじじい!!死んだだろうが!!」
「大きな声を出すな、驚いた」
老人は横を通り過ぎ、金槌を取りに行く。
金槌は、壁に突き刺さっていた。
「ええい、貴重な道具を」
「貴重なものを投げるな、職人だろ」
そう言うと、老人は一層不機嫌そうに、顔を顰めた。
「仕事中の職人を大声で呼ぶな」
「ああ、悪かったな。てめぇから用があると思ったんでな」
少し荒っぽい口調で返す。
すると、老人は考え込んだ。
「そうだった」
彼は関心が無さそうに答えると、工房の隅に立て掛けてあるツルハシを歩いて取った。
「ほれ、やろう」
先端の尖ったそれをブーメランのように投げ渡される。
速度こそ無かったが、尖った先端がこちらに向きながら回転していた。
「ぶっ殺すぞクソジジイ!!」
ツルハシの頭を掴んで受け止めた瞬間、ツルハシを振る自分のイメージが頭の中に割り込んで来た。
「……何をした」
「魔法の使い方を教えた。わしは鉄を打つ」
老人はそう言って金床の側に置いた木箱に座り、金槌を振り始めた。
「特訓しなくて良いのか?ガウェスの時は半年くらい居たが」
半年、といっても、一度も睡眠を取らず、一度の休憩もしなかった為、濃度で言えば三年くらいあった。
正直、やりたくは無かったが、この世界の管理人と思われる姉がここに送った以上、その意図を無碍には出来なかった。
「ん……ああ、あの男の趣味だろう」
老人は、血の気が引くような事を言った。
「ここに居る誰よりも年長者だが、誰よりも情熱的な男よ。結果ではなく、過程に拘っておる」
彼は剣を炉に入れ、温める。
「あんたは違うのか?」
「クリフ……技術は何の為にある?」
剣を金床に乗せ、金槌で打ち始める。
「技術は、楽をする為にある。研鑽の果てに産まれたものは尊いものだろう。だが、さっさと刷り込めるならそれに越した事は無かろう」
「じゃあ、その金槌を借りれば俺も鉄が打てるのか?」
老人は手を止める。
「その気になればな。だがやらんし教えん」
彼は鼻で笑った。
「どうしてだよ」
「簡単にやられると悔しいのでな。独学でやれ」
老人の答えに、思わず笑いがこぼれた。
「最高だな、あんた名前は?生前何やってたんだ」
「わしはソドラス。ジレーザの初代統領という奴だ」
それを聞いて、頭が痛くなる。
「……エルウェクトは、偉人コレクションが趣味だったのか?」
彼は顎に手を当て、目線を上に逸らす。
「さてな……ただ、あの女は兄を憎んでいるように思えた。胡散臭かったが、死後も鉄を打てると言われたのでな」
ソドラスは槌を金床に置き、こちらに目線を合わす。
「して、古代人は随分と幅を利かせているようだな」
「あんたの頃は違ったのか?」
彼は溜め息を吐く。
「ああ、一度奴らの連絡路と思しきものを掘った事がある。嫌な予感がした。直ぐに崩落させて塞ぎ、後任にも掘るなと伝えたのだがな……結局掘り返したようだ」
「話通りなら、奴らに支配されてるんだろ?」
「ああ、頭を支配され、戦争で死ぬ多くの同胞は、忠誠を誓っていない者の為に、その命をくべている」
ソドラスは悲しげに呟いた。
「ジレーザは死んだ」
老人の顔つき、その瞳の奥には、悲哀が宿っていた。
「そうか。なあ爺さん、あんたは誰かに伝えたい事は無いのか?」
そんな彼に、憐れみを抱いてしまった。
恐らく、それを拒む事は分かり切っていたというのに。
「無いな……わしの遺言を破ったなりの理由があるのだろう。それに、一線を引いた老人が表舞台に立つべきではない。そういう奴をな、老害と呼ぶのだ」
ソドラスは金槌を取り、鉄を再び打ち始める。それは、会話の終わりを意味していた。
「そうか。なあ爺さん、何処から帰れば良い?」
「適当な場所で寝ると良い、目が覚めたら現実だ」
「ああ、分かったよ」
工房の隅で横になり、目を瞑る。
鉄の音と炉の温もりによって、微睡んで来た。
「そうだ小僧!」
ソドラスに大声で呼ばれ、身体が跳ね起きる。
「このクソジジイ!!驚かされたくねぇなら、てめぇも静かに呼べ!!!」
「ああ、伝えたい事を思い出した」
ソドラスは空返事をした。
「ミラナという小娘に、魔法を練習しろと伝えておけ」
「……あ?なんでだ」
「全て答え合わせするのは無粋だろう。さあ寝ろ」
彼の言葉で、何となく察しが付く。
「ああ、分かったよ」
気だるげに答え、今度こそ眠りについた。
「ん……?」
突然環境音が変わり、背中の感触が硬い地面から、柔らかなベッドに変わる。
目を開けると、アンドレイから借りた部屋の天井が視界に映った。
「またか」
短く呟く。クレイグと戦闘をした後の事を思い出したからだ。
「ん……くりふ?」
身体を起こして横を見ると、変わらずシルヴィアが同じベッドで寝ていた。
曰く、一人で寝ると悪夢を見るそうだ。
半年ぶりに見た彼女を前に、持ち上げて抱き締めたい衝動が湧き上がるが、それを我慢し、すべき事をする為にベッドから出て立ち上がる。
「シルヴィア、ジレーザを出るぞ」
短くそう言って部屋を後にし、2階の吹き抜けに出る。
朝日はまだ出たばかりで、ミラナとアンドレイが店開きの準備をしていた。
彼らがまだ生きていた事に、安堵する。
「アンドレイ、ミラナ!話がある」
吹き抜け階段を降りながら、二人の元に向かう。
「クリフ!良かった、店の前で倒れてた時はどうしようかと……」
「レナートが殺された」
明るい口調でこちらに駆け寄って来ていた彼女に、短く伝える。
「なんで……」
「俺を殺しに来た奴にやられた。そこに居合わせた理由は……俺がセルゲイを殺したからだ」
情報を圧縮して伝える。
彼女達を巻き込まない為にも、一秒一瞬でも時間が惜しかった。
「……恨むなら好きに恨んでくれ。世話になった」
背を向けて階段を登る。さっさと荷物をまとめる必要があった。
背後で風が切る音が聞こえた。鋭利なものではない。それを避ける事なく受け、後頭部に鈍い感触が伝わる。
後頭部から血が伝わり、階段に重いものが落ちる音が鳴る。
「お前達は……仕事道具を投げる趣味でもあるのか」
階段に落ちた金槌を拾い上げる。
ミラナは怒りの表情を浮かべていたが、それと同時に涙を流していた。
「ちゃんと話してよ!!」
ミラナは叫ぶ。彼女の瞳には、怒りではなく悲哀が宿っていた。
「抱え込まないでよ!憎まれ役を買おうとしないでよ!!そんなの……何も解決しないから」
彼女はそう言い終えると、膝から崩れ落ち、両手で涙を拭いながら、声を出して泣いた。
「……ミラナ」
思わず足を止める。
アンドレイがミラナの肩を持ち、背中を撫でて宥める。
「セルゲイは、ワシのダチでもあった。ミラナの言う通りだ、ちゃんと話してくれるんだろうな?」
彼も顔を上げ、まっすぐな瞳でこちらを見つめた。




