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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
2章.鋼の国
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44話「蛇」

彼女は竜でありながら、生まれながらに鱗を持たなかった。


彼女は竜でありながら、生まれながらに翼を持たなかった。


彼女は竜でありながら、生まれながらに牙を持たなかった。


彼女に手足は不要だった。望めば何処へでも行けるからだ。


彼女は口を持たなかった。あらゆる言葉に勝る、意思を伝えられたからだ。


彼女には瞳が無かった。虹彩という脆弱な器官に頼らずとも、全てを視て、知る事が出来たからだ。


彼女は完全だった。


停滞の神。


宵闇の母。


そして、調停者達の女王。


けれど、彼女はある日変わった。



「不憫だな」


ベルナルドは、溶解し、生命の痕跡すらも消え去った青年の最期を見て、短く呟く。

そして、超域魔法を解こうとした瞬間だった。


「こんにちは」


紙芝居のコマを差し替えたかのように、突然一人の女性が出現した。

黒色の髪、緑の瞳。そして、臀部には艶やかな蛇の尾が生えていた。

そして、鮮やかな黒のウェディングドレスを着た彼女の手足は、突起の少ない、きめ細やかな鱗に覆われていた。


「……初めまして、ベルナルドと申します」


彼女からは、魔力を感じられなかった。

まるで、何もないかのように。


幻覚。それが真っ先に出た候補だ。

しかしそれは違う。

超域魔法、血界回廊は、血液の凝固による武器化に留まらず、血液の増殖、そして血液操作による、擬似的な生命を作成する事が出来る。

強化されたチペワといった能力で、檻として張り巡らされた血管にも、様々な感知器官が備わっている。


その上で、彼女は確かにこの世界に存在していた。

魔力を完全遮断する生物は、ごく僅かに居る。しかし、そんな例外よりも早く、一つの回答が頭に浮かんだ。


あれは、神だ。


「へぇー……突然礼儀正しくなるね。あたしに気付いたんだ。でも、駄目かな」


彼女はこちらを指差した。


〈__黒滅(アーテル)


指先から強烈な光が弾けた。

咄嗟に回避行動を取るも、右腕が無くなっていた。

極大の光線が通過したようで、彼女の指先から先にあったすべての物体が、円状にくり抜かれ、消滅していた。


「ああ、外しちゃった」


彼女はわざとらしく呟く。

その眼差しからは、嗜虐的な意思が宿っていた。


「ほら、抵抗しないの?死んじゃうよ」


嫌な汗が噴き出る。

それと同時に、超域魔法を駆使し、自分の複製品を一斉に作り出した。


そして、背後に転移門を形成する。


「俺はまだ死ねない」


そう呟いて右手から赤い魔力を発した瞬間、クリフが使ったものと同じ波動が弾けた。


〈__黒減(ニグリ)


しかしその規模は段違いで、複製品はおろか、超域魔法の結界を全て消し飛ばした。

当然自身もその光を浴び、転移門が自壊し、次第に強烈な眠気がやって来た。


眠気を意志によって振り払った瞬間、彼女は既に目の前に詰め寄って来ていた。


「じゃ、頑張ろっか」


彼女に頭を掴まれ、そのまま地面に叩き付けられる。そして側頭部を蹴られ、地面を転げ回る。

素早く立ち上がり、その場から跳躍する。


__右腕が再生しない?


普段なら完治する筈の右腕が、依然として治らなかった。

そして、魔力で足場を作り、着地しようとした瞬間、足場が崩れた。


「ほらおいで、抱き締めてあげる」


真下で、彼女は満面の笑みを浮かべ、両手を広げていた。


「死ねないと、言っただろう!!」


首を勢い良く引き裂き、再び超域魔法を発動する。

しかし、今度は結界を形作らなかった。


魔力の限り無尽蔵に血を増産し、凝固させるこの魔法には、もう一つの用法があった。


右腕が赤い結晶に覆われた。

その直後、凄まじい負荷が右腕に掛かり、バランスを崩しそうになる。

右腕内部で精製された血液は際限なく圧縮され、物理法則を無視して重量を増し続けた。


「俺からの悪あがきだ、受け取れ……!」


極限まで加圧され、規格外の質量を内包した血の槍が、腕の結晶を弾きながら発射される。

発射と同時に、槍は現実を思い出したかのように、突風を巻き起こし、接触すらしていない樹木を押し潰した。


亜光速に片足を踏み込んだそれは、地球に着弾すると同時に、小さくはない地震を引き起こす。

筈だった。


「アイデアは良いね。努力賞ってとこでどう?」


彼女は、巨大な山にも匹敵する重量を持つ槍を、片手で掴み、眺めていた。


「……どうも」


半ば諦めの言葉が出た。

彼女はダーツを投げるかのように槍を投げ返した。

その瞬間、再び槍は元の作用を取り戻し、自分の目の前を通過して行った。

左半身が千切れ飛んだ。衝撃で遥か上空に吹き飛ばされ、雲を抜けて体が凍り始めた。


「もう、逃げないの」


彼女はこちらに追いつき、頭を掴んだ。

そして、空中を蹴って再び地表へと降下する。

眼前に地面が迫り、目が潰れるような距離に達した時、嫌な音と共に頭の感覚が無くなった。


「ほら頑張って……」


彼女に地面から引き摺り出され、逆さに持ち上げられる。

そして右手以外の全てが治癒すると、彼女は再び薄く笑い、手を離した。

地面に手を付き、後転しながら距離を取る。


「あなたはアルバの仲間でしょ?あたしとしては、生かしても良いけど……」


神からの慈悲が垣間見え、僅かに心が躍る。

それが嘘だと分かり切っていても。


「やっぱ許せないや。あたしの可愛い弟を虐めたんだもの」


彼女の額が縦に裂け、そこから巨大な緑色の眼球が出現した。


「神の権能を見せてあげる」


〈__(グノーシス)


彼女がそう呟いて指を鳴らす。

次の瞬間、空に浮かぶ月が弾け、そこから光が__



ルナブラムは、真っ白に灰化したベルナルドを眺めていた。

彼女が息を吹き掛けると、ベルナルドは細かな灰となり、風に乗って霧散して行った。


「……さてと」


先程まであったタイガの森は無くなり、地平線まで、灰の砂漠が広がっていた。


「居るんでしょ?クレイグ」


彼女が呼びかけると、空が瞬き、赤い流星がルナブラムの目の前に落ちた。

そして、着弾点に漂う血の蒸気が晴れ、中からクレイグが姿を現す。


「なぁ……あんたルナブラムだろ!?俺と殺し合ってくれよ!良いだろ!!?なぁ!!」


クレイグは興奮した様子で、彼女に詰め寄った。しかし彼女はクレイグの額を指で突き、牽制した。


「あなたの相手は、あたしじゃなくてクリフ」


その回答に、クレイグは片方の眉を上げ、不満げに腕を組んだ。


「クリフ?まあ伸び代はあるがな……大体前提が破綻してねぇか?俺が無視して刀振り回したら成立しねぇぜ?」


「心配しないで、あの子の伸び代はあなたよりよっぽど上だから」


彼女の返答にクレイグは目をぎらつかせる。


「言ってくれるじゃないか」


「うーん……二年弱。それくらいあれば、あたしの弟はお前をどうにかして倒せるかな」


彼女は得意げに話し、鼻を鳴らす。


「二年……すぐじゃないか。良いだろう、それまであのガキは殺さないし、殺させない。」


クレイグは満足した様子で、踵を返す。


「あっ、しまった。メイとソフィヤは生きてるか?」


クレイグは振り向いて尋ねる。


「勿論、生きてるよ」


ルナブラムはその場でしゃがみ、足元の灰に両手を入れる。


「うんしょっと」


軽い掛け声と共に、ソフィヤとメイシュガルを持ち上げた。


「おお、助かる。あんたの魔力に当てられて、鼻が効かなくてな。俺の彼女なんて尻尾巻いて逃げやがった」


「何?そんな有様で勝つ気でいたの?」


彼女は呆れた物言いで、クレイグを鼻で笑った。


「楽しいかが重要だろ?」


クレイグは、不思議そうな顔をしていた。


「はぁ、お前の相手をさせられたソルが可哀想」


ルナブラムはため息を吐き、クレイグに二人を投げ渡した。


「事実、大失敗だろうよ。アイツの価値観に沿わない事を俺は続けてるからな」


クレイグはそれを手際良く受け取り、二人の首根っこを掴んで引き摺りながら帰った。


「まあ、あの時はアウレアが好き放題してたし、良いんじゃない?あたしはソルを支持するよ」


「そうか。じゃ、俺帰るからよ」


クレイグは、突然熱意を失った様子で、背後に転移門を作った。


「おーい、チビっこ。生きてるかー?今お家に送ってやるからよ」


彼はそうぼやきながら転移門へ消えた。


「さて、クリフを送ってあげないと……シルヴィアとは……話さなくても……おっと?」


ルナブラムが背後を振り向くと、彼女の数十倍はある巨人が立っていた。

女性的な身体に、蛸を頭に乗せたような姿で、その肌は湿っており、暗い青色をしていた。


「……増援はすり潰した。お前の指示通りにな」


その巨大さ故に、彼女の声は灰の砂漠の砂を巻き上げる程大きかった。


「お疲れオネスタ。で、何人来てた?」


ルナブラムは、彼女の名を呼ぶ。


「23だ……超域魔法が二人居た」


オネスタは血に濡れた両手を握り締める。


「変化はナシか、でも多かったね。大変だった?」


「付け焼き刃の超域魔法など、発動前に屠れる。相手にならん」


「クリフを助けたかったでしょ、我慢してくれてありがと」


オネスタの身体が一瞬で縮み、元のドレス姿の女性に戻る。


「……クリフに体を返せ。お前のものじゃない」


彼女は不機嫌そうに、語気を強めて言った。

ルナブラムは、それを嘲笑った。


「でも、あなたのものでもない。クリフは私の弟だ、お前の息子じゃない」


その言葉に、オネスタは殺気立った。

ルナブラムは強く発光し、その姿をクリフへと変えた。


「クリフっ!!」


オネスタは駆け寄り、気を失ったクリフを受け止めた。


「所詮外野に過ぎないのか、私は……!」


彼女は悔しげに歯軋りをし、左拳を強く握り締めた。

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