43話「蛇」
「超域魔法?」
クリフは、初めてガウェスと会った部屋で、彼から座学を受けていた。
「ええ、私たち古代のヒトが編み出した、特殊な工程を経て行う魔法の総称です」
ガウェスは部屋にホワイトボードを持ち込んでおり、テーブルのすぐ側で立って文字を書き込んでいた。
「魔力の発生源が魂……というのはご存知ですか?」
「ああ、気分が良いと出が良くなるんだろ?」
ガウェスは微笑み、ボードにヒトの形をした図形を描く。
「ええ、その通りです。そこで私達が考案したのは」
ヒトの図形の心臓部に、赤いペンで丸をする。
「魂で魔法を扱う方法です」
そこで、頭が混乱する。
「……なんだって?普通そうなんじゃないのか?」
ガウェスは、図形の頭にも赤い丸をつけ、胸と頭、手を線で結んだ。
「従来の魔法は、頭で考え、魂から魔力を貰って発動します」
ガウェスは頭と胸を結んだ線を指で消す。
「しかし、超域魔法はそれらの工程を飛ばします。更には、その過程で魂が体外に露出し、精神状態の如何に関わらず、八倍近い魔力を放出します」
彼の言葉を頭の中で噛み砕く。
「つまり、いちいちイメージしなくても良いって事か?」
「ええ、最低限のイメージで済み、脳が焼き切れずに済みます。その上、魔力の放出量と精度が向上する事で、ワンランク上の事象を起こす事が出来るのです」
ガウェスはホワイトボードに描かれた図形を全て消した。
「俺にも出来そうか?」
「今すぐには無理でしょう。しかし、あなたは筋が良い。基礎を憶えてしまえば、数年もしないうちに会得出来るかもしれませんね」
ガウェスは柔和な笑みを浮かべた。
「もし、そいつを扱える奴と戦ったなら、どうすれば良い?」
ガウェスは顎に手を当てて考えていた。
「躊躇いなく逃げて下さい」
彼はきっぱりと言い切った。
◆
しかし、現実はそこまで甘くは無かった。
謎の男が発動した超域魔法は、血液が毛細血管のように広がり、瞬く間に森全体へと広がった。そして、血管は起き上がって、巨大な檻を形成した。
「マジかよ……」
拳銃を引き抜き、その場で発砲する。
屈折し、挙動を変えた光弾は、遥か遠方へと射出され、檻の外縁部に激突し、その場を何度も周回し、激しい金属音を鳴らす。
度重なる負荷を経て、光弾は自然消滅した。
しかし、檻の表面には傷ひとつ付いていなかった。
「真っ正面からか……」
ベルナルドは乾いた笑いをこぼし、一本の剣を足元の血管から射出させ、受け取る。
「そういう事だ」
彼が切先を向けると同時に、足元にあった血管が蠢き、そこから勢い良く血が吹き出した。
__そういうタイプか
勢いよく飛び上がり、それを回避する。
そして、魔力で足場を作って、彼の真上を取った。
しかし、全方位の血管が蠢き、発光した。
「オムニアント!!」
怒声混じりに武器の名を呼ぶと、握っていた拳銃が二丁に増えた。
銃口をベルナルドに向け、高速で連射する。
〈__塑性弾核〉
瞬間、脳が焼き切れる程の負荷を掛け、二十発にも及ぶ弾丸を操作した。
発射したそれぞれの弾丸が明確な役割を持って屈折し、襲い掛かる血液全てを迎撃し、籠状に飛び交う光弾によって視界が埋め尽くされた。
「挨拶代わりだ」
全ての血液を打ち払った光弾が一斉に集まり、ベルナルドへと降り注ぐ。
しかし、彼は回避行動を取らなかった。
結果として、凄まじい熱量が彼の上半身を跡形もなく削り取り、蒸発させた。
「裏があるな」
そう呟いて、二丁の拳銃を更に発砲し、残ったベルナルドの下半身も破壊した。
しかし、檻が自壊することは無かった。
次の瞬間、背中に強い衝撃が走る。
「なっ……クソ!」
胸部からはベルナルドの剣が飛び出していた。
いつの間にか背後を取られ、背中を刺されていた。
「運が悪かったな」
ベルナルドに背中を蹴られ、地面に落とされる。そして、間髪入れずに地面から槍が突き出し、腹部を貫かれる。
「俺の超域魔法は、超域魔法の使えん人間には滅法強くてな」
腹部に刺さった槍を抜こうとするも、全方位から発射された血の弾丸が、全身に風穴を開け、強烈な衝撃を与えて来た。
「お前に打つ手は無い」
彼の言葉を皮切りに、怒りがピークに達する。
レナートへの情が強い訳ではなかった。
一時の共闘、ミラナの兄貴分。それと気まぐれ。彼を殺さなかった理由など、その程度のものだろう。
「アイツに説教したばっかなのにな……はは、全く……」
しかし、どうしようもなく腹が立った。
「何を言ってる」
再び身体の傷を癒やし、腹に刺さった槍をへし折り、引き抜く。
そして、その場からすぐさに飛び上がり、上空に立つベルナルドの顔を殴った。
爆発音にも似た音を放ったその一撃は、彼の上半身を粉々に吹き飛ばした。
「……ぶっ殺す」
二発目を下半身に当てようとした瞬間、突然それら全てが血液へと変化し、地面へ飛び散った。
「言ったろう!お前に打つ手は無いと!」
ベルナルドが、真上に張った血管から飛び出し、剣を振り下ろす。
それに並行して、周囲の血管から、鋭利な血の斬撃波が発射された。
「てめぇが勝手に決めてんじゃねぇ!!」
オムニアントが形を変え、両腕を覆うような籠手へと形を変える。
両拳を振りかぶり、ベルナルドに向けて繰り出す。
未知の金属に覆われた拳はベルナルドの剣を砕き、彼の胴体を捉える。
そして次の瞬間、両腕の籠手が発光し、爆発した。
〈__塑性弾核〉
爆発による衝撃波でベルナルドが砕け散ったのも束の間、爆炎が屈折し、複数の衝撃波を放ちながら、迫り来る血の斬撃破を撃ち落とした。
「手を変え続けろ、相棒」
オムニアントは再び姿を変える。
粘土のように蠢き、次の瞬間には銃床の無い散弾銃に形を変えていた。
「上出来だ」
散弾銃は二丁に分裂した。
__弾は塊が良い。
銃がひとりでに排莢し、スラグ式の弾薬に取り替えた。
「ほら、どっからでも来やがれ」
右手に持った散弾銃を担ぎ、周囲を見渡した。
次の瞬間、周囲の血管からベルナルドが飛び出す。
しかし、一人では無かった。
眼前を覆い尽くす程に出現し、血管から絶え間なく生まれ続けていた。
「ああそうかよ!」
回転しながら散弾銃を乱射し、濁流のように迫るベルナルド達を迎撃した。
◆
バベルは自室のモニターの前で、直前まで画面に映っていた映像を何度も繰り返し再生していた。
空色の魔力を放ち、屈折する弾丸を放つクリフ。その光景を見て、彼は歯軋りした。
「レナートを自爆させないで正解だったな。面白いものが見れただろう?」
バベルの横に立っていたケルスが、嘲笑混じりに話しかける。
「彼の魔法を再現するなんてね……」
バベルは声を振るわせ、動揺しながら呟く。
ケルスは、それを一笑した。
「まさか、お前の中では答えが出ているだろう。金色の魔力、そして魔力を含め、古代人の魔法を行使してみせた……まさかあの世捨て人がただの子供を育て、愛してやまない神から授かった武器をただ預けたとでも?」
バベルは震え、片手で額を抑える。
「っ、彼がエルウェクトだとでも!?」
ケルスはテーブルに片手を付いてもたれ掛かる。
「そうとも、彼女とお祖母様は、その高度な魂を保持したまま、死後に人として転生した。尤も、何故か彼女だけ記憶が失い、クリフという男になってしまったが」
バベルは、黙り込んでしまった。
その場で俯き、親指の爪を噛んでいた。
「……認めない」
彼は瞳に憎悪を滾らせ、クリフの顔と、ありし日の主人の顔を照らし合わせていた。
「いいや認めてもらおうか。今やアイツは俺の大叔父にして、ルナブラムの弟だ。お前の神じゃない」
「ケルスッッ!!」
バベルは勢い良く立ち上がり、ケルスを睨む。
しかし彼は、目線を動かすことなく、バベルの左手に短剣を突き刺し、テーブルに打ち付けた。
「偶発的な戦闘は許可しよう。彼にとって良い経験になる。だが、お前は駄目だ。お前たちが本気になれば、クリフでは処理出来ない。俺や、お祖母様が出る事になってしまう」
「お祖母様……?」
バベルは痛みに顔を歪めながら尋ねる。
「今もクレイグに監視させているだろう?なら、面白いものが見れるはずだ」
◆
「……どれだけやる気だ、クソ!!」
クリフは、箱型のロケットランチャーを担ぎ、四発のロケット弾をベルナルドに向けて放った。
全ての弾が綺麗に屈折し、無数のベルナルドに命中、爆裂した。
しかし、またも次のベルナルド達が爆煙から飛び出して来た。
既に、ベルナルドの残骸が遺した血によって、檻の中は膝下程の深さまで血で満たされていた。
__レーザー、ミサイル、実弾、衝撃波……何を使う、何を使えばコイツらを崩せる!?
オムニアントが変形を繰り返し、一つの回答を出した。
彼は、一本の無骨な杖に形を変えた。
__杖?……アレか!!
杖にある限りの魔力を流し込む。
その過程で、金色の魔力が途切れ、体から光が失せ、力が抜けた。
「久しぶりに全部使う」
頭の中を空にし、漆黒で、不定型な何かをイメージする。
そして、それが弾けた。
〈__黒減〉
ベルナルドの群れが迫る直前、黒い波動が杖を起点に溢れ出し、彼らを蒸発させた。
それだけに留まらず、尚も波動は広がり、血管の檻を融解させる。
「クソが……!」
歯軋りをし、その場から全力で走る。
__今のままじゃアイツに勝てない。
惨めに逃げる。
レナートの亡骸を置き去りにして。
「随分と冷たいな、二人を置き去りにするなんて」
ベルナルドは結界の中で仰々しく声を張る。
思わず振り向くと、檻の中心で、彼はメイシュガルの首を締め上げて立っていた。
そのすぐ側には、四肢を破壊されたソフィヤが、力なく転がっていた。
「悪いが仕事なんでな。念入りにやらせて貰った」
思わず立ち止まる。すぐ後ろでは、結界が閉じ掛かっていた。
「逃げてっ!!あなたは関係ない!!」
ソフィヤが叫ぶ。
だが考えるより先に、再びベルナルドに向けて走っていた。
血管の檻が再び構築され、閉じ込められる。
「クソ野郎が……」
ベルナルドはため息を吐いた後、メイシュガルを投げ、それを別のベルナルドが受け取り、更に追加で出現した個体がソフィヤを担いで連れて行った。
「お前が死んだら二人は逃がしてやる。だから、安心して死んでくれ」
ベルナルドは苦笑した後、再び増殖した自分をけしかけて来た。
「罪滅ぼしのつもりかよ」
ベルナルドは苦笑する。
「そんな所だ」
増殖したベルナルド達が一斉に溶解し、血液となって崩れる。
そして、血の濁流となって迫った。
身体の変化が解け、魔力が練れなくなっており、身体能力と再生能力も大幅に落ちていた。
つまり、避けられなかった。
せめてもの抵抗に飛び退くも、着地と同時に膝が血の池に浸かった。
そして次の瞬間、両足が溶けて千切れた。
「当然だが、猛毒だ」
そのまま背中から池に着水した。
眼球や耳から液体が侵入し、凄まじい速度で身体を溶かし、耐え難い痛みが襲う。
もがいた際に両腕が千切れ、残った身体も凄まじい速度で溶け、ごく僅かな内臓だけが残った。
にも関わらず。身体の感覚を知覚でき、散らばった身体それぞれから痛みを感じた。
__お姉ちゃんを呼んでよ。
突然思考に、そんな言葉が過ぎる。
__昔みたいに、お姉ちゃんがクリフを悪い奴から守ってあげる。ね?
身体の感覚を完全に喪失し、姉の言葉だけが残る。
既に頭の余裕は無かった。
__助けて、姉ちゃん。
心の中で、短く呟いた。




