41話「喧嘩」
レナートは明かりの消えた部屋でソファに座り、リモコンを片手にテレビモニターを前のめりで凝視していた。
モニターの映像から反射される光によって照らされた彼の瞳は乾いており、表情の失せたその面持ちの裏には、強い殺意で満ちていた。
「……金色のアウレア人」
レナートはリモコンを操作し、モニターに映る、2年前の映像記録を再生した。
『逃げる側になった感想を教えてくれよ』
画面に映る男は、怒りの形相を浮かべて撮影者を……レナートの右腕を掴み、蹴り飛ばしていた。
レナートはリモコンを再び操作し、映像を停止し、男の顔を拡大表示する。
その顔立ちと輪郭は、彼がつい最近出会った男と同じ形、そして同じ声をしていた。
「クリフ……お前だったんだな」
レナートはリモコンをローテーブルに置き、テーブル上にあったウイスキー瓶を取り、直接飲んだ。
「……俺は」
彼は俯き、酒瓶をテーブルに戻す。
「親父が遺したものを守らなきゃならない……」
◆
吹き飛ばされたレナートは、雪の上に軽やかに着地し、クリフへ躊躇いなく引き金を引いた。
「俺はっっ、我慢したんだぞ!!」
レナートは怒りを露わにし、叫ぶ。
クリフはそれを弾丸を掌で受け止め、払った。
「何の話をしてる!」
彼は翼型の装備を起動し、腰部から翼のような噴射光を発しながら突撃した。
レナートは腰に差していた筒を引き抜き、そこから光刃を展開し、振り払った。
クリフもまた、素早い所作で剣を抜き、それを受け止めて、鍔迫り合いになる。
「二年前だ!お前が俺の親父を殺してから、俺は、空いた穴を忘れようとした!お前の正体に気付いても、復讐をすぐに諦めてやった!!」
その言葉で、クリフはようやく理解した。
「お前……あの時の……」
レナートは歯軋りをし、心の内に溜めた怒りと悔しさを顔に浮かべる。
「なのにお前は、そこに居る女の復讐を肯定しやがったんだ!!」
レナートは剣を弾き、鋭い突きを繰り出す。
クリフはそれよりも素早い速度で、その場から飛び退いてみせた。
「こんなの、真面目に仕事をしてる俺が……馬鹿みたいじゃないか……!!」
対するクリフの眼差しは、冷ややかだった。
「レナート。お前は二つ誤解してる」
「……は?」
彼は声を震わせ、光刃の展開を止めた。
「ソフィヤの件は俺のミスだ。しかも浅はかで、どうしようもない奴だ」
クリフもまた、剣を収めてレナートに近付く。
「だがてめぇの一件は、飽くまで戦争だ。俺の知ったことじゃない」
クリフは目と鼻の先にまで近付き、レナートを睨む。
「それとな、俺はソフィヤとケリを付けると伝えた筈だぞ。それをどうして、てめぇが水を差してやがる……!」
クリフの拳がレナートの腹部に直撃し、彼の身体が浮き上がり、着地と同時にレナートは悶える。
「気に食わねぇなら、真っ正面からハンカチでも投げて来いよ。望み通り、ブッ殺してやるさ」
クリフは鼻で笑い、軽蔑の眼差しを向けた。
それは、レナートにとって、到底耐えられるものでは無かった。
「……クリフぅぅっ!!」
レナートは嗚咽にも似た、怒りの叫びを上げ、光刃を再び展開して飛び掛かる。
「来いよ!受け止めてやる!」
クリフは剣を納刀したまま、両腕を広げる。
「馬鹿にするか!!」
レナートの剣がクリフの胸を袈裟に切り裂き、両断する。
しかし、剣が通り抜けると同時に体の再生が完了し、クリフはレナートの首を掴んで持ち上げた。
「丁寧に資料見せてくれたよな……脳ミソ潰せば死ぬんだっけな」
クリフは拳を固め、レナートの頭部に向けて振り抜いた。
その直後、クリフの側頭部に一筋の光線が通過する。
「ああ、またか」
クリフは顔を顰めると、頭が弾けて爆発した。
レナートは顔を青くし、背後を振り向く。
そこでは、アンジェラが自身の身長と同じ大きさの狙撃銃を構えていた。
「頭冷やしな!セルゲイが死んだんだ!!そいつに接近戦を仕掛けてどうするよ!!」
レナートは我に返った表情を浮かべた。
そして、翼型の装備を起動し、レナートは上空へと飛翔する。
それと同時に、アンジェラが二度目の狙撃をクリフへと行う。
しかしクリフは頭を欠損した状態で、身体をのけ反らせ、狙撃を回避し、アンジェラに向けて一直線に走り出す。
二年前と違い、二人との距離が短かかった。
更にアンジェラは、不自然な程にワンテンポ遅れてから退避行動を取った。
__レナートから注意を逸らす為か。
頭を再生させたクリフはそう判断しながら、アンジェラに追い付き、彼女の顔を掴み、頭を地面に叩き付ける。
そして、素早く剣を引き抜き、彼女の首を切り落とした。首を持ち上げ、レナートの居る方角に掲げる。
「メイ、こいつまだ生きてるんだよな?」
クリフは、ソフィヤを抱えて呆然としていたメイシュガルに尋ねる。
「えっ、はい!」
クリフはアンジェラの生首をメイシュガルに投げ渡す。
「持ってろ、レナートの奴に撃たれずに済む」
クリフは跳躍姿勢を取り、上空へと逃げたレナートに顔を向ける。
「クリフ……アタシが言うのも変だけど……」
ソフィヤは身体を起こし、クリフを見つめる。
「死なないで」
クリフは苦笑する。
「ああ、任せろ」
クリフはその場から、雪煙を巻き上げながら跳躍し、一気に上空へと飛び上がる。
上空で待ち構えていたレナートは、列車でソフィヤが使用していた長銃に酷似したものを構えていた。
「よく狙えよ!」
クリフは、ニールとの戦いでしたように、心臓の鼓動を加速させ、全ての認知能力と身体能力を底上げした。
彼は、遥か遠方に居るレナートの姿を視認し、引き金と銃口の機微を完全に捉えた。
トリガーが完全に沈み込んだ瞬間、クリフは足場に魔力を集め、その場から真横に跳躍した。
極太の熱線がクリフの真横を通過し、地面に着弾したそれが、球状の爆炎を発した。
__アレは……死ねるな。
その威力を見て、クリフは冷や汗を流す。
レナートは依然として後退を続けており、マトモに取り合う意思は無かった。
「……良いさ、地の果てまで追っかけてやる」
クリフは魔力で作った足場を踏み、空中を走り始めた。
すると、遠方に居るレナートから八つの光が、螺旋状の軌跡を描きながら射出された。
一定の規則をもって宙を舞うそれは、明らかに意思を感じられた。
__隊長の魔法みたいなのか?
クリフが真っ先に思い浮かべたのは、ニールの魔法だった。無数の剣を操り、擬似的な多対一を作り出す魔法。
少なくとも、彼の脳裏にはそれが思い浮かんでいた。
「さあどう攻める」
クリフは空を走り続けながら、周囲に散る光に意識を割く。
八つの光が、彼の周囲に散開した時、強く瞬いた。
クリフはその場から大きく跳躍し、高度をずらす。足下に無数の光線が通過し、その内の一本がふくらはぎを貫いた。
そのまま光は何度も瞬き、流星雨のような攻撃が、全方位から絶え間なくクリフを襲った。
空中で回転し、空を蹴りながら不規則に移動し続けて尚、光線はクリフの身体を少しずつ、しかし確実に貫き、身体を削り始めていた。
__鬱陶しいな、クソ!
激しい弾幕の中、クリフはレナートの方向に目線を向ける。
彼が構える長銃が再び強く発光し、極太の熱線が再び照射される。
クリフは再び空中を蹴って回避する。
しかし、大きく真横に回避した事で、レナートとの距離がより一層離れた。
__弾切れは……無さそうだな畜生!
八基の光は、刃の無い剣のような形状をしており、小型のサイズでありながら、高速戦闘に追従し、尚且つ体積を明らかに無視した量の光線を放ち続けていた。
クリフは手段を思案する。
しかし、ボルトガンは手元になく、ニールのように無尽蔵の飛び道具を用意出来る訳でも無かった。
速度で負けている以上、物理的に詰め寄る事は不可能で、クリフはただただ追い掛けるしか無かった。
__速度が落ちてる……アレの見た目からして、翼を切り離したからだろう……痛ってぇ!!
回避し損じたクリフの腹部に光線が通過し、バランスを崩す。その場で踏み止まり、複数の光線に身体を貫かれる。
傷を一瞬で治癒させ、クリフはその場から跳躍し、再び回避行動を再開する。
しかし、レナートの姿を見失っていた。
__アレも四つに減った……上か!!
クリフが上を見上げると、空からレナートが降って来た。
全身の放熱板をすでに展開し、青色の魔力を纏っており、四つの剣型の自律兵器を両腕に装備していた。
そして、今まさにその両腕を振り下ろして来ていた。
「見積もりが甘いぞ!!」
強化したクリフの感覚にとって、レナートの動きは静止しているに等しかった。
剣を振り上げ、彼を両断しようとしたその時、彼の両腕が瞬いた。
「甘いのはそっちだ」
レナートの両腕から青色の衝撃波が生じ、クリフは勢い良く吹き飛び、地面に叩き付けられる。
そしてレナートは、長銃を再び引き抜き、落下するクリフに向けて、最大出力で放った。
銃身を溶かしながら、青色の熱線が飛び出し、クリフを容易く飲み込んで地面へと着弾し、これまでとは比較にならない程の、巨大なドーム状の爆炎が発生した。
「……親父、俺は」
レナートがそう呟いたのも束の間、爆炎の中から一筋の光線が飛び出し、彼の肩を貫いた。
「便利なもんだな、俺の身体は……次は何が出るのやら」
爆炎が晴れ、溶解した地面からクリフが這い出した。
全身から放出されていた金色の魔力が消え、代わりに澄んだ空色の魔力が溢れ出していた。
そして、彼の右手には剣ではなく、一丁のリボルバー拳銃が握られていた。
「卑怯だろ?俺でも思うさ」
クリフは銃口をレナートに向け、ぎこちなく笑った。




