40話「昔の記憶」
清書版40話
街が、燃えていた。
空は朱色に染まり、空飛ぶ船が、鋼鉄の龍と戦火を交えては墜落し、水平線へと消えて行った。
何か強大な攻撃によって、全てが崩落した市街の中、たった一つの巨大な塔だけが残っていた。
その入り口の前に、以前夢で見た「エル」と呼ばれた女性が立っていた。
__またこの夢か。
クリフは無い顔を顰める。
彼女の記憶は、あまり楽しい内容に思えないからだ。
エルは塔の中をゆっくりと歩く。
塔の内部には不気味な程人が居なかった。
彼女の顔からは感情が失せており、ひとりでに動く螺旋階段の上に立ち、最上階を目指した。
その途中で、吹き抜けから見える通路に、三人の親子がソファで眠っていた。
それを見て、エルは目を瞑り、視線を逸らした。
三人の身の回りにある物の名は知らないが、クレイグやソフィヤが付けていたものと同じ文明のものに思えた。
しかし、父親らしき人物が持つ小瓶の正体だけは分かった。
__自害したのか。
更に上の階へと上がり始めると、そういった光景が無数に広がっており、エルは拳を強く握り、赤い血が流れる程に下唇を噛んだ。
そして、最上階へと辿り着く。
彼女を迎える為か、燕尾服に似た衣装を纏った人々が通路に一列に並び、片膝をついて項垂れていた。
「……どうして」
エルは、廊下に転がった毒薬を見つめ、今にも泣き出しそうな声色で呟く。
彼らは、みな一様に死んでいた。
彼女は急ぎ足で、廊下の先の扉の前に立つ。
そして、ドアノブを握る二人の執事の遺体が、彼女の到来を感じてか、倒れながら扉を開いた。
「お帰りなさいませ、エル様」
見慣れた執務机、かつては壮麗だった街並みを一望できる筈だった壁一面の窓ガラスが張られた彼女の自室。
そこで、二人の男女がエルを待っていた。
「ガウェス!どうしてっ!!」
堰き止めていた感情が爆発し、エルは男に向かって叫ぶ。
「あなたが我々を根絶すると宣言した時から、こうすると皆で決めていました」
ガウェスと呼ばれた男は、優しげな声色でエルを宥めるように話す。
「元より、我々はあなたの被造物ですから。それに、心優しいあなたの事です。何か止むに止まれぬ理由がお有りなのでしょう。ですから、せめてあなたの心を痛めぬよう、こうさせて頂きました」
彼は、腰に提げた拳銃を引き抜き、自身の側頭部に押し当てる。
「あなた様にお仕え出来た日々は、とても幸せでした」
彼は目一杯の笑顔を浮かべると、引き金を引いた。頭が弾み、血を流さずにその場に倒れる。
「……あぁっ、なんで、なんでっ!!」
エルは大粒の涙を流しながら、動かなくなったガウェスを揺する。
「エル様……私は……」
その隣に立っていたもう一人の女性が彼女に話し掛ける。
「フラーテルっ!あなたは、あなたは機械だから、死ななくても大丈夫……お願い、死なないで……」
「畏まりました……」
必死に懇願するエルを見て、フラーテルは目を瞑り、頷いた。
エルは、ガウェスから抜け出る魔力を掬い上げるようにして集める。
「……エル様、それは」
「ガウェスの魂よ。彼の生きざまを、彼の技術を……私の権能に刻む」
彼女は液体のように揺らぐそれを口元に運び、嚥下した。
エルは息を吐きながら立ち上がり、窓ガラスから瓦礫で一杯の地平線を眺める。
涙は既に引いており、引き締まった表情から、強い意志が宿っていた。
「フラーテル」
「はい」
「私は、お兄様を殺す。どれだけ永い時間が掛かっても、絶対に」
「畏まりました」
「だから一先ずは……また新しい国を作らないと。お兄様に滅ぼされない、ギリギリのラインで」
彼女の言葉を最後に、景色が真っ黒に染まり、以前姉と遭遇した夢の中の宮殿にたどり着いた。
相変わらず、無機質な風景が続いており、生活感はまるで無かった。
しかし以前とは違い、姉の代わりにエルが立っていた。
「アレは古代人の最期か?俺にあんたの過去を見せてどうする気だ」
やや苛立った口調でエルを呼ぶ。
「理由はあるよ。先ず、この国の地下には、私が見逃した古代人の生き残りが住んでいる」
エルはゆっくりと階段を降りる。
「後は、一応知って貰いたかったからかな。楽しい思い出じゃないのは分かってるけど……あなたにだけは知って欲しかった」
彼女は苦笑する。
「改めて自己紹介するね。私はアウレアを建国し、人間を創造した神、エルウェクトだよ」
「……ああ、そうかよ」
その名前を聞いて気分が悪くなり、悪態をつく。
「気付いてた?」
「アウレア人であんたの名前を知らない奴は居ない。なぁ神サマ、俺なんかで遊んで満足か?″お前の愛しい創造物″はもっと楽しい事してるぞ?」
エルは、諦観しきったように微笑する。
「本物はもう死んだよ。私は……そうね、あなたと遊ぶだけの複製品だから」
「……そうか」
間を置かずに帰って来た棘のある言葉に対し、何も言えなかった。
「……それじゃあ、本題に移ろう。あなたの頭が金髪になるのは、間違いなく私の力なんだけど__」
会話の途中で、天井からシェリーが、竜神ルナブラムが降り立って来た。
それを見て、エルは少し眉を顰めた。
「そういう事。アウレアでクリフの力を見せっぱなしにすると、皇都から来た連中が、あなたを次代の神に祭り上げて幽閉しそうだから、あたしが封印したの」
シェリーは手を叩く。
「でも、今はケルスにあなたの面倒を見て貰ってるし、何度か危なっかしい奴が来てるから、クリフが自由に封印を切れるようにしようかなって思ったの」
上機嫌に語る彼女の矛盾点に気が付き、怒りが湧き上がった。
「じゃあなんで、あの日村を守らなかった。こんな力があるなら、皆を守れただろ……!」
シェリーは眉を落とす。彼女は目を逸らすこと無くこちらの頰に手が触れた。彼女の瞳に目を奪われ、抗う意思を奪われた。まるで躾けられた猟犬のように。
「あの日、あたしとクリフが全力を出せば、もっと最悪な奴らが私達の元に来てた。だから、あたしは選んだの……全員死ぬか、クリフだけ生きるかを……ごめんね、寂しい思いをさせて」
姉に優しく抱き締められた。
その瞬間、煮えるような怒りが一気に収まり、熱を失ってしまった。
「あ……良いんだ姉ちゃん……俺こそ、怒ってごめん」
その様子を、エルは不安そうに見つめていた。
「あのクレイグという男は、私とクリフの力が表に出た時、結界で隠してくれた。けどもし、古代人達の前で力を出したら、どんな手を取るか分からない、多分、殆どの子達は私を恨んでるから」
と、エルは警告する。
「分かった、気を付けるよ……そうだ、俺は何処までやられたら死ぬ?」
エルとシェリーは目を丸くし、二人で見つめ合って思案する。
「頭と心臓を潰して……良い感じに壊されたら、かな?……悪魔や吸血鬼くらいだと思ってくれたら良いよ」
「はぁ?悪魔と吸血鬼と戦った事なんて__」
抗議しようとした瞬間、瞬きをすると、木造の天井が目に映った。
どうやら、ベッドに寝かされていたようだ。
「……ミラナの家か」
「よう、起きたか」
周囲を見渡すと、近くの椅子にクレイグが座っていた。
「殺さなかったんだな」
「お前には伸び代がある。しばらく泳がせてやるよ」
思わず眉を顰めた。
「……俺は殺し合いに興味ない」
「ああ、だから……頃合いになったらぶっ殺しに来てやるよ」
「……言ってろ、逃げ切ってやる」
クレイグは席を立つ。
「用があったら俺を探せよ?時期が来るまでは武器でも魔法でも何でも教えてやるからよ」
「そうかよ」
クレイグが部屋から出ると、それに入れ替わる形でシルヴィアが飛び出して来た。
「クリフ……大丈夫?」
彼女は急ぎ足でベッドの側へと着くとこちらの手を引いた。
「ああ、なんとかな」
微笑み、ベッドから降りる。
「ミラナの進捗はどうなってる?一朝一夕で出来る仕事じゃ無いだろうが……」
シルヴィアは意を決した様子で顔を上げる。
「ソフィヤさんが……来てるよ」
「何だって?」
その言葉を聞いて、固まった。




