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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
1章.人の国
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4話「追跡」

「嘘だろクリフ……」


ニール・ディアドルはため息を吐き、焼け落ちた家屋の前でしゃがみ込む。

美しい装飾が入った灰色の甲冑に、腰から垂れた青布。短く切り揃えられた金髪に、整った顔立ちを兼ね備えた彼は、まるで寓話の英雄が本から飛び出したような姿をしていた。


そんなニールは今、帝都に向けて少数の精兵達を連れて行軍していた。

その最中、亜人の目撃情報を受け、機密保持の為に捜索隊を展開した。そして、かつての戦友であるクリフにも協力を仰ぎに来たばかりの事だった。


「あの馬鹿は……俺が尋ねて来た時に限って……どうして、こう……!」


ニールは自身の元部下の蛮行に頭を抱える。


クリフは、部隊にいた頃から一番の問題児だった。


「ハハ、いつも通りでしょうに。で、根拠はあるんですか?」


部下の一人であるレイが、あご髭を撫でながらニールの隣に立つ。

彼はやや背の高い中年の男で、腰にはカトラスと中折れ式の散弾銃を提げていた。


「シルフの死体が無い」


ニールは、焼死体を指差す。


「確かに、アレは良い女です。他の男を乗せるくらいなら死ぬでしょうね」


「……お前、性格だけじゃなく女の趣味まで悪いのか」


「お互い様でしょう」


その言葉にまったく共感出来ず、ニールは聞き流した。


「……で、村で聞いた行方不明者と焼死体の数がクリフを除けば合致する。アイツは、亜人殺しを疎んでいた」


「退役させる時大変でしたな、彼の兵役を外す為に官僚や皇帝に直談判しに行ったのですから」


ニールは空を見上げ、ため息を吐く。


「……あの時は特別だ。死地から俺を拾って逃げたからな」


「追想は結構で……どうしますかね?奴は俺たちハイヒューマンの中でも落ちこぼれだ。魔力の制御はイマイチで、魔法は使えない。連れてる雑兵は無理でしょうが、俺たちなら一人でも鎮圧できますよ」


レイは鋭い目つきで、腰に提げたカトラスに手を掛け、球状の飾りを撫でる。


「捕える必要は無い。アイツはどうしようもないお人好しで馬鹿だが、頭が回らない訳じゃない。助けたって事は、無害だったんだろうさ」


レイは薄く微笑む。


「だと良いのですが」


「しかし、村人の話を基に、亜人の捜索隊を森に回したのはミスだったな」


ニールはシルフの足跡、その行先を鋭く見つめる。


「ええ、トラブルに巻き込まれなければ、上手くやり過ごすでしょうが」


「……嫌な予感がする。少し行ってくる」


「ええ、お気をつけて」


ニールの全身から電流が流れ、彼の身体が浮き上がる。

そして次の瞬間、電流は激しさを増し、青い残光を残しながら空を駆け、クリフが向かったであろう森の方角へと消えた。



剣が朝焼けに照らされ煌めき、肉を断つ。

鎧の隙間から噴き出る鮮血は光を浴び、退廃的な美しさを持ち合わせていた。


クリフは兵士の一人を殺害し、続けざまにもう一人の兵士へ距離を詰め、撫で斬りにする。ボルトガンを引き抜いた。


引き金を引くと同時に、ボルトガン後部に搭載されたゼンマイ式の滑車が勢い良く回り始め、連射機構が作動する。

のべ二十五発の矢を斉射した。

薙ぎ払う形で放ったそれの命中率は皆無に等しく、兵士の一人、それも腹部に命中しただけであった。


クリフは、元より命中精度など気にしていない。狙ったのは、弾幕による恐慌だ。

目の前で矢が通過したなら、敵が次に取る行動は遮蔽物への退避だ。


しかし、その目論みに反し、兵士達はその場で静止した。

ボルトガンを構え直し、一斉に発砲したのだ。


慌てて死体を盾にしながら、すぐ側の樹木の裏に向かって後ずさる。


「クソ!ビビれよ!普通!!」


矢に怯むことはなく、弾を撃ち尽くしたのを確認し、彼らは冷静に狙いを付けては、クリフという怪物を狩りに来ていた。

盾にした死体が多量の矢を受け、ハリネズミのような見た目へと変わり果てる。死体から針のような形状の矢尻が貫通し、クリフに迫る。


「不味っ……!!」


それを手甲で弾き落とし、盾にした死体を蹴り飛ばしながら木の裏に隠れる。

しかし、薄い鋼板なら容易に貫くボルトガンを前に、少し厚いだけの樹木など無いに等しかった。


彼は姿勢を低くし、地面を這い回っていると錯覚する程の低姿勢で木々の間を駆け抜ける。


「約束、守れると良いんだがな」


短く呟き、兵士たちに向けて、導火線の付いた壺を複数投擲した。


「伏せろ!!」


兵士の一人が叫んだ。

その直後、多数の爆発音と共に煙が撒き散らされ、周囲一帯を煙が包み込む。

そして、その場にいた全員の視界が潰れた。


「下がれ!!下がれっ!!」


兵士たちは判断が早く、爆発した爆弾の位置を適切に把握し、迅速にその場を下がろうとしていた。

だが。


__今は俺の時間だ。


クリフは既に、兵士たちの側まで肉薄していた。

彼は目を瞑り、足音を頼りに兵士たちを剣で撫で、人体をバターのように引き裂く。

煙幕の中で剣刃が光り、踊る。

顔に付いた返り血を拭う事なく、次々と切り捨てた。


兵士達は、視界を潰された状況下で、戦友の断末魔と悲鳴を聞かされた。

恐怖が兵士たちの士気と判断を鈍らせる。

煙幕から抜け出せた兵士は、わずか3人。

だが彼らは恐怖に支配されて尚、最適な行動を取る。集まり、背を預けながら三つの方角を見張る。

緊張で力み、ボルトガンを震わせながら、いつ木陰や煙幕の中から顔を出しても反応出来るつもりだった。


しかし、クリフがやってきたのは煙幕の中や木陰ではなく、彼らの真上だった。

木を登り、枝を渡って強襲を仕掛けたのだ。


それに気付いた兵士たちはボルトガンを上に構えるも、手遅れだった。

剣が兵士の兜を貫き、串刺しにする。

クリフは剣を手放し、もう一人の兵士の頬を思い切り殴った。

兵士の頭はがくんと歪み、糸が切れたように倒れる。


「化け物めっ……!」


最後の一人が叫んだ。

しかし彼が最期の台詞(せりふ)を言い切るよりも先に、クリフの蹴りが彼の胸に直撃し、その鼓動を止めた。


「思ったより、どうにかなったな」


クリフは深呼吸をし、剣を引き抜いてその場を立ち去ろうと踏み出したその時、腹部に矢が直撃した。


「……っ!?」


巨大な鈍器で腹を殴られる。

そう感じる程の衝撃が襲い掛かり、膝をつく。

形容しがたい痛みに、歯を食いしばりながら、クリフは周囲を見渡す。


すると、下半身を切り落とされた兵士の一人が、ボルトガンを握り締めていた。

連写機構の滑車を、死人のように青くなった顔で回し、二射目を放った。


クリフはそれを咄嗟に腕で防御し、手のひらに直撃した。

左手が砕け、手のひらを貫通した矢が胸鎧に勢いよく突き刺さり、止まった。


「……くそぁっ!!」


右手に握った剣を瀕死の兵士に向けて投擲した。黒い刃は額へと突き刺さり、兵士は白目を剥いて死んだ。


クリフは胸部に突き刺さった矢を引き抜く。

幸い、身体と鎧の間で矢は止まっており、皮膚を裂くことは無かった。

しかし、腹部に突き刺さった矢は違う。

鎖と薄い鎧下しかなく、ほぼ直撃と言って相違なかった。その上、なまじ強固な肉体が矢の貫通を阻んだことで、衝撃を余す事なく伝えてしまった。

内臓が押し上げられたような感触と、鮮烈な痛みが襲う。


「ヤバいとこはイってない……が……痛え」


口元を抑え、込み上げてくる吐き気をこらえ、刺さっていた短い矢を眺めた。

鏃の頭に返しは付いておらず、まるでドングリのような形をしていた。


「貫通弾で良かった……矢尻が丸かったら……死んでたな……」


死体から剣を回収し、シルヴィアに合流して逃げる算段を考えた矢先、少し離れた位置から草木をかき分ける音を聞き取った。


「……最悪だ」


クリフは舌打ちし、彼女との合流を選択肢から外した。死体から直剣を一本拝借する。そして死体の衣服を破き、その布を無理矢理左手に巻きつけ、砕けた手に剣を握らせた。

きつく締めるたびに骨が肉に刺さり痛む。しかし彼の闘志は衰えず、増す一方だった。


「頑張れよシルヴィア。少なくとも、コイツらには絶対に追わせねえ」


二本の剣を握りしめて樹木の上へ一気に登る。

左手は潰れ、爆薬と弾は無い。

荷物の殆どを持ち、逃亡手段となるシルフは、木陰でぐったりと倒れていた。

もう、誤魔化せるものは何もなかった。


増援の数は先程の比ではなく、20以上の人影が見え、数えるのをやめた。

彼らは5人単位で集まって周囲を哨戒している。

だが上の警戒は薄い。

だからこそ、クリフは先ほどと同じように樹上から陣形の中心に飛び降りた。


ざわめく兵士たちは中心に降り立ったクリフにボルトガンを構える、しかし。


「味方を殺すぞ!!」


小隊長らしき人物の声がそれを諌めた。


「剣を持てッ!!」


彼が指示を飛ばし終える前に、接近する。

クリフは、前傾姿勢のまま懐から引き抜くように剣を振り上げる。

その一撃を小隊長は剣で弾き、澄んだ金属音が響く。


直後、最初の金属音と重なるように、クリフの二撃目が炸裂し、小隊長の胴体を真っ二つに割った。


更に、小隊長に随伴した兵士たちを撫でるように切り刻む。

二本の剣を駆使した連撃はさながら踊るように肉を裂き、命を奪って行く。

その際に、背中に矢が直撃する。

痛みで食いしばった奥歯が砕け、矢は胴鎧を貫通し、肋骨を何本もへし折って肺に穴を開け、その片方をグチャグチャに潰した。

恐慌によって、彼らはとうとう味方への誤射を気にしなくなった。


身体を動かせば動かすほど、耐えがたい痛みが襲い、敵の攻撃も苛烈になってゆく。

筋肉も、骨も、内臓もとうに限界を迎えているというのに、剣を振るう動きは更に鋭さと激しさを増していた。


そしてクリフは気が付くと、最後の一人を切り捨てていた。


クリフは返り血で真っ赤に染まり、自分自身もまた、体の至る所から血を流していた。

潰れた肺は酸素を満足に送れず、思考にもやが掛かっていた。

強烈な痛みと、疲労と虚脱感に襲われ、気を抜けば今にでも倒れ、その人生を終えてしまうような気がした。


「約束……守れるかもな……」


ふらふらと歩きながら、切り捨てた死体をまたいで、シルフの元へと向かう。

強烈な痛みが、意識を保ってくれていた。


「大丈夫か相棒……今__」


その直後、空が瞬き、一筋の落雷がクリフの目の前に落ちた。


「クソ……よりによって……」


クリフは、その正体を知っていた。

着弾点に巻き起こった土煙が散り、金髪の青年が姿を現した。


「お前は一体全体……」


青年は身を震わせて怒っていた。

それを見たクリフは顔を青くし、臨戦態勢を取る。青年の名はニール。かつてクリフが所属していた特務部隊の隊長だ。


ニールがナイフを引き抜く。


「何を……やってるこの馬鹿がっ!!」


刀身を摘み、クリフに向けてそれを投擲した。

クリフは身体の全神経を叩き起こし、彼の攻撃に対応しようと試みるも、身体を動かした時には、既にナイフが腕に刺さっていた。


〈__磁雷(マグネス)


ニールは右手から電流を纏わせ、指を鳴らした。

瞬間、ナイフを起点に高圧の電流が流れる。

強烈な電気はクリフの筋肉を硬直させ、膝をついた。 


「……っ!」


クリフは、酸素が不足しているにもかかわらず、心臓の鼓動を更に早めた。

彼が来た以上、これまでの足止めが無為になりかねないからだ。


「おいおい……」


クリフは、電撃を浴び続けながら立ち上がり、剣を握り締めてゆっくりと歩き始めた。


「やっぱりお前は面白いな、クリフ」


ニールはそう言いながら近付き、クリフの胸に拳を突き当てた。


先程のものとは比にならない出力の電気が、紫色の光となり、クリフを中心にして弾けた。肉が焼け焦げる香りが漂い始める。


しかし、クリフは怒りの形相を浮かべ、ニールに掴み掛かろうと動く。

筋肉が勢い良く破裂し、全身の細胞が完全にダメになろうとしたその時だった。


「降参します!!!!!!!」


シルヴィアが木陰から飛び出し、叫んだ。

竜人が持つ規格外の肺活量から出される声は、巨大な魔物に匹敵するほどだった。

その場にいた全員の鼓膜を痛烈に刺激し、その手を止めさせるには充分だった。


その場に居た二人はシルヴィアを見つめる。


「その人は……私が魔法で操りました……もう、クリフが戦えないから……私の負けです!」


それは、あまりにも苦しい言い訳だった。

だが、クリフを死なせる気のないニールにとって、願ってもない言葉だった。


一方でクリフは、彼が目を逸らしたこの一瞬に全てを賭けた。

何度も電撃を受け続けても離さなかった剣を、力の限り握り締め、ニール目掛けて振り下ろした。

剣が彼の首を捉え、皮膚を裂く寸前、彼の姿が突然消えた。

僅かな残光が残り、それを目で追って振り向いた時、真横から飛来したニールの拳が、クリフの頬を打った。


クリフの身体が浮き、空中で半回転しながら地面に叩きつけられた。


「まったく、行儀が悪いぞ。あの子の行動をフイにする気か?」


ニールは大して驚く様子もなく、倒れるクリフを見下ろした。


「クリフっっ!!」


シルヴィアが駆け寄り、しゃがみ込む。

その光景を最後に、クリフの瞼はついに沈み、意識が飛んだ。



燃え残ったクリフの自宅を、灰色の外套に身を包んだ女性が物色していた。


「派手にやったな……ああ、愛着があったのだけど」


彼女は、燃え残った本を拾い上げる。


「燃え残ってたなんて」


それを見て微笑んだ後、それを懐に仕舞った。


彼女は燃えた建物ではなく、近くにあった墓石へと向かう。そして墓石の裏を除くと、支離滅裂な言葉が並べられていた。


「亜人連れて南に向かう、か」


女性は暗号文を即座に読み解くも、それと同時に眉を顰めた。


「あの子が心配だ。急がないと」


彼女はその場で片膝を付くと、全身から紺色の光を放出した。

光が晴れると同時に、シルフに酷似した一頭の馬に姿を変え、森の中へと駆け抜けた。

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