38話「信じて」
クリフは燃え盛る炉を凝視する。
そして、視線はその前に立つミラナへと移る。
カーバンクルの宝珠の摘出方法で最も確実なのは、焼却だ。
頭蓋骨すらも燃え尽きる程の熱量で一気に加熱し、燃え残った宝珠を慎重に取り出す。
通常の方法では、
「爆発……しないよね?」
彼女は落ち着かない様子で、炉の周りを周回する。
「そうなったら大金がパァになるな」
そんな彼女を鼻で笑い、茶化す。
「……」
しかし、震えながら沈黙するミラナを見て、あまり冗談になっていないと思い、自省した。
「……悪かった。上手く行くと良いな」
「うん、ハンマー投げようかと思った」
彼女は、机の上にあるハンマーに手を掛けていた。
「……そうか」
ミラナは炉の蓋を閉め、空気の流れを遮断して火を止める。
分厚い革手袋とエプロンを付け、支度をする。
「そんな防護で良いのか?」
「うん、着込み過ぎた方が怖い。それに、それで死んだなら、私がそれだけの女だったって事だから。お父ちゃんには悪いけどね」
炉が冷えるまで待った彼女は扉を開き、赤い魔石が仄かな光を発する炉へと手を入れた。
額に汗を滲ませ作業する彼女の手元を、やや離れた場所から見つめる。
彼女は、宝珠に積もった燃え滓を慎重に摘み取って除去し、頭蓋骨の残骸を指で払う。
滴った汗が床に弾んだ時、彼女は赤く輝く宝珠を取り出した。
「っ……!」
それと同時に、クリフは身構える。
万が一、彼女が手を滑らせたとしても、受け止める心構えをする。
しかし、彼女は予め炉の側面に用意していた受け皿に宝珠を乗せ、炉の内部へと押し込んだ。
「やったぁっ!!」
目標を達成した彼女は、その場で小躍りする。
しかし、そのまま凄まじい勢いで細かく砕いた鉱石を混合した皿を取り、炉へと放り込んだ。
「おい、安全確認とかは……」
「だいじょーぶ!頭と図面の中で何千回とやったから!」
彼女はそう言うと、カーバンクルの宝珠が入った装置に手を当て、魔力を流し込む。
それと同時に、高炉から火が吹き出し、先程とは比べ物にならない速度で燃え盛る。
「耐熱性も充分。ううん、調整間違えたら爆発するかな」
彼女は鼻歌を歌い、送る魔力を微調整しながら炉の熱量を弄る。
__コイツ、魔力を操作出来たのか。それに、一発で高炉を完成させやがった……普通、何度も試行錯誤するもんだろ。あと二本くらいは取らされるかと思ったが。
「……天才だったか」
腰を上げ、その場から立ち上がる。
「シルヴィアと話して来る」
「あっ、うん。ありがと!クリフっ!!」
「ああ、アキムにも伝えとくよ」
振り向かずに手を振り、ミラナの工房を出る。
「クリフ、お前さんに客人だ」
扉を開け、カウンターの裏に出ると、セルゲイに声を掛けられた。
「……クリフ」
シルヴィアが不安げにこちらを見つめ、店の入り口にもたれかかった白髪の男を見つめる。
「よう。アードラクトの息子」
彼は白い歯を浮かべ、不敵に笑うと、期待に満ちた眼差しをクリフに向けた。
「……覚えが無いな。いきなり他人の息子呼ばわりとは良い度胸だな……おい。お前は誰だ?」
図星ではあったが、嘘を吐いた。
生前、義父はこの姓を悪い名だと謗っていた。要らぬトラブルを起こす名だと。
ケルスに推されることが無ければ、クレゾイルなどと名乗る気は無かった。
「オムニアントを持って、ジレーザにクレゾイルと名乗ったんだ。息子じゃ無いなら何だ?弟子か?」
「……統領には不干渉を許可頂いた筈だがな」
白髪の男は手を叩く。
「関係ねぇ。俺はこの国に雇われてるゴロツキだ。お前と話する為なら先にジレーザとやっても良いぜ?」
「そのゴロツキとやらは、自分の名前すら名乗る知恵が無いのか?」
剣に指を掛けたくなる衝動を堪え、強い態度を取り続ける。
「おお、悪ぃな。俺はクレイグ・ウォードミィ。裏のジレーザの雇われで、アードラクトと俺の親父は……そうだな、親友って所か?」
「親父に友人は居ない」
クレイグは顔を顰める。
「マジかよ。親父殿も捨てたもんじゃ無いと思うんだがなぁ……まあ良い」
クレイグはゆっくりと歩み寄り、両手から赤い魔力を集約させる。
それは、見たことのない色だった。
ヒューマンは青、エルフは黄緑、オーガと鬼はオレンジ。
「さあ、喧嘩しようぜ、アードラクトの息子」
《__凝血》
クレイグは魔法を発動し、両手につけた籠手の隙間から赤い霧が吹き出し、手元へと集約し、鮮血のようなナイフを形成した。
《__黒減》
それに対抗する形で、右手を突き出して魔法を発動する。
黒い波動に接触したクレイグの剣は震え、赤い液体となって床に飛び散った。
「へぇ……魔法を破壊したのか……期待させてくれるな」
クレイグはペースを崩す事なく、ゆっくりと歩きながら近付いた。
「……場所を変えろ、クレイグ。巻き込みたく無い奴が多過ぎる」
「ああ、良いぜ。来いよ、喧嘩するには良い空き地がある」
クレイグは店の扉を蹴って開け、その場を去る。
「大丈夫……?」
シルヴィアが不安そうにこちらに近寄った。
「多分な。腹が立つからケリ付けて来る、今日は良いメシを期待してろ」
そう言って彼女の頭をくしゃくしゃに撫で、その場を去った。
◆
顎に響く痛みと、雪の冷たさが肌を指す。
クリフは、雪に埋もれた身体を起こし、立ち上がる。
周囲を見渡すと、タイガ林の入り口に来ていた。痛む頭を抑え、これまでに起きた出来事を思い返す。
「クレイグとここに来て……どうなった?」
「喧嘩してお前が転がってんだよ」
声の方向へと振り向くと、クレイグが切り株に腰を下ろし、複雑そうな面持ちでこちらを見つめていた。
「意気込んで剣を振り回すお前に、牽制で顎を殴ったらこれだ。一発だぞ?こんなに期待させておいて」
彼は大きく溜息をつき、見つめ直す。
「お前、本当にアードラクトの息子か?」
「……悪いが、俺は親父から変な技術を継いだ覚えは無い」
クレイグは雪に突き刺した赤い剣を手に取る。
「ほお、神代最強の人間が、普通の教育を施したのかよ?」
人違いという可能性も浮かぶが、姉の件もあって、あまり驚く気がしなかった。
「……俺の前では普通のジジイだったさ。不器用で、人並みにガキを気遣える。そんな男だ、剣と勉学は仕込まれたけどな」
クレイグは赤い剣を握力で砕き、ガラスのように割れた破片が籠手の隙間へと吸い込まれて行った。
「つまんねぇな……」
クレイグはオムニアントを手に取り、鞘から引き抜く。
「お前っ!いつから!!」
腰に剣が無い事にようやく気付き、身構える。
「オムニアントは、全ての武器の基礎となったもさえ言われる宝具だ。文献には明確な形を持たないと言われていたが……」
クレイグは刀身を眺め、切先をこちらに向けた。
「てめぇには過ぎた剣だ。トラブルのタネになるだろうし、俺に寄越せよ」
「……返せ。お前みたいなゴロツキに握らせるようなもんじゃねえ」
腰を上げ、あと少しで殺気に化けかねない程の明確な怒りをクレイグに向ける。
「はは、じゃあどうする!ぶっ殺すしかねぇだろ!!」
やる気になったこちらを見て、クレイグは笑い、両手を大きく広げる。
「お前が……望むならな」
感情が怒りから殺意へと切り替わった時、クレイグの握っていた剣の柄が突然爆裂し、彼の右手を粉々に粉砕した。
「うお、痛ってぇな!?」信憑性
彼の手から離れた剣は、雪へと落ちる前に風を纏って急加速し、こちらの元へ飛翔した。
戻って来た相棒を掴み取る。
砕け散った柄は一瞬にして再生しており、傷ひとつ残していなかった。
「……親父が神代の人間か。は出たな……」
両手で剣を握り締め、正面に構える。
それを見てクレイグは目を見開き、満足げに目を細めた。
「おぉ……?俺の親父の構えじゃねぇか!やっぱ良いよなその構え!人間だった頃はよくやってたぜ!」
彼は欠損した右拳を再生する。
断面から皮が再生し、肉と血が充填され、風船のような右手が生える。
そして、内側から骨が形成され、皮と肉が引き締まり、元の形に戻った。
〈__凝血〉
クレイグは魔法で剣を形作る。
大きく反った曲剣に、紛い物の刃紋が刻まれたそれは、文献上でしか知り得ない代物だった。
「カタナ……か?」
クレイグは確かめるようにそれを振るう。
剣の軌跡が目視出来ない程であったにも関わらず、風切り音はごく僅かだった。
「数打ちの雑兵刀よりマシな程度だがな」
クレイグもまた、クリフと同じ構えを取る。
「さあやろうか、アードラクトの息子」




