33話「久しぶりの依頼」
クリフはその場で腕を組み、シルヴィアとミラナを冷たく見下ろした。
「ほんっとごめん!」
「ごめんなさい……」
二人は、その場で深く頭を下げる。
「……まさか本当に頭を割られそうになるとはな」
柄が折れ、頭が天井に突き刺さった斧を、その場で飛び跳ねて引き抜く。
「すまねぇ。早まった」
ドワーフの男も頭を下げる。
「気にするな、コレが偽物じゃない証明も出来た」
引き抜いた斧を手渡す。刀身は花弁のように真っ二つに裂けていた。
「……刃こぼれも無いのか?」
斑鉄の剣を引き抜き、刀身を横にして見せつける。
「当たり前だ。砥石ですらコイツには負ける。汽車が走る線路の上に一日中置いても曲げれやしないさ」
剣をテーブルの上に置くと、ミラナは餌を貰った小動物のように飛び付き、剣を眺め始めた。
「色々ぶつけたり削ってみても良い?」
彼女は嬉々とした表情を浮かべ、剣を手に取る。
「馬鹿言うな。アウレアでも三本あるかどうか怪しいんだぞ。同じ体積の純金より高価なもんで遊ぶな」
ミラナはガッカリとしながらも、刀身に入った刻印に気付く。
「……これ何?」
彼女は刻印をこちらに向け、指差した。
「Omnes viae ducunt……全ての道に通ずる。だそうだ、長いから親父はオムニアントって略してたよ」
「へぇ……ねえクリフ。頼みたい事があるの」
__やっぱりだ。止めときゃ良かった。
眉間に皺を寄せ、目を細める。
「……何だ?」
「あなたハイヒューマンだよね?」
隣のドワーフの男を起点に、場の空気が一気に張り詰める。
「ヴィリングのな」
そう答えると、空気が和んだ。
「カーバンクルを捕まえてくれない?」
ミラナはにっと笑った。
しかし、眉間の皺は深くなるばかりだった。
「断る。アレの希少価値を分かってるのか?この店一軒くらいは簡単に建つぞ」
「……娘の夢だ。それくらいの備蓄はあるさ」
ミラナはこちらの両手を握る。
「お願いっ、ね?」
同時に、脳裏で銭勘定を行っていた。
__金には困っていない、だが。
「一ヶ月したらこの国を出る。それまでの約束だ。だがもし、ダマスカス鋼の再現に成功したら、防具を俺に卸してくれ」
そう言って、チペワに開けられた防具の補修痕を思い出していた。
「やった!ありがとうっ!、」
「……それで良いか?店長のおっさん」
ドワーフの男に確認を取る。
金を出すのは、間違いなく彼だ。
「アンドレイだ。クリフと言ったか?無茶になるがよろしく頼む」
近くの椅子に腰を下ろし、シルヴィアとアキムに視線を向ける。
「久しぶりに仕事をする。お前らは好きに旅行でもしてろ。書簡はトラブりやすい俺が持つ」
「えーっ」
シルヴィアは不満の声を上げた。
「着いてきて良いか?ハイヒューマンの狩りを見たくてさ」
アキムが手を挙げる。
「ん……まあ良いだろう。結構駆け足でやるから、辛そうなら帰ってもらうからな」
「分かってるよ」
そこで、アンドレイが咳払いをした。
「娘の無茶を聞いてくれた礼だ。ここで良いなら泊まって行け。尤も、シルヴィア様には不相応なボロ屋かもしれませんがね」
「そんな事ないよ。王室のベッドで寝た事あるけど、落ち着かなくてさ」
「それは何よりです。それとクリフ、ワシの友人に狩人が一人居る。そいつを紹介しよう。狩人の癖に誰かの仕事は受けん変人だが、ミラナの兄貴分でな。手は尽くしてくれるだろう」
片手を差し出し、アンドレイに握手を求める。
「助かる」
「お前さんだってミラナの面倒を見てくれるんだ。ワシだってやれる事をやる。それが義理と人情ってもんだ」
アンドレイは握手に応じ、立派な歯を見せて笑った。
◆
ジレーザ首都にある宿屋の客室で、神父服に身を包んだ半神のアルバは、椅子に腰掛け、テーブル上の水晶を眺めていた。
「それで、近況はどうかな?」
アルバは水晶に向かって尋ねる。
「イネスに偽の情報を掴ませた法の守り手を始末した所だ」
水晶が発光し、初老の男性の声が返って来た。
「うーん。計画通り二人は殺し合ってくれたけれど、ニールを過大評価し過ぎたみたいだね。まさか殺し損ねるなんて」
「超域魔法を真っ向から破れるあの女が異常なだけに思えるがね。とは言え、隊長はあの女に肩入れし過ぎた。自分を殺した相手を逃すのは想定外だったよ」
「ロマンチックじゃないか」
アルバは淡々と答える。
「よく言う、思っていない癖に」
「それで、改めて僕に連絡をした理由は何だい?ハイヒューマン部隊の副隊長さん?」
彼は話を切り、本題に移す。
「……ニールが生きているかも知れない」
「根拠を聞こうか」
「墓に埋めて二日後、奴が眠る王族用の墓が荒らされた。遺体は消え、ワインを除いた副葬品は全て取り残されたままな」
アルバは手摺に肘を置き、頬杖をつく。
「侵入の為に墓地を囲う柵が破壊されていたが、その破壊痕が奇妙でな。端的に言うと、魔法で丸ごと一部が引き剥がされていた」
「続けて」
彼は瞑目し、思案を巡らせる。
「皇都の警察、それも皇室に使える特務隊が事件の捜索に当たったが、剥がれた柵はニールの故郷に転がっていた」
「ふむ」
「そこからは一切の情報が遮断された。皇帝の権限でな。辺鄙な墓泥棒の余罪が付け足され、突然事件は解決した」
「……調べる価値はあるね、僕のしもべを何匹か送ろう」
「いや、奴の母親は皇城に引っ越した。それと同時に、奴の街にあった教会が跡形もなく燃え尽きた。それに加えて、″天使″の手駒が街の各所に潜伏してる」
アルバは閉じた目を開く。
「僕の活動はまだ隠しておきたい。参ったね」
しかし、変わらずその口調に感情がこもっていなかった。
「内部から情報を探るのは無理だ。神が構築した内政システムは完璧と言って良い。この劣勢の中でさえ、裏切り者はごく僅かだ。事実、辺境の政務官ですら汚職を一切しない……と言っておこう」
「……神の作った法律。か」
アルバは初めて、語気を強めた。
「ありがとう、レイ・マルティア。その日が来たら、君の願いを叶えよう」
「……感謝するよ」
水晶の向こう側の人物は、やや高揚した口ぶりで答える。そして程なくして、水晶から灯りが消えた。
「狂人め……」
アルバはそう吐き捨て、眼前に転移門を出現させる。
それと同時に、部屋の外にある廊下から、足音が鳴り始めた。
「おっと、君との相手は御免だ」
アルバが転移門を潜り、門が消滅したと同時に、客室の扉が蹴破られた。
「あーあ、逃げられたか」
黒い和服を見に纏った白髪の鬼、クレイグが部屋に訪れ、一本歯の高下駄を鳴らし、軽い音を響かせた。
「魔力の毛色は……植物属だが……アウレア人のも混じってるな。ヒトと植物が子供を作るなんてあるのか?」
クレイグは板型の通信機器を持ち、通話先の古代人、バベルに尋ねる。
『人間の肉に種子を埋め込めばあり得るかもね』
「そりゃどうも。で、奴は転移門使いみてぇだな、本気でやれば追い付けるが、どうするよ?全員ブッ殺してやっても良いぜ」
クレイグは刀の鯉口に親指を掛ける。
『捜索はやり直しだよ。国内なら良いけど、セジェスやハースを焦土にしたら洒落にならないからね』
クレイグは眉を落とし、目を細める。
「畜生、やり直しかよ、次は建物粉砕してでもとっ捕まえるからな?」
『ああ、そうなったら統領に指示しておくよ』
「ああ、じゃあな」
そう言ってクレイグは通話を切り、通信機器を懐に仕舞うと、窓を開け、そこから飛び降りた。
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