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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
2章.鋼の国
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31話「山登りをしよう」

ティロソレア霊山。

その名の通り竜神ティロソレアが棲まう神聖な山であり、今日も一人の登山者が訪れていた。

彼の名はクジマ。首都に住まうしがない市民であり、数少ない余暇を活かして、山の頂上手前にある聖堂へと祈りと食料を捧げる為に訪れていた。


「おや、あなたも聖堂に?」


背後から呼び掛けられ、クジマは振り返る。

そこには、四十代と思わしき赤髪の男が、重い荷物を背負い、元気よく歩を進めていた。


「ええ、司祭様達にお食事をと」


クジマは安堵し、笑みをこぼす。

正直なところ、彼は話し相手が欲しかったのだ。


「それは良い心掛けです、私はマクシム。あなたと同じく司祭殿の日用品を運びに来た者です。とはいえ、こちらは仕事として……ですが。いや、お恥ずかしい限りです」


彼は拳を胸にあて、目を瞑り俯く。


「いえっ、そのような大役を負われているのですから。どうか卑下なさらないでください」


「はは、敵いませんね」


クジマはマクシムと通り一遍の会話を交わしながら、山を登る。

そんな時だった。

背後から本来あり得ない筈の音が聞こえた。

馬の蹄鉄が大地を踏み締める音だ。


__ここは斜面の山だぞ!馬なんて……馬なんて……!!?


クジマが振り返ると、黒髪の男と、白髪の少女が、白馬を綱で先導しながら、山を走っていた。


「どいてどいてー!!」


少女の大声を聞いた二人は、狭い登山道の端に寄り、道を開けた。

直後、凄まじい速度で二人と白馬は目の前を通り抜け、少し急な坂を難なく駆け上がっていた。


「うおおぉっ!!」


遅れて、ドワーフの青年が綺麗な走行フォームを描きながら二人を追って駆け上がる。

その速度は、明らかに人間離れしているように思えた。


「……おお、若いと言いますか」


クジマは少し引いた様子で苦笑した。

しかし、一方でマクシムは両膝を付き、両拳を組んで祈っていた。


「マクシム殿?」


彼の突然の行動に目を丸くしていると、マクシムは真剣な顔つきでこちらを見上げる。


「……私も幸運です、まさか竜人様と出会えるとは」


それを聞いたクジマは、改めて先行して行った二人を凝視すると、白髪の少女の臀部から、白い鱗に覆われた尻尾がある事に気付く。

クジマは慌てて膝をついて祈る。

そうして二人の姿が見えなくなった頃、クジマとマクシムは立ち上がる。


「お見苦しい所を、祈りが濁っていました」


「いえ、きっと届きますよ」


マクシムは爽やかに微笑んだ。



クリフとシルヴィア、アキムは、かれこれ数時間走っていた。

体力勝負なら負けない。そう意気込んでシルヴィアが挑んで来た為、もし勝ったら小遣いをやると言った。


しかし。

最初こそこちらよりも少し早いペースで駆け登っていた彼女を揶揄っていた。

どうせすぐに力尽きると。

しかし彼女は、どれだけ走ってもペースを崩さなかったのだ。無尽蔵のスタミナを持つかの如く、とにかく走り続けていた。

五時間が経過した頃、喋る余裕すら無くし、走るフォームが崩れ始めていた。


心臓と横腹が痛い。しかし、シルヴィアだけには負けたくなかった。


「クリフっ!もうすぐ頂上だよ!!」


__そうだな、もうすぐゴールだ。


と、返事をする。しかし、シルヴィアは首を傾げて減速した。


「大丈夫?ろれつが回ってないよ?」


「へ?……ほんなわけないだろ……」


「もう休みなよ」


彼女は呆れた様子だ。


「うっせー……おれはまら、はひれる……」


シルヴィアはため息をついた後、全力で走り、一気に距離を離された。


「無茶するなよクリフ。俺やシルヴィアみたいに″効率の良い″種族じゃないんだからさ」


そう言って、アキムにも抜かれた。


その光景に思わず顔を青くし、遠くに離れて行くシルヴィアへ恨めしそうに手を伸ばし、その場からふらふらとよろけ、座り込んだ。


「まけた……」


良い年をした大人が、16歳くらいの少女と少年に追い抜かれたのだ。

かなりショックだった。

俯いていると、シルフが鼻を鳴らしながら、鼻先でこちらの背中をつついた。


「あ……?」


振り向くと、彼女は膝を折って頭を深く下ろしていた。

乗れ、という事なのだろう。


「……悪いな……相棒……」


覆い被さるような形でシルフの背に乗り、シルヴィアを追い掛けた。


「私の勝ちだね」


聖堂の手前にある岩に腰を掛け、シルヴィアは待っており、その手前でアキムが立っていた。


「あーそうだな。ほら……持ってけよ」


悔しかったが、大人として言ったことを反故には出来なかった。

銭袋を彼女に投げる。


「やった!」


シルヴィアは袋の口を開け、中に入ったジレーザの硬貨を数える。


「わっ……こんなに!?」


それは、シルヴィアにとって破格の値段だった。彼女は浮き足立って、その場を歩き回り始めた。

負けて悔しかったが、はした金を渡すと自身が惨めになるので、仕方なくだ。


__次は負けるか、鍛え直すから待ってろ……


シルヴィアは嬉しそうに尻尾を振りながら、満面の笑みを浮かべていた。


「俺のは無いのか?」


と、アキム。


「馬鹿、やるのは一位だけだ」


「えぇ……マジかよ」


「後で半分あげるね」


落ち込むアキムに、シルヴィアは白い歯を見せ、小銭袋を鳴らした。


「良いのか?」


それを見て、思わずため息を吐いた。

アキムにも、同じ額が入った小銭を投げ渡す。


「……え?」


アキムは呆気に取られ、見上げる。


「俺の負けだよ。持ってけ」


「シルヴィアと同じくらいじゃないか、本当にいいのか?」


「ガキなんだから素直に喜んでろ」


「……ああ!じゃあ。遠慮なく」


アキムは小銭入れを持ち歩いていた鞄に詰め込む。

彼もまた、心なしか嬉しそうな素振りを見せており、それを思えば、嵩んだ出費も安く思えた。


「それで、凄いねこの建物」


シルヴィアは、遠くに立つ建造物を見上げる。

切り立った山頂の手前にある寺院は、漆黒の石レンガで造られており、さながら城塞のような外見をしていた。

更には、周囲に雪が降り積もっているというのに、不思議なことに寺院には殆ど雪が降り積もっていなかった。


「どうやって建てたんだろうな。あの機械人間がやったのか?」


建材に使われたであろう黒い石レンガは、ひと目見れば分かるほどに、上質なものだと分かる。

巨大なこの寺院は、建造費は勿論のこと、ここへ建材を運ぶ事すら困難なように思えた。


「神様の事だし、こう……えいっ!って建てたんじゃない?」


シルヴィアは愛らしいジェスチャーを交えながら答える。しかし、言っていて無理があると思ったのか、苦笑いを浮かべていた。


「……いいや、そっちの方かもな。信仰と科学は食い合わせが悪い。わざわざ奴らの力を借りる事も……おっと」


ふと、寺院に目を向けると、入り口から薄茶けたローブを羽織った老人がこちらに来ていた。


「ようこそお越しになられました」


彼はしゃがれた声で呼びかけた。


「あんたは?」


「私はパーヴェル、この社の司祭をしております。信仰に生きる者として、御二方に会えた事、光栄に思います」


口調は無愛想だ。

しかし彼は確かに、シルヴィアだけでなく、こちらにも名指しで呼び掛けていた。

確かに、付き添い人を無碍に扱えば、シルヴィアもいい気はしないだろう。

しかし、アキムを除外した理由が不可解だ。


__姉さんの存在に気が付いたのか?


一つの予感が脳裏をよぎる。

もし、そうなら話が早く進みそうだった。


「あっ、私。ここに住んでるって聞く竜神に会いに来たの」


「ええ、ティロソレア様がお待ちです」


「えっ、良いの?」


「丁度良かった。俺も聞きたい事があったんだ」


シルヴィアの手を引いて、パーヴェルの元へあるく。


「ご容赦を、お呼ばれしたのはシルヴィア様だけです。申し訳ございませんが、あなた方にはここでお待ちするよう願えますか?」


彼の言葉を前に、顎に手を当てて思案する。


__ゴネるべきか?


本心としては、ティロソレアに姉の正体を問い詰めてやりたかった。

しかし、飽くまでシルヴィアの目的が主であり、ゴネた結果、彼女の目的すら潰すのだけは避けたかった。


「行って来いよ、俺たちはここで待ってる」


心に僅かなしこりを残しつつも、シルヴィアの背中を押す。


彼女は少し緊張した様子で頷き、司祭の元へと向かった。


「じゃあ、お願いします」


「……こちらに」


尻尾を不安そうに不規則に揺らしながら、彼女は司祭の後を追う。

二人は神殿の奥へと消え、そのさまを眺めていた。


「さて……野郎二人はここでヒマつぶしだ……」


すべき事がない為、シルヴィアが座っていた岩に腰掛け、寄ってきたシルフを撫でる。

彼女は嬉しそうに鼻を鳴らし、頭を擦り付けて来た。


「よしよし、いい子だ」


「シルフの方が年上じゃなかったか?」


と、アキムは尋ねて来る。

しかし、意味を分かっていないのか、シルフは気にしていない様子で、変わらずこちらに甘えていた。


「さあ?どうだろうな。実際、コイツがホントにシルフなのか疑わしいとこもあるしな。お前の体質にも言えるが、気にしない方が楽だぞ」


シルフの頬を撫でていた矢先、後ろから気配を感じて振り向く。


「ぶみ」


自分が座る岩の根元に、不細工な大トカゲがやって来ていた。


「……」


大トカゲの両脇を持ち、持ち上げる。


「なんだコイツ。コドモオオトカゲ……じゃないな。新種の魔物か?不っ細工だな」


独り言を呟き、顔を顰めていると、大トカゲが暴れ、手から離れる。


「ぶみー!!」


そしてこちらの顔に目掛けて跳躍し、髪に噛み付いた。


「あっ」


アキムが間の抜けた声を上げる。


一瞬だけ凍りつき、髪の毛にぶら下がる大トカゲを掴み、遠くへと放り投げた。


「このっ___!!」


言葉に出来ない怒声が、山岳に響き渡った。

語る予定のない設定

クリフが呼んでいたコドモオオトカゲですが、皆さんご存知コモドドラゴンです。

クリフの居る星にコモド島が無いので、こんなややこしい名前になりました。

因みによく異世界議論で出る薩摩芋は渡津芋になってます。

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