30話「やってられるか」
フードを深く被り、名も知れない寂れた村を抜ける。
皇都は勿論、辺境の村ですらニールの死について情報が無かった。恐らく、皇都で緘口令が敷かれているのだろう。
「生きてはいないよね」
腰に提げたフォールティアに小声で尋ねる。
『彼は死んだよ』
彼女は微かに振動し、こちらの頭の中に向けて、きっぱりと言い切った。
「アウレアの目論見を想定出来る?」
『うん、アウレアの戦力は勇者ニールに依存していたから、彼の死によって国全体の士気低下と精神的要因による生産能率の低下、治安の悪化を懸念したんじゃないかな』
街道に続く砂利道を踏み締める。
通行人とすれ違った為、視線を落としてやや俯いた。
『それらの被害を軽減する為に、次代の勇者を立ててからニールの死を公表するっていうのが私の予想』
「私が死んだ時と同じ対応か……」
『……そうだね』
複雑な想いを抱いた時、足音に違和感を覚えた。
__フォールティア
心の中で彼女を呼ぶ。
『うん、さっきすれ違った人があなたを追跡してる』
__素性を特定出来る?
歩調を崩さず、気付いていない素振りを続ける。
『相手は魔力を断ってる。なにこれ?この人、両手を金属に置き換えてる、サイボーグ?ううん、外観はアウレア人だけど……イネス!私を抜いて、相手はニールだ!!』
__え?
呆気に取られたのも束の間、心臓を高鳴らせ、振り向きながら抜刀した。背後に立っていたニールは、右手を振り上げ、素手で剣を弾いて掴んだ。
互いに力み、剣と掌の間で火花が散る。
「お前は……誰だ!!」
湧き上がる感情に任せ、叫ぶ。
自分のファンだった青年を模倣されるのは、とても気分が悪かった。
「……ニールだよ。未練が多いから墓から出て来たのさ」
力を込めるが、引き抜ける気配は無く、巨大な万力で挟み込まれたような感触を覚えた。
「……っ、フォールティア!!」
聖剣を起動しようとした瞬間、空いた左手で手首を掴まれ、力づくに剣を奪われた。
「よせ、あんた相当無理してるだろ、顔色悪いぞ」
「あなたに殺されるくらいならっ!!」
ため息を吐いたニールは手首を離し、奪ったフォールティアをこちらに投げ渡した。
「何のつもり……?」
「やめだ。取り押さえても何も好転しない」
そう言ってニールは黒色に染まった両腕を元の色に戻し、両手を上げた。
「あんたに殺された三日後、墓地で目が覚めた。俺の本名はニール・ガムス=ロナ。雷神の息子だったらしい」
彼は淡々とこちらの疑問に答えた。
「はぁ……私に何をさせたいの?」
しかし、額面通り受け取るのは愚かだと判断し、空返事をする。
「同行させてくれ」
「……は?」
彼のふざけたような返事に顔を顰め、冷ややかな視線を送る。
「復活した事を皇帝に黙って抜け出した。自分の正体を知る為に母上と会ったが、それだけだ」
「何の為に?そもそも、あなた達が私を殺そうとしなければあなたと戦う事なんて無かった」
語気を強める。対してニールの表情も険しくなっていた。
「俺は元よりあんたを聴取するだけだった。陛下はあんたの素性も、あの日クリフを逃がした事も把握していた。形ばかりの事情を聴取して、無罪放免で終わりになる筈だった。教えてくれ……あんたは一体何を勘違いした?」
ニールの言葉の端には、強い怒りが乗せられていた。
それを聞いて自信が一気に失せ、不安な気持ちにさせられた。
「上層部がハイヒューマンを集め、完全装備のあなたがやって来た。挙句に私抜きで会議したんでしょ?」
「お前は何を言ってる?」
ニールは眉を顰める。
「お前の一件は表に取り沙汰されていない。クラークの奴が個人的に俺に依頼したものだ。お前は、ハイヒューマンの帰省時期すら忘れたのか?」
「……え?」
脳裏に、皇都で情報を伝えた部下の顔が思い浮かぶ。
「誰かにガセネタを摑まされたようだな?」
「……そんな」
「全く、俺の憧れの人物は早とちりで大罪人になる程馬鹿だったとはな。さて、行くアテはあるんだろう?俺だって死ぬまで戦争は御免だ。これから送る平穏な余生の為に、協力させて貰うぞ?」
ニールは拳を鳴らし、苦笑した。
もし、断ればここで再び戦闘になるだろう。彼の言葉通りならば、半神と化したニールを相手取った時の勝算は絶望的だと言えた。
「……セジェスに古い友達が居る」
「セジェスに?もう歳で死んでいるんじゃないのか?」
首を横に振り、胸に手を当てる。
それと同時に、心臓部の宝石が光り輝き始めた。
「あの人は絶対に死なない……きっとまだ、繋がってる」
「あんたをその身体にした張本人か?何者だ?」
目を逸らし、目を瞑る。
相手が相手なだけに、そして辛い思い出が脳裏に思い出してしまったからだ。
「名前はナト。かつてこの国を半壊させた魔神、バルツァーブの娘だよ」
それを聞いたニールは目を丸くし、暫く沈黙した後、薄く微笑んだ。
「そいつは、ロマンチックじゃないか」
◆
海沿いの展望台からジレーザの街並みを眺め、近くの手摺に持たれて思案に耽ける。
__隊長が死んだ……か
彼の人柄、そしてその実力においては、絶対的な信頼を寄せていた。
しかし、死んでしまった。
「次は俺かもな」
珍しく弱気な事を呟き、鼻で笑った。
「ねぇ……クリフ大丈夫かな?」
遠くでシルヴィアがアキムに囁く。
「いや……どう……なんだろう」
それに対し、アキムは歯切れの悪い返事をした。それを聞いて、乾いた笑いがこぼれた。
「おーい、聞こえてるぞガキ共」
シルヴィアはわざとらしく驚く素振りをし、目を逸らした。
「……心配させて悪かった。それで、これからどうする?予定通り図書館に行くか?」
ケルスの来訪で途切れた会話を再開させる。
彼は、気が付くと何処かへと行ってしまっていた。
「ティロソレア霊山に行きたい」
シルヴィアは短く答え、遠くに聳える山を指差した。
「……登山してみたいのか?」
何の気なしに返事をする。しかし、彼女の意図を理解し、心の内で手を叩く。
「あの山には竜神を祀る宗教、ストリクト教の聖堂があるの」
「で、竜神ティロソレアが居るんだっけか?」
シルヴィアは頷く。
だがその回答に頭を悩ませた。
「お前、神に会う意味が分かってるのか?」
神々は気まぐれで、一時の気分で多くの命が散り、都市が滅びた記録も多く残っている。
「大神なんて、気まぐれで街一つ水没させてる。それに比べたら、まだ話は出来ると思うの」
「……分かった。俺も用が無いと言えば嘘になる、付き合うよ」
ケルスの言うように、自分がルナブラムの魂を内包しているのだとすれば、この一件は無関係とは言い切れなかった。
「ごめん、危険な目に遭わないように努力するから」
シルヴィアは胸に手をあて、少し不安そうにこちらを見上げた。
「……どうせ止めてもひとりで行く気だろ?」
シルヴィアは目を逸らして、黙る。
「全く。ほら行くぞ、適当な食糧と登山道具買って登りにな」
彼女の背中を軽く叩き、建物の階段を降りる。
「……うん!」
シルヴィアは嬉しげに走って、後からついて来た。
「悪いなアキム。図書館巡りは後になりそうだ」
アキムは足早に階段を降り、こちらの横に並ぶ。
「まさか。図書館巡りより、よっぽど面白そうだ。そうだ、もし何か質問出来たら何を聞こうかな」
「普段何食ってるかでも聞けば良いだろ。未来とか、世界の謎なんて聞くもんじゃない。神なんて特にだ」
「クリフは、神様が嫌いなの?」
「あんまり関わりたくないだけだ。確かに、奴らが圧倒的に優れた生物である事には変わりないが……崇めるようなものじゃない。神が居なくても、人は生きられるさ」
苦笑しながらそう言い切り、三人で雑貨店を目指した。




