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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
2章.鋼の国
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29話「やってられるか」

マイルズは、遺体安置所の扉を開け、彼が眠る石作りの台を見つめた。


「よう、来たか」


部屋の奥で、レイや仲間たちがニールの遺体を見下ろしており、一部の者は涙を浮かべていた。


「本当に、死んでるのか?」


マイルズは信じられなかった。

何度も戦場で目撃した彼は、全てを圧倒する強さを持ち、多くの味方を救う。

まさに英雄のような人物だったからだ。


「バラバラになったのを一緒に見ただろ?まだ納得できないのか?」


レイは、全身に縫合痕が刻まれたニールの遺体を指差す。

マイルズは言葉を失い、俯いた。


「アイツはいい奴だったよ。普通、戦場なんて手前(てめぇ)の事で手一杯だ。あいつは、仲間のことをずっと気に掛けてた。クリフの馬鹿もそうだが、ここに居る奴らでこいつの世話を受けてない奴は居ない」


レイは寂しげに呟き、煙草に火を付ける。


「……ああ」


かつてマイルズは、大商会を仕切る男の息子であった。しかし、ハイヒューマンであった事が判明した直後、弟に家督を奪われ、凄惨な戦場に放り込まれた。

恵まれた平穏から一転して、血みどろの戦場に放り込まれた彼は、精神を病みかけていた。

ニールはそんなマイルズに、ワイン瓶を片手に何度も話を聞いてくれた。


「次の隊長はあんたがやるのか?」


「ああ、どうやらそうらしい」


レイは気怠そうな表情を浮かべ、煙草の灰を自前の灰皿に落とす。


「俺はNo.2が良いんだ。無理を言って《勇者》の座は空けてもらった。マイルズ、猶予は半年だ。それでニールを越えて、意志を継いで見せろ」


レイは片手に持っていた棍をマイルズに投げ渡す。


「これは?」


「アイツの得物だ、やるよ。相続先はお前だ」


マイルズは棍を感慨深そうに見つめ、目を瞑る。彼は立ったままニールの亡骸に祈った。


レイは吸い殻を自前のケースに捨て、死体安置所を去る。安置所の扉を開けようとした瞬間、勢い良くドアが開かれた。


「っ……!陛下!?」


レイは道を譲り、膝をついて頭を垂れた。

彼の言葉に気付いた仲間たちも同様に頭を垂れ、道を譲る。


部屋の入口には、アウレアの皇帝クラークが、雨水に濡れ、息を切らしてこちらに来ていた。


「そんな……」


ニールの亡骸を見て、彼は狼狽(うろた)える。

ケルスの前に立っても、顔色ひとつ変えなかった彼がだ。


「本当に……死んだのか?」


「はっ、心の臓を切断されたようです」


レイは顔を上げて答える。

クラークは、それを聞いて痛ましそうに瞑目した。


「少し、一人にさせてはくれないか。そう、時間は掛けん」


「承知しました」


その場に居た全員が立ち上がり、部屋を出る。

クラークは改めてニールの亡骸を見て、目頭を抑えながら涙を流す。


「すまないニール……私が……俺がいらぬ命令を飛ばしたばかりに……っ!」


クラークは膝をつき、彼が眠る台にもたれ掛かった。


「幼い頃、皇学院でお前は言ったな。俺の隣で支えてやると。そして兵役から初めて帰った時に言ったな。必ず生き残って、自分なりの幸せを掴むと……すまない。俺は、お前の親友だったのに、お前の夢を叶えてやれなかったっ!!」


クラークは台を叩き、数年ぶりに感情を吐き出し、涙を流す。


「ニール、お前はハイヒューマンに産まれたくなかったと言ってたな、周りだけ歳を取り、置いて行かれるのは嫌だと」


クラークは顔を上げ、悲哀の表情を浮かべた。


「……俺だって、皇帝になんてなりたくなかったさ」


アウレアの皇帝と呼ばれた男は、いつになく頼りない口調で、ひとり呟いた。



意識が戻ったのは突然だった。

呼吸をしようとして、液体が気管に入り、咳き込む。

これは、ワインの味だ。

瞼を開くと周囲は全て暗闇だった。

手を動かそうとするが、石を乗せられたように身体が重かった。

しかし全く動かせない訳ではなく、ゆっくりと砂時計を動かすように、指から手首、手首から肘へと身体を動かして行く。

足を振り上げると、つま先が天井に触れる。


__天井(うえ)が浅い。


両足を天井に着け、精一杯の力を込めて押し込んだ。

木の軋む音と共に土砂が少し流れ始める。


土煙に思わず咳き込む。

しかし、微かな月明かりが隙間から差し込んだ。


__もう少しだ。


歯を食い縛り、両脚で天井を蹴り飛ばした。

勢い良く木棺の蓋が土と共に吹き飛び、宙を舞う。

そして漸く、自身は埋葬されていたのだと気付いた。


「……どうなってる」


木棺の中で立ち上がり、脚を見下ろす。

イネスに寸断された脚が、傷跡一つ残さず治癒していた。

木棺の中の花を踏み、裸足で木棺を蹴った。

木が割れるが、重く染みるような痛みがつま先を襲う。


「……っ!神経は……通ってるみたいだな……」 


石棺から踏み出す前に、共に埋められた副葬品のワインボトルを手に取る。


「おお……本当に死ぬ前に飲めるとはな」


握力だけでコルクを引き抜き、一気に飲み干した。突然の仕事に胃が驚いたようで、少し胸がチクチクした。


家が買えるほどの高級酒であったが、以前同じものを飲んだ時よりも美味く感じられた。


「……くうっ、一度やってみたかった」


そう言って瓶を投げ捨て、木棺から出る。


「さて……俺はどうするかな……」


裸足で墓地内を歩き、自分の墓石に腰を下ろす。


「もう一度勇者をやっても良いが……」


俯いて手のひらを眺める。次の瞬間には、両手が真っ赤に染まり、誰かの悲鳴がそこら中で聞こえ始めた。

顔を上げると、悲鳴はぴたりと止み、手に付いた血も消えた。


「……クリフの言ったことは正しいな。戦争なんてやるものじゃない」


再び自分の中で思案し、天秤に掛けた。

残された友人か、自分か。


「第二の人生……か」


立ち上がり、墓地の鉄柵に電流が流れ、見えない力が働く様を、脳裏で正確に思い描いた。


〈__磁雷鉄陣(プラエセプタ)


鉄柵の一部がちぎれ飛び、浮遊しながらこちらに寄る。


「母上を尋ねるべきだろう」


鉄柵を掴み、その場から飛翔した。



ニールは移動に使った鉄柵を適当に投げ捨て、少し寂れた街の外れにある、小さな教会に訪れた。

入り口に連なる墓石を眺める。

その殆どが戦死者で遺体のない、空の墓地だ。


「もう何年も来てなかったな」


そう呟き、教会の入り口にある重厚な木扉を手の甲で叩く。

窓からは、蝋燭の光が漏れていた。


「牧師様、まだ居られますか」


ゆったりとした足音がこちらに近付いて来る。


「ニール?あなたなの……」


そう言って、一人の老婆が扉を開ける。


「ご壮健なようで何よりです、母上」


「ああ……良かった、やはり生きていたのね……」


彼女はこちらを抱き締め、背中を優しく撫でた。その頬には涙が浮かんでいた、齢七十に差し掛かろうとしているにも関わらず、彼女の顔立ちには往年の美しさを未だに感じさせた。


「……心の臓を両断され、身体を三つに分けても私は生きていました。母上、私の正体に心当たりはございませんか?」


「あなたは……来なさい、ここで話せる事では無いわ」


母はこちらの手を引き、教会の中へと入る。

内部は古びており、年季の入って壊れた椅子と、みすぼらしい祭壇がひとつ、残されているだけだった。


彼女は祭壇の前で祈りを捧げる。


「主よ……あの日の約束を今、果たします」


祈りを終えた彼女は顔を上げ、いつになく真剣な眼差しでこちらを見つめた。


「ニール」


「はい母上」


「あなたの父は別に居ます。あなたは、ディアドルの一族ではないの」


返す言葉に詰まる。だが驚きはしたが、然程ショックではなかった。例え、父や兄と血が繋がっていなくとも、思い出を共有した家族である事に変わり無いからだ。


「……そうでしたか」


「あなたの父は大神です」


しかし、次の言葉には度肝を抜かれた。


「……母上、ご冗談は」


「冗談では無いわ」


彼女の真っ直ぐな瞳に、返す言葉を奪われた。


「……続けて下さい」


「竜神との大戦より以前、ハイヒューマンの聖女だった私は、彼の御方と交わった」


母はハイヒューマンだった。

知らない事実をまたも突き付けられ、心の奥底から微かな怒りが湧く。


「そしてそれから50年後に貴方を産んだわ。不思議でしょう?あのお方が生きていた時は子を成せなかったというのに、ある日突然貴方を身籠ったの」


苦笑する母を見て、顔を顰める。

ハイヒューマンとして生き、苦悩して来た人生を軽んじられたように思えたからだ。


「どうして黙ってた」


「もし、神亡きアウレアであなたが神の子だと知れれば、あなたは偶像として一生の自由を奪われてしまう。一人の親としてあなたの未来を潰したくなかったの……許してちょうだい」


どこまでも真っ直ぐな眼差しを向ける彼女を前に、思わず目を逸らしてしまう。

そして、その場に座り込んだ。


「……私は、貴方を赦します」


ため息を吐き、ぎこちない口調で答えた。


「普通通り喋って良いのよ。取り繕わないあなたの方が好きだから」


「昔から母上には敵わないな……」


「ふふ、そんな事ないわ」


そして彼女は何かを思い出した素振りをし、彼女は手を叩いた。


「そうよニール、あれを動かせるかしら?本当は私が動かすべきなのだけれど」


彼女は祭壇を指差す。


「ああ」


〈__磁雷鉄陣(プラエセプタ)


祭壇の金属部品を魔法で操り、教会の隅に移動させる。

祭壇のあった場所の下には、取手の無い小さな扉が床に埋め込まれていた。


「魔法の金庫か?」


「ええ、あなたの父が用意してくれたものよ」


母は金庫に触れ、淡い青色の魔力を扉に流し込む。

次の瞬間、扉の表面に神を表すシンボルが浮き上がったのも束の間、扉の部位が青い光子となって消失した。


「これは……?」


金庫の中に収められていたのは、革製の指抜き長手袋と、古い時代の金槌の頭を模したペンダントだった。


「フェルストスとクイドテーレ。あのお方からそう預かっているわ。フォールティアや、オムニアントと並ぶ、御神が作りし魔法の武具よ」


片膝をつき、手袋を手に取る。


「これがか?」


思わず顔を(しか)める。質感を確かめるも、ただの革で作られた手袋以上のものには思えなかった。


「……ふむ」


母の言葉を無碍には出来ない。

右手に手袋を嵌めると、サイズが合っていなかった。

しかし次の瞬間、手袋が微かに発光し、最適な大きさに変化した。

そして、手袋が真っ黒に変色した。

続けて手袋から広がる形で両腕が肘まで一気に変色した。


「どうなってる!」


左手で右手を握ると、鉄のような感触がした。右手の感覚が鈍くなっていたものの、問題なく動かせた。


「あのお方曰く、太陽に沈めても溶けず、決して砕ける事が無いそうよ」


彼女の言葉をよそに、手袋を外そうと試みるも、皮膚と一体化しており、腕を切り落とさない限り取れそうに無かった。


「取れないぞ、どうすれば良い」


そう言った矢先、皮膚と手袋が元の色に戻っていた。


「貴方の意思に応じてくれるそうよ」


「なるほど……でこれは?」


もう一方のペンダントを持ち上げるが、特にめぼしい点は無かった。


「これの説明は?」


「それだけは分からないわ。御守りにと……」


ペンダントを握り締め、魔力を流し込む。

しかし、何かが起きる気配は無かった。


「Quid tere……か。名前負けしてるように思えるが」


粉砕するもの。

大層な名前を持つそのペンダントを眺め、鼻で笑った後首に下げた。


「御守りにしておくよ」


「ええ、似合ってるわ」


その場で立ち上がり、母を見下ろす。


「俺はこの国を出ようと思う」


「当てはあるの?」


「分からない。だが、勇者イネスが何かを知っているみたいだった」


それを聞いた母は目を丸くする。


「古い伝記でも見つけたのかしら?」


「違う、アウレアの法の守り手として生きていた」


彼女は手を合わせる。


「まぁ……!あなたの初恋の相手じゃない。それで、どうだった?綺麗な人だったかしら?」


彼女の老いを感じさせない若々しい所作に、苦笑いする。


「……よしてくれ、5歳にもなってない頃だぞ」


「あら?照れなくて良いのよ」


恥ずかしさのあまり、顔に手を当てる。母親に恥ずかしげもなく、想いの丈をぶつけていた当時の自分を恨めしく思えた。


「母上」


「どうしたの?」


「俺がこの国を捨てて逃げる事を軽蔑しないのか?」


彼女は口元に手を当てて、笑った。


「構わないわよ。あなたはよく戦ったわ。あなたの選択を、私と……あなたの家族。それとあのお方も支持して下さるわ」


「神が責務放棄を推奨するのか?」


「あの人はとても情熱的なお方だったわ。この国の女神であったエル様とは対極的で、役目であったり定めを嫌う……そんな自由なお方だったわ」


「そうか……ありがとう」


手袋を両手に嵌め、出口へと向かう。


「行ってらっしゃいニール。あなたの名は、ニール・ガムス=ロナ。天を、宙を引き裂く雷神の子よ」


「ああ、行ってくる」


教会の外に出る。全身に電流を纏い、金属と化した両腕に磁力を纏わせ、その場から飛翔した。


「しまった」


高空へと飛び立った時、忘れ物をした事を思い出し、再び教会の前に降り立った。


「あら、どうしたのニール」


「すまない母上……服を貰えないか?」


そう言って、纏っていた死装束の端を摘んだ。


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