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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
2章.鋼の国
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25話「逃げたい仕事」

清書版24話「逃げたい仕事」


汽車に乗って数日が経過し、持ち込んだ本を読み返したり、変わり映えしない雪景色を眺めていたり、話のネタが尽きて、似たような話題しか振らなくなったシルヴィアと話して、長い暇を潰していた。


「何もしなくて良いってのも嫌だな。シルフの背に乗って旅をする方が性に合ってるよ」


ベッドの上で二人に話しかける。


「あたしはこっちの方が好きかな、楽で快適だし」


シルヴィアは駅の近くで買ったトランプでアキムと遊びながら、素っ気なく返す。


「俺も走らなくて良いから同意見……はい俺の勝ち」


彼女がよそ見した瞬間にカードを取り、シルヴィアの手に一枚のジョーカーが残った。


「あっ、ううー!また負けた!!」


シルヴィアは銀の弾丸が描かれたカードを投げ、机に突っ伏して、こちらを見つめる。


「クリフも遊んでよ!!」


彼女は頬をむくれさせ、テーブルを叩いた。

ベッドから起き上がり、近くに置いた酒瓶を一気にあおり、飲み干す。

焼けるような喉越しと、薬品にも似た風味が舌を突き抜ける。

ヴィリングのものと違い、あまり美味しくはなかった。


「……分かった。またお前が変な奴に絡まれたら困るしな」


彼女に皮肉を言い、ジョーカーのカードを拾う。


「ごめんなさい」


「馬鹿言うな、アレは不可抗力だ。また変なのが来たらぶっ殺してやる」


カードを拾う際にも、一人の女性が脳裏から離れなかった。


__母さん、こんなとこで今何してるんだろうな。


席に座り、アキムがカードを不器用にシャッフルする。


__数年ぶりに会えると思ったんだが。


シルヴィアの発言を基に車内を捜索したが、彼女の姿は無かった。恐らく義母は、オネスタは自分を避けている。

理由は定かではないが、それで少し寂しい気持ちにさせられたのは確かだった。


「あっ、見てみんな!」


アキムがカードを配る最中にシルヴィアが立ち上がり、窓を見つめる。

彼女の言葉に思考がかき消され、窓に目を向ける。

少なくとも今は考えたくなかった。


木と鉄で出来た無骨な建造物が立ち並ぶ市街。それだけならば至って普通だ。だが街の中心部にもなると、25mを超えるであろう高層建築物が建っていた。

海岸沿いには巨大な煙突の付いた工場が敷設され、黒煙を多量に噴き出しており、街全体が今までにない異質な雰囲気を醸し出していた。


「これがジレーザか」


出発前に、ヴィリングの資料で見た情報を思い返していた。


イーディン。

鋼の国ジレーザの首都であり、他国との交流を閉ざした、世界最高の科学技術が詰まった場所である。

この国が持つ広大な領土に対して、開拓された居住地はほんの僅かでしかなく、基本的にはアキムが住んでいた村のような、最初期に取り残された村落が点々と残るだけである。


市民の多くは、イーディン、アスノーヴァ、コストロマと呼ばれる三つの大都市に集まっており、それらの間を列車が往来して経済を循環させているという、超が付くほどの、過疎過密国家である。

こうなった原因として、アウレアへの侵攻によって急激に拡大した領土と、歴代の指導者が効率性を求めた都市開発が推し進めた為、巨大都市を人口と用途に応じて適時拡張していく施策が施されていた。



三人は列車から降り、ホームへと出る。

コンクリートで作られ、鮮やかな木や鉄の装飾が掘られた壁、やや鋭角な形状の天井には鮮やかなステンドグラスが張られていた。

国境を閉鎖し、観光客からの外貨を得られないジレーザにとって、この装飾はあまり必要とはされないだろう。

にも関わらず、これほどまでに凝った作りとなっているのは(ひとえ)に、この街に住む職人たちのプライドによって作られたものに思えた。


「綺麗だね」


「ああ……そうだな」


鮮やかな装飾に目を惹かれ、彼女に素っ気ない返事を返す。


「まるで聖堂、いや宮殿だな」


皇都にあるドートス教の聖地、ガウェス大聖堂に訪れた時を思い出しつつも、アウレアとは違った建築様式が生み出す芸術を、目に焼き付けていた。


「アキムは来たこと無いんだっけ?」


「汽車すら知らなかったんだ。こんな大きな街、見た事も無いよ」


彼もまた、駅の装飾に目を惹かれていた。

そうして三人で田舎者感を漂わせながら、駅の構内を落ち着かなさそうに眺めていた。


「お待ちしていました。クリフ様、シルヴィア様、アキム様」


黒いスーツで身を固めた三人の男がにこやかに微笑み、こちらを待っていた。


彼らの衣装は、アウレア育ちの自分にとって奇妙に思えたが、この高度な文明圏における礼装に見える以上、顔に出す訳には行かなかった。


「……失礼ですが、あなた方は?」


普段の口調を抑え、ヴィリングでの仕事口調に切り替える。

それを聞いたアキムが、少し困惑していた。


「これは失礼しました。私は外務長官を担当しております、メイシュガル・リマトと申します」


先頭に立っていた男は、ジレーザ式の作法で頭を下げる。

ジレーザの階級はさっぱり分からない。しかし、その響きや一部の単語から、高い職位の人間だということはひと目で分かった。


「私は、ケルス陛下の側近をしております、クリフ=ディヴィス・クレゾイルと申します」


ケルスに名乗るよう指示された、その気恥ずかしい称号の数々に顔を赤くしそうになる。


産まれてこの方、丁寧な言葉を滅多に使わなかった為、敬語が嫌いだった。その為、よほど身分が高い相手でないと敬語自体を使いたくない程だった上、ニールの部隊は上下関係が希薄だった為、殊更に使う機会が無かった。


だが今は違う、シルヴィアを養う為の仕事で覚え、身につけた言葉遣いが役に立っていた。


目の前に居るメイシュガルは、ジレーザの政界の要人。

その後ろに立つ二人は護衛と言ったところだろうか。そんな彼らに対して、こちらは無教養の平民である。

記憶喪失の竜人、ド田舎暮らしのドワーフ、そして酪農家出身のアウレア人だ。

その組み合わせはあまりにも不釣り合いで、正直言って今からでも逃げ出したかった。


大統領(だいとうりょう)が館にてお待ちしています。こちらに、ご案内させていただきます」


「感謝します、メイシュガル殿」


礼儀作法が正しいのかは分からなかった。何より、自分の居振舞いに採点を付ける人間など居る筈がない。

向こうがジレーザの文化に合わせた礼儀作法を取る以上、こちらもヴィリング式で押し切るしかないだろう。


__しかしなんで棟梁(とうりょう)と話をするんだ?ケルスに貰った書状は土建技術の話じゃないんだが。


護衛の一人がメイシュガルの一歩後ろを歩き、もう一人がこちらの後ろに回った。

彼らの後を追従しながら、護衛たちが腰に吊り下げている銃器を眺める。


__一昨日のハイジャッカーもだが、装備が俺の知るものとかなり齟齬があるな。


二年前に鹵獲して調べたジレーザ正規軍が使っていた銃器を思い出す。


__マスケットとリボルバーが主流だった筈だが。ハイジャッカーの使う武器はボルトガンと遜色が無かった。だとすれば、近衛兵みたいなこいつらのは、それ以上の性能があるかもな。


それは、かつての職業柄の悪癖だ。

武器や道具、技術体系を見ては、それを取り入れられないか思案してしまう。

そうぼんやりと考えながら駅を出る。


外に出ると、背の高い石と鉄で出来た建造物が整然と立ち並んでおり、大通りに馬車の姿は無かった。

その代わりに少し外見は違うが、ハイジャッカー達が乗っていた馬の無い馬車が街を走行していた。


__あの光沢……全部金属製か。汽車と同じ蒸気機関で動いてるのか?


「あれは自動車と言います。粉砕した魔石と植物から抽出したオイルを特定の比率で混合したものを燃料にして走ります。機構に興味がおありでしたら後程設計図をご用意致しますが」


その瞬間、最大限に頭を回転させた。


「遠慮させていただきます、以前の来訪で陛下が求めなかった以上、我が国では必要のないものでしょうから」


心の中でガッツポーズを取る。

当然、それっぽい台詞を言えたからだ。


後ろに続くアキムは黙っており、シルヴィアは父親の仕事を見る娘のように目を輝かせていた。


「確かに、自動車は便利ですが、一部の既存産業を死に至らしめる代物でもありますからね」


メイシュガルは道路の側まで歩く。


その先には、普通のものよりもやや長い全長を持った自動車が停まっていた。

鮮やかな光沢を放つ黒塗りの車は、皇族の使う馬車とはまた違った気品と高級感を漂わせていた。


「お先にどうぞ」


メイシュガルは柔和な笑みを浮かべ、先行していた部下に扉を開けさせる。


「では、失礼します」


「えっと、失礼します」


「失礼します……」


シルヴィアが先に入り、次にアキムが入る。

そして二人に続いて、車両の中に足を踏み入れる。


開放感のある窓、天井や側面には革や絨毯のような生地が張られており、腰掛けたクッションはこれまでのどれよりも快適で、これまで酷使してきた足腰に心地よい痛みが走った。


「柔らかいね、すっごい」


シルヴィアが月並みな感想をこぼし、窓から景色を眺める。

続いてメイシュガルが車内に入り、後部座席に四人が入る事になった。

いくら広々とした車内であっても、人が多いせいで窮屈さを感じさせられた。

そして彼が扉を閉めると、車が走り始めた。


「事実、我が国では車が普及した事で、馬車や馬飼いの立場は一気に失墜しました。新技術は国家に進歩と革新を(もたら)しますが、同時に混乱も招きます。ケルス閣下やヴァストゥリル様が居られるかの国において、このような革新は不要なのでしょうね」


まるで事前に練られたかのように、綺麗な言葉を並べるメイシュガルに気後れする。

が、こちらはなり損ないとはいえハイヒューマンである。

常人とは比べものにならない思考速度を頼りに、言葉を練る。


「ええ、魔物と共生し、移動手段にしている我が国において、炎と音は厳に慎まれるべきものです……それに加え、道路を舗装(ほそう)するコストを踏まえると、利益よりも損失が勝るでしょう」


頭の血管が切れそうな勢いで思考を回し続け、絞り出した言葉に対し、自分自身に惜しみない賞賛を送る。

脳内ではファンファーレが鳴っていた。


「魔物を輸送手段に?他にも少しお聞きしても?」


彼は目を丸くして尋ねる。

その仕草に、不思議にも幼さを感じてしまった。彼の外見年齢はこちらとそう変わらないというのにだ。


腹芸にしては悪手なその反応を見て、純粋な好奇から来た質問であるように思えた。


「ええ、彼らの暮らしについてならお答えしますよ」


しかし、頭の回転は未だ緩めていなかった。

戦術的な価値がある内容、つまり地形や防備に関する情報は省き、ヴィリングの観光地や娯楽施設に触れるべきだと判断した。

尤も、ヴィリングに軍隊は居ないのだが。


「ヴィリングの食事情は独特です。畜産や農耕も併用していますが、それと同時に狩りも行われています。最初期こそ宗教的な意味合いをもって狩りをしていましたが……」


少し意識して口調を崩す。

手探りではあるものの、メイシュガルが態度を少し崩した以上、合わせるべきだと判断した。


「今では美食を求めて森を練り歩いているのです、猪、鹿、鳥、兎……ただし狼と蛇は宗教上駄目ですが」


「確か、ヴァストゥリル様の弟君が蛇の神でしたか」


「ええ、その通りです。それで、肉の調理方法が独特で、彼らは強靭な胃腸を持つ故に、火を使わずに調理するのです。香草やソースに漬け込んだ肉を薄くスライスして、そのまま食したり、腐敗する寸前の肉を加熱調理します」


「肉の生食ですか。ここでは燻製やジャガイモが殆どですので、とても新鮮に思えますね」


メイシュガルは眉を上げ、興味深そうに話に聞き入っていた。


「とはいえ、一定数ヒューマンも居るので、加熱調理もします。しかし生食文化もあってか、総じてステーキで言うレアを好んでいます」


「かの国の門戸が開いた時には、ぜひ食してみたいものですね」


「ええ、その時はぜひ」


にこやかな笑みを浮かべた。

ヴィリングは国というよりはひとつの家屋であり、部外者の立ち入りを易々と受け入れられる国ではなかった。


__例え、皇帝が願ってもケルスは招待しないだろうな。そも、あの国はケルスの家族以外はまず立ち入れないからな。


メイシュガルと当たり障りのない話題を交わす内に、車窓の景色は次々と流れ、目的地で停車した。

ひと足先にメイシュガルがドアを開け、車から降りる。


「長旅ご足労様でした」


「感謝します」


車のドアを開き、外に出る。

広大な庭園の中心部に居た。

草花で飾られたアウレアの皇城とは違い、整然と揃えられた芝生と柵のように切り揃えられたウォールプラントと、大森林で見かけた低木で作られた緑の庭園は、見事なまでに除雪が行き届いており、白と緑のコントラストが幻想的な雰囲気を醸し出していた。


「この建物は?」


山の斜面のそばに庭園は存在しており、その傾斜に黒い大理石で出来た大きな建物が不自然に建っていた。

雪景色に浮かぶ黒いそれは、異物のように思えた。


「ブラックハウスと言います。この国の統治者が居住し、執務を行う場所となっています」


__つまり王城みたいなものか。


月並みな感想を抱き、ブラックハウスを眺める。

一階建てで横に伸びた建物、城壁や装飾や他の色合いが存在しないその造りからは、ある種の慎ましやかさを感じさせられた。


「少し歩きますがご容赦を、あの場所はこの国で最初に建った鉱山ギルドの上に造られているのです」


メイシュガルは部下を連れ、ブラックハウスへと続く長い階段を先行した。


「こちらに、大統領が上でお待ちです」


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