24話「失態、それと後悔」
クリフがレナートに向けて走り出す。
それと同時に、レナートは脚部の推進器を展開し、ミサイルのように空へ飛んだ。
__接近戦に調整されたオヤジがやられた、コイツと近接戦はマズい……!
レナートは、コートの裏から一丁のライフル銃を引き抜く。
複雑な装甲を組み合わせた外見をしたそれは、レーザー銃と呼ばれる代物だった。
彼は地上に居るクリフに銃口を向け、引き金を引く。
しかし、それとほぼ同じ瞬間に、彼はその場から消失した。
銃口から飛び出た光線が夜闇を裂きながら、地面に吸い込まれて消えた。
「どこに……っ!!?」
全身を機械化したレナートにとって、夜闇は昼と変わらなかった。
にも関わらず、彼を見失った。
視界の端に映る熱源、電磁波などの探知機の情報を読み取りながら、彼の痕跡を辿る。
しかし、そんなレナートの目の前にやって来たのは樹木だった。
比喩では無く、5mはあるタイガの木が空を飛んで、彼の目前に迫っていた。
「……はっ?」
樹木が激突する瞬間、彼の周囲に青白い障壁が発生し、攻撃から身を守ってくれた。
しかし、彼はそのまま勢い良く吹き飛び、空中に投げられた。
「……もう少し、か」
クリフは、地上でタイガの木を蹴ってへし折る。そしてそれを、片手で掴んだ。
樹皮に指が沈みながらも、彼の数倍はある質量の木が持ち上がる。
その光景は、明らかに物理法則を無視していた。
「趣向を変えてやる」
クリフは、宙を舞うレナートに向けて木を投げる。
しかし今度は地面を蹴って跳躍し、投げた木に掴まった。
木が再びレナートに激突する。
再び障壁が彼を守り、激突した木が砕け散る。
しかし、それに乗っていたクリフが木から飛び降り、障壁に向けて拳を振り抜いた。
「捕まえた……捕まえたぞ」
拳が障壁を突き破り、クリフはレナートの首を掴んで地面へと落下した。
土煙が舞い上がる中、レナートはコートの裏に仕込んだ拳銃を引き抜き、クリフの頭に発砲する。
「……このっ、化け物が!!」
暗闇で閃光が弾け、クリフの顔を照らすが、彼は微かに笑っていた。
弾丸が額を貫通するも、よろめきすらせずに、クリフはレナートの銃を握り潰した。
そしてレナートの首を掴んだまま、彼を鈍器のように振り回し、近くの樹木に叩き付けた。
「頑丈でっ……気味悪ィなあ……」
クリフは変わらず抑揚の無い声で呟き、レナートの右腕を掴み直し、腹部に蹴りを入れた。
強烈な衝撃が彼の体を貫き、掴まれた右腕を置き去りにして吹き飛ぶ。
木に叩きつけられ、腕を失ったレナートは、戦意を喪失していた。
「オヤジ、おふくろ、俺っ……」
彼は憔悴した様子で脚と左手を動かし、這いずりながらその場から離れようとする。
しかし、クリフが彼の首を後ろから掴んだ。
「逃げる側になった感想を教えてくれよ」
情緒が快復しつつあったクリフは、怒りの形相を浮かべていた。
片手でレナートを持ち上げ、腰に差した剣を引き抜く。
「助けて……」
レナートは、弱々しく呟いた。
クリフが手を離し、両手で剣を振るった瞬間、最初に吹き飛ばされた男がクリフの背後に現れた。
彼の腹部は打撃によって陥没し、全身の至る箇所から火花が散っていた。
しかし、その手傷に反して、彼の瞳には強い闘志が宿っており、それと同時に強い怒りも抱いていた。
「俺の息子に何してやがる」
中年の男はクリフの側頭部に拳を叩き込んだ。
それと同時に彼の拳が発光し、そこから強い衝撃波が発せられた。
クリフはその場から軽く吹き飛び、地面を転がる。
「逃げろと言った筈だぞ……」
「……けど」
レナートは父であるセルゲイに口答えする。
しかし彼は叱る訳では無く、微笑んだ。
「アンジェラと合流しろ。俺は、軍人と父親の役目を果たして来る」
そう言ってセルゲイは羽織っていたコートを脱ぎ捨てる。
両腕の装甲の隙間から光が溢れ、拳を固めた。
「っ……!」
レナートは、涙を浮かべながらその場から飛び去る。
クリフはその場で跳躍態勢を取るが、セルゲイが腰に提げた拳銃を引き抜き、彼の膝を撃ち抜いた。
「戦力は俺で打ち止めだ、一騎打ちと行こう」
セルゲイは拳銃を素早く納め、両手を広げて挑発した。
「……部下想いなのはどこの上官も同じだな」
クリフはうんざりしたような態度で、剣の切先をセルゲイに向けた。
「お前、今年で幾つになる」
セルゲイは、突拍子もないことを尋ねた。
「25だ」
クリフは短く返し、その場から踏み出す。
それと同時に、セルゲイも走り出した。
拳と剣が激突し、それによって生じた衝撃波が雪を巻き上げた。
__息子と同い年か。本当に、嫌になる……
セルゲイは心の内で呟いた。
二人はその場で飛び退く。
先に動き出したクリフは、剣を納めて後ろに生えていた木をへし折り、横に振り回した。
「おいおい……」
セルゲイは拳を固め、迫り来る巨木に掌底突きを打ち込み、破砕した。
しかし、クリフは真っ二つに折れた木の半分を投擲し、それに追い縋る形で走り出した。
セルゲイが再び樹木を叩き折ったのも束の間、その裏から飛び出したクリフが、右拳を振り抜いた。
しかし、セルゲイはクリフの手首を叩いて落とし、素早く顔の急所を三度叩いた。
そして、三度目の打撃の際に、手首の装甲の隙間から硬貨サイズの金属片を射出し、拳と共に叩き込んだ。
「今度はどうだ」
クリフの額に付いたそれが素早く点滅すると、勢い良く爆裂した。
肉片が勢い良く飛び散るのを確認して尚、セルゲイは気を緩めなかった。腰に吊るしていた散弾銃を引き抜き、クリフの胸に向けて、至近距離で発砲する。
鈍い銃声と共にクリフの体が浮き上がり、地面に倒れる。
「格好つけて損したか……?」
爆煙が立ち込める中、セルゲイは注意深くクリフに近付く。
「……痛ぇ」
クリフは勢いよく起き上がった。
胸部に出来た弾創は既に治癒しており、筋肉が弾を押し出し、体外に排出していた。
そして頭部は、既に筋肉までの修復を終えており、金色の光が傷に密集しながら皮膚を再生していた。
「高層ビルを崩せるような爆弾なんだがな……」
セルゲイはひきつった笑みをこぼし、再び拳を振り抜く。
クリフの格闘戦における技術は低く、喧嘩慣れしている荒くれ者に毛が生えた程度のものだった。
それ故に、彼は後手に回らされた。
しかし、それは剣を抜いていない時の話だ。
「ワケ分んねぇ事言ってんじゃねぇ!」
クリフは再び剣を引き抜く。
剣を鋭く突き出し、それを弾こうとしたセルゲイの右腕を避けてすり抜ける形で、切先が彼の頭を捉える。
セルゲイは身体を振り、間一髪でそれを避ける。だが、クリフは素早く剣を振り下ろし、セルゲイの左腕を切り落とした。
「こっちは急いでんだ!さっさと……死ね!!」
クリフは剣を構え直し、勢いよく振り下ろす。しかし、それと同時にセルゲイの元に一つの通信がやって来た。
『頭を下げな、12時から撃つ』
セルゲイは攻撃の回避を諦め、勢い良く地面にうつ伏せた。
「何……?」
クリフは困惑によって僅かに集中力を欠いた。その瞬間、遠方から一筋の光線が飛来し、クリフの頭を通過した。
そして次の瞬間、遅れて衝撃波が発生し、クリフの頭が破裂した。
頭を失ったクリフは、膝から崩れ落ちる。
『危なかったね、さあ立ちな。そのオシャレな腕を持ち帰ってね』
それは、セルゲイの妻のアンジェラからの援護射撃だった。
無線越しに気さくな言葉を掛ける彼女に、セルゲイは安堵すると同時に、一つの焦燥感を覚えた
「アンジェラッ!!今すぐそいつの胴体を打ち抜けッッ!!」
彼は叫び、遠方に居たアンジェラは返事をせずに、次の射撃を行った。
しかし、頭を失ったはずのクリフが立ち上がり、その場から大きく跳ねた。
遅れて放たれた光線はクリフの足元を通過する。
クリフは、木々よりも更に高い位置で宙返りをしながら、頭部を一瞬で再生してみせた。
「隊長っ……!起きてんなら剣一本くれよ!!」
クリフは全身から一斉に魔力を放出し、金色の光子を周囲一帯に漂わせる。
__魔力で探知してるのか!?……いいや、魔力はそこまで都合の良いものじゃない。だとしたら!
セルゲイはその場から飛び上がり、クリフを追う。
「アンジェラ!即興で魔法を組んでお前を探知する気だ!レナートを連れてさっさと逃げろ!!」
しかし、クリフの元に磁気を帯びた一本の剣が飛来する。
「僥倖だっ!」
クリフはニールが飛ばしたその剣をすれ違いざまに掴み、勢い良く投擲した。
彼の指から離れると同時に、剣は空気の壁を突き破り、弾丸のような速度で飛び立つ。
そしてセルゲイは、アンジェラの無線から強烈な激突音を聴いた。
『おふくろっ!……腹がっ!!?』
彼女の無線が、合流していたレナートの悲痛な叫びを拾った。それにセルゲイは舌打ちし、クリフに右拳を叩き込む。
「レナート!アンジェラ連れてさっさと逃げやがれ!指揮権はお前に渡す!ジレーザの男なら、二度とその情けねぇザマを俺に見せるな!!」
クリフはそれを受け止め、彼の拳を握り潰す。
「悪いが、これで最期だ」
クリフが拳を振り抜き、セルゲイの心臓部を貫いた。
二人はそのまま地面に落ち、セルゲイが下敷きとなる形で地面に激突した。
「なんだこれ、鉄か……?」
クリフが腕を引き抜くと、心臓サイズの機械を握りしめていた。
「悪いが、お前も道連れだ」
セルゲイは、心臓を抜かれたとは思えない様子で喋っていた。その不可解な行動に、クリフは眉を顰めた。
「気にするな、予備電源で生きてるだけだ、どっちにせよ、俺は死ぬ」
次の瞬間、クリフの握っていた鉄球が赤く光り始めた。
「爆弾ッ……!?」
クリフは爆弾を上空に投げる。
しかし、その飛距離が明らかに足りていなかった。
「手が入り用か?」
木々の後ろからニールが現れ、彼は指を鳴らした。
〈__磁雷鉄陣〉
次の瞬間、セルゲイの身体に電流が流れる。
「……クソ」
彼は心底絶望したような声色で呟くと、勢いよく上空に打ち上げられた。
そして、投げられた鉄球ごと彼の身体は雲を突き抜けて上昇し、直後に爆発した。
青い閃光が空で瞬き、巨大な爆炎が雲を吹き飛ばした。
そして、それによって産まれた衝撃波が森の木々を揺らし、積み上がった雪が一斉に落ちた。
「……お前に命を救われるとはな」
ニールは両手を払いながら、クリフの元へ歩く。
「隊長……?なんで立ち上がれてるんだ」
クリフは目を見開き、困惑しきっていた。
そこで、ニールは懐から血に濡れた一本の縫い針を取り出した。
「コイツを身体に突き刺して、魔法を使って大急ぎで縫合していた。大変だったさ……なにせ魔法で血が溢れないよう血管を繋ぎながら、体内で針を動かして血管と筋肉を繋いで回るんだ、それは……要らない話だったな」
二人は苦笑した。
「お前のその姿について聞きたいが……後で良い。それよりも礼をしないとな。俺の家名に誓おう、俺の力が及ぶ範囲で、お前が望むものはあるか?」
クリフは暫し考えた後、冗談めかしてこう言った。
「じゃあ、退役させてくれ」
◆
「__と、こんなとこだ。昔は上手くいかなかった。まあ、今も転げ回りながら生きてるようなもんだが」
話が終わると同時に、汽車が運転を再開し、車輌が揺れる。
「……そっか」
シルヴィアは返す言葉を失っていた。
「まあ、結局ソフィヤは死んだけどな。そうだろアキム」
「いや、生きてるよ」
「何?」
アキムは自身の鼻や耳を指差す。
「今の俺は、生き物の気配を辿れる。匂いとも言えるし、鼓動とも言える。もしかしたら無意識に魔法が使えるのかも。とにかく、爆発で首だけになってもずっと、ソフィヤはまだ生きてた」
その言葉を聞いた直後、胃が擦れるような感覚を覚える。
「……そうか」
彼女が生きている以上、自分がどうすべきかなど、とうに決めていた。
しかしアキムは突然、右腕を硬質化した触手で覆い、チペワと同じ肉剣を形成した。
「好きなだけ話してくれよ。シルヴィアは俺が守る」
彼はそう言って、爽やかな笑みを浮かべた。
「は?どうしてそうなる」
そんな彼の返答に、顔を顰める。
「あんた、ソフィヤ殺す気だろ」
図星を突かれ、はっとする。
シルヴィアを見やると、彼女は目を逸らし、俯いていた。
「うん。凄い、怖い顔してるよ」
彼女にそう言われ、肝が冷えた。片手で目頭を揉んで深呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。
「お前を殺そうとしたんだぞ。もう、俺だけの話じゃない」
「なら、後悔しない方を選ぼうよ。あたしを助けた時みたいにさ」
シルヴィアは微笑む。
それは、普段自分が行動する際の指針としている言葉だった。
「……アキムは?」
彼女がそう言ってくれたからこそ、自身の内で不安が増大し、最悪の結果が脳裏に浮んだ。
「やるとこまでやろう。あんたは見ず知らずの俺に命を懸けてくれた。だから今度は俺の番だ」
真っ直ぐ、真剣な眼差しで見つめる彼を見て、思わず笑みをこぼした。
「全く、馬鹿ばっかだな」
それを聞いた二人は目を細め、口を揃えた。
「「クリフにだけは言われたくない」」
◆
裏ジレーザの高層ビル群から少し離れた機械工場。
真っ白なタイルで構成された小さな一室。
その中央に置かれた機械仕掛けの椅子に、裸のソフィヤが座っていた。
彼女は無数のケーブルに繋がれており、首から下の皮膚が全て剥がされていた。
彼女の皮膚の下には肉ではなく、機械の部品が詰められていた。天井から伸びたアームが、素早い動作で彼女の部品を交換しながら、修理を繰り返していた。
そして、その一室に黒髪の女性が入室する。
「そこのお転婆娘、起きてるかい」
彼女が呼び掛けると、ソフィヤはをゆっくりと瞼を上げ、彼女を見つめた。
「アンジェラさん」
ソフィヤは居心地が悪そうに、眉を落とした。
「アンタがVIPに発砲するから、ヴィリングの王がカチ切れて、ウチのボスを恫喝した」
アンジェラと呼ばれた黒髪の女性は言葉の端に怒気を乗せ、これまでの経緯を羅列する。
「それでアンタは首だけになって、あたしの息子はイカれた青髪の女に半殺しにされて今も修理中だ」
彼女は、腰に吊るした拳銃を人差し指で回転させながら引き抜き、ソフィヤに銃口を向けた。
「確かアンタよく、酒の席で大ッ嫌いな男の名前を言ってたねぇ、そうクリフだったか」
ソフィヤは思わず目を瞑り、歯を食いしばる。
銃声が複数回鳴り響く。
しかしそのどれもが彼女を貫くことはなく、部屋の壁面に穴を開けるだけだった。
アンジェラは拳銃を収め、ため息をつく。
「本来なら、極刑に処す所さね。先方の機嫌を少しでも伺う為にもね。けど、ボスの側近がアンタの助命を願った。機材を壊されて怒り心頭のボス相手にだよ?」
ソフィヤは訝しむ。
「心当たりがありません。確かにあの子とは仲が良いですが……」
そう言い切る前に、アンジェラはソフィヤを蹴り飛ばした。
スニーカーの靴先が彼女の頬を貫き、彼女を固定していた機械製の椅子が傾いた。
装置がエラーを起こし、酸素の吸入が中断されてソフィヤは過呼吸になっていた。
「アンタと違って命令は守るさ。けどね、お前の命令違反が原因で私の息子は生死を彷徨ってる」
彼女は歯軋りをし、拳を握り締めた。
「あの子に免じて、これで済ませてやる」
そう言ってアンジェラは部屋の外に出ると、出てすぐの廊下で、赤髪の少年が深く頭を下げていた。
それを見て、彼女は顔を顰める。
「やめておくれ。アンタみたいな子供に謝らせるのは心が痛む」
「いえ……ソフィヤさんはそれだけの事をしました……拳を納めて頂いて、ありがとうございます」
少年は顔を上げ、アウレア人特有の青い瞳をアンジェラへ向ける。
「一体、何を交渉材料にボスを納得させたんだい」
「僕の……人生です。今後一生、いつ如何なる時もあの人に隷属すると……魔法を使って契約しました」
彼は儚げな笑みを浮かべ、そう答えた。
その手は、恐怖で震えていた。
それを見たアンジェラは血相を変え、少年の両肩を掴む。
「メイっ!アンタどうしてそんな事したんだい!?死ぬまで他人に尽くす事の意味が、分かってるのかい!?」
「……分かっているつもりです。僕の人生が台無しになっても良いから……ソフィヤさんには幸せに生きて欲しいんです」
メイは曇りのない眼差しを向け、そう答えた。
「アイツはまたクリフを襲うよ」
「僕が止めます、何があっても」
「……無理と思うけどね、あの子の意思は硬いさ」
彼は全身から赤い魔力を滲ませ、そして霧散させた。それと共に、澱んだ殺気が滲み出る。それは、アンジェラから言葉を奪うには充分過ぎた。
「その時は僕が彼女を殺します」
メイはソフィヤの居る部屋に歩を進める。
扉に手をかけ、振り返る。
「僕の全てが駄目になっても、あの人には幸せになって欲しいんです」




