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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
2章.鋼の国
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17話「遺品」

クリフが村から離脱して一分後。


二体のチペワは、突如飛来した赤い閃光に包まれ、蒸発した。

閃光は彼らを貫いて尚、勢いを一切落とす事はなく、赤い軌跡を大地に刻みながら村に到達した。

そして、着弾と同時に弾け、赤い液体となって村全体に広がる。

瞬く間に村にあった建造物が融解し、三つ数える内に、液体と共に村は蒸発した。

当然、その場にいた全てのチペワが即死し、後には毒々しい湯気を放つ巨大なクレーターだけが残っていた。


蒸発した村の側で、黒に染められた羽織を着た一人の男が、板状の携帯電話を握りしめて立っていた。

額に生えた二本角に真っ白な髪。そしてアウレア人特有の青い瞳。

様々な特徴を混ぜ込んだその姿は、到底()()()()()ではなかった。


そして、右手に滴る赤い液体が、彼がこの事象を引き起こしたのだと証明していた。


「ボス、聞こえるか?現れたウェンディゴは始末した。汚染された村共々蒸発させておいたぜ」


『苦労を掛けたね、クレイグ。首都で半神が出没した件といい、昨今は君にしか対応できない事案ばかりだ。本当、頭が上がらないな』


知的、しかし柔らかな声色の男の声が携帯電話から発せられる。


「よく言う、お前の持つ軍隊を地下から少し出せば、星ひとつ簡単に征服できるだろう。そうすりゃ、こんなチビチビ仕事しなくて良くなる」


『僕達は今のヒトとは違う、少なくともそうありたいと願っている。たとえ彼らに失意を覚えても、排斥や進化を推し進める理由にはならないよ。それでは、彼らの自主性や可能性を奪ってしまう』


クレイグと呼ばれた男は言葉を間違えたと後悔する。

クレイグは、彼の思想的な話が苦手だった。刀で斬り合う蛮族上がりの者からすれば、高度な文明人の哲学は聞くに堪えないものだ。


「あー、道中三人組とすれ違った。一人は竜人、もう一人はヒューマン、それとドワーフだ」


クレイグは顔を顰め、バツが悪そうに答える。

話題を変えたかった。


『服装の特徴を教えて欲しいな』


「ドワーフはこの村の格好をしてる。そしてもう二人の服には、ヴィリング固有のレリーフが編まれていた……多分ケルスの使いだ、判断を間違えれば大事になるぜ」


通話相手は暫し沈黙する。


『そっちに技術保全課を送ろう。そちらに転移門を繋げたい所だけど、何者かに妨害を受けてる。彼らの警護と監視を頼むよ。万が一、第三者のものだった場合、君にしか対応できない』


「オーケー、追加手当てはあるんだろうな?」


『勿論、基礎報酬を大きく上回る額を保証するよ』


「そいつはいい」


クレイグは微笑みながら通話を切ると、羽織に付いた雪を払い落とす。

そして周囲で雪が舞った時、風と共に彼は消えた。



エルフの国、セジェスの辺境にある古い洋館の一室。明かりの消えた部屋で、チペワはソファに座り、シカ型の頭を風車のように回転させていた。

しかしその途中で痙攣し、勢いよくソファを立つ。


「アルバ、チペワが死んだ!」


チペワは親に縋る幼子のように、別の部屋に居る人物を呼ぶ。ドアが開き、柔らかな陽の光と共にアルバが顔を出す。


「ダメだったかな?」


彼が問い掛けると、チペワがしょんぼりとうなだれる。


「ダメだった……チペワは負けた」


「誰に殺されたのかな?」


「クリフじゃない、急に変なのが来た」


「外見と特徴は?」


「急に真っ赤になって何も見えなかった!」


「……急に喋れるようになったね?」


アルバは眉を上げ、やや驚いていた。


「村でね、沢山勉強した!」


「へぇ……君たちの学習速度には目を見張るものがあるね。複数で一人、その生態を鑑みれば当然なのかも知れないけどね」


「んー……アルバ」


「何だい?」


「その言葉難しいから今度教えて」


「良いとも。文学や哲学に触れれば、君に面白い変化を促せるかもしれないからね、後で君に本を贈ろう」


アルバは微笑を浮かべ、ドアノブに手を掛ける。


「やった!約束だよ!」


「ああ、また後で」


彼が廊下を出ると、黒いコートを着た人物が壁に寄りかかっていた。


「やあベルナルド」


アルバは微笑を浮かべ、彼の名を呼ぶ。


「上手くいかなかったようだな?」


ベルナルドは壁から背を離し、通路の中央に立つ。


「ああ、だが彼は以前とは見違えるほど変わっていたよ。それが良し悪しになるかは測りかねるけどね」


アルバは苦笑する。


「アイツの価値観は虫に近いからな、恐らく悪だろうよ」


「一見の価値はあるさ、きっとね。人生は永い、不死者にとって退屈が一番の敵だろう?」


「違いない。それで、この俺の出番かな?」


ベルナルドは顎に手を当て、目配せする。


「いや、ジレーザに向かって貰うけど、少しだけ様子見だ」


「何故?」


ベルナルドは肩を落とす。


「一年前に黒いハイヒューマンと、子供の竜人をケルスが保護したのは把握していた。だが今になって彼らは、ペルギニルと森を歩いていた。だからこそ、僕はチペワを彼らにあてがった訳だ」


「そうだな。それで、ペルギニルとやらがチペワを殲滅したんだろう?」


「違うよ、彼はすぐにその場を離れていた。チペワに寄生されたドワーフの青年と、あの二人だけの筈だった」


それを聞いた途端、ベルナルドは目を細め、真剣な顔つきになる。


「ほう……そいつは」


「僕も魔法でその様子を観察していたのだけれど、途中で何者かに妨害されてね、それも、チペワと交戦して程なくだ」


それを聞いてベルナルドは顔を顰める。


「おいおい、相当な厄ネタを持って来たな。それに、クリフって奴に固執する理由があるのか?」


彼の質問に対し、アルバは考える素振りをする。だがそれは演技で、彼の答えは決まっていた。


「個人的な確執だよ。けど、彼は必ず僕達の障害になるだろう」


「確信はあるんだな」


「勿論だよ。彼の正体に関わる証拠をもう少し集めれば、それだけで仲間を集められる……それ程までに特別なんだよ、彼が発する黄金の魔力は」


ベルナルドは目を細める。


「責任重大な訳だ」


「ソフィヤという女性に、彼を襲うように仕向けた。君はその戦いを見た後に、相手取れるか値踏みして欲しいな」


「了解、それまでジレーザを観光させて貰うよ。ドワーフも丁度補充したかったんだ」


ベルナルドは背を壁から離し、その場から離れる。

アルバは悪戯っ気のある笑みを浮かべる。


「君の()()のことかな?」


ベルナルドは振り返り、にっと笑う。


「元々、魔界じゃ酪農家だったんでな。向こうに帰れた時に、妻と娘に良質な血をと思っている。中々に良いぞ?奴らを飼うのは。物言わぬ獣とはまた違った育て甲斐がある。」


アルバは煙たいものを払うように手を振る。


「遠慮するよ。僕、人間は嫌いだからさ」


「……そうか、じゃあな」


ベルナルドは近くの窓を開け、巨大なコウモリへと変態して空を飛んだ。


「期待してるよ」


アルバは誰もいない廊下で、気怠げに呟いた。



何もないだだ広い雪原の上を、クリフは駆け足で走る。

隣を並走するシルフの上には、シルヴィアとアキムが乗っていた。


「……参ったな」


「ごめん、食料は分けて投げるべきだった」


馬上でアキムは、バツが悪そうに俯いていた。剥がれた右腕の皮膚はその殆どが再生しており、右腕に巻き付いた触手が少しずつ傷を補修している最中だった。


「そっちじゃない、雪が強くなり始めた。アレは必要経費で、命に比べれば安いもんだ」


シルフに吊るしてある鞄に手を入れ、使い古した遠眼鏡を使って雲の様子を観察する。


「やっぱりだ。デカい雲がこっちに来てる」


空を見上げ、太陽の位置を確認する。


「流れが早いな……あと数分足らずでこっちに来る。アキム。地元だろ、こんな時にいい案は無いか?」


「分からない。村を行き来出来るのは真夏だけなんだ、この時期に雪原を渡るなんて本来、自殺行為なんだよ」


顎に手を当て、思案する。

四秒で、自分が持ちうる手段では足りないと判断した。


「シルヴィア、お前が頼りだ。頼めるか?」


彼女は振り向き、じっと見つめる。


「えっ、あたし?」


まさか呼ばれると思っていなかったのか、彼女は空目し、自身を指差した。


「ああ」


荷袋からロープを取り出し、鞍の金具に結んで、アキムに投げつける。


「そいつを腹に巻いて変われ」


「ああ、分かった」


アキムは困惑しつつも、手綱を引き、シルフを停止させて飛び降りる。


「どうするつもりなんだ?」


ロープを身体に巻き付けながら尋ねて来る。


「今からあの大雲に向かって突っ込む。で、シルヴィアは雪で目と鼻が効かなくなる前に、洞窟を探してくれ。生き物の臭いを探知すれば良い筈だ」


シルフに乗りながら返事をする。


「冬眠中の子を襲うの?」


「ああ、悪いが生存競争って奴だ」


苦い顔を浮かべた。


「……本当に、あそこに突っ込むのか?」


「チペワと再会したいなら止まっても良いぞ?」


「やだ」


「嫌だよ」


二人は即答した。


「じゃあ行くぞ。アキム、死んでも綱を離すなよ」


シルフの手綱を鳴らし、走り始める。

しばらくの間沈黙が続く。

既に空は陰り始めており、光が薄れ始めていた。


恨めしげに空を見上げる。

自身が持つ並外れた視力を頼りに周囲を見渡す。

しかし目に映るのは無機質な雪景色ばかりで、時折枯れて黒ずんだ木が乱立している程度だった。


「アレは違うか?」


隆起した雪を指差す。彼女は身を乗り出し、凝視する。


「や、多分違う。もしそうでも小さすぎてシルフが入れない」


「分かった」


勘を頼りに、シルフの進行方向を修正し、走る速度を上げる。

シルフの足元を見ると、足先から青い波紋が生じていた。まるで平原を歩くかのように、雪の上で魔力をを蹴っていた。


__シルフ、お前は一体何の魔物だ?


続けてアキムを見ると、既に雪に足を取られ、その場で尻をついて引き摺られていた。


「大丈夫か!」


「ああ!子供の頃坂から落ちた時よりマシだ!!」


アキムは苦しげに歯を見せた。


__長くはないか……!


雪は風に乗って激しさを増し、視界を徐々に潰す。

この時点で、完全に視界が潰れた。


「アキム!居るな!?」


「あ……なん……てる……!」


風で彼の声は遮られていたが、確かに返事はあった。


「勘で行くか」


「クリフ、静かにして。私はまだ見える」


彼女は、抑揚のない声で呟いた。

少し思案し、手綱を握った。


「頼んだ」


そう言って彼女の顔を伺うと、目尻から側頭部に掛けて、血管が強く浮き出ていた。

彼女は今、″ヒト″として生活していく上で邪魔になる為、無意識に制限を掛けていた嗅覚や聴覚の制限を取り払っていた。

恐らく、訓練された猟犬を超える嗅覚に加え、聞こえない筈のものや見えない筈のものすらも探知できるようになっていた。


「右側の音が違う、それと匂いも。十時の方角に曲がって」


極度の集中によって、シルヴィアの声からは感情の色が失せていた。


「少しズレた、九時に向けて」


彼女から下される指示に従う。

返事はしない。間違いなく、今の彼女にとって不要な情報になるからだ。


「クリフの家と同じ匂いがする。そう、血の匂い。けど風が入り込んでる、洞窟だ。近い」


シルヴィアはうわ言のように言葉を羅列していた。

彼女の言葉の意図を汲み、剣の留め具を外し、ボルトガンに多量の矢を装填した。


「止まって、目の前に着いた」


シルヴィアの声に、手綱を引っ張るよりも早くシルフが停止した。


__やっぱりコイツ、言葉を理解してるな。


「ありがとう」


彼女を労う。しかし、シルヴィアは疲れ果てた様子で、少しぐったりしていた。


「凄いでしょ?」


言葉遣いは元気なものの、明らかに疲弊しているようだった。


「……ああ」


目の前には、妙に大きな洞窟があり、入り口には誰かを引きずったような血の跡が残っていた。

洞窟に入ってすぐの場所で剣を引き抜き、周囲を見渡す。やや広い空間を持ったそこには、岩肌しか無く、獣臭もしなかった。

しかし、引き摺られた血の跡は更に奥へと続いていた。


「一先ずは大丈夫だな。アキム!」


剣を納めて彼を呼ぶ。が、返事がない。


「アキムっ!無事か!?」


嫌な想像が頭をよぎる。

顔色を変え、シルフに括り付けたロープを引っ張ると、重い手応えが返って来た。


「不味いかもな……シルヴィア、手伝ってくれ」


「うん」


二人でロープを思い切り引っ張ると、大きな雪塊が引き摺られて来た。

目を瞑り、深く息を吸って天井を見上げた。


「しまった……」


雪塊に手を入れ、力任せに崩す。

すると、内側から雪が震え、アキムが身体を動かして雪を砕いた。


「ごめん……雪の塊に、ぶつかった」


彼は痙攣し、歯を鳴らしていた。


「いいや悪いのは俺だ、無理させたな。」


立ち上がり、シルフに吊るされた薪を手に取る。


__雪で濡れてるが……使えるだろ。


「……あ?何だこれ」


小さく呟く。

乾燥こそしているものの、薪に残った樹皮はまだ若く、大森林で見掛けたものだった。

つまり、一年前にアウレアで取ったものとは違う、切りたてのものだ。


「シルフ。お前、木も切れるのか?それとも……誰かから手引きされたのか?」


しかし、彼女は答えなかった。


「ああそうかよ」


荷から、喫煙パイプに酷似した道具を取り出す。それには吸い口が存在せず、煙草を詰める部位には、赤い宝石が入っていた。


「……魔石か?……そんな良いものを……使うなんて……」


「は?別に繰り返し使えるから良いだろ」


疑問に思いつつも、床に器具を設置し、その上に薪を積む。

そこでアキムの意図が理解出来た。


「ああそうか、ドワーフは魔力が扱えないから、燃料にしか使えないんだったな。ライターだよ」


そう言ってライターの取手を握り、魔力を流す。すると、取り付けられた赤い宝石が光り、勢い良く火が噴き上がり、僅かな煙を発した後に薪に火が付いた。


「ほら、暖まれよ」


「……ありがとう」


薪の中にあるライターを引き抜き、シルヴィアに渡す。


「使い方は覚えてるな?」


「うん」


「火の番は頼んだ」


その場から立ち上がり、剣を握り締める。


「血痕が気になる。ここは、魔物の巣だ。様子を見て」


その言葉を聞いて、シルヴィアはむっとする。


「私も行く」


「ダメだ。お前疲れてるだろ、その状態で来られたら邪魔だ」


敢えてきつい言葉を選ぶ。


「……っ、分かった」


彼女はふてくされた様子でその場に座り込んだ。


「頼んだ」


シルフにそう伝え、荷袋からランタンを出し、焚き火で火を付ける。

そして剣を片手に、洞窟の奥へと目指した。

語る予定のない設定その3

クリフ達が住む星には化石資源が存在していません。

それ故に、火の魔石は石炭の代用品として扱われたり、魔力の扱える者にはライター代わりになってくれます。

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