16話「チペワチペワ」
剣の刃と肉が絶え間なく交差しては、血飛沫を上げる。
「受け取れ!」
僅かな隙を突き、爆薬付きの矢を装填し、至近距離で発射する。
だが、爆発と共に、その身を大きく削られようと、チペワは怯みもしなかった。
「おぼえた」
そう言ってチペワは片足を上げる。
ヒトの足から、樹木の根のような形状へと変化しており、これによって転倒を防いでいた。
「クソ……」
空になった矢袋に触れ、顔を顰める。
「デカいのを殺し切るしかないか」
大きく踏み出し、チペワへと接近する。
既にチペワの分体達は姿形を変え、壁のような姿を取り、周囲を囲っていた。
これ以上長引けば、包囲された肉の壁に押し潰されることは確実だった。
__中心部を止める。
魔法を発動し、握り締めた剣に黒い光子が滲み始める。
魔法が乗った切先を、チペワの胸に向けて突き出した。
見立てでは、チペワは身体能力に任せ、肉剣で防ぐと想定していた。
一発目は陽動。本命は左手で触れ、ゼロ距離で発動する事だった。
しかしチペワは突然腕を元の形に戻した。
手のひらで剣を防御し、肉を貫かせた。
そして、傷口を筋肉で締め、剣を固定してみせた。
__やられたッ!!
黒減を発動するよりも早く、チペワは腕を振り上げる。
剣を手放せば、攻撃手段をほぼ失う。
その懸念が判断を遅らせ、そのまま剣を握ってしまった。
剣と共に真上に放り投げられた。
すかさず身体をよじらせ、足を下に向けて着地態勢を取る。
視界に映るチペワは既に、大きく飛び退いていた。
「チペワ、しった。これ、すごく便利」
チペワは右腕を再生させる。
その形状は、クロスボウのような形をしていた。
弓にあたる部位が震えて弦が弾み、肉の矢が飛来する。
__音の速度は超えていない。目で追える……だが、クソッ!
まだ空中に放り出されたままで、地に足が付いていなかった。
剣を振り抜き、肉の矢を切り落とす。
確かな質量と速度を持ったそれを落とした反動で、着地姿勢が崩れる。
そして当然ながら、矢は一発ではない。
チペワの腕が高速で震え、ボルトガンに匹敵するペースで矢が連射される。
八発、それが視界に入った時点で、数えるのをやめた。
反射神経に身を任せ、全力で剣を振り回す。
久遠に思える、着地までの時間稼ぎ。
九発目で、剣が空振った。
「あ……」
つい溢れた間抜けな声。
六発の矢が身体を貫いた。
地面に転がり落ち、肺の空気が押し出される。
「君も、チペワになろう、もう、いたくならない」
チペワは両手を広げ、ゆっくりとこちらに歩く。
「馬鹿言うな……もう少し、オシャレして言え」
《__黒減》
体に刺さった矢に魔法を照射し、まとめて掴んで引き抜き、立ち上がる。
傷口から多量の血が溢れ出す。
__もう黒減を対策するか、賢いな。いいや、あの身体がズルいだけか?
黒減は、ニールとの戦いで披露したように、相手の魔法の性能を落とす、もしくは無力化する効果を持つ。
しかし本質はそこではない。この降って湧いたような魔法は肉体を衰弱させる効果さえ持っていた。つまり、黒減は魔法のみに留まらず、生命にさえ効果を発揮する。
だからこそ、別個体のチペワの中心部を貫いて発動した時、各部の機能が壊死して死んだ。
しかし燃費を考えれば、無限にも思える再生力を持つチペワとは、非常に相性が悪かった。
「こんな逆境、前にも……はは、いつも通りだな……」
苦笑して剣を構え直し、相手を見据える。
対するチペワも両腕を剣に変え、こちらを遥かに上回る速度で接近する。
それに対し、懐に潜り込み、再び魔法を発動させようと試みる。
「もう、こわくない」
接触の瞬間、チペワは嬉しそうに呟いた。
その瞬間、首から下が石のように硬直した。
__何が起きた!?
傷口から、チペワの触手が芽吹いていた。
矢と共に入り込んだ触手は内臓を破り、脊椎を切除していた。
__一瞬で身体の奥に……!?
防御を崩し、血の塊を吐く。
そして、チペワの剣が振り下ろされた。
「チペワ、かった!」
__アレ、来ねえかな。
剣が頭上に迫った瞬間。ふと、そう考えた。
脊椎を侵食される致命傷。
アウレアの闘技場でマイルズも踏んだミス。
即死では無く、瀕死に追いやった事。
__頼む、来いよ。
体感する時間が長くなり、チペワの動きがゆっくりと見えた。
肉の剣が髪をかき分ける。
__まだ死ねないんだ。
頭皮を裂き、頭蓋骨、脳をバターのように切り裂く。
__そ……だろ、……姉……ん
刃が眼球まで到達した時、途切れそうになった意識が突然巻き戻り、クリアになる。
「来たッッ!!!」
髪の毛が金色に染まり、強化された体内組織が寄生したチペワを殺菌した。
その死骸を筋肉で押し潰し、再生活動と共に体外へと排出した。
この間僅か0.1秒の事であった。
そして身体の自由を再び得る。
頭を裂き続ける剣を左手で受け止め、押し返す。
「えっ!?なに?なに!!?」
チペワは、まったく経験のない事に困惑している様子だった。
「おい珍獣!運が悪かったな!」
裂けた頭を再生させながら、右拳に魔力を集中させ、振り抜いた。
「死ね!!」
音を置き去りにする程の速度で振り抜かれたその一撃は、凄まじい衝撃波を放ち、チペワの上半身を跡形もなく吹き飛ばし、両腕と下半身だけが取り残された。
直後、髪の色が元に戻り、「力」が再び封印される。
だが、「力」はもう十分過ぎる活躍を果たしてくれた。
赤い泡を吹いて、再生を行おうとしていたチペワの下半身に左手で触れる。
「運が悪かったな」
左手から漆黒の光子が放出される。
赤い肉が凄まじい勢いで痙攣し、嫌がる素振りを見せる。
〈__黒減〉
隙を与えぬよう、剣でチペワの下半身を滅多刺しにする。
〈__黒減〉
〈__黒減!!〉
〈__黒減!!!〉
〈__黒減!!!!〉
〈__黒減ッッッ!!!!〉
幾度も発せられた衝撃波により、下半身は再生活動を停止し、魔法の余波でチペワの両腕も死滅した。
その直後、「力」を解放したことの反動か、右腕が動かなくなり、数日間を通しで走ったかのような疲労感に襲われた。
「はぁ……時間切れか」
その場で剣を下ろし、周囲を見渡す。
チペワの分体は既に集合を終え、到底飛び越えられない高さの肉壁を形成し、包囲していた。
「チペワがしんだ、しんだ、しんだ」
無数のチペワ達がチペワの死を悼むように、合唱していた。
「……頑張ったんだけどな」
弱気なセリフを吐き、その場に座り込む。
もう、戦える程の余力は無かった。
「悪い、シルヴィア」
その場にうなだれ、殺されるのを待っていたその時、チペワの壁が爆発と共に吹き飛んだ。
「クリフっっ!!」
シルヴィアとアキムが、シルフに乗ってやって来た。
「お前ら……ってシルフ!??」
一気に押し寄せて来た情報に困惑しつつも、急いで立ち上がる。
アキムは、バックパックにあった爆薬付きの矢に火をつけ、進路上にあるチペワの壁に投げつけて爆破した。
「クリフ!助けに来た!!生きて帰ろう!!!」
アキムはこちらの手を掴む。
信じられない程の力で引っ張られ、入れ替わるようにしてシルフに乗せられた。そして、アキムはシルフと並走し始めた。
普通の馬の能力を軽々と凌駕するシルフを相手にだ。
「アキム!お前どうして!?」
問い掛けている最中に、アキムの脇腹から伸びていたものに気が付き、顔を顰める。
「悪いクリフ!俺、寄生されてるみたいだ!!」
「冗談だろ……!」
彼の脇腹からは、赤い触手が蔓のように伸び、血管のように彼の体に伸びていた。
シルヴィアは絶句していた。
「意識は保ってる、今のとこはな!!」
直後、村の方から爆発音が響いた。
壁となったチペワ達が消失しており、その代わりにヒト型のチペワが二体出現していた。彼らは凄まじい身体能力で二人を追い掛ける。
「クソ……何でもありかよ。アキム!死ぬ気で走れ!貸せシルヴィア!」
「うん!」
彼女から返された手綱を操り、速度を早める。
「いいや、任せろ!」
アキムの右腕が触手に覆われ、巨大化する。
「何を……」
「言ったよな!生きる為に頭を回せって!!」
彼は担いでいたバックパック、大量の爆薬が詰まっているであろうそれを、二体のチペワに向けて投擲した。
彼の意図を無碍にする程、愚かではいられない。気を落ち着かせ、いつも通り冷静に頭を回転させた。
シルフの背負った荷物。一年前に爆薬付きのボルトを仕舞っていた場所に手を掛ける。
手の感触を頼りに、最小限の所作でボルトを引き抜き、ボルトガンの先端に装填した。
「ああ、その通りだな」
微笑し、引き金を引いた。
アキムが投擲したバックパックがチペワに直撃した瞬間、遅れて放った矢が着弾した。
爆裂した矢がバックパックに誘爆し、爆炎が二体のチペワを飲み込んだ。
「多分死んでない、逃げるぞ!」
爆発で飛び散った石片が降り注ぐ中、咄嗟に手綱を握ったシルヴィアが綱を鳴らし、シルフを全速力で走らせる。
「置き土産だ、受け取れ」
残った爆薬付きのボルトを放り投げ、その内の一つに火を付け、後方に撒き散らす。
その結果、広範囲に発生した爆発は雪を巻き上げ、三人とチペワの間に、雪のカーテンを作った。
「良くやった」
ボルトガンを腰に吊り下げる。振り向くと、慣れた手つきでシルヴィアはシルフを制御していた。
「前みたいな事はしないよ」
彼女は不敵に微笑む、互いに拳をぶつけて微笑んだ。
「で、アキム。お前大丈夫……クソ」
彼に目をやると、巨大化させた右腕が萎み、その部位の皮膚が全て剥がれていた。
シルフの速度に合わせてこそいるものの、彼の顔色は目に見えて悪かった。
「シルヴィア、続投だ」
「えっ、あっ!分かった!!」
そして馬上から飛び降り、全速力でシルフと並走する。
「アキム!乗ってろ!」
彼は頷いた後、シルフに飛び乗った。
「はぁ……二度と来るな、このクソ野郎!!」
去り際に振り向き、チペワの居るであろう方向に中指を立てた。




