表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
2章.鋼の国
16/158

15話「チペワチペワ」

「ここか……?」


クリフは、遠眼鏡を使ってアキムの村を眺める。

住民達は普通の日々を過ごし、長い体毛を持った牛が、巨大な木樽を引いて村の中を歩いていた。

積もった雪が日差しによって反射し、村全体を照らす事で、どこか暖かな印象すら覚えさせられた。

単なる観光であれば、煙突を無くしたピザ窯のような形状をした、粘土製の家屋にぜひ訪れてみたい程だった。


「化け物がやって来たにしては、随分と長閑だな」


苦笑し、アキムを見つめる。


「そんな筈は……確かにみんな殺されて……」


戸惑う彼に遠眼鏡を貸す。


「ああ、だから怪しい。水を背負ったまま歩き回るだけの牛」


村を指差す。


「防寒着を何度も付け直す大人たち……か?」


アキムの背中を叩く。


「正解だ。アイツらは同じ事を繰り返している。魔法で洗脳されたと考えたいが……妙だな、嫌な予感がする」


アキムはじっくり村を眺めていると、何かを見つけたようで、身を乗り出す。


「母さん!!!」


彼は叫び、我を忘れて走り出す。


「おい!クソッ!!」


アキムが勢いで投げ捨てた遠眼鏡を受け止め、近くに置いたバックパックへ雑に詰める。


「シルヴィア!そこで待ってろ!」


「うん!!」


全力で走り、アキムを追う。

しかし、彼との距離は一向に縮まらなかった。


__どうなってる!?コイツはただのドワーフだろ!?


ドワーフは、外見こそ人間と同一であるものの、魔力が一切扱えず、ハイヒューマンといった上位種も存在しない。

つまり、劣った種族である。


「アキム!止まれっ!!」


静止は虚しく、彼はまるで何かに操られたように走り続け、振り向くことすらしなかった。

彼は村の入り口を通り抜け、通り掛かる村民を無視して母親の元に辿り着く。


「母さん!!」


アキムが母を抱き締める。


「良かった、無事で……」


「アキム」


彼の母は微笑を浮かべ、振り向く。

その笑みは、あまりに異質だった。

情緒がなく、まるで、まるで死体の顔を捻って動かしたような……


「アキムッッッッ!!!そいつから離れろッ!!!」


底冷えするものを感じ、絶叫する。


「え?」


ようやくアキムが振り返った瞬間、彼の母親の顔はピンク色に染まり、一瞬で人の姿を崩し、触手の化け物へと姿を変える。


「アキム、アキム、アキム、アキム、アキム、アキム」


触手がアキムを包もうとした瞬間。

彼の母だった化け物に目掛けて飛び掛かり、両足で顔を蹴り飛ばした。

化け物は勢いよく吹き飛び、壁に叩き付けられる。


「っ!悪趣味だろうが!」


懐からボルトガンを引き抜き、爆弾付きの矢を発射した。化け物の肉に矢が突き刺さり、時間を置いて爆裂する。

怪物は細かい肉片となって砕け散って燃え上がり、それら一つ一つが甲高い悲鳴を上げ、程なくして沈黙した。


「あ……あぁ……!!」


消し炭となった母だったものを見て、アキムは顔を歪める。


「クリフ!母さんはまだっ!!」


彼はこちらに向き直り、睨む。

その態度を見て、躊躇(ためら)いなく彼の顔を殴った。強い衝撃で彼はバランスを崩し、雪の上に倒れる。


「馬鹿野郎!!お前は命を託されたんだろ!!なんでこんな事をしてる!?ちっせえ頭回して、生きろよ!!!」


返事を待たず、憔悴しきった彼を担いで村を駆け抜ける。

村に居た住民も全て、触手の化け物に姿を変えており、建物すらもピンク色に変色しては、こちらに触手を伸ばしてきていた。


「クソッッ!どうなってる!!」


幾つもの怪物を前にして来た。

しかし、いくら何でもこの光景は怖かった。


村の出口にたどり着いたその時、目の前に、シカの頭骨を被った大男が降ってきた。

頭骨以外の全身が赤い触手で形作られており、その眼窩の中からは無数の瞳がこちらを覗いていた。


そんな相手の風貌を見て、即座に決断した。

剣を握り、アキムに囁く。


「俺が隙を作る、その間に逃げろ」


「でも……」


「行け!俺が言った事を忘れたのか!」


怒鳴りながら、ボルトガンを引き抜く。


「やった、なかま、つれてきた、なかま、ふえるね」


ボルトガンを怪物に斉射する。

音速で放たれた矢は怪物に直撃し、鮮血を吹き出しながら、強烈な衝撃が肉を揺らす。

しかし、身体を形成している触手がたわみ、蠢いては衝撃を無効化し、身体に刺さった矢を侵食して、体内に飲み込んだ。


__知性がある。しかも銃の直撃を無効化した。なら……


爆薬付きの矢を装填し、根元に火を付ける。そして銃口を怪物ではなく、その足元に向け、発射した。


矢が地面に刺さると同時に爆裂し、怪物の足場を崩し、転倒させた。

雪と土の混合物が舞い上がる。

その中で辛うじて見えた怪物は、爆発のダメージを殆ど受けていなかった。

そう感じさせる程、驚異的な速度で身体を再生させていた。


「行け!!」


アキムに逃げるよう指示する。

彼が走ると同時に走り出し、怪物へと剣を振り下ろす。土煙の中、怪物は右腕を巨大な剣へと形を変え、攻撃を受け止める。


__形まで自由かよ!


圧倒的な膂力によって剣が弾かれる。

僅かな間合いが開いたその時、ヒト型の怪物は素早く立ち上がり、巨大な肉剣を力任せに振り払う。


受け切る事は不可能だ。

剣の側面で受け止め、微かに剣を傾ける。

その攻撃の軌道を逸らし、距離を詰めた。


「戦いはシロウトだな」


怪物を三度切り裂く。

そのまま彼を蹴り飛ばし、宙返りをしながら後ろに飛び下がる。

着地と同時に、背後から寄って来ていた触手の化け物を切り刻む。が、死なない。

切り落とされた触手は、元気にのたうち回った後、単体で動き始めたのだ。


「急所が無いっ……!?」


困惑し、頭を悩ませる。

普通、一度寸断された体の部位は機能を停止する。しかし、切り落とされた触手は、まるで知性があるかのように、ひとりでに動いていた。


「やめて、チペワを、いじめないで」


ヒト型の化物は名乗り、抗議する。


「は?」


呆気に取られたその時、チペワの分体達はお構いなしに襲って来た。


「空気読めよ!!」


素早く剣を納刀し、両腕に魔力を込める。


__実戦で使うのは初めてだ、上手く行けよ!!


腕から漆黒の光子が放出される。

それは一年前、アウレアの闘技場で発動した魔法と、全く同じものだった。

拳を振り抜き、分体達の中心部を貫く。


腕が侵食されることはなかった。

拳から絶えず放たれる漆黒の光子が、彼らの活動を阻害していたからだ。


__黑減ニグリ


そして、手の内から漆黒の波動が一気に溢れ出した。チペワの分体は、黒ずんだ赤色へと変色し、ぐったりして動かなくなった。

拳を引き抜き、腕についた血を払う。


「これならお前に効きそうだな」


勝機が見え、笑みをこぼす。

遠くを眺めると、アキムは無事に村から脱出しており、シルヴィアの元へと走っていた。


「チペワが、しんだ、ひどい、チペワが、かわいそう」


そんなチペワの反応に顔を顰める。


「チペワチペワと。なんだ?お前、殺しに来たのはお前の方だろ」


ヒト型の魔物は、首を傾げる。


「チペワは殺さないよ。チペワは増えてるだけだよ」


「あ?思いっきり殺してるだろうが」


「……?チペワになっただけだよ?」


彼は心底分からない様子で言い切った。


「……そうかよ」


__こいつらは全て同一人物だ。何の悪意もなく、無差別に寄生しては、ただひたすらに繁殖する。それが宿主にとっても最善であると信じて疑わない……最低最悪の寄生生物だ。


この瞬間から、目的は切り替わった。


__黑減は燃費が悪い。この場にいる全員をぶっ殺すのは無理だ。最善は逃げる事……だな。


この一年、仕事の無い時にコツコツと魔力の操作と魔法を練習したが、この場の生物全員を倒せる自信が無かった。


「来いよ、お前に死ぬ怖さを教えてやる」


再び剣を引き抜き、戦闘態勢を取った。



シルヴィアは遠眼鏡を使って、クリフの様子を見ていた。


「どうしよう……」


シルヴィアは困り果てた様子で頭を抱える。

そんな時、アキムが鬼気迫った様子でこちらに走って来た。


「シルヴィア!クリフが!!」


「分かってる!けどっ!!」


シルヴィアの意図は、アキムへ十分に伝わった。

二人とも、弱い。恐らくクリフの元に駆け付けても、足を引っ張るだけだろう。


「っ……何か、何か無いのかよ!!?」


アキムはバックパックから何か使えそうなものはないか探す、様々な道具をひっくり返しながら、漁る。

それを見て、シルヴィアも一緒に漁り始めた。几帳面に詰め込まれた道具や食糧、野営道具を近くに投げ捨て、役に立ちそうなものを必死に探す。

そうしていく内に、最低限使えそうなものを手に取り、服に引っ掛けて立ち上がる。

アキムはシルヴィアを担いで、走り始める。


「アキム!!?どうしてそんなに?」


彼はシルヴィアを遥かに上回る速度で走り出していた。


「分からない……けど、もしかしたら俺はもう……!!」


アキムは焦燥した様子で、苦しそうな顔を浮かべていた。

シルヴィアは、何処か危うい決意と焦燥感に駆られる彼に対して、かける言葉が見つからなかった。


「……不味いな、ウェンディゴか」


二人が先程まで居た丘の上から、青白いドレスを着たオネスタが見下ろす。


「クリフにはまだ荷が重いな。それに、ジレーザに干渉されると面倒だ……」


オネスタは魔力を放出し、大気を歪ませる。そして、手の平から多量の水を放出した。


__痳毒ピュリティ


飛び出た水は蠢き、隆起して、馬のような形状へと形を整える。

そして水は紺色の魔力に包まれ、強い光を発する。


「あの子が怪しんで逃げないと良いのだけれど」


光が収まると同時に、水は一頭の白馬へと姿を変える。


「シルフ、次はもっと上手くな」


既に馬具も取り付けられており、シルフはやる気を示すかのように鼻を鳴らす。


「じゃあ行ってこい!」


彼女はシルフの臀部を平手打ちした。

そうしてシルフは勢いよく走り出し、クリフ達の居る場所へと向かった。

ひとくち魔物図鑑.5

「ウェンディゴ」

種目:粘体属

体長:3mm〜∞

生殖方法:単為生殖

性別:性別無し

食性:雑食

創造者:魔神第10席アナキテスマット・レムラハマリアヌート

・魔界に存在する寄生生物。分裂して間もない頃は、生物の死骸や生物を乗っ取り、増殖しながら活動する。成体になると、決まった生物の形を取り、生殖能力を獲得する。

これによって、凄まじい速度で有機物、無機物に寄生、侵食して、増えようとする。


独自のネットワークを構築しているようで、分裂した個体とどれだけ離れていようと意思疎通が可能である。

再生能力に限界は無く、魔法を使って栄養補給をする為、食事を取らずとも半永久的に生き続ける事が可能。

従って物理攻撃に対してはほぼ無敵である為、討伐の際は爆薬や燃焼武器が必要となる。


余談だが、誕生して間もないウェンディゴは骨や死体を操って行動する為、永らく死霊属として誤分類されていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ