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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
5.暁の国
158/160

プロローグ

「今日も変わりなかった?」


ヴィリング様式の一軒家。

燃え盛る暖炉が照らすリビングで、ルナブラムとアルテスは、二人食卓に並んでいた。 


「特別はね。最近は風景画に凝ってみてるよ」


そう言ってアルテスはビーフシチューを口に運んだ。


「権能を使わずに?」


ルナブラムは目を丸くした。


「もちろん。つまらないだろ?」


「そうね……人が成せることに対して、与えられた時間は短い。対して、神が成せることに対して、与えられた時間は途方もないもの」


アルテスは天井を見上げ、騒動の元凶となった神に思いを馳せる。


「ケテウスは急ぎ過ぎたんだ。すべてを成した所で、与えられた時間は多過ぎるっていうのに」


ルナブラムは微笑した。


「そうね……あたしも、こんな何気ない日々が好きよ」


そう答えると、彼女もシチューを口に運んでいた。

微笑ましい姉弟の昼食。

今を生きる二人が望んでやまない光景。

それを今、クリフは傍観者(ぼうかんしゃ)として見せられていた。


「姉さん……」


クリフは呟く。

しかし、アルテスもルナブラムもそれに反応することは無かった。


「何かを為せなくたって良いのよ。何度も行った公園で、何度も食べた事のあるものを口にする」


彼女は、スプーンを食器に置いた。


「そんなありふれた凡庸を積み重ねる。それって、とても素敵じゃない?」


アルテスは頷いた。


「みんな、何か成し遂げようと必死過ぎるんだよ。大切な人と一緒に居らればそれで良い筈なのに」


ルナブラムは口元を押さえて笑った。


「それ、エルウェクトが聞いたら卒倒するわよ」


屈託のない笑みをこぼしたルナブラムの横に、クリフが立つ。


「なんでそんなに優しいんだよ」


彼はルナブラムの肩に触れ、弱々しく呟く。

だがこれは過去の再現であり、クリフに介入する余地はなかった。


「俺はクリフだよ、彼女じゃない。アルテスとして、今の幸せを噛み締めたいんだ」


「あたしも」


太陽のような笑みを浮かべた彼女を見て、クリフは限界を迎えた。


「姉さんっ!!」


クリフはルナブラムに掴みかかるも、霧のように通り抜けてしまった。

彼はそのまま横転すると、現実に引き戻された。


敷布団から転がり出る形で、目を見開く。

クリフは今、宿屋に泊まっていた。

暁国の意匠が込められた和風造りの部屋に居たのは、マレーナだけだった。


「何でだよ……なんで、(あいつ)だけ……俺だって、俺も……愛してよ……」


クリフの心に、幼少の思い出が突き刺さる。

幼い頃感じたぬくもりが、まだ心の奥底で眠っていた。

そんな彼の元に、マレーナが寄り添った。


「ルナブラムは敵だ。殺さなきゃいけない……」


クリフはマレーナを強く抱きしめた。


「姉さんは、もう居ない。あの日死んだんだ」


手の震えが止まらなかった。


「……もしあいつが姉さんだなんて考えたくない。本物だったら、俺は何かして嫌われてるってことだろ?」


クリフは俯いた。


「もしそうなら、殺すよりも。殺されるより辛いよ」


歯軋りをし、抱き締めたネクロドールの骨格が軋む。


「ああ……俺はまだ、姉さんが好きなんだ」

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