エピローグ
クリフの魂。
その最奥にある世界には、ヴィリング様式の一軒家が存在していた。
そこへ繋がる砂利道を、エルウェクトとアードラクトが並んで歩いていた。
既に日は沈んでいたが、二人にとって暗所は問題にならなかった。
「オネスタの件、やっぱり許せないの?」
エルウェクトが心配そうに尋ねた。
事実、アードラクトからは隠しきれない程の殺気が滲み出ていた。
「問う必要がありますか」
彼女がオリジナルではないからか、或いは主従関係すらに亀裂を入れる程の怒りが、彼を支配していた。
「……そうだね、その通りだよ」
エルウェクトは両手を広げ、彼に向き直った。
「なら、私も殺す?繕いはしないよ。あの子をスクタイに戻すのは、私も同意した」
アードラクトは戸惑い、歯軋りをした。
「止めなかっただけでしょう……!」
「同意と何が違うの?」
エルウェクトは冷淡に答えた。
据わったその眼差しは、確固たる決意を放っていた。
「貴女は……何を望んでおられるのですか」
「前から言ってる通りだよ。ルナブラムは死にたいだけ。兄さんを殺し、クリフを神にしてね。私はそれを見守ってるだけ」
彼女は一軒家の前に立つと、ドアノブに手を掛けた。
「では何故、あそこまでクリフに執着していながら、自らを滅ぼそうとするのですか」
エルウェクトは、一軒家を見上げた。
「ここが全てだよ。二度と戻らないこの家が、ルナとアルテスを繋ぐ最後の標だから」
そう言って彼女は扉を開けた。
「過去に何が、アルテスとは何なのです」
「アルテスは、遠い未来に生きてたクリフだよ。誰よりも優しい、黄の竜神……ルナの大切な弟」
彼女は話しながら、家の玄関を通り抜けた。
「……彼女は未来から来たので?」
少ない情報を整理し、アードラクトが尋ねた時、エルウェクトが手でそれを静止した。
「後でね」
二人は、そのままリビングへと立ち入った。
アードラクトは、彼女の姿を見て言葉を失った。
「具合、悪そうね」
ルナブラムは暖炉の前に座っていた。
彼女の面持ちは暗く、薪は燃え尽きようとしていた。
「……別に?」
ルナブラムは、クリフを抱き締めていた。
クリフは深く眠っており、意識は無いようだった。
「生きたら?まだ踏み止まれるよ」
エルウェクトは微笑み、宥めるように話しかけた。
「なんで?」
ルナブラムは、上体を捻りながら振り向いた。
「クリフが悲しむよ。アルテスもね」
「……何を知ってるの?」
彼女は真っ黒に濁った瞳で、エルウェクトを凝視した。
「少なくとも、思い詰めたあなたよりは、彼を理解しようとしてる」
「……アルテスは死んだの。クリフを素敵な神様にしたら、あたしはあの子の所に行かなくちゃ」
「アルテスは消えたよ。今はもう、あなたとお母様しか記憶していない」
エルウェクトは片膝をつき、彼女と目線を合わせた。
「死者に引っ張られないで。あなただけじゃない。クリフの幸せの為にも、生きて」
優しい言葉をかけられたにも関わらず、ルナの顔は暗いままだった。
「もう引き下がれないんだよ……!いまさら、どうやって生きろって言うの?」
彼女は大粒の涙を流す。
そして震える手で、眠るクリフを強く抱き締めた。
「こんなお姉ちゃんでごめんね……クリフ……ごめん、ごめんね……」
感情を吐露し、慈悲を乞うように囁く。
そんな彼女を、エルウェクトは優しく抱き締めた。
「……」
アードラクトはその光景を見て、言葉に出来ない複雑な感情を抱いていた。
少なくとも、煮えた殺気は抱けなくなっていた。




