145話「次の旅路は」
互いに殺意はなかった。
しかし彼らの持ちうる力は、その何れもが規格外であり、余人にとっては天災のようなものであった。
溶け出した黄金が、住宅地を丸ごと沈めた。
銀の奔流が地殻を貫き、巨大な孔を刻んだ。
互いに交わした拳が、大地を震わせた。
「……謝れよシルヴィア!俺の母さんと……俺を馬鹿にした事を!!」
メイシュガルは、足元に広がる黄金に触れる。思い描くは、巨人。
霊岱にて斉天大聖が行使したそれを真似るように、溶けた黄金で巨人を象った。
「うるさい!あたしの事なんて分からない癖に!!」
シルヴィアは剣を投擲した。
巨人の胴を穿ち、巨腕が地面に崩れ落ちる。
一定の距離まで進んだ剣は、まるで見えない糸に繋がれているかのように、シルヴィアの手元に引き寄せられた。
「分かるよ、シルヴィアだって生えてきたんじゃないか」
巨人を再構築しながら、メイシュガルは嘲笑した。
彼女は下唇を噛み、そのまま噛みちぎってしまった。
「……あたしはっ」
シルヴィアはそれ以上言葉が出なかった。
それほどまでに、彼女は何も無かった。
竜神の娘、黄竜の姪。
それらの立ち位置でさえ、彼女は胸を張って名乗れるものではなかった。
「まあ……お前は愛されてないもんなぁ!!」
偶発的な怒りに任せて煽ったのはシルヴィアだ。しかし、しかし彼女が舌戦で勝てる見込みなどあるはずが無かった。
「ぁ……うるさいうるさいうるさいっ!!」
目尻に涙を浮かべ、彼女は右腕を構える。
巨人が地面を叩く。
すると次の瞬間、シルヴィアを取り囲む形で、黄金の津波が生じた。
「父さんにお情けで愛して貰ってるんだろ!娘でも無い癖にさ!!」
子供の喧嘩に違いなかった。
しかし、竜人と半神の持つ卓越した情緒が、幼児性と語彙を両立させ、余りある力が残虐性を高めた。
「は?」
シルヴィアの目が見開き、据わった。
怒りが、殺意に移り変わった。
「無制限で……」
彼女は突き出した右腕に黒色の魔力を込めた。
__たすけて。
その一言で始まったシルヴィアとクリフの関係を、謗られた。
それだけは、禁句だった。
〈__黒滅〉
黒色の魔力が巨人へ打ち出され、軸線上にあった全てを轢き潰し、消滅させた。
「殺しても、良いよね」
停滞の力によって撃ち抜かれた巨人は、溶けた蝋人形のように崩れる。
そして彼女は、黒滅が穿通させた穴を、光を帯びながら通り抜けた。
〈__白加〉
白い閃光が穴を通り抜け、巨人の頭上に浮かぶメイシュガルの背後に移動した。
「……っ」
メイシュガルは全身を溶湯で覆い、防御する。
しかしシルヴィアは、溶湯に腕を突っ込んだ。
「捕まえた……!」
彼女の掌から黒色の波動が溢れ出し、メイシュガルの魔法を消滅させた。
溶湯が消え、彼の姿が露わになる。
「……っくそ!」
メイシュガルは再び黄金を放出しようとするも、彼女が振るった剣が両腕を削ぎ落とした。
「接近戦であたしに勝てる訳無いでしょ!?」
シルヴィアはメイシュガルの頭を掴み、地面に落下した。
石畳で出来た地面が彼の頭蓋にヒビを入れ、多量の血を流す。
「とっておきで殺してあげる。お前が持ってない、あたしが受け継いだ大切な権能で!!」
シルヴィアの右腕から、多量の白光が溢れ出す。
それは竜神のソルクスの権能。あらゆる物質を活性化させ、それらを″果て″へと送り、チリに変えてしまう。
「消し飛べよ。腰巾着……」
半神すらも死に追いやるそれを発動しかけた時、遠方から骨で作られた槍がシルヴィアの喉を貫いた。
圧倒的な弾速を持って放たれたそれは、シルヴィアの身体を浮かせ、遠くへと吹き飛ばした。
「……それだけは、許さないです」
崩落した市街の中を、ヴィオラが立っていた。
彼女は槍を射出する為、爆裂させた右腕を再生させる。
続けて、全身を肉の甲殻で覆った。
「……ヴィオラ」
メイシュガルは我に帰った様子で、上体を起こした。
しかし、シルヴィアは瓦礫を蹴り飛ばし、怒りの形相で起き上がった。
「ヴィオラぁ……!!」
「頭を冷やすです、シルヴィ」
ヴィオラはシカ型の頭殻を震わせる。
しかし既にシルヴィアは、白い光を纏って走り出していた。
「弱い癖に、お前はっ!!」
彼女がヴィオラの横に移動し、拳を振り抜いた。
しかしその瞬間、テレシアの繰るネクロドールが、彼女を上から押しつぶした。
「お姉ちゃん……?なん……で」
テレシアを押し除けようと彼女は腕に力を込める。
しかし、地面から飛び出した溶湯がシルヴィアに巻き付き、彼女を拘束した。
「……協力するよ」
メイシュガルは、息を切らしながら答えた。
ヴィオラは変身を解きながら、彼に近付き頰を叩いた。
「二人とも言い過ぎです。喧嘩はやめるです」
しかしシルヴィアは、身体から漆黒の魔力を滲ませ、メイシュガルを睨んだ。
「クリフが、私を情けで、憐れんで助けたって言いやがった!殺し……殺してやる!!」
シルヴィアは頭を擦りながら暴れ、拘束した黄金にヒビを入れた。
「自信がないからキレてるんだろ?」
と、メイシュガルは笑う。
しかし次の瞬間、ヴィオラは彼を思い切り殴り、続けざまにシルヴィアの頭を蹴った。
「良い加減にして!!」
ヴィオラは口調を崩し、叫んだ。
その態度に二人は言葉を失った。
「この光景を、クリフに見せれるです!?片方が死んで、クリフが笑って愛してくれると思ってるですか!!?」
二人は俯き、歯軋りをした。
「……でもあいつが」
メイシュガルが呟いた時、ヴィオラは俯いた。
「……二人とも、謝って」
生後一年にも満たない少女が呟いた言葉だった。
「……メイ」
シルヴィアは巻きついた黄金を砕いて、立ち上がった。彼女は目を逸らさなかった。
「ごめんなさい」
その言葉に、俯いていたメイシュガルも向き直った。
「ああ……俺も、ごめん」
二人が見つめ合っているその光景を、クリフとアイゾーンは遠くの建物の屋上から眺めていた。
「……世話をかけたな」
クリフはひどく落ち込んだ様子で呟いた。
「お安い御用よ。今喧嘩しておいて良かったでしょう?」
彼女はそう呟くと手を叩いた。
次の瞬間、眩い光が首都全域を覆った。
「……案外、面倒見が良いんだな」
光が晴れると、溶融したコロッセオ、二人が争い崩れた市街地。
それら全てが、新築同様に修繕されていた。
「俗世と交わっているんだもの。当然でしょう?」
彼女は口元を押さえ、上品に笑う。
クリフは、三人で仲良く抱き締め合っているヴィオラを見て、ため息をついた。
「保護者としては上手くやったつもりだったけどな……」
「親としてはまだまだね」
彼女は微笑み、クリフは悩ましげに項垂れた。
「……耳が痛いよ」
アイゾーンは指先でクリフの額を突いた。
「けど、あなたの選択は嫌いじゃないわよ」
微笑む彼女は、泰遼の事を話していた。
その意図を察したクリフは眉を落とした。
「あいつの思い通りになりたくないだけだ」
「さて、そんなあいつから御用命よ」
彼女は少しうんざりした様子で話す。
「テルツナを連れて暁国に行きなさい」
突然始まった仕事の話に、クリフの表情は険しくなる。
「クレイグか」
「ええ。放置すれば全ての国が消えるわ。けど、貴方が竜神としての修練を積むには、これ程適した相手も居ない」
「分かりやすくて助かるよ。けど、シルヴィア達は……」
アイゾーンは目を細め、クリフに何か言いたげだった。
「なんだよ」
「あなたの悪い癖よ。あの子はまだ子供だけれど……戦士としての敬意を払ってあげなさい。そうしないと、手から離れて行くわよ」
クリフは目を逸らした。
「死ぬのが怖いんだ。あいつらが」
「なら一緒に死んであげなさい。それが愛ってものでしょう?」
彼女は間髪入れず、軽々と答えた。
そして、クリフの胸に触れた。
「間違いなく今、世界はあなたの物語を紡いでいるわ。だから下を向かないの、ハッピーエンドを勝ち取りなさい」
彼女は女神らしく、優しく微笑みかけた。
「……ああ、保証するよ」
クリフはそう呟くと、建物の屋上から飛び降り、皆の元に向かった。
その光景をアイゾーンは物憂げに眺めていた。
「ルナ、悪役を気取るのも程々にね」




