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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
4章.武豪の国
155/161

145話「次の旅路は」

互いに殺意はなかった。

しかし彼らの持ちうる力は、その何れもが規格外であり、余人(よにん)にとっては天災のようなものであった。


溶け出した黄金が、住宅地を丸ごと沈めた。


銀の奔流が地殻を貫き、巨大な孔を刻んだ。


互いに交わした拳が、大地を震わせた。


「……謝れよシルヴィア!俺の母さんと……俺を馬鹿にした事を!!」


メイシュガルは、足元に広がる黄金に触れる。思い描くは、巨人。

霊岱にて斉天大聖が行使したそれを真似るように、溶けた黄金で巨人を象った。


「うるさい!あたしの事なんて分からない癖に!!」


シルヴィアは剣を投擲した。

巨人の胴を穿ち、巨腕が地面に崩れ落ちる。


一定の距離まで進んだ剣は、まるで見えない糸に繋がれているかのように、シルヴィアの手元に引き寄せられた。


「分かるよ、シルヴィアだって生えてきたんじゃないか」


巨人を再構築しながら、メイシュガルは嘲笑した。

彼女は下唇を噛み、そのまま噛みちぎってしまった。


「……あたしはっ」


シルヴィアはそれ以上言葉が出なかった。

それほどまでに、彼女は何も無かった。


竜神の娘、黄竜の姪。

それらの立ち位置でさえ、彼女は胸を張って名乗れるものではなかった。


「まあ……お前は愛されてないもんなぁ!!」


偶発的な怒りに任せて煽ったのはシルヴィアだ。しかし、しかし彼女が舌戦で勝てる見込みなどあるはずが無かった。


「ぁ……うるさいうるさいうるさいっ!!」


目尻に涙を浮かべ、彼女は右腕を構える。

巨人が地面を叩く。


すると次の瞬間、シルヴィアを取り囲む形で、黄金の津波が生じた。


「父さんにお情けで愛して貰ってるんだろ!娘でも無い癖にさ!!」


子供の喧嘩に違いなかった。

しかし、竜人と半神の持つ卓越した情緒が、幼児性と語彙(ごい)を両立させ、余りある力が残虐性を高めた。


「は?」


シルヴィアの目が見開き、据わった。

怒りが、殺意に移り変わった。


「無制限で……」


彼女は突き出した右腕に黒色の魔力を込めた。

__たすけて。

その一言で始まったシルヴィアとクリフの関係を、謗られた。

それだけは、禁句だった。


〈__黒滅(アーテル)


黒色の魔力が巨人へ打ち出され、軸線上にあった全てを轢き潰し、消滅させた。


「殺しても、良いよね」


停滞の力によって撃ち抜かれた巨人は、溶けた蝋人形のように崩れる。

そして彼女は、黒滅が穿通させた穴を、光を帯びながら通り抜けた。


〈__白加(アルブス)


白い閃光が穴を通り抜け、巨人の頭上に浮かぶメイシュガルの背後に移動した。


「……っ」


メイシュガルは全身を溶湯で覆い、防御する。

しかしシルヴィアは、溶湯に腕を突っ込んだ。


「捕まえた……!」


彼女の掌から黒色の波動が溢れ出し、メイシュガルの魔法を消滅させた。

溶湯が消え、彼の姿が露わになる。


「……っくそ!」


メイシュガルは再び黄金を放出しようとするも、彼女が振るった剣が両腕を削ぎ落とした。


「接近戦であたしに勝てる訳無いでしょ!?」


シルヴィアはメイシュガルの頭を掴み、地面に落下した。


石畳で出来た地面が彼の頭蓋にヒビを入れ、多量の血を流す。


「とっておきで殺してあげる。お前が持ってない、あたしが受け継いだ大切な権能で!!」


シルヴィアの右腕から、多量の白光が溢れ出す。

それは竜神のソルクスの権能。あらゆる物質を活性化させ、それらを″果て″へと送り、チリに変えてしまう。


「消し飛べよ。腰巾着……」


半神すらも死に追いやるそれを発動しかけた時、遠方から骨で作られた槍がシルヴィアの喉を貫いた。


圧倒的な弾速を持って放たれたそれは、シルヴィアの身体を浮かせ、遠くへと吹き飛ばした。


「……それだけは、許さないです」


崩落した市街の中を、ヴィオラが立っていた。

彼女は槍を射出する為、爆裂させた右腕を再生させる。

続けて、全身を肉の甲殻で覆った。


「……ヴィオラ」


メイシュガルは我に帰った様子で、上体を起こした。

しかし、シルヴィアは瓦礫を蹴り飛ばし、怒りの形相で起き上がった。


「ヴィオラぁ……!!」


「頭を冷やすです、シルヴィ」


ヴィオラはシカ型の頭殻を震わせる。

しかし既にシルヴィアは、白い光を纏って走り出していた。


「弱い癖に、お前はっ!!」


彼女がヴィオラの横に移動し、拳を振り抜いた。

しかしその瞬間、テレシアの繰るネクロドールが、彼女を上から押しつぶした。


「お姉ちゃん……?なん……で」


テレシアを押し除けようと彼女は腕に力を込める。

しかし、地面から飛び出した溶湯がシルヴィアに巻き付き、彼女を拘束した。


「……協力するよ」


メイシュガルは、息を切らしながら答えた。

ヴィオラは変身を解きながら、彼に近付き頰を叩いた。


「二人とも言い過ぎです。喧嘩はやめるです」


しかしシルヴィアは、身体から漆黒の魔力を滲ませ、メイシュガルを睨んだ。


「クリフが、私を情けで、憐れんで助けたって言いやがった!殺し……殺してやる!!」


シルヴィアは頭を擦りながら暴れ、拘束した黄金にヒビを入れた。


「自信がないからキレてるんだろ?」


と、メイシュガルは笑う。

しかし次の瞬間、ヴィオラは彼を思い切り殴り、続けざまにシルヴィアの頭を蹴った。


「良い加減にして!!」


ヴィオラは口調を崩し、叫んだ。

その態度に二人は言葉を失った。


「この光景を、クリフに見せれるです!?片方が死んで、クリフが笑って愛してくれると思ってるですか!!?」


二人は俯き、歯軋りをした。


「……でもあいつが」


メイシュガルが呟いた時、ヴィオラは俯いた。


「……二人とも、謝って」


生後一年にも満たない少女が呟いた言葉だった。


「……メイ」


シルヴィアは巻きついた黄金を砕いて、立ち上がった。彼女は目を逸らさなかった。


「ごめんなさい」


その言葉に、俯いていたメイシュガルも向き直った。


「ああ……俺も、ごめん」


二人が見つめ合っているその光景を、クリフとアイゾーンは遠くの建物の屋上から眺めていた。


「……世話をかけたな」


クリフはひどく落ち込んだ様子で呟いた。


「お安い御用よ。今喧嘩しておいて良かったでしょう?」


彼女はそう呟くと手を叩いた。

次の瞬間、眩い光が首都全域を覆った。


「……案外、面倒見が良いんだな」


光が晴れると、溶融したコロッセオ、二人が争い崩れた市街地。

それら全てが、新築同様に修繕されていた。


「俗世と交わっているんだもの。当然でしょう?」


彼女は口元を押さえ、上品に笑う。

クリフは、三人で仲良く抱き締め合っているヴィオラを見て、ため息をついた。


「保護者としては上手くやったつもりだったけどな……」


「親としてはまだまだね」


彼女は微笑み、クリフは悩ましげに項垂(うなだ)れた。


「……耳が痛いよ」


アイゾーンは指先でクリフの額を突いた。


「けど、あなたの選択は嫌いじゃないわよ」


微笑む彼女は、泰遼の事を話していた。

その意図を察したクリフは眉を落とした。


「あいつの思い通りになりたくないだけだ」


「さて、そんなあいつから御用命よ」


彼女は少しうんざりした様子で話す。


「テルツナを連れて暁国に行きなさい」


突然始まった仕事の話に、クリフの表情は険しくなる。


「クレイグか」


「ええ。放置すれば全ての国が消えるわ。けど、貴方が竜神としての修練を積むには、これ程適した相手も居ない」


「分かりやすくて助かるよ。けど、シルヴィア達は……」


アイゾーンは目を細め、クリフに何か言いたげだった。


「なんだよ」


「あなたの悪い癖よ。あの子はまだ子供だけれど……戦士としての敬意を払ってあげなさい。そうしないと、手から離れて行くわよ」


クリフは目を逸らした。


「死ぬのが怖いんだ。あいつらが」


「なら一緒に死んであげなさい。それが愛ってものでしょう?」


彼女は間髪入れず、軽々と答えた。

そして、クリフの胸に触れた。


「間違いなく今、世界はあなたの物語を紡いでいるわ。だから下を向かないの、ハッピーエンドを勝ち取りなさい」


彼女は女神らしく、優しく微笑みかけた。


「……ああ、保証するよ」


クリフはそう呟くと、建物の屋上から飛び降り、皆の元に向かった。

その光景をアイゾーンは物憂(ものう)げに眺めていた。


「ルナ、悪役を気取るのも程々にね」

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