144話「絶死の黄金」
幾度となく黄金の炎が瞬き、闘技場を焼き尽くしていた。
砂地は既に溶け、溶岩のように爛れ、地盤が沈み始めていた。
不死の存在すらも火力だけで焼き尽くす絶死の炎が、泰遼を囲んでいた。
「狭いな、フェアじゃない」
クリフは苦笑した。
「復讐を果たすのであろう。くだらん公平性に取り憑かれる必要が何処にある?」
「自己満足さ。てめぇを気持ちよく殺せるようにな」
泰遼は鼻で笑った。
「で、気分は?」
「最悪だ」
クリフは剣を構え直し、切先から炎を噴出させた。
「随分と、薄弱なのだな」
「……結構だ。俺に大義は無い。手の内に収まる大切なものを守れれば、それで良い」
二人はゆっくりと距離を詰め、互いに剣を振り上げた。
クリフは、泰遼が魔力切れを起こしている事に気付いていた。
「ああ、それが出来るなら最上だろうな」
互いの剣が激突する。
ほぼ同じタイミングで5つの斬撃が生じ、音が重なり合った。
まるで剣舞のように繰り広げられる応酬は、遠方より見るには優雅で、至近距離で眺めるにはあまりに危険過ぎた。
「……どうして、生きる意志を固めたんだ」
神速の剣戟が交差し続ける中、クリフは尋ねた。
「妻に、生きるよう願われた」
クリフは苦笑した。
「なんだよそれ。尻に敷かれてるなんてな」
「いや……初めての願いだ」
泰遼の振った刃が、クリフの頬を掠めた。
彼の脳裏には、マレーナの姿がチラついた。
「ああ、お前はやっぱり卑怯な奴だよ!!」
斬り合いの最中、クリフは突然跳躍し、空高くへと昇った。
「分かった、俺が裁いてやる!!」
そして彼は、剣を天に掲げた。
甲高い音が響き、空に浮かぶ太陽から波紋が生じる。
「……描くは火に非ず、芯に刻むは陽の姿よ」
金色の太陽が雫のように滴り、彼の剣に収められた。
「生命の淵源たれ、巡りを起こし、全ての終を語る」
次の瞬間、熱を孕んだ突風が吹き荒れ、闘技場を覆う障壁が砕け散った。
「陽光束ね万象を穿つ」
刀身から光の帯が溢れる。
炎は収束し、太陽の如き輝きを放っていた。
「夜明けの刻だ」
数多の不死者を滅し、屠って来た絶死の一撃が今、振り下ろされた。
〈__昇旭〉
切先から焔が滾る。
溢れ出た光は、太陽無き夜空を白に染めた。
極大の熱線が、闘技場に降り注いだ。
「……俺は約束を違えん」
泰遼は剣を黒く染め、奥義を放った。
〈__影無〉
切先から放たれた黒色の斬撃が、熱線を切り裂く。
しかし圧倒的な出力差を前に、黒色の斬撃は消えつつあった。
分たれた熱線が、コロッセオを焼き払い、溶融させる。
「ノーラぁっ!!!」
彼は、愛する者の名を叫び、もう一度斬撃を放った。
過度な魔力行使によって右腕が溶け、剣が床に落ちる。
「……閉廷だ」
クリフが、泰遼の前に立っていた。
「再審を願おうか」
熱線が注ぐ中、泰遼は残った左腕でクリフに殴り掛かった。
それよりも先に、クリフの振った剣が彼の胸を裂いた。
「却下だ」
アードラクトの付けた傷と交差するように、彼の胸にバツ字の傷が刻まれた。
「……すまない」
泰遼は愛する人に言葉を向け、仰向けに倒れた。
次の瞬間、彼の斬撃波が消滅し、堰き止めていた熱線が闘技場に降り注いだ。
コロッセオを呑み込む程の火柱が、天を貫いた。
◆
メイシュガルは、一人闘技場外れの雑貨屋に訪れていた。
店は開けっぱなしで、商品も陳列されているというのに、店主は不在だった。
「この奥だな……」
彼は陳列棚の間を抜け、店の奥へと入った。
古びた木製の扉を開き、奥の部屋に立ち入る。
「……っ、母さんはどこだ」
メイシュガルは歯軋りをし、目を見開く。
家財ひとつない空き部屋に、それは立っていた。
「……あなたが、メイシュガル?」
竜のように刺々しい外殻に、狼のような頭部を備えた人型マシンが、彼を呼びかけた。
「……素顔くらい見せたらどうだ」
メイシュガルは、心が揺れていた。
人型マシンの発する声は、あまりにも聞き覚えがあったからだ。
「……承認されました。頭部装甲を解除します」
物々しい音を立てながら、狼型の頭部が変形し、装甲板が背中へと収まり、素顔が露わになった。
彼女は、ソフィヤと同じ顔をしていた。
「……母さん」
メイシュガルは大粒の涙を流し、その場で呆然と立ち尽くしてしまう。
しかしソフィヤの頭部が再び装甲に覆われると、メイシュガルの首を掴んで持ち上げた。
「マスター。メイシュガルを確保しました」
ソフィヤは無機質な声で、誰かに連絡を取った。
メイシュガルは言葉を発したかったが、彼女の握力によって気道を塞がれていた。
「……承認しました。声帯ユニットの権限を委譲します」
彼女は誰かと連絡を取ると、首を掴む力を僅かに緩めた。
「お前は、誰だ……!」
メイシュガルは息を吸い、彼女を睨んだ。
「ああ、定義によるかな」
ソフィヤは突然、バベルの声で喋り始めた。
「バベル……!」
メイシュガルは振り解こうと試みるも、機械で出来た彼女の腕を軋ませることすら出来なかった。
「ソフィヤの墓を掘り起こして作ったんだ。元の魂はもう無いのだけれどね。そうだ、ネクロドールって言えば伝わるかな?」
メイシュガルは絶句し、首を振った。
「なんで……そんな事を」
頭殻の内から笑い声が響いた。
「ああ、大っ嫌いなクリフへの嫌がらせだよ」
「お前ぇっ!!」
メイシュガルは、掌から黄金を噴出させ、剣を形作る。
灼熱の刀身が彼女の右腕を通過する。
しかし、砕けたのはメイシュガルの剣だった。
「通信終了。あなたを連れて帰る」
ソフィヤの声が元に戻ると、無機質な声音で呟いた。
「……母さ__」
ソフィヤは再び握力を強め、彼の気道を塞いだ。そして彼女の背中から、7つの触手型のメカアームが飛び出した。
触手は忙しなく動くと、彼女の背後に転移門を形成した。
「こちらソフィヤ。対象を確保、帰投します」
彼女がそう呟いて転移門を開いた時、雑貨屋の壁が吹き飛んだ。
「メイシュガル!!」
純白の魔力を纏いながら、超加速を経た彼女は、そのままソフィヤの手首に飛び蹴りを敢行した。
「標的の追加……指示を願います」
ソフィヤの外殻は、その程度の物理攻撃は受け付けない。だが神器は別だった。
「これならぁっ!!」
彼女は腰から一本の剣を抜く。
ティモスという名の剣は、鍔が無ければ星の中枢へと落ちる程の切れ味を誇る。
ティモスは、音も立てずにソフィヤの腕を切り落とした。
「了承。撤退します」
ソフィヤはその場から飛び退き、自ら作った転移門へ飛び込んだ。
「母さんっ!待って!!」
メイシュガルは、自分の首を絞めていた腕を投げ捨て、収縮しつつある転移門に手を伸ばした。
「駄目だよ!!」
シルヴィアが彼の手を掴み、それを制止した。
転移門が途絶し、メイシュガルは顔を歪め、唸るような悲鳴をこぼした。
「何やってるの!あのまま行ったら、上半身だけジレーザに__」
メイシュガルは歯軋りをし、シルヴィアを睨んだ。
「お前のせいで!!母さんを行かせたじゃないか!!」
彼はシルヴィアの胸ぐらを掴み、押し倒した。
「……は?」
彼女は、額に青筋を浮かべていた。
シルヴィアはメイシュガルの胸ぐらを掴み直すと、彼の鼻柱に頭突きをお見舞いした。
「痛っ……!?」
シルヴィアはメイシュガルを突き飛ばし、立ち上がる。
「メイって良いよね。親から愛されててさ」
彼女は半笑いで、彼を軽蔑するように見下ろしていた。
「あたしの両親を見てみなよ。一人は気の触れた殺戮者で、もう一人はあたしを駒か何かだと思って、ずっと暗躍してる」
彼女は鼻で笑った。
「楽なもんだよね。後から勝手に″生えて″きた分際で。息子って理由だけでクリフに愛されてる」
シルヴィアの心根で煮えたぎっていた劣等感や嫉妬が、些細な怒りを皮切りに溢れ出した。
黒く濁ったその気持ちは、もう止まることは無かった。
「黙れ。試験管から産まれた俺の気持ちが分かるかよ……!」
メイシュガルは鼻血を拭い、折れた鼻柱を指先で直した。
彼もまた、シルヴィアの心ない言葉に殺気立った。
「興味ないよ。でも、あのガラクタが気になるなら行ったら良いじゃん。お前がくたばったら、あたしは安心してクリフに愛して貰えるからさぁ」
シルヴィアは呆れる素振りを見せ、わざとらしく嘲笑した。
「取り消せよ」
メイシュガルは、折れた黄金の剣を再構築した。
「えー、大好きなママに慰めて貰ったら?ああ、それかもっかい頭を潰してあげよっか。少しはマシになるかも」
シルヴィアは、ティモスとイーラ。一対の剣を引き抜いた。
双方の怒りがピークに達した瞬間、シルヴィアは両の剣を振り上げ、メイシュガルは両手から黄金の溶湯を洪水のように吐き出した。
〈__黄金境〉
〈__銀弾〉
銀の魔力と黄金が激突し、混じり合う。
混合したそれは爆発し、雑貨屋を跡形もなく吹き飛ばした。




