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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
4章.武豪の国
153/159

143話「絶死の黄金」

金色の太陽。


「帰ってきた!!滅びが!我らの死が!!!」


空に浮かぶそれに気付いた時、屈強なオーガの一人が叫んだ。

無数の古傷に無精髭(ぶしょうひげ)を蓄えた歴戦の勇士であった彼が、恐怖していた。


そんな彼が頭を抑え、両耳を塞いで観客席から走って逃げた。


「……何が」


若いオーガが困惑してそれを見送っていたその時、他のオーガが叫んだ。


「逃げろ!!皆っ!!みんな死んでしまうぞ!!」


またも老練の兵士が叫び、観客席を駆け抜けて行った。

それを皮切りに次々と悲鳴が連鎖し始める。


「黄金の死が、アウレアの亡霊が我々を殺しに来るぞ!!」


逃げる者は皆20年前の戦役に参加していた兵士であり、今では人々の尊敬を集める優れた武人達だった。

そんな人物が、なりふり構わず逃げていた。


「黄金の……?おい!逃げるぞ!!」


若いオーガでさえ、女子供を抱き抱えて走り始めた。

恐怖は瞬く間に伝播し、蜘蛛の子を散らすように逃げ始めた。


「あーあ。こうなっちゃうのね」


アイゾーンは貴賓席から、一連の顛末(てんまつ)を眺めて微笑んでいた。


「何が起きたの!?」


シルヴィアは貴賓席から乗り上げ、周囲を見渡した。


「20年前、アウレアは滅亡する筈だったのよ」


「えっ……?」


彼女は目を瞬かせた。


「そうね……どこから話そうかしら」


そう言って彼女は手を叩いた。

次の瞬間、シルヴィアとアイゾーン以外のものが全て消失した。


「語彙を尽くす必要は無いわ、私は神だもの」


彼女はそう呟くと、指先から色を発した。

鮮血、劫火(ごうか)、砂塵の舞う戦場の景色を彩り、再現した。



「ご報告します」


白銀の鎧に身を包んだ騎士が、跪いた。

アウレア北部と南部の境目に存在するポルタ要塞。

その屋上では、年老いたアウレアの皇帝が戦地を見渡していた。

彼は騎士に目線を向け、耳を傾けた。


「10代目勇者の戦死を確認。レッドライン要塞より帰還した兵士は、1万にも至らず……」


皇帝は手で遮ると騎士は頭を下げ、皇帝を囲む騎士達の列に戻った。


「生き残りは一割にも満たないか」


皇帝は物憂げに呟いた。


「しかし、10代目の尽力が無ければ、帰還してはいなかったでしょう」


近衛騎士の甲冑に身を包んだイネスが、フォールティアを手にしながら前へと出た。


「何用かな?」


「はっ、これより戦地に赴き、フォールティアを解放します」


周囲がざわめいた。

その場に居た誰もが、イネスが魔法を取り戻していない事を知っていたからだ。

彼女が聖剣を解放すればハースの軍隊は壊滅させられるかもしれない。


「命を捨てる気か?」


皇帝は尋ねる。

フォールティアの魔力は人を殺す。

全盛の力を失った彼女に命の保証はなく、確実な死が待っていた。


「はい。充分な(いとま)は貰いました。今再び、祖国への恩を返そうかと」


イネスは覚悟の決まった眼差しで、皇帝を見上げた。


「……その必要はありません」


金色の転移門が、皇帝の隣に出現した。


「フラーテル様!!」


純白の衣に包まれた彼女が姿を現す。


「時が来たのです。仮にケテウスに誅されようと……ここで私が出張らなければ」


「面目が立たないと?」


一人の年老いた男が、イネスの横に立っていた。その場に居た全員が、男の接近に気付けなかった。


「師匠……」


イネスが呟いた。

彼はアードラクトだった。

実に80年ぶりの再会に、彼女は態度が和らぎそうになる。

しかし彼から放たれる気配、雰囲気が明らかに違っていた。


「……あなたは、本当にアードラクトなの?」


アードラクトは、突然身体が光に包まれた。

フルフェイスの甲冑に身を包み、剣を抜いた。


「私は……運命を見つけたのです」


不審な台詞に、周囲の騎士たちは戦慄する。

神代最強の大英雄がもし、気を違えていたら。

刺すような空気が屋上を支配した。


「運命……何のことを指してるのかしら?」


フラーテルが尋ねると、アードラクトは僅かに力んだ。


「詮索するようなら貴方を殺します」


天使に対する殺害宣告。その台詞は、一人の若い騎士を苛立たせた。


「貴様っ__」


彼がそう呟いた時、アードラクトの右腕が僅かに振れた。

若い騎士の胸甲に何かが激突し、鎧を打ち砕いた。

彼は膝から崩れ落ち、気を失った。


「動くなッ!!!」


剣を抜きそうになる騎士たちを、イネスが諌めた。

そんな彼女の判断を見て、アードラクトは僅かに力を抜いた。


「……動けば、全員死ぬ」


イネスは重々しく呟いた。


「賢明だな、イネス」


アードラクトはフラーテルに向き直った。


「現れた目的は?まさか、私達を殺しに来た訳ではないのでしょう?」


アードラクトの全身から魔力が滲み出した。


「全軍に撤退命令を……此度だけ、俺が出よう」


爆発的に生じた青い魔力は次第に金色へと変色し始めた。

立ち昇る魔力は雲を貫き、曇天の空を僅かに輝かせた。


「全軍に撤退命令を!!全ての責は私が負おう!!!」


皇帝は怒鳴るように伝達した。

それと同時に、騎士達は砦の屋上から飛び降りた。

軍馬すら越す勢いで走る彼らを眺めながら、皇帝は尋ねた。


「猶予は?」


「無い」


彼はそう呟くと、剣で自身の胸を貫いた。


「超域魔法開孔……」


雲が燃えた。

黄金に輝く火に焼かれ、燃えた紙のように消え去ってしまった。

燃え(かす)を払うように、空に金色の太陽が浮かんだ。


〈__皇金白々明(フレイリオス)


アードラクトの鎧が燃焼し、鎧に刻まれた刻印が金色に輝いた。


「これが……師匠の」


イネスは圧倒的な存在感を前に、息を呑んでいた。


「ではな」


アードラクトは僅かに屈むと、その場から跳躍した。

砦全体に亀裂が入り、土埃が巻き上がった。


「……この一件が過ぎれば、私は退位させて貰います。優秀な後継も出来ました」


金色の閃光となって、雲の上を突き抜けた彼を、皇帝は見上げていた。


「ええ……苦労を掛けたわね」


フラーテルもまた、アードラクトの姿を見上げていた。


「貴方ほどではありませんよ」


皇帝は微笑した。



オーガ達は依然としてアウレアを蹂躙していた。進路に存在する全ての村を焼き払い、丁寧に掃き貯めるように、人間を殺していた。


「……空が」


進軍中のオーガ達は、空の変化に戸惑っていた。

進軍を止まりそうになる彼らを、巨大な足音が背中を押した。


「構わん。俺が倒す」


25mは越える巨人が、大地を震わせる程の声量で呟いた。

豪王ライオネル。20年前のハースを治めていた彼は、歴代でも群を抜いて巨大な体躯と怪力を得ていた。


「進軍しろ!俺が付いている!!」


彼の怒号と共に、オーガ達の士気は跳ね上がり、進軍速度が増した。


そんな時だった。

黄金の太陽が突然消えた。

突然に訪れた暗闇に進軍は完全に止まり、混乱が訪れた。


「何だ……!」


ライオネルは空を見上げる。

消えた太陽の代わりに、強烈な光が瞬いていた。

星光にも似たそれが、ひときわ強く瞬いたその時、豪王に極大の熱線が降り注いだ。


彼は巨剣を振り上げるも、熱線は容易く彼を呑み込み、蒸発させた。


天から注いだ金の光は、地面に触れた直後に弾けた。

砕けた溶炉のように大地が火を噴き、金色の火砕流は人々を呑み込んでゆく。

大地に刻まれた巨大な亀裂は、逃げ惑うオーガ達を貪欲に呑み込んだ。


それは、まるで創世の地獄の様だった。


「何が起こってる!!」


再び、空に太陽が昇る。

色彩すらも曖昧となる日差しの中、オーガの指揮官は一人の騎士を見た。

黒い甲冑の騎士を。


「何者__」


指揮官の首が千切れ飛んだ。

アードラクトの姿は既に無く、敗軍の間を黒い残影が飛び交っていた。


多くの者は彼を認識する事なく、首を、手足を、心臓を穿たれ命を落とした。

1分にも満たない短時間で、ハースの連合軍は壊滅してしまった。


「母さん……っ!」


屈強な兵士達が悲鳴を上げる。が、次の瞬間には胴体が削り取られていた。

兵士たちは理解不能な現象に恐怖し、敗走を始めてしまう。統率の壊れた人の濁流が、逃げ遅れた者達を踏み潰す。


しかし、撤退する人々をかき分けるように、一人のオーガが濁流を遡っていた。


「泰遼様!お下がり下さい!!」


彼は従者の制止を無視して、殿(しんがり)へと辿り着く。

そして一振りの剣を引き抜き、黒い残影へと切り掛かった。


甲高い金属音が響いたのも束の間、泰遼の胸に黄金の軌跡が通過し、深い刀疵を刻んだ。

豪王すらも下したその一撃を受け、彼は微笑んだ。


「見事……!!」


泰遼は相手が天災ではなく人だと理解していた。

彼は目を瞑り、次の一撃を待った。

しかし、それは訪れることは無く、後を追った家臣達が彼を引き摺るようにして敗走した。


「何をする!!」


「貴方は泰家の嫡男です!御父上に何と申せば良いのですか!!」


彼が怒鳴られ、そのまま連れられた時、空が瞬いた。

鋭利な形状に歪んだ火球が、まるで流星雨のように降り注ぐ。

それらが泰遼達に激突し、家臣が彼を庇った。


金色の炎が大地を覆ったその瞬間。

シルヴィアは貴賓席に引き戻された。


「満足したかしら?」


アイゾーンは微笑み、彼女の頭を撫でた。


「アレが……クリフのお義父さん?」


シルヴィアは息を呑み、先程の光景を見て少し緊張していた。


「ええ。帝国の大英雄。或いは殺戮者よ」


アイゾーンはにこやかに答え、手を叩いた。


「さて、メイシュガルが迷子になっているようだわ。少し、探してくれないかしら?」


含みのある言い方に、シルヴィアは眉を顰めた。


「何処に?」


「闘技場の……外かしら?急いだ方が良いわ」


わざとらしく答えるアイゾーンに、彼女は何か深い意図があると察した。


「分かった」


彼女は魔法を起こし、白い残光を残してその場から走り去った。

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