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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
4章.武豪の国
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141話「剣闘」

王城の最上階。

泰遼は自身の居室に向かって歩いていた。

使用人達は会談の終わった俺を見て、怯えていた。


「……何だ」


ふと、足を止めてしまった。

心を(りっ)し、鉄面皮を続けられる筈が無かった。

夢を完膚なきにまでに壊され、女神に死を宣告された。

苦楽を共にした家臣達もじき、すべき事を成す為に俺を見捨てるだろう。


「いえ……失礼しました」


目を逸らして謝罪する使用人の首を掴んだ。

俺の中に残っていたのは、やり場の無い怒りだけだった。

まるで物に当たって怒りを発散するように、俺は彼女の首をへし折ろうと__


「……いや、戯れだ。許せ」


思い留まって彼女を手放し、その場に落とした。

使用人は喘ぐように呼吸をし、息を必死に整えた。


「……かしこまりました」


「じき俺は死ぬ。次代の王に備えよ」


俺は吐き捨てるように呟くと、居室の扉を開いた。

祖国から取り寄せた家財が揃うその場所は、遠いこの地において唯一の安息地だった。


「お帰りなさいませ」


入ってすぐの場所に、妻が立っていた。

北方の漢服に身を包んだ、緑肌のオーガ。

俺が先代豪王を打ち倒したその日に、相手の家から送られた。


「何故ここに居る。俺はもう王ではないのだぞ」


妻は、掴み所のない女性だった。

流されるまま明確な意志もなく、さながら人形のような女性だった。


「夫を差し置いて逃げる妻が居ますか?」


彼女は凛とした態度で、毅然と答えた。


「……少なくとも、臣下は逃げた。貴様も、ピマイオフの家に帰れば良いだろう」


素直に嬉しい言葉だった。

しかしその程度では癒えない程に、俺の心はささくれていた。

一夜どころか、5分も経たない刹那に全てを失ったのだから。


「あなたの側が良いのです。少なくとも、あの家に帰るつもりはありません」


俺は溜め息を吐き、彼女の前に立った。


「そうか。没落した貴様の家は謎の襲撃に遭ったのだったな……(きさき)の座はさぞ心地良かっただろう」


本意では無かった。

しかし、壊れつつある心は、近くに居る誰かを無差別に攻撃したくて堪らなかった。


「ええ」


彼女は肯定した。


「……否定しないか」


「私を人と扱ったのはあなたくらいですから」


彼女は屈託のない笑みを浮かべ、両手で俺の手を取った。


「泰遼、あなたの帰りを待っています」


彼女の手は震えていた。

そこで俺はようやく気付いた。彼女の瞳が潤み、涙を堪えている事に。


「……戻った所で、俺は王では無いのだぞ」


「素敵じゃありませんか。身分を無くした二人で、旅にでも出ましょう」


彼女の頬から一筋の涙が流れた涙を拭った。俺は微笑みかけ、彼女の名を呼んだ。


「ああ、待っていろ。ノーラ」



クリフは魂の世界に来ていた。


周囲を見渡すと、巨大な円状闘技場に来ていた。その中央では、緑肌のオーガと、ニールが立っていた。


「……2人まとめてか。二度手間にならずに済みそうだ」


俺は闘技場の砂を踏み締めながら、彼らの元に向かう。


「やっと会えたな、お前はなんだ?」


闘技場に居たニールに呼び掛ける。

繋星(ウォルンタース)』には、確かにニールの名が刻まれていた。

しかし、扱う魔法は全くの別種であった。


「ああ、申し遅れたね。私はニール=ロナ、主神ケテウスの息子……というのは求めてたのとは違うかな?」


彼は俺の知るニールと似た声で、しかし全く違う口調で名乗った。


「ああ、お前は……いや違うな。俺の知るニールは誰だ?」


エルウェクトに保存された英雄の順序を考えれば、彼は100年前に居たことになる。

ならば、偽物に該当するのは()()ニールなのだろう。


「検討もつかないよ。想像が付くのは、彼は間違いなく、父上が何か干渉して産まれた存在って事だけだね」


彼は胸に下げたペンダントと、指抜き手袋を示した。

それは、魂の世界にのみ存在する、クイドテーレとフェルストスの幻影だった。


「これらも元は私の武具だ。皇城で厳重に保管されていた筈なのだけれど……父上が転移させたのだろうか」


「……で、結局ケテウスは何をしたがってるんだ」


ニールは指を鳴らした。そういう癖は同じなようだ。


「不夜城で話していた事が全てだよ。あの人は、ある意味純粋なんだ」


不夜城とグレイヴソーンでの出来事を思い出す。ケテウスにクレイグ。そしてルナブラムがけしかけて来る試練。

悩みは尽きなかった。


「……勘弁して欲しいな」


俺がそう呟くと、ニールは微笑んだ。


「君が死なないように私たちも全力を尽くすさ。全身全霊で私の魔法と、技術を授けるよ」


彼は明るく答えると、再び指を鳴らした。

身体が光に包まれ、その場から消失してしまった。


「……俺の番だな」


腕を組んでいたオーガが俺の元に歩いて来た。


「俺は二代目豪王、アルキル・ピマイオフだ。会うのは初めてだったな」


俺は溜め息を吐いた。


「豪国をどうにかしたいならルナブラムに言うんだな」


アルキルは首を振った。


「逆だ。思い切りやってしまえ」


「……は?」


俺の返答に、彼は呆れた様子だった。


「お前はエルウェクトではないと言った筈だ」


アルキルは俺を指差した。


「心に従え。後悔のないようにな。クリフを捨てた先に産まれたアルテスなど……王を無くした玉座のようなものよ」


初対面のオーガは、確かに俺を(おもんばか)っていた。


「……なんでだ。お前の国じゃないのか」


アルキルは首を振った。


「かつてはだ。俺が護るべき人々も、その残滓すらも、時の流れによって消えている。今は、エルウェクトの形見であるお前の方が大切だ」


彼は裏表のない笑みを浮かべた。


「だからなんだ。気に食わないならやってしまえ。神である前に、お前はクリフだ」



メイシュガルは、首都ガイリアをひとり散歩していた。

乱雑で、無計画に植林された公園は、野趣(やしゅ)溢れる風景が続いており、茂みから魔物が出て来そうな雰囲気を放っていた。


「……ん」


歩いていたその時、近くの熱帯樹に文字が彫り込まれていた。


「……っ」


それはジレーザの、もっと言えばバベルが用いていた暗号文だった。


彼は即座に周囲を見渡し、シルヴィアとクリフの居場所を思い返す。

場所は公園。狙撃はやりたい放題だった。


「どうして今になって……!」


メイシュガルは樹皮を引き剥がし、木陰に隠れながら、暗号文の解読を行なった。


__害意はない。


先頭にはそう記されていた。


「ならなんの目的で……」


嫌な予感を感じながらも文章を読み進める。


__クリフ=クレゾイルが闘技中の間。コロッセオから北東の雑貨店で待つ。

もし、第三者に知覚、介入される事があれば、我々は撤退する。


メイシュガルは眉を顰める。

母が決死の覚悟で捧げてくれた自由を、手放す筈が無かった。


「誰が戻ると……」


そう呟きながら読み進めた時、最後の一文を読んだメイシュガルは、暗号文が書かれた樹皮を落とした。


「嘘だろ……?」


床に落ちた樹皮には、こう記されていた。


__ソフィヤの蘇生に成功した。


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