表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
4章.武豪の国
147/160

137話「革命」

エレネアの元に、一人の男が訪れていた。

名を、カミーユ・デュロワ。

セジェス正規軍の内4割を統べている男だった。


「セジェスの農奴階級の起源はご存知かな?」


エレネアはモデュード邸の客間で、ソファ越しに彼と話していた。

カミーユは軍服を着ておらず、素性を知らない者には、やや裕福な一般人と誤解されても不思議ではなかった。


「100年前、セジェスがその領土を急拡大する際、各地に入植した者たちですね」


エレネアはわずかな思慮を置かずに答えた。


「その通り、各地に開拓拠点が建てられ、支援金を貰った市民達は各々が理想とする村を建てに向かった」


カミーユは憂うように呟いた。


「村落が完成してから、金銭の流れは開拓拠点へと向かい、都市へと成長しました」


エレネアは彼の言葉を繋げた。


「そうとも、だがそこで金を()き止めた愚か者が居た。際限なしに増長した都市はひとつの化け物と化し、かつての王権政治を悪化させたような取締が始まった」


エレネアは目つきを鋭くした。


「村落は鉱脈ではありません。ましてや、衛兵達の懐を暖める存在でない」


「そうとも、村は国の財産だ。奴らの財布ではない。だが皮肉だとは思わないか、100年前は同じ立場だったはずの都市民が、農奴たちを搾取し、(さげす)んでいる」


うんざりした様子のカミーユに対し、エレネアは微笑んだ。


「民衆の心は簡単に踊ります。農奴たちに主権を奪われかねない今でさえ、ありもしない自身の血統を誇り蔑んでいる」


エレネアの言葉に、カミーユは暫し思案した。


「時に君は、血統に何を思うかな」


「信仰でしょうか」


だがエレネアは見越していたかのように即答した。


「……何故かな?」


「ナパルクとセザールの家名が失墜しなかった理由にあります」


カミーユは顎に手をあて、考えるふりをした。


既得権益(きとくけんえき)の保持に成功しただけではないかな?」


「いえ、両家共に衰退し切った時期は確かに存在していました」


エレネアはゆっくりと立ち上がった。


「民衆は、絶対的な指導者を望むのです。仮に存在し得ないとしても、その立場に立つ者には伝説が必要なのです」


「それが血統だと?」


「ええ、何事にもドラマは必要ではありませんか?」


エレネアは、キャブジョットが用いた旗槍。模倣品ではないオリジナルを手に取った。

この短期間で、小柄だった彼女の体格は、槍が似合う程に大きくなっていた。


「確かに、帝政を打倒した英雄キャブジョットの子孫が、再び国を揺るがせば多くの人が動くだろう」


「ええ、新たな融和を求めましょう」


槍を手に微笑む彼女に対し、カミーユは苦笑した。


「私のポストは残しておいてくれますかな。女王陛下」


カミーユは既に、エレネアの最終目標に気付いていた。


「……何のことでしょう」


エレネアは優しく微笑みかけた。


「……恐ろしいお方だ。ときに、事が過ぎた後も、戦争は続きますかな?」


「50年は致しませんわ。国内を立て直さなくてはなりませんから」


カミーユは腰を上げ、精悍な目つきで彼女を見つめた。


「では、不詳ながら老兵として、策を巡らせて貰いましょう」


「ええ、期待していますね。元帥様」


エレネアは意趣返しと言わんばかりに、カミーユが未来手にするであろう階級で呼んだ。


「いやはや、責任重大だ」


彼がわざとらしく呟いたその時、音も無く部屋の扉が開いた。

空気が一変し、氷のように冷たい外気が彼の胸を貫いた。


「……っ」


数多の戦場に立ったカミーユの勘が、それが殺気であると警鐘を鳴らしていた。


()()は済んだようだな」


部屋に入って来たのは、ニールだった。

歴戦の将校である彼ですら、ニールが絶え間なく放つ殺気と存在感に気押されていた。


「ニール様、お待ちしていましたよ」


脂汗を流すカミーユに対し、エレネアは至って平静に、明るい声音で返事をしていた。

カミーユは改めて確信する。彼女は傑物だと。


「革命後に首都を取り返しに来る前線軍なら、俺一人で充分だ」


彼は出会い頭にそう答えた。


「君ひとりで8万の軍勢を(たお)せると?」


カミーユは少し困惑していた。

だが、彼の存在感を前に少し納得していた。


「正規軍2万を殺害し、徴兵された奴らを戦闘不能にした上でな」


氷のように冷淡な口調で、彼は言い切った。


「ええ、ではそのように」


エレネアもまた、ニールにたじろぐ事なく、無機質に答えた。



グレイヴソーンの高級宿屋内を進んでいた。その足取りは重く、一歩踏み出す度にあの日の惨劇が蘇った。


「……」


繰り返すフラッシュバックを前に、嫌な考えが頭をよぎる。

どうしてこんな思いをしなきゃならない。どうして俺だけが。

俺は、あいつを殺せば良かったんじゃないか。


と、やり場のない殺意が心の中で巡っていた。


「どうしたです?」


部屋に入る直前、カゴ一杯の串焼きを抱えたヴィオラと鉢合わせた。


「……俺の両親を殺したのは、泰遼だった」


「殺したですか?」


明るい声音で尋ねる俺は絶句した。

彼女の言葉が、あまりに俺の価値観と噛み合わなかったからだ。


「……殺さなかったさ」


ヴィオラは首を傾げた。


「どうして殺さなかったです?クリフ、辛そうです」


彼女の言葉が胸に刺さる。


「……俺の信条に合わなかった。それに、神みたいに裁くのはうんざりだ」


その言葉に対し、ヴィオラは俺の瞳を覗いて来た。


「それはクリフの気持ちですか?」


ヒトとは思えない程に大きく開いた瞳孔が、俺の反応を待っていた。


「……どうしてそう思う」


「クリフが笑ってないからです。どうして、神みたいに殺すのは駄目ですか?」


ヴィオラは、核心的な事を尋ねた。


「どうしてって……人を殺す事の可否から始めさせる気か?」


彼女は頷いた。


「アリを遊んで殺す子供は死ぬべきです?」


続けて、彼女は持っていた串焼きを手に取り、木串ごと齧った。


「肉を育てて、殺す酪農家は地獄に落ちるです?」


俺は思わず顔を顰める。


「そういう話じゃないだろう」


「そういう話です」


ヴィオラは鋭く遮った。


「神にとっての人間は、人間にとってのアリです」


彼女は人差し指を立てた。


「神が人を殺すのは、そういうことです」


一瞬、ヴィオラの姿とチペワが重なった。


「ヴィオラが神になれたら、沢山の肉を食べるです。嫌いな人も、沢山殺すですよ」


「お前がされて嫌なことをするんじゃねえ。それだけは許さないぞ」


保護者としての意見だった。


「人だからですか?クリフは神です」


ヴィオラは顔を顰め、目に見えて不機嫌になっていた。


「違う」


「ヴィオラはヴィオラです。シルヴィアは竜人です」


「ああそうかよ。ならエルよりもずっとマシな神として生きてやるさ」


俺もまた、彼女の物言いに苛立っていた。

そこに教育者、保護者としての面影は、多分無かった。


ヴィオラは串焼きをその場に落とし、俺の胸を指先で触れた。


「クリフは、奴隷になりたいです?」


ヴィオラは俺のことを案じていた。


「……」


「クリフは好きです。でも、やりたくないことをするのはやめるです」


表情の起伏が少ない彼女が珍しく微笑んだ。


「最悪な神でも、クリフが苦しむよりは良いです」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ