136話「俺がやった」
海岸線に建てられたその場所は、グレイヴソーンで最も優れた料亭だった。
壁の一部が大きく吹き抜けており、海が一望できた。吹き抜けを進むと中庭が存在しており、庭では熟練の料理人が、肉や魚を真剣な面持ちで焼き上げていた。
「はは……これは良いな」
豪快に焼かれたスペアリブの骨を掴み、そのまま齧った。
ケルス、ニコライ、アンセルム、ニベルコル。
そしてエレネア。
国を背負う者達との会談を繰り返し続けた俺のメンタルは、ある意味で仕上がっていた。
「北方の料理は飽いた頃合いと思っていた。貴公の舌に合ったようで何よりだ」
泰遼は、瞬く間に口調を崩していた。
無作法なのではなく、短いやり取りの内に対応してみせていた。
「実際、シンプルな味付けは好きだよ」
村を焼かれた時の光景を思い出していた。
俺は今、両親を殺した種族とメシを共にしている。
「……で。結局どうなんだ?察しは付いてるけどな」
俺は綺麗に食べ終えた骨を皿に移し、次のスペアリブを手に取った。
泰遼もまた、スペアリブを手に取った。
「無理だな。頼みひとつで止まるなら戦争などしていない」
俺は骨ごとスペアリブ噛み砕いた。
「……そうなるよな」
泰遼はひと口で肉を骨から剥がして食べた。
「ヴィリングやアイゾーン様が本格的に関与しなければ、どうしようもないだろう」
俺は焼いたバナナをフォークで刺し、口に運んだ。
「……もっともだよ」
一瞬、こんなにも訳の分からない指示を飛ばしたケルスを恨んだ。
もっとマシな出立理由は無かったのかと。
「この国はどうだ?」
しばらく続いた沈黙を、泰遼が破った。
「竜の尻尾が生える前の頃だ。アウレア人の両親を殺されてな。少し偏見があるんだ」
蜂蜜酒を手に取り、口に含む。
柔らかな甘味が、口の中に広がった。
「けど今は分からないな……だが、また来ても良い。それくらいには思ってるよ」
海岸線を眺めながら呟いた。
「最上級の褒め言葉と受け取っておこう」
泰遼はブランデーを片手に微笑んだ。
「私には夢がある」
彼は突然呟き、ブランデーをあおった。
「我が泰家の振興を、そしてハース全土を豊かな国にすると」
俺は少し眉を顰めた。
「豊かじゃないと?アウレアやセジェスが嫉妬するぞ?」
俺は苦笑した。
「アイゾーン様があのような大都市を、無償で建てさせれた理由を知っているか?」
思わず顔を顰める。嫌な回答を強いられそうだったからだ。
「神だからだろ?」
「いいや違う。大陸そのものに加護を受けているのだ」
泰遼が手を叩くと、料理人が新たな料理を運んで来た。だが、それは異様な程に大きな果実だった。
「……なんだこれ」
緋色の果肉を持つそれは、俺の腰ほどの大きさを誇っていた。
「作物の異常成長、そして雪国を温暖な気候に変えてみせた。それがアイゾーン様の贈り物……いいや枷と言うべきだろう」
泰遼は、カットされたその果物を手に取った。
「でなければ、ダライアスのようにオーガが巨人に成長する事はない。この供給が無ければ、南部に住む多くの者が餓死してしまう」
彼は悩ましげにため息を吐いた。
「更にはだ。南部でダライアスのような男は珍しくない。というよりは、多い方だ」
「……冗談だろ?」
俺は蜂蜜酒を飲み干した。
「対話よりも暴行と殺人で解決する方が高潔だとされている。戦時中に苛烈な事をするのは、大体南部の者達だ」
「俺の時は茶色い肌がやってたが」
泰遼は少し思案していた。
「20年前だな?確かに、あの時は大変だった。南部の奴らが暴走していてな、協力関係が崩れてしまう為、付き合ったのだろうよ」
「……雑軍の嫌なとこだな」
泰遼はグラスを置いた。
「まさにそれだ。ハースという国は、巨大な雑軍と言える。15年かけて各地を粛清して回ったが、実際はいつ内戦が起きてもおかしくはない」
俺は泰遼の会話の意図を察した。
「なるほどな。それでアウレア侵攻をやめれない訳か……」
「ハースを統べる豪王も民意には勝てんよ」
彼は自虐的に笑い、俺は苦笑した。
「ところで、その20年前に俺の故郷を焼いた将軍に心当たりは無いか?従軍してたなら話は早い」
泰遼は目を細めた。
「手掛かりはあるか?」
俺は前もって用意していた布の切れ端を、テーブルに置いた。
「瓦礫に潰れて動けない俺に、これの上に食糧を置いて立ち去った」
泰遼は大きく目を見開き、固まっていた。
彼は暫く考え込んだ後、俺の目を覗き込んだ。
「姉の首を汚さないのにも使っただろう」
その言葉に、心臓が跳ねた。
最悪の予想がよぎった。
「……おい」
「ああ……俺がやった」
泰遼は濁す事なく、きっぱりと言い切った。
「……そうか」
俺は席を立つと、無意識に身体を変形させていた。
全身が鱗に覆われ、頭は竜へと変形した。
体格も3倍近くに伸び、泰遼を見下ろす程に大きくなっていた。
俺はその場から跳躍し、テーブル上の食器を倒しながら、泰遼に飛び掛かった。
彼の首を掴み、軽々と持ち上げた。
「言い訳をしろ……今すぐにだ……」
顎から滴った涎がテーブルを溶かし、獣のように唸った。
今すぐに首を捩じ切ってやりたかった。
「言い訳などない。先程話した事が、全てだ」
俺は泰遼をテーブルへ思い切り投げつける。
彼は軽い身のこなしで着地し、テーブルを踏み砕いた。
両親の顔が思い浮かぶ。
平和に羊を追っていたあの牧歌的な生活が、再び頭に焼き付いた。
こいつが、この男が。俺の人生を最初に壊した。
「ご無事ですか!!?」
会食上の扉が開き、近衛兵達が入ってくる。
「下がれ」
しかし、泰遼がそれを制止した。
「しかし……」
「二度は言わないぞ」
泰遼は冷え切った声で答えると、近衛兵達は戸惑いながら扉を閉めた。
「軍人としてすべき事をしたまでだ。弁明などあるものか」
泰遼の言葉は、俺がジレーザでレナートに向けて放った言葉と同じものだった。
微かに残った理性が、俺の衝動を繋ぎ止める。
「女子供も焼いて戦果を誇る事がか!!」
俺は彼を糾弾する理由を思い返し、テーブルを踏み潰しながら彼に近付く。
激しい怒りの中で何故か、道理の押し付け合いに勝てない予感がしていた。
「如何なるものでも、戦果は喜び、誇るべきものだ。もし、それをひと時でも悔いれば、我らは畜生にも劣る者に成り下がるだろう」
彼は誰よりも真っ直ぐな眼差しで俺を見つめた。その瞬間、感じさせられた。この男も豪国の人間なのだと。
「正気で武器を握っているつもりか?」
泰遼は頷いた。
「豪国の男として、何ら恥いる真似をした覚えはない」
彼は臆する事なく、毅然と答えた。
俺は変身を解いた。
再び椅子に腰掛け、ぐったりともたれた。
「……強いんだな」
泰遼が、ダライアスやクレイグのような男だったら気兼ねなく殺せていた。
しかし俺は、彼の夢を聞いた。
怒りに任せて殺そうと気は晴れないのは確実で、後で嫌な気持ちがついて回るだろう。
「俺がアウレアのガキって気付いてたか?だから、俺に夢を話したんだろ?」
俺はアウレア人に変身し、髪を黒く、瞳を緑に染めた。俺の心は、彼を殺す動機を探すほどに疲弊していた。
「弁明はしない。罰を望むのなら、甘んじて受けよう」
片膝を着き、頭を差し出す彼に言葉を失った。
「やめてくれ……俺は神になりたい訳じゃない」
息を整え、泰遼を見つめ直した。
「俺は……誰も裁かない」




