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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
4章.武豪の国
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135話「俺がやった」

「テルツナを旅に同行させてちょうだい?」


俺が即答で断った筈の頼みは、これだった。

不夜城に少し滞在し、逃げようとした俺達だったが、ヴィオラが餌付けされてしまった。


アイゾーンとあの子が手を繋いで歩き始めてから、俺は折れてしまった。

紆余曲折(うよきょくせつ)あって数週間、テルツナは皆と馴染んでいた。

__俺を除いて。


「テルツナ、肩車です」


ヴィオラは両手を広げて待っていた。


「ああ、頼まれた」


彼は快くヴィオラを抱えると、そのまま肩車を始めた。


「肩車なら俺でも……」


軽い嫉妬からそう名乗り出ようとした時、シルヴィアが顔を赤くしながら両手を広げており、メイシュガルは子供の姿に変態していた。


「……分かったよ」


二人が2歳児と4歳児だった事を失念していた。

俺はシルヴィアを肩車し、メイシュガルを胸に抱えた。

二人が降ろした荷物を、マレーナが拾って背中に乗せていた。


「シガルみたいに縮めないのか?」


「無理」


小柄だった頃のシルヴィアを思い返す。

あの頃も可愛かった。

そんな思い出を馳せるも、彼女に頭を叩かれた事で思い出すのをやめた。


「便利だろ、教わったらどうだ?」


シルヴィアに尋ねながら、俺は腕の鱗と尻尾を消してみせた。


「俺もシガルに教わってな。少し練習してみた。上手いだろ?」


シルヴィアに自慢する。


「……うん」


彼女は元気が無さそうに答えた。


「シルヴィも出来るよ。肉体を魂の器みたいに考えて、魂を入れる器を粘土みたいに()ねてみるんだ」


メイシュガルは気さくに声を掛けると、シルヴィアは後転し、俺の肩から降りた。


「どうした?」


彼女らしくない反応だった。


「メイに譲ってあげる」


「そんなのじゃないだろ?言ってみろよ」


俺は語気を和らげ、彼女に尋ねた。


「いいから」


シルヴィアは少し嫌そうに答えた。

俺はそれ以上追求出来ずに、メイシュガルを肩に乗せた。


「おお、グレイヴソーンが見えて来たな」


と、テルツナは呟いた。


「観光するです?」


「ああ。この忌々しい角を……こうか?」


俺は身体のイメージを組み替える。

枝分かれした角を、狼の耳へと作り変えた。

これで俺も名実共にヴィリング市民だ。


「上手だよ父さん」


「そうか……」


思わず頰が緩んだ。

どう付き合えば良いのかは分からなかった。

歪な親子関係だとも思う。

しかし、実の息子から貰った何気ない賞賛は、ただただ嬉しかった。



不夜城を出る前、俺は睡眠中に自分の魂の中に居た。

メイシュガルに教わった形態変化を試しながら、ひとりでただ練習していた。

隣には、彼女が居た。


「母さんが居なくなって、オヤジはここに来なくなった。多分、ルナブラムにキレてるんだろうな」


ヴィリングで住んでいた自宅のリビングで、自身の鱗を変形させる為に試行錯誤していた。


「俺だって、もう一度あいつが出て来たら切り掛かるかもしれない」


俺は、彼女に話し続けていた。


__お前の姉だろ?


「バカ言うなよ、仮に姉さんだったとしても、許せないよ。あいつは、エルトラとアキムが死ぬ結果を仕組んだんだ。どんな理由でも容赦しない」


__そうだけどさ


彼女は俺の肩を叩き、寂しそうに呟いた。


「……オヤジにお前とエルトラを見せたかったよ。きっと、誰よりも喜んでくれた筈だ」


__私のせいだ。自分とあの子を守れなかったから


俺は魔法の操作をやめ、彼女に両手を向けて制した。


「待ってくれ、アレは俺の責任だ。もっと早く、助けに来れた筈だった……あと、数秒足りなかった」


その時、彼女が爆散し、死んだ時の記憶を思い返す。

今でも鮮明に覚えている、あの別れの言葉。


ありがとう。


奇しくもアキムと同じ言葉だったそれは、俺の脳裏に強く焼き付いていた。

そんな時、ひとつ嫌な考えがよぎった。


「なあマレーナ。本当は居ないんだろ?」


それは既視感だった。

ジレーザでシルヴィアの首が落ちた時と、同じ予感がした。

今の彼女は、現実に耐えられなかった俺の妄想ではないかと……そんな最悪の考えが、頭から離れなかった。


「……そうなんだろ?」


彼女は黙ったままだった。

俺は言葉にできない怒りを感じた。


子供たちが居るのにも関わらず、こんなにも情けない妄想をしてしまった事実に。


「……」


しかし突然、マレーナは俺にもたれかかり、俺の手に指を絡ませた。

彼女の手は、温かった。


「……ここに居るよ」


目頭が熱くなった。

思わず顔を伏せた時、彼女は俺を抱きしめた。


「まったく、寂しがりやだよな」


ため息混じりに呟く彼女の声音は、言葉とは裏腹に嬉しげだった。



検問を抜け、グレイヴソーン家の領地に着いた。

北方とはまるで違う文化様式が根付いたそこには、緑色の肌をしたオーガ達が街を行き交っていた。

殆どの者が何かしらの武器を携帯して歩いており、北方から得た交易品が、さまざまな出店に陳列されていた。


「……治安はどうなんだ?」


事務的な口調で、テルツナに尋ねた。


「大通りならば。路地裏はお勧め出来ないな。盗られたなら自己解決が基本だ」


彼は自身の荷物とカタナをきつく握り締めていた。


「分かりやすいな……結構だ」


俺はメイシュガルと手を繋いだまま、街を眺めた。

石と漆喰で構成されたその街は、これまで見た国々で最も文明水準が低かった。

しかし、街の活気は他を寄せ付けない程に強く、ヴィリングやカウムディーとは対極的な街の雰囲気を放っていた。


目を離すと、ヴィオラが露店に向かって歩いていた。


「肉が沢山です」


彼女が軽い足取りで向かったその時、地面が揺れた。


「何だ?」


俺は咄嗟にヴィオラの手を取り、彼女を引き留めた。

遠方には、緑の肌をした巨人が、こちらに向かって歩いて来ていた。


「グレイヴソーンの当主、ダライアス殿だな」


テルツナは呟いた。

ゆっくりと迫って来る巨人に、シルヴィアは首を傾げた。


「……こっちに用があるのかな?」


「おうとも、てめぇらにも声を掛けとこうと思ってな」


突然、背後から声を掛けられた。

聞き覚えのある声だった。


「……クレイグ」


間違いなく、ケテウスの次に会いたくない相手だった。


「なんでてめえが来てやがる」


俺は咄嗟に剣を手に掛けた。

だが次の瞬間、俺の右手首が滑り落ちた。


それは、認知さえ出来なかった。

かつてない程の身の危険を感じ、即座に権能を呼び起こした。


〈__繋星(ウォルンタース)


「試しただけだ、落ち着けよ」


クレイグは、そばに居たヴィオラを指差していた。それは、いつでも彼女を殺せると暗喩(あんゆ)していた。


「何がしたい……!」


仮想性弾核(クロノテュケス)』を起動し、いつでもクレイグを吹き飛ばせる状態にしていた。

しかし、俺の手首を切り落とした仕掛けが分からなかった。


「俺と本気で戦うんだ。いきなりこれで死なれたら忍びねぇだろ?」


彼が楽しげに笑っていると、巨人がこちらの側にまで来ていた。


「ほう、この男が……」


ダライアスは、俺を値踏みするように凝視していた。


「おっと、コイツとやりてぇなら先に俺が相手するぜ?」


そう遮るクレイグに、ダライアスは豪快に笑った。


「残った方とやらせてもらおうか!!」


俺を差し置いて始まった談議に、思わず顔を顰める。


「……で、何の用だ」


切り落とされた右拳を拾い、押し付けて接合した。


「おお、そうだった」


クレイグは俺に向き直り、手を叩いた。


「俺は故郷の渡津海に帰る。そして、親父殿と徒党を組み、この星全てを焼き払うつもりだ」


今後の展望を楽しげに語るクレイグに、ケテウスを幻視した。

それと同時に、あの時エレネアが焦っていた理由もハッキリした。恐らく、俺と姉のせいでコイツの予定はかなり前倒しになっている。


「お前もかよ__」


クレイグに苦言を呈そうとした時、テルツナが俺の前に立った。

そして彼は、腰に差した刀を握り締めた。


「おお、碧雲(あおぐも)のお坊じゃねえか」


渡津海狩狗(わだつうみかりく)とお見受け致す……碧雲の嫡男として、そのような凶行は見逃せないな」


恐らく、勝てる相手ではないとテルツナも分かっていた。

しかし、彼は恐れる事なくカタナを抜こうとした。


「ほぉ……?」


クレイグは顎に手を当て、思案していた。

その時、彼の目線から殺気が漏れた気がした。

恐らく、俺にしか見えていないそれは、糸のようにテルツナへと伸びている。

そう錯覚した。


「そうかよ!!」


俺は勢い良く剣を振り抜き、テルツナの前方を遮る形で振り払った。

次の瞬間、甲高い金属の音が響く。

手元には、刀と打ち合った時の感触だけが残った。


「二度あれば見切れるか!!」


クレイグは嬉しくて堪らないようだった。


「馬鹿野郎、ただの勘だよ」


事実として、俺の手首には大きな切れ目が入っていた。


「……次は対処してやる」


そう呟いて、手首の傷を癒した。

続けざまに、テルツナの顎を柄で殴った。


「出しゃばるな、死にたいのか」


彼は膝から崩れ落ち、俺は片手で彼を受け止めた。


「安心しろよ。お前以外を狙う気なんざねぇよ……じゃあ、暁国でやろうぜ」


クレイグはそう言って踵を返した。

彼の側に居たダライアスは、シルヴィアを指差した。


「じゃあ俺はお前だな」


「……あ?」


シルヴィアは静かに怒っていた。目だけで殺してしまいそうなほどに、瞳が血走っていた。


「そっか、楽しみにしとく」


そんな彼女の反応に満足した彼もまた、クレイグに続いて踵を返した。


「待て」


そんな時、人だかりの中から漢服のオーガが彼を呼び止めた。

泰遼だった。


「なんだよ、堅苦しいのは抜きじゃねえか?」


へらへらと笑うダライアスを、泰遼は冷淡に見つめていた。


「後継者を指名してから失せろ。貴様に、豪国の土地を踏む価値はない」


ダライアスは面倒そうに顔を顰めた。


「……ったく、お前も戦争に来いよ!楽しいぞ!!」


「論外だ」


即答だった。

ダライアスは気怠そうに、頭に被っていた王冠を投げ捨てた。

建物ほどの大きさがあるそれは、石畳に勢い良く突き刺さり、僅かに破片と土煙を巻き起こした。


「ああそうかよ」


彼がそう呟くと、巨大な転移門が生じた。

クレイグ達は転移門を抜け、ダライアスも遅れて潜った。


「面倒ごとを……」


転移門が消えた後、泰遼は呟いた。

そして彼は地面に突き刺さった王冠を軽々と持ち上げると、俺に向き直った。


「申し遅れた。我が名は泰遼。ハースの豪王である」

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