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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
4章.武豪の国
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132話「あたしのなのに」

メイシュガルに微笑んだ直後、クリフはオムニアントを刀に変形させた。


「超域魔法開廷、一番、四番」


クリフの瞳と剣が眩い光を放つ。


〈__仮想性弾核(クロノテュケス)


〈__栲幡氷室〉


「よくもやってくれたな。俺の家族を……!」


彼は全身から真っ黒な殺意を滲ませていた。

間髪入れずに奥義を込め、居合術の構えを取る。


〈__天命裁断〉


抜刀の過程を捨て、既に刀は振り切られていた。次の瞬間、山を越す程の巨人達が輪切りにされた。

雲海に現れていた巨人達は一つ残らず瓦解してしまった。


「___!!」


魔猿達は甲高い鳴き声を上げ、クリフを指差した。


「喚くんじゃねえよ!!」


オムニアントを再び変形させ、黄金の火を纏った長弓の形を取らせた。

そして炎を固めた矢を番え、放つ。


〈__落星(ボエブス)


頭冠の付いていた魔猿達の胸に穴が空いた。

仮想性弾核(クロノテュケス)』の効果により、発射の過程を無視し、当たった結果のみが残されていた。


「「「__!!」」」


魔猿達は胸の穴から燃え盛る炎を屈曲させようと手を伸ばすが、触れる寸前に手が蒸発した。


オリジナルのように皮を脱ぎ去るも、骨に燃え移った炎が、一瞬で彼らを骨格ごと焼却してみせた。


「分体もやらなきゃダメだ。魂が宿る……」


メイシュガルはクリフの側で力なく呟いた。


「問題ない」


遅れて、頭冠の無い魔猿の胸にも穴が空き、黄金の炎が燃え盛った。

斉天大聖達は、あまりにも呆気なく壊滅した。


クリフは空中を歩きながら、メイシュガルを力強く抱き締めた。


「無事で良かった……」


クリフは切実にそう呟いた。

しかし、メイシュガルの表情は暗かった。


「なんで母さんは助けてくれなかったの?」


沈み切った声音で、責めるように尋ねた。


「二人で話して、それが最善だと思ったからだ……後悔してるよ」


そう答えたクリフを、メイシュガルは突き飛ばした。


「俺にとって、母さんが全部だった!!あなたは、お前はっ、気取ったって僕の父さんになんてなれないんだよ!!」


メイシュガルは憔悴しきった様子で叫んだ。

彼は大粒の涙を流し、魔力で作った足場にへたり込んだ。


「母さんを……返してよ……」


クリフはメイシュガルの肩に触れた。


「メイ……」


「触らないで……父さんじゃないのに」


クリフは目を瞑り、意を決して彼の目を見た。


「俺がお前の父親だったんだ」


「え……」


メイシュガルは目を白黒させた。

嘘だと疑う。しかし、クリフは目を逸らさなかった。


「事実だ」


ウシュムガルが羽ばたきながら、二人の元に辿り着く。


「バベルが俺の肉片を使って、精原細胞を作ったそうだ」


メイシュガルは、クリフを見上げた。


「どうしたら良いの?」


彼は困惑しきっていた。


「俺だって分からない。けど、父親として頑張らせてくれ」


クリフは片膝を着き、再びメイシュガルを強く抱き締めた。


「うん……その。父さん、よろしく」


メイシュガルは涙ながらに答えた。

クリフの脳裏には、エルトラの姿が思い浮かんでいた。

けれど、重ねる事は決してしなかった。


「ああ、よろしくな。シガル」


クリフは、ソフィヤに頼まれていた愛称で彼の名を呼んだ。



霊寂院では、驚異的な速度で武装解除が行われていた。

戦術的な側面で見れば、院内に居た過半数の僧兵を、広場に向かわせたのが問題だった。


現段階で残った戦力は1割にも満たなかった。

そして斉天大聖の居なくなった本堂では、僧正と一部の高僧が立てこもっていた。


「こんな馬鹿な事があるか……!!」


流血は一度も起きなかった。矢を射る音も、剣が交差する音すらも鳴らない。

悲鳴すらもなく、無数の僧兵がひしめいていた霊寂院が陥落しようとしていた。


ただの呼びかけ一つで。


「もう潮時です、僧正……神事に仕えるものとして、ご決断を」


高僧の一人が僧正を呼んだ。

しかし、突然僧正が高僧に短刀を突き立てた。


「私に死ねと!!?この聖道玄威にか!!」


彼は激昂し、周囲の高僧を萎縮させた。


「他に何ができると……?」


刺された高僧は、血の塊を吐くと、その場に倒れ伏した。


僧正は不気味に笑った。


「この世に生を受けて六十年……口先ひとつでこの地位にまで昇ったのだぞ?」


血で濡れた法衣とナイフを手にしたまま、本堂の入り口へと近付いた。

両開きの重厚な扉を押し、狂熱的な笑みを浮かべていた。


彼が本堂から出ると、既に入り口前の階段に僧兵と明景が集まっていた。


「玄威様、みなは既に降伏しております。ご決断を」


明景が降伏を促すも、僧正の目は血走っていた。


「私を誰と心得る!大僧正、聖道玄威であるぞ!!私の言葉は神の言葉!!何故あのような僭称者(せんしょうしゃ)たちを信じている!!?」


僧正は、気が触れてしまっていた。

血に濡れた両腕を広げ、狂気的な笑みを浮かべていた。


「私が、私こそが法なのだ!!聖典にも載らぬ竜人を信じ、霊寂の言葉を信じぬ事の何と浅ましき事よ!!」


次の瞬間、山が揺れ始めた。


「見よ!我が信仰によって天地が怒っている!!!」


明景は、何かに気付いた様子で僧兵達を諌めた。


「下がって下さい」


そう言って階段から離れた瞬間、本堂に巨大な岩の拳が降って来た。

轟音と共に僧正と建物は呆気なく押し潰され、土煙が明景達の元へ吹き込んだ。


「……アルテス様」


明景は、それがクリフの起こした事だと感じ取った。

彼はその場で正座をし、自らの崇める神へと祈った。


神を信じるな、教えを信じろ。

授けられた教えを胸に、彼は経を唱えた。



一晩が過ぎた後、参道の途中で麦わら帽子の少女が墨と筆を用い、唐紙の掛け軸に絵を描いていた。

活気付いた街の風景。竜人の来訪によって、霊寂院が新たな道を進む。

その中心には、明景が描かれていた。


「……ようトロヌス。随分と景気の良い絵を描いてるじゃねえか。油彩画は飽きたか?」


黒色に波の紋様が描かれた和装に身を包んだ男が、腕を組んで少女の後ろに立っていた。


「技法に拘りはないよ。時が来れば写真家になるつもりだ」


彼女は筆を止め、和装の男に振り向いた。


「絵を見るに、霊岱は平穏になったようだな。良い事じゃねぇか」


彼は刀の柄に手を乗せた。


「狩狗、無為に命を奪うのかな」


糾弾ではなく、質問だった。


「まぁ……いつかはな。今じゃねぇよ」


クレイグは顎に手を当て、今後の予定を数えていた。


「歴史が大きく動きそうだね」


クレイグはトロヌスを指差した。


「確かにな。俺の遊びが予定通り進めば、文明の幾つかは消えるだろうよ」


トロヌスは再び筆を取る。

彼女の指先から砂状のナノマシンが這い回り、筆に巻き付くと、彼女は筆の墨を足す事なく、高速で手を動かし始めた。

鮮やかで精密な所作を早送りにしたようなその動きは、あまりに異質だった。


「なら、私の出番だ」


街の景色のディテールの密度は凄まじく、写実的な光景を描いていながら、そこに暮らす人々の絵は柔らかく、確かなストーリーを感じさせるものだった。

複雑で、複数のテーマが混じっているにも関わらず、それらの要素が完璧に調和していた。

彼女は10秒足らずで見事な風景画を描いてみせた。


「お見事。画家どもがてめえの画才を見たら嫉妬するだろうな」


トロヌスは自身の額をつついた。


「画家達の学習データを基に、決まったロジックで書いているだけだ。技ではないよ。所詮は機械が得意な、まねごとだ」


クレイグは鼻で笑った。


「いいや技だな。てめぇのそれは、学習を終え、開拓する側へと踏み込みつつある。学習速度や労力の可否が神聖視されるなんてのは、できねえクソ共の負け惜しみだ」


彼はそう言ってトロヌスの絵を眺めた。


「相変わらず過激だ。ウロボロスを再結成するのかな?」


「いいや、旧友共を当たってるだけだ。てめぇを抜いたら、後はライオネルで全員揃うぜ」


トロヌスは絵画を手に取り、画材を砂状のナノマシンへと戻し、身体に吸い寄せた。


「剣は取らないよ。私は記録者だ」


「構わねえよ。祭りは、ギャラリーが居てこそだ」


クレイグは転移門を召喚し、そのまま潜った。


「違いないね。君の悪徳を、私は記録しよう」


トロヌスもまた、彼に続いて門を潜った。

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