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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
4章.武豪の国
141/159

131話「あたしのなのに」


「あたしが来たよ!!」


ネクロドールを踏み台にし、シルヴィアが先行する。

戦場に合流した彼女は、右拳を空に突き出した。


〈__黒減(ニグリ)


漆黒の波動が溢れ出すと、空一帯を覆い尽くした。

波動に触れた無数の瓦礫はまるで幻だったかのように崩れ去り、元の力ない石片として地上へと落ちていった。


「シルヴィア!!」


メイシュガルが振り向く。

しかし、斉天大聖の群れは依然として存在し続けていた。


陰竜(あんりゅう)の力を扱うか……貴様は何だ」


斉天大聖の一人が、ひたいに円環を浮かべ、再び超域魔法を起こした。


「シルヴィア!能力は物質の塑性(そせい)!本体はひとつ!でも好きに入れ替わってる!!」


メイシュガルが簡潔に説明した。


「オーケー」


シルヴィアは、腰に下げていた一対の剣を引き抜いた。


「出番だよ」


片方の刃は潰れ、もう一方は眩い光を放つ程に鋭利だった。

銘を、ティモスとイーラ。

シルヴィアは潰れた刃を持つティモスを、斉天大聖へと投げた。

次の瞬間、彼女の持っていたイーラが震え始め、彼女ごとティモスに向かって引っ張られた。


「全員やれば良いんだよね?」


〈__白加(アルブス)


次の瞬間、シルヴィアの全身が光に包まれ、彼女の時間が加速した。

瞬間移動にも等しい速度で、斉天大聖へと肉薄した。

ティモスが斉天大聖の頭を打ち砕き、彼女は投げたティモスを手に取る。


「よかった、得意分野だ」


自分だけの時間を駆けながら、鈍い刃を斉天大聖の頭に叩き付けた。

回避すら許さずに直撃し、斉天大聖の頭が腹部にまでひしゃげた。


〈__黒減(ニグリ)


シルヴィアは刀身から黒色の波動を放つ。

しかし、真隣に居た斉天大聖に光の頭冠が移った。


「「「「魂の流れまで阻めるものか!」」」」


斉天大聖たちは、シルヴィアを取り囲む。

鉄棒を構え、先端を無数に分裂させながらシルヴィアへ伸ばした。

剣山のように枝分かれした鉄棒が彼女を取り囲み、勢い良く押し潰した。


しかし次の瞬間、無数の軌跡が鉄棒に走り、彼女を取り囲む鉄棒はおろか、斉天大聖達は千々に切り裂かれていた。


「まだ遅い」


その場に居た誰にも認知出来ない速度で、ヴィオラの側に立っていた。

だが彼女の面持ちは暗かった。


「こんなのじゃ、追いつけないよ」


言葉の意図は、クリフへの羨望だった。


「ヴィオラ、ハンマー構えて」


彼女は槌を正面に突き出した。


「分かっ__」


次の瞬間、シルヴィアが光に包まれた。

軌跡すら残さずに山に集まっていた斉天大聖が空に打ち上げられる。

そして次々とヴィオラの構えた槌に向かって吹き飛ばされた。

午前13時の盆栽は、獲物が来ると理解すると、巨大な口を裂けんばかりに開いた。


「__たです」


ヴィオラが台詞を言い切った時には既に、全ての斉天大聖が槌に放り込まれていた。

体積や質量を完全に無視し、全ての斉天大聖を吸い込んだ槌は、勢い良く口を閉じ、口を閉じたまま咀嚼し始めた。


『JACKPOT!!!』


槌が甲高い女性の声で叫び、数倍の大きさに膨れ上がった。


「おお、凄いです」


そして次の瞬間、ヴィオラを引き摺るように空を飛んだ。

そして、増殖を続ける斉天大聖の群れに向かって突撃し始めた。

まるで芝を刈るように次々と飲み込み、山肌や彼の繰り出す鉄棒をお構いなしに削り取っていた。


シルヴィアはウシュムガルの背に着地し、メイシュガルの居る方向へと振り向いた。


「……メイ君!!」


メイシュガルは空中を蹴り、シルヴィアの真隣に着地した。


「分かってる」


メイシュガルは、再び弓を構えた。


そしてその背後には、ネクロドールが二人の肩を掴んだ。


「お姉ちゃん、力を貸して」


彼女が呟き手のひらを正面にと、テレシアの幻影がシルヴィアの隣に現れた。


「任せて」


テレシアは優しく微笑みかけた。

二人は静かに片手を前に差し出した。

手を重ね合わせ、その上に漆黒の魔力が収束し始めた。


「今はこれが限界……だけどさ!!」


収束し、寄り集まった魔力は、漆黒の光を放っていた。

矢のような形をとったそれは、夜空を練り固めたかのようだった。


「外しはしない……!」


メイシュガルは二人の作った矢を取り、番えた。


「狙いはワシか」


頭冠の付いた斉天大聖が、空中に浮かび、メイシュガル達を見下ろしていた。


〈__覇天〉


無数の分体でヴィオラを引きつけながら、彼は拳を天に振り上げた。


「我が名を斉天大聖。天にも等しき魔猿なれば」


空が、歪んだ。

紙の折り目のような歪みは、次第に輪郭を持ち、巨大なヒトの上半身へと形を変えた。


「神の使いが何するものぞ、万象一切我が手中にィ!在り!!」


巨大なヒトの上半身が、メイシュガルへと拳を振り下ろした。

曖昧な輪郭を持つ筈のそれは、山の如き架空の質量を持って振り下ろされた。


轟音、暴風。それらが迫る中で、メイシュガルは鮮やかな所作で弓を狙い澄ました。


「穿て」


メイシュガルの指から弦が離れ、続けて矢が弦から離れた。


瞬間、世界に黒い亀裂が入った。


〈__(グノーシス)


それはルナブラムの権能、その片鱗だった。

軸線上に存在していた全ての魔法を打ち消し、停滞を超えた何かへと導いていく。


巨人の身体が砂のように崩れ落ち、その懐に居た斉天大聖へ矢が直撃した。


「魂が……!」


斉天大聖はひどく怯えた声音で呟いた。

矢を起点に黒色の波動が生じ、一瞬で彼の肉体を灰へと作り変え、巨人が霧散した。

百を超える斉天大聖の分体が膝から崩れ落ち、一部は山から転落していた。


「やった……!」


シルヴィアはその場で尻もちをつき、大きく息を吐いた。


『終わり終わり終わり終わり』


午前13時の盆栽が叫ぶと、元のサイズに縮み、ヴィオラは山の上で転んだ。


「……逃げるぞ!!!」


ウシュムガルは何かに気付いた様子で突然速度を上げ、ヴィオラの元に向かった。


「どうしたのです?」


彼の突飛な行動に、ヴィオラは首を傾げた。

その直後だった。

魂を失った筈の斉天大聖達が一斉に起き上がった。


「まさか……」


メイシュガルが顔を青くして呟く。


「ああ、アレは新たな命と判断された!!」


「新しい魂を貰ったの?」


シルヴィアは、声を震わせて尋ねた。


斉天大聖だった者達は赤子のように泣き喚きながら、ヴィオラに近付いた。

そして一斉に鉄棒を、爪を構えて彼女へ飛び掛かった。


「……っ!」


シルヴィアはウシュムガルから飛び立ち、魔法を起こそうと試みる。

しかし、全身が火傷を負うような感触が訪れた。


『お母さんの力を使ったんだよ!これ以上は身体が溶けちゃう!!』


テレシアが彼女の脳内で叫んだ。


「クソ!!手足に限定させれば良いんでしょ!!」


シルヴィアは右腕に銀色の魔力を纏わせた。


彼女は悔しかった。

父であるソルクスが、自身の数十倍同じ権能を行使しても消耗していなかった事に。

そしてクリフはそれに打ち勝ち、何の痛痒もなく同格の権能を行使していた事実。

己の力不足に。


〈__銀弾(シルヴァーバレット)


シルヴィアの右腕から弾かれた銀の奔流が、ヴィオラの前に集っていた斉天大聖達を轢き潰した。

シルヴィアの右腕が溶解し、赤い液体となって地面にこぼれ落ちた。


「あと……三発ある……!!」


彼女は痛みに震えながら、左腕に銀の魔力を込めた。

山の底から飛び上がってきた斉天大聖達が、二人に迫る。

しかし、テレシアの操るネクロドールが2人の前に立った。


『だから、無茶しないで!!』


ネクロドールは口腔から熱線を放ち、斉天大聖達を溶断する。

しかし、その程度で不死の魔猿達は止まらなかった。

多量の涎を垂らし、空腹と幼児性ゆえに血肉を求めていた。


遅れてウシュムガルが三人の元に着地した。


「乗れ!撤退するぞ!!」


ネクロドールが、ヴィオラとシルヴィアを抱えてウシュムガルへ飛び乗った。


「行ってくれ!!」


メイシュガルは叫び、矢を番えて斉天大聖を迎撃していた。

飛び去り際にウシュムガルはブレスを吐き、周囲を焼き払った。


しかし、雲海の底から尚も魔猿が現れ続けていた。

その数は数千を超えており、明らかに地上へ落下した数よりも多かった。


「もう超域魔法を覚えたんだ……」


メイシュガルが淡々と呟く。

雲海から上がって来る魔猿のうちの幾つかは、頭に頭冠を浮かべていた。


再び周囲の景色が歪み始め、山が、空が、雲が蠢き、間際に斉天大聖が呼んでいた巨人がそれぞれの材質で複数体出現した。

それら全てが一斉に、拳を振り上げた。


「嘘でしょ……?」


シルヴィアは呆然としていた。

ウシュムガルは速度を上げる。しかし、巨人達の拳が到達する速度の方が遥かに早かった。


「ウシュム。振り返らないで」


メイシュガルはそう呟くと、手のひらから黄金を精製し、シルヴィアの両脚に巻き付けた。


「メイ君!?」


彼女は手を伸ばすも、再び精製した黄金が腹部と一緒に巻き付き、拘束された。


「生きる気力も無いしさ。行って来るよ」


メイシュガルは、爽やかな笑みを浮かべていた。

黄金で台座を作り、そこへ弓を突き立てると、弦に足を掛けた。


「待っ__」


シルヴィアの静止も虚しく、メイシュガルは自身を弓矢として射出した。


「産まれたてだ、派手なのは気になるだろ?」


巨人達の間をすり抜けた時、メイシュガルは自身の持つ黄金の魔力を、後を考える事なく放出し続けた。


太陽のように輝くそれを見た巨人は、拳を止め、光り輝くメイシュガルへと手を伸ばした。


山のような拳に覆われる刹那、メイシュガルは目を閉じた。


「母さん……」


轟音が響く中、力なく呟いた。


「俺なら居るさ」


メイシュガルの側で、1人の男が優しく囁いた。

拳に覆われる刹那、メイシュガルが目を開くと、そこにはクリフが居た。


彼が、間に合った。

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