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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
4章.武豪の国
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130話「啓示」

山の頂上が蛇のようにうねり、二つがヴィオラに向かって迫る。


彼女は、持っていた槍を山の一つに投げた。

次の瞬間、槍の後部が花弁のように花開き、内蔵された血肉が破裂するように吹き出した。


「ウシュムも頑張るですよ」


噴流に押された槍は、数百倍の質量はあった山を打ち砕き、その余力で隣接する山も吹き飛ばした。


砕け散った岩塊が再び形を変え、本来持っていた質量を無視して槍のように伸び、二人を取り囲むように迫った。


「物理法則は通じないようだな」


ウシュムガルの胸部が膨張した瞬間、彼の口腔から高熱の炎が吐き出された。

灼熱の奔流が魔力を剥がし取り、岩塊ごと敵の魔法を焼き払った。


「出番だ、メイ」


ウシュムガルが呟くと、ヴィオラの真横を純金の矢が通過した。

噴き上がった炎を突き破り、一筋の軌跡を描きながら斉天大聖へと矢は迫った。


鏃は風を切り裂き、音の壁を容易に超えた。

しかしその程度の速度では、斉天大聖を穿てない。


「ぬるいわ!!」


彼は硬質化した雲の上に立ち、メイシュガルの矢を鉄棒で弾き落とした。

澄んだ金属音が響き、矢が遥か地上へと落ちて行く。

その光景を見届けた筈の彼は、胸に痛みを感じた。


「……む?」


彼の胸に、叩き落とした筈の矢が深々と突き刺さっていた。


「何だと!!」


彼は胸に刺さった矢に触れる。

しかし、魔法の効力が及ばなかった。

表面を覆っていた溶けた黄金が、斉天大聖の体内に侵入した。


「魔法が効かん、神器かぁっ!?」


「そうとも、神器さ。俺の叔母に当たるのかな?それの初作だそうだ」


メイシュガルは遥か遠方で、再び矢を番えた。


「間接的にでも接触すれば、矢は必ず当たる。だから俺の魔法とよく馴染むんだ」


メイシュガルは再び矢を射ると、斉天大聖の腹部に刺さった。


「おのれ……」


斉天大聖は、魔法を自身に適用した。

背中の皮膚が裂け、彼の骸骨が勢いよく飛び出した。


「やってくれおる!」


取り残された皮膚と内臓は、内側から溶けた黄金が荒れ狂い、ズタズタに破壊していた。


「やるですよ」


骸骨だけで宙に浮く斉天大聖に、ヴィオラとウシュムガルが迫っていた。

ヴィオラの手には、巨大な槌が握られていた。しかし、打突部分には、巨大な歯茎が生えており、グロテスクな見た目をしていた。


「あの武器は……!」


斉天大聖は、身体を再生しながら雲を盾にしようとするも、槌で勢い良く殴られた。

次の瞬間、槌の歯茎が開き、雲ごと斉天大聖を丸呑みにしてしまった。


「よく食べるですよ」


口を閉じたまま、謎の咀嚼音を立てるその槌は、『午前13時の盆栽』と命名された、魔神マリアヌートの宝具だった。


「一件落着か?」


ウシュムガルが呟く。


「たわけ、ワシがこの程度で死ぬものか」


斉天大聖は、ヴィオラが砕いた筈の山頂に立っていた。


「複製したの?」


ヴィオラは動揺した様子で尋ねる。普段の口調すらも崩れる程に。


「貴様の不出来な複製と同義に測るな。″全て″が一つのワシよ。肉が死ねば器を変えれば良い」


彼がそう呟くと、山岳に生える木陰、硬質化した雲の上から、無数の斉天大聖が姿を現した。


「……冗談だろ」


それは、メイシュガルも例外ではなかった。

彼の周囲にも、20を越える斉天大聖が浮遊していた。


「「「「ワシの魔法の本懐を見せてやろう」」」」


斉天大聖が天へと拳を振り上げた。

すると雲が砕け散り、歪んでいた山岳すらも粉々となって空に巻き上がった。

それらが次々と膨張、分裂を繰り返し、陽の光を遮る程の物量の礫となった。


「身体を縮めても良いか?」


ウシュムガルは苦々しく呟いた。

蝗害のように不規則で空を舞う礫が、針や剣のような形状に変質する。


「……頑張るですよ」


ヴィオラが呟いた時、礫が触手のように伸びて射出され、一斉に三人へと襲い掛かった。



玄和と兵隊を連れて霊岱に辿り着いたクリフ達は、異様な気象と魔力の気配に気付いていた。


「クリフ……」


シルヴィアが俺に囁いた。

どうやら、彼女も気付いていたようだ。


「ああ、超域魔法を使った奴が居る。多分、斉天大聖って奴だろう」


「あたしが行ってくる。クリフは演説が済んだら来て」


彼女が乗っていたネクロドールの脚部が発光し、飛行態勢に移っていた。


「シルヴィア」


「止めないでよ?あたしだってオーヴェロンを……」


彼女は不服そうに答えた。


「息子たちを頼んだ」


言葉を遮り、その目を見て言った。

彼女は、それを比喩として受け取ったようで、深く頷いた。


「任せて」


彼女はそう答えるとネクロドールと共に空高くへ飛翔して行った。


「何があったのですか?」


明景が尋ねた次の瞬間、空の向こうで漆黒の波動が弾けて拡散し、曇天の空を散らした。


「斉天大聖が俺の家族を襲ってる。行こう、話が済んだら俺も抜ける」


明景、玄和は顔を青くし、玄和が後ろへ振り向いた。


「総員、加急行軍せよ!」


彼の指示が入ると太鼓が三度鳴り、兵士達は駆け足で走り始めた。


渓谷を瞬く間に抜け、霊岱市街の関門へと辿り着く。

俺はマレーナの背に乗って行軍の先頭を走り、角と尾を見えやすいように露呈させた。


「通るぞ!!次代の主神、アルテス様より話がある!!」


検問所に居た人々は、俺の姿を見ると一斉に道を開け、その場にひれ伏した。

その間を抜け、兵隊達が続いた。

そして民衆達は、その兵隊の後を走って追い続けた。


市街の中心地に到着しようとしたその時、俺は明景の肩を叩いた。


「少し隠れる。最初はお前だけでやってくれ」


「何故でしょうか?」


明景は首を傾げた。


「パフォーマンスだ」


俺はそう答えると、マレーナから飛び降り、彼女を抱き抱えてその場から跳躍して、屋根の上に飛び乗った。


そして彼らを追うように屋根を抜けると、人目を避けながら市街の中心地に向かった。


明景と兵隊達は、街の中心、霊寂院へと続く大階段の前で立ち止まった。

俺は、マレーナと共にその光景を見届けていた。


「何事だ!!」


高僧達が僧兵を引き連れ、慌てた様子で大階段から降りて来た。


「如何に超昌の長とて、ここが何処かと分かっての狼藉か!!?」


先頭に立つ高僧は、顔を赤くして怒鳴った。

対する先頭に立つ明景の面持ちは、湖面のように静かで落ち着いていた。


「この地が腐敗の温床にございますれば、妥当かと」


明景は鋭く切り出した。

既に民衆は広場を埋め尽くすほど集まっており、兵隊が集まっていた事もあって、静まり返っていた。


「貴様……」


震える高僧に対し、明景は深く頭を下げた。


「皆様に、霊寂院の全てを話しに参りました」


「でたらめだ!!此奴を……」


「やめて頂こうか」


高僧が僧兵に指示を飛ばそうとした時、玄和が遮った。

それと同時に、彼の後ろに控えていた兵隊達が一斉に槍の石突を地面に突き、鳴らした。


「……っ」


それは、圧倒的な戦力差による言論の制御だった。


「かの寺院には、使い切れぬほどの金が眠っております。その殆どが、およそ公平な手段で得たものではありません」


彼は静かに話す。


「更には、それらは求道や奉仕の為ではなく、快楽の為に用いられております。」


彼の喋りに熱量が籠り始めた。


「寺院には、酒や馳走が揃っております。そして時には娼婦でさえも。おかしいとは思いませぬか」


明景の額に青筋が浮かび、噛んだ唇からは血が滴っていた。

彼から滲み出た怒りと熱意に、その場にいた数百を超える人々が、気圧されていた。


「僧が武器を取って金を奪い。子供が作った札と神具を売り捌き、偽りの希望を説いている。おかしいとは思いませぬか」


明景は、鬼の形相で高僧を睨んでいた。


「飢えた子を攫い引き連れては、銭を稼ぐ為の道具として用いるその悪辣さ……私は……何年間もこの目に焼き付けて来たぞ!!!」


喉が裂けんばかりの怒声だった。

静寂は尚も続いた。

彼は息を整えて膝を折り、その場で額を付けた。


「どうか皆様、目をお覚ましになって下さい」


明景は顔を上げ、懐から一本の短刀を取り出した。


「明景の名を捨て、ただ一人の求道者として、この命を以て告発を、懺悔を終えましょう」


高僧は慌てた様子で踏み出した。

それと同時に、大階段や様々な場所から僧兵が集い、趙昌の兵隊に比肩する程の数となっていた。


「このような虚言を信じてはならぬ!これは、権力による教えへの干渉だ!!」


高僧の声が虚しく響き、明景は自身の喉に短刀を運んでいた。


俺が出るべきは、今しか無かった。


〈__繋星(ウォルンタース)


エルウェクトの権能を起こす。

セジェスを焼き、アキムを殺したあの力を。


荘厳な鐘の音が何処からともなく響き、柔らかな光が明景の頭上に差し込む。

その場に居た人々はどよめいた。


〈__皇金白々明(フレイリオス)

〈__晴天神立(ソーデウル)

〈__流風極地(ヘルメリウス)


三つの超域魔法を同時に起こす。

身体に黄金の炎を纏いながら、その場から跳躍し、一瞬で雲の上を抜けた。


そして俺は、雷を引き連れて明景の目の前に降り立った。

乾いた音と衝撃によって、高僧はその場で尻もちを付き、明景は手を止めた。


「アルテス様……」


明景は短刀をその場に置き、地面に額をつけた。一方で俺は、考えていた演説内容を思考の隅に掃き捨てた。


「聞きたい。彼の者が話した事は、偽りか?」


だから俺は、神として振る舞う他なかった。

高僧の目を、凝視し続けていた。


「それは……」


「口が利けないのか?」


高僧は俯いてしまった。


「……信仰の在り方に文句を付ける気はない」


クリフは静かに答えた、落雷の余韻が街に響く中、誰もが息をのむ。


「だがそれは、他者を害さない限りだ」


指を弾く。

雲が一瞬で荒れ、降り注いだ雷が僧兵たちの武器を貫いた。


「彼の者が言ったものを、俺は見たぞ」


厳密にはヴィオラが、だが。


「贅を尽くした堂にこもり、金と快楽に溺れ、祈る者を脅し、搾り取り、死すら弄ぶ。それが神の僕を名乗る者の姿か?」


怒号が巻き起こり、僧兵達は萎縮し始めた。

このままでは暴動が起こる、良くない兆候だ。


「鎮まれ」


俺はそれを制する為に、地面へ再び雷を落とし、民衆を黙らせた。

彼は民衆を見渡し、一人ひとりの目を見つめる。


「力を振るうのは俺の役目ではない。お前たち自身が、この地を、信仰を、どう在るべきか決めるんだ」


一瞬の沈黙の後、民衆がざわめき始める。

誰かが拳を握り、誰かが涙を流し、誰かが静かに頷いた。


「心と導きに従え。しかし、良き心を忘れるな」


最後の言葉で締め括ると、高僧と僧兵達は頭を地に付けた。

民衆もまた、それに倣った。


「明景」


「……はっ」


彼は顔を上げ、俺の瞳を凝視していた。


「神を信じるな。教えを信じろ」


彼以外に聞き取れない声量で、囁いた。


(やつら)に弄ばれない為に」


「……承知しました」


俺は再び跳躍し、シルヴィア達の元へと向かった。

すぐ下では、明景を先頭に、その場に居た全員が霊寂院へと登り始めていた。


松明の火が列を成しゆっくりと、しかし力強く山を昇っていた。

今、改革の萌芽が実ろうとしていた。

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