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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
2章.鋼の国
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13話「旅立ち」

鬱蒼と生い茂った森の中、クリフとシルヴィア、それと一匹の犬が歩いていた。


「クリフ、見て!取った!!」


シルヴィアがカブト虫のような生き物を見せつけてくる。


「あ、ああ。良かったな……」


カブト虫の体色は毒々しく、脚が普通よりも多いその生き物は、ヒトの目のような眼球を不規則に動かしている。

とどのつまり、キモかった。


「毒とか持ってないよな?」


少し距離を取り、目を細める。


「んー、多分大丈夫」


シルヴィアはカブト虫をひっくり返しながら凝視する。その際に、何かをこすらせ、気味の悪い声で鳴いていた。


ここはイヴィズアールン大森林。

世界の最北部に位置し、5600㎢の広さを持つ広大な森で、その最北端にヴィリングは存在する。

この森の最たる特徴は、地域ごとに強烈な寒暖差が存在する事である。東部は針葉樹の多い寒冷地となっており、西部に向かうほど温暖になって行く。

それはかつて竜神達がこの地域に住まい、草ひとつ生えない極寒の寒冷地を、温暖な地域へと創り変えたという。以来この森は、戦火に追われたごく少数の亜人や魔物を匿う仮宿となっていた。


そんな事が積み重なって、この森は世界屈指の強さを持つ魔物が跋扈する危険地帯となった。

その為、ここを渡る為にはヴィリングから派遣される、「案内人」が必要となる。

そして、その案内人があまりにも個性的だった。


「ペルちゃん!見て!カブト虫捕まえた!!」


シルヴィアがカブト虫のようなものを持って走る。

その先には、白いモフモフの毛並みを持った犬が愛らしげな歩調で進んでいた。

彼は尻尾を嬉しげに振りながら向き直る。


「わぁっ……ありがとー!」


礼を言った犬は、シルヴィアの持っていたカブト虫の頭を食べた。

緑色の粘液が糸を引き、ショッキングな光景が広がる。

シルヴィアは引きつった悲鳴を上げ、カブト虫を落とすと、犬は落ちたカブト虫を勢いよく貪り食べ始めた。


「美味しかったよー!」


犬は笑顔を浮かべ、口元に付いた粘液を舌で舐め取る。


「良かったね……」


彼女は肩を落とし、悲しそうな顔をこちらに向けた。


「後で取ってやるよ、な?」


それを見て、思わず苦笑する。


「うん……ありがと」


この犬の名はペルギニル。ヴィリングに暮らす、喋る謎の犬だ。ケルス曰く、普通の人間が森を通るのには彼の力が要るらしい。


__不気味だ。


それが彼に抱いた率直な感想だった。


「随分と長閑だな。案内人のお前が居るだけでこんなに違うのか?」


周囲を見渡し、呟く。

50m前後はあるであろう巨大樹が並んでは、無数に生えた様々な種類の植物や樹木が、その間を埋め尽くしている。

本来なら、草木を払いながら行かなくてはならない筈の道なのだが、ペルギニルが通る道だけは草木が空いていた。


「ね、普通に通れる道もあるし……ペルちゃんがやったの?」


「そうだよー、みんなとお話しして、ちょっとどいてもらってるよー」


ペルギニルは輝く緑色の瞳をこちらに向けた。


「魔法か?」


「そんなところー」


合点が行った。


「俺も覚えられるか?」


彼の魔法が扱えれば、これからの旅路が楽になりそうだったからだ。


「うーん、クリフは無理かなー、シルヴィはねー、覚えられるかもねー」


「ほんと!?教えて!!」


シルヴィアは目を輝かせてペルギニルに歩み寄る。


「良いよー!」


ペルギニルは元気に吠えると、擬音や比喩表現を多分に取り入れ、壊滅的に下手な説明を始めた。

それに対し、妙に真面目な表情で聞き入っているシルヴィアを尻目に、景色を眺めていた。


すると、巨大な獣が目の前を通過した。


「……」


人間の4倍近い頭高を持つ、白豹に似た獣は、恐ろしげな瞳をこちらに向けた。

王者の風格とでも言うべきものを纏った獣は、その場に居たものを圧倒した。


__勝てないな。


その姿に絶句し、呆気に取られていたシルヴィアを反射的に抱き抱え、逃げられる体勢に入っていた。

獣が大きく牙を見せたのも束の間、何かに気付くと目を瞑り、地面に頭を下ろした。


「何だ……?」


呆気に取られていると、隣から来たペルギニルがゆっくりと獣に近づく。

彼が元気よく吠えると、獣も声を抑えて吠える。

恐らく、会話を行なっているようだ。


「乗せてくれるって!」


ペルギニルは元気よくこちらを呼び、尻尾を振り回す。

シルヴィアを抱えたまま、恐る恐る獣に近づく。

二人をよそにペルギニルは獣の頭を踏みつけながら背中へとよじ登る。


__おいおい。


確かにそこからでしか登りづらいのは事実だ。だが、猛獣の頭を踏ん付けるのは気が引けた。


「どうしたのー?」


ペルギニルは背中からこちらを見下ろし、抑揚のない声で尋ねる。それは、踏み台にした獣の事など全く慮っていない様子だった。


「……あ、そういう事か」


その瞬間に理解した。


__この森の主は、ペルギニルか。


あの力強い美しさを纏っていた白豹は、子猫のように震えていた。

それは、ペルギニルがそうさせる程の存在である証明に他ならなかった。


「どういうこと?」


「気にするな。少なくとも、この森での安全が保障されたって事だ」


少し罪悪感を感じつつも、シルヴィアを抱えたまま、獣の頭を踏んでよじ登る。


全員が背中に乗った事を確認した獣は、すっと立ち上がる。視界が一気に高くなり、獣は触れた樹木や枝を軽々とへし折っていた。

二人が感嘆の声を漏らしたのも束の間、獣はその場から一気に跳躍した。


「危っ……!」


咄嗟に獣の体毛を掴み、しがみつく。胸元で悲鳴を上げるシルヴィアをよそに、状況を観察していた。

獣は現在、巨大樹を凄まじい勢いで駆け上がっており、真下へ強烈な荷重が掛かっていた。

そんな中、獣は真上を向いているにも関わらず、ペルギニルは背中に″立っていた″。


「凄いな……!随分と速く抜けれそうだ!」


そんな彼に驚くのも束の間、獣はあっという間に巨大樹の頂上にまで飛び上がった。


「ぐっと飛ぶから気を付けてねー」


獣は姿勢を低くし、少し力を溜めた後、一気に跳躍した。


「ペルギニル!!もっと前から言ってく__」


そんな強がりを聞き入れる間もなく、獣は巨大樹から巨大樹へと飛び移り、凄まじい勢いで森を横断し始めた。

とうに気絶したシルヴィアを落とさないよう力を込め、たまらず叫んだ。



場所はドワーフ達の国家である、ジレーザの首都イーディン。

そこの寂れた宿屋で、二人の男女がテーブルを介して話し合っていた。一人は着崩した神父服を身に纏った、金髪で顔にまだ幼さを残した青年。

そしてもう一人は、男物の毛皮と綿で作られたジレーザ固有の防寒着を来た赤い髪の女性だ。


「で、ホントなの?クリフがここに来るって」


赤髪の女性が口を開き、露骨に不機嫌な態度を取っていた。


「勿論だよ。彼は」


青年は貼り付けたような笑みを浮かべ、飽くまで社交的な口調と態度で話した。


「で、なんでアタシにそれを伝えた訳?」


一方で女性は疑り深く、渡されたメモ書きを片手に青年を睨んでいた。


「僕も彼を殺したいからね。君だってそうだろ?技術保全課のソフィヤさん?」


青年が赤髪の女性の名を呼んだ時、彼女は懐から自動拳銃を引き抜き、青年に銃口を向けた。


「どこで私の正体を知ったか知らないけど、私たちの存在はこの国の最高機密だ。無事に帰れると……」


ソフィヤが言い切る前に、巨大な樹木の触手が青年の袖から飛び出し、ソフィヤの首を絞める。


「僕が聞きたいのは、彼を殺したいかどうかだ。立場を弁えなよ?この会話の主導権を握っているのは僕だ」


青年は触手の締め付けを強める。

その瞬間、ソフィヤの左袖から金属の短い筒が飛び出す。彼女は左手でそれを掴み、触手に向けて振るう。瞬間、光の刃が筒から形成され、触手を溶断した。

光の刃は凄まじい熱量を持っており、部屋の温度を微かに上げ、切先が床を焦がしていた。


「へえ、光学兵器か……やっぱり、この国にも古代のヒトが居るんだ」


人知の及ばぬ高度な化学兵器の存在を、青年は知っていた。


「お前っ……何者だ!」


ソフィヤは分厚い上着を脱ぎ捨て、緊張しつつも、怒りの表情を作った。

青年はため息を()き、呆れた様子で両手を広げた。


「自己紹介も前に銃を向けたのは君だろう?それじゃあ改めて、僕はアルバ・クアリル」


青年は仰々しく一礼をし、頭を下げる。


「かつてアウレアを滅亡寸前に追いやった魔神、バルツァーブの息子だよ」


彼は顔を上げ、不敵に笑った。


「半神っ……!」


ソフィヤは額に汗を滲ませ、出口に目線をやる。しかし彼はそれを読んでいたようで、出口が樹木の触手によって塞がれた。


「逃亡は許さないよ。ささ、こっちに、話はまだ終わっていないじゃないか」


アルバは物腰柔らかな口調で微笑を浮かべ、倒れたソフィヤの椅子を起こし、座るように促す。

ソフィヤは光刃を消失させ、筒を握り締めながら、席に着く。


「……何をさせたい訳?」


「僕はこう見えて顔が割れててね、あまり表だって活動したくないんだ……そこで、彼に恨みを持つ君に殺しを頼みたくてね」


「お前の言う()()()は、二年前の戦いでアタシを捕虜にして……部下の玩具にして来た、アウレアに住む、人間のクリフで間違いないな?」


アルバは頷く。


「勿論。君が殺したくてたまらない、クリフ・シェパードその人だよ」


ソフィヤは憎悪の籠もった瞳でアルバを見つめる。


「請け負った、あいつは私が殺す。けど、この復讐は私だけのものだ。もし他人を殺す事になったり、私の仲間を裏切るような事になるなら、私はこの件から離れる」


「構わないよ、じゃあ連絡は追ってまた。それじゃあ、良い狩りを」


アルバは樹木の触手に包まれる。


「尤も君、そんなに辛抱強くないだろう?」


触手が閉じる一瞬、彼は嘲笑(あざわら)った。

そして、触手は枯れ落ち、積み上がった枯れ葉のように崩れ、床に散った。

彼の姿は何処にもなく、ソフィヤがただ一人残された。


「……言ってろ、せいぜいお前を利用してやる」


ソフィヤは歯軋りをし、宿の扉を勢いよく開いて外を出た。

その瞳には、確かな憎悪と覚悟が宿っていた。



イヴィズアールン大森林に最も近いドワーフの集落では、異変が起きていた。

この極寒の地に産まれ、都会に憧れる青年アキムは、誰かの悲鳴によって目を覚ました。

家から飛び出すと村は、突如として現れた赤い肉片に覆われていた。

建物や隣人は勿論、温泉から飲み水を汲む為の牛ですら、赤い肉片に取り憑かれ、正気を失い、村人の一人を引き潰していた。


「何が起きてるんだよ!誰かっ!誰か無事じゃないのかよ!」


「アキム」


近くの民家の陰から、自身の名を呼ぶ母の声が聞こえた。


「母さん!良かった、無事で……」


民家の陰を覗き、絶句する。


「……え?」


頭の半分が千切れて無くなった母が居た。無くなった頭の代わりに、眼球の付いた赤い触手がうねっており、触手に付いた唇が母と同じ声で何度もうわ言を繰り返していた。


「アキム、アキム、アキム、アキム、アキム、アキム」


瞬時に理解できた。この化物は、母の最期の言葉を繰り返していた。母は生前では考えられない程の速度で接近し、こちらの首を掴み、持ち上げる。


「母さんお願い、やめて!母さんっ!母さん!!!」


触手に乗っ取られた母の表情は死人のそれであり、瞳は斜め上を向いて、自我が残っていないように見えた。

だが母は涙を流していた。


「母さんっ!!」


その時、母の瞳に生気が戻り、じっとアキムを見つめた。

彼女は手を離し、叫んだ。


「逃げなさいっ!!」


自由になったアキムは、母に背を向け、必死に走った。

しかし、すぐに自我を失った母は恐ろしい叫び声を上げ、アキムに向かって走りだす。

そして、彼女の頭部から生えた触手がアキムの脇腹を浅く切り裂く。


青年は僅かにバランスを崩す。

しかしそれでも涙を浮かべながら、必死に走った。悲鳴と肉の蠢く音が響く村を抜け、彼は森の奥深くへと消えた。



「にげちゃった」


人間に酷似した身体を持つ、触手の怪物が丘の上で一人呟く。頭部に辺る部位には生皮を剥がれたシカの頭がついており、そこにびっしりと生えた触手からは、無数の眼球が生えており、それら全てがアキムを凝視していた。


「なかま、よぶ、チペワ、ふえる、もっと、もっと、もっと、ふえる」


自身をチペワと名乗る怪物は、早口言葉のようなリズムで言葉を話す。

きっと、彼は沢山の人を集めてくれる。

そうすれば沢山の仲間を増やせる。チペワは、まだ見ぬ期待に胸を膨らませながら、聞くに耐えない鼻歌らしきものを唄った。

ひとくち魔物図鑑.3

「ドライアド」

種目:植物属樹生系

体長:160cm

生殖方法:有性生殖

性別:性別有り

食性:光合成

創造者:魔神第7席バルツァーブ・クアリル


・緑色の肌に、緑の頭髪をしたヒト型生物。

基本的に衣服を身に纏っておらず、人間に付随している性器を持ち合わせていない。

が、男女ごとの外見上の特徴は人間と、とても類似している。

基本的な生態は、魔法で木の構造を捻じ曲げ、樹齢の長い大木の内側に侵入し、そこで暮らしている。

そこで木から栄養を分けて貰う代わりに、必要となれば内側から飛び出し、外敵を迎撃、駆除する共生関係にある。


知性が高く、コミニュケーション能力がある事から、セジェスではヒト属に分類すべきだとの声もあるが、目撃、遭遇事例が少な過ぎる為、研究自体が滞っているのが実情である。


ヴィリングでは多数のドライアドが生息しており、「案内人」の通り道を譲るのだという。

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