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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
4章.武豪の国
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129話「啓示」

クリフは、明景を連れて趙昌家の居城に訪れていた。

シルヴィアも同伴しており、互いに外套を脱いで角と尻尾を露わにしていた。

衆目の集まりはピークを迎えており、幾人かは俺達の後をつけていた。


「妙ですね」


明景は呟く。


「どうした?」


明景は近くの露天に目を向けた。

店主は少し驚き、深々と頭を下げていた。


「物価が急騰しています。それに、兵器を積んだ馬車が何台か通りました」


「戦争が近いってこと?」


シルヴィアは首を傾げた。


「……粛清だろ。戦争ならもっと派手に準備するさ」


居城へと続く階段を駆け足で登る。


「嫌な予感がします」


「ああ、血の匂いだ」


正門に辿り着くと、槍を持った二人の門番が、戸惑っていた。


「景和様……それに」


「兄上に話がある」


門番の言葉を遮り、景和は歩き出した。

正門を抜けると、広場には無数の兵が控えていた。


「やはりだ……しかし何故今になって」


兵たちの間を抜け、宮殿の前に辿り着くと、豪奢な漢服に身を包んだオーガが立っていた。

恐らく、彼が玄和だ。


「……間に合いませんでしたか」


玄和は俺を見て眉を落とした。


「見せたくなかったようだな」


「ええ、経済的な価値を重んじて放逐(ほうちく)していたのは小人の責です。どうかお赦しを……必要とあらば直ちに誅してみせましょう」


玄和は宮殿の階段を降り、広間に降りると、両膝を着き、額を床に付けた。


「……謝罪はいい。だが殺しは気に入らないな。霊岱に兵隊を出すだけで良い……お前の弟が僧侶と民衆に説法を効かせてくれる筈だ」


顔を上げた玄和は、以前として暗い顔のままだった。


「お言葉ですが、説法だけで腐敗した民衆を動かすのは難しいかと」


右手に魔力を纏わせ、魔法を起こした。


〈__神立(ソール)


一瞬で空が曇り、落雷が玄和の眼前に差し込んだ。

鼓膜を破りかねない程の乾いた音と共に地面が弾け、瓦礫が飛散した。

周囲に居た兵士たちがどよめき、(つぶて)が額を掠めるも玄和はぼう然としていた。


「その為に俺が居る」


自身を親指で差し、犬歯を見せつけた。



一方でメイシュガルとヴィオラは、霊岱の宿で待機していた。

ヴィオラは、近くの露店で買って来た山盛りの肉まんを、次々と頬張っていた。


「……大丈夫?」


メイシュガルは優しく尋ねた。

彼女は手を止め、頬張った肉まんを噛まずに飲み込んだ。


「ヴィオラの分も生きるです」


彼女はそう答えると、再び肉まんを頬張り始めた。


「……そうだな。俺も母さんの分まで生きないと」


メイシュガルは、何をすれば良いのか分からなかった。

人生の目標が欠け、張り合いがなかった。

多分恐らく、あの日失ったのは希望なのだろう。


「……俺もちょっと買い出しに行こうかな」


メイシュガルは立ち上がったその時、風切り音が鳴り響き、天井が軋んだ。


〈__黄金境(ダハブ)


判断は一瞬だった。

右腕から溶けた黄金を滴らせ、巨大な盾を形成した。

ヴィオラもまた、その意図を察し、その場から飛び出し、盾の裏に飛び込んだ。


次の瞬間、巨大な鉄塊が天井を突き破り、宿全体を押し潰しながら盾と激突した。


「何だよ……!!」


鉄塊を押し返そうと踏ん張った瞬間、床が抜けた。


「あっ」


「手はあるです」


ヴィオラは全身から触腕を出し、両腕を広げた。


「さて……この程度で死ぬ訳はあるまいよ」


斉天大聖は、霊岱の上空で腕を組み、棒状の巨大な鉄塊に乗った。


〈__如意(ルーイー)


つま先で触れた鉄塊が瞬く間に縮み、彼の愛用する鉄棒にまで縮んだ。

空を浮遊したまま鉄棒を足指で掴み、潰れた宿を見下ろす。

跡地に土埃が流れ込む直前、斉天大聖は小さな穴が跡地に開いていた事を見逃さなかった。


「潜ったか」


斉天大聖は鉄棒を足指で弾き、手に取った。

そして鉄棒を、ビリヤードキューのように構え、跡地を狙い澄ました。


〈__如意(ルーイー)


鉄棒は、細さを維持したまま急速に伸び、遥か下の地面を穿った。


「万物は自在よ、我が手中においてはな」


鉄棒が自在に蠢くと、格子状の鉄板が飛び出し、地中全体を裁断してみせた。


「肉を断てん……まさか」


斉天大聖の頭上から、メイシュガルが落ちて来た。


「転移門か!!」


「小手先の技術は得意でね!!」


メイシュガルは一対の剣を黄金で作り、溶湯の触手を背後から形成した。


斉天大聖は鉄棒を瞬時に収縮させると、正面に突き出した。


「あの小娘の方が価値が高そうだ」


彼が何気なく呟いた言葉が、メイシュガルの心を抉った。


「故に、死ね」


鉄棒の先が変形し、巨大な檻のような形状へと変化し、メイシュガルを取り囲んだ。


それは一瞬のうちに収縮し、メイシュガルを押し潰し、細切れに裁断した。


肉片と血液が斉天大聖へと滴り、彼がそれを振り払おうとしたその瞬間、肉片の一つが光に包まれ、メイシュガルが再出現した。


「半神だったか!!」


互いの距離が肉薄した瞬間、斉天大聖は鉄棒を巨大な円盾に変形させた。


盾の表面から無数の剣が飛び出し、メイシュガルに迫る。


メイシュガルは、同じように黄金で盾を形成し、相手の盾に押し付けた。


「母さん、力を貸して」


そして、懐から一振りの筒を取り出した。

筒から光刃が飛び出し、彼が十字に振り払うと、重なった二枚の盾をバターのように裁断してみせた。


「何だそれは……!!」


斉天大聖は古代人の技術を見て、目を白黒させていた。


「当ててみろよ!一生分からないだろうからな!!」


メイシュガルは、そのまま光刃を斉天大聖へと突き立てた。

対する彼は、光刃を素手で白刃取ろうとしていた。


実体の無い灼熱のビームを、素手で掴める筈が無かった。

野蛮人の愚かな抵抗。

メイシュガルはそう誤解してしまった。


「ちょっとは考えたら__」


斉天大聖が光刃に触れた時、その形状が大きく乱れた。

釣り針のように屈曲した刃先は、一転してメイシュガルの腹に突き刺さった。


「耳は遠い方か?我が手中において、万物は自在よ」


光刃は枝のように分かれ、メイシュガルの身体を串刺しにした。


「……半神ともなれば、貴様の価値を見直した方が良いかもな」


割れた鉄棒を変形させ、檻を作ろうとしたその瞬間、鱗に覆われた巨大な拳が斉天大聖に激突した。


衝撃波を生じさせ、斉天大聖は遥か先へと吹き飛ばされてしまった。


「全く、先達として示しておかねばな」


巨大な竜の姿を取り戻したウシュムガルが、空を浮遊していた。


「ウシュムもパパにやられてたですよ?」


ウシュムガルの頭上でヴィオラは囁いた。

彼は不機嫌そうに唸った。


「クリフに会って来なかったのか!?」


メイシュガルはヴィオラに向かって苦言を呈した。


「ヴィオラが死ぬのは嫌です。でも、メイが死ぬのも嫌です」


ヴィオラの全身から多量の血が溢れ出し、チペワのように頑強で大柄な肉体に変異し始めた。


「クリフはその内帰って来るです。ヴィオラは、それまで死ななければ良いだけです」


彼女の頭部がシカの頭骨に覆われ、細身で、硬質な外殻に覆われた姿へと変身した。

そのシルエットは独特で、鎧騎士、あるいは甲虫のような身体をしていた。


「前に出るです。メイは遠くで撃つですよ」


彼女は血と肉で出来た槍を形成し、ウシュムガルは彼女と共に、斉天大聖が吹き飛んだ方向へと飛翔した。


「……請け負ったよ」


メイシュガルは瞑目すると、彼の手に光と共に一つの弓が出現した。


遠方に聳える山肌に吹き飛ばされた斉天大聖は、土塊を押し除けて立ち上がる。


「……やってくれたな」


彼は自身の額を掴み、力任せに握りつぶした。

傷口から眩い光が溢れ出し、光は頭冠のように頭を一周した。


「超域魔法、開門」


斉天大聖は両腕を広げた。


〈__万事如意(ワンシールーイー)


次の瞬間、山の輪郭が崩れ、雲海が鉄のように硬化した。周囲に浮かぶ霧は鎧のように彼の周囲へと纏わり付いた。

天地そのものが、彼の幻想によって歪み始めていた。


「児戯は終わりだ、蹴散らしてやろう」


斉天大聖は牙を剥き出し、迫り来る三人を迎え撃った。

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