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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
4章.武豪の国
138/159

128話「黙ってられるか」

遅延して申し訳ありません。

祖父の葬儀で色々と立て込んで遅れました。

在庫自体はあるので、来週からは通常通り投稿できると思います。

黒色の法衣を(まと)ったオーガの僧侶は、霊岱の離れにある、寂れた集落に訪れていた。


明景(めいけい)様!!」


飢えた子供達が、彼の到来に気付いて一斉に走り始めた。


「良い子にしていましたか?」


明景と呼ばれた僧侶は袖に指を滑り込ませ、幾つかの干し(あんず)を取り出した。


五人で集まった子供達は、受け取った杏を分配すると、満足げに頬張った。


「「「ありがとう、明景さま!」」」


屈託のない笑みを浮かべた子供に対し、明景の顔は暗かった。


「ええ、また来ますよ」


彼は手を振って子供達を後にする。

しばらく路地を歩き続けた後、周囲を見渡した。彼は追跡が無いと判断すると、路地裏へと入って行った。


「関心じゃないか、明景法師」


入った路地裏の先で、外套を被った男と鉢合わせた。


「アルテス様……ご拝謁(はいえつ)に預かり光栄です」


明景は僅かな逡巡(しゅんじゅん)を置かず、その場で両膝を付くと、ぬかるんだ地面を(いと)わず額をつけた。


「……やめてくれ、自分の立場が嫌になる」


外套の男__クリフは外套を脱ぎ捨てた。

ため息を吐くクリフに対し、明景は目を丸くしていた。


「……畏まりました」


彼は土を払いながら立ち上がると、クリフの頭に生えた枯れ枝のような角を見つめた。


「それでだ……あの坊主共をどうにかする気はあるのか?」


そう尋ねた瞬間、明景の面持ちが引き締まった。


「ええ、あります。私は神に仕える僧として。いえ、人として彼らを看過出来ないのです」


明景の眼差しは強く、揺るぎなかった。


「手立てはあるのか?」


「はい」


彼は路地裏横の扉を指差すと、ノックした。


「寂に伏し、輪に潜み、竜の影、千年を眠る。名を刻め、声を潜めよ。光あるもの、いずれ影に還らん。巡りは留まり、留まりてまた巡る。穢れし魂、響きを失わんことを」


彼は長いお経を唱えると、扉の鍵が外れ、開いた。


「お経を合言葉にしてるのか?他の坊主が来たらどうする?」


そんなクリフの問いに、明景は得意げに笑った。


「霊寂院に正しい経を唄えるものなど居ませんよ」


クリフは苦笑した。


「随分じゃないか」


内側から薄汚れた平服を着た男が顔を出した。


「明景様と……あなたは」


平服を着た男は、クリフを見て怪訝そうな顔をした。


「俺は……」


クリフは言葉に詰まった。竜人の加速した思考能力が結論を導いたからこその詰まりだった。

ルナブラムの弟、アルテスという人物はあまりにも胡散臭過ぎるのだ。

しかも、極め付けに尻尾や角すらも他の竜神と似た特徴が無い。


「魚の魔物……?」


クリフは笑いを堪え、咳き込んでしまった。

明景は、それを聞いて顔を青くしていた。


「このお方は竜神の座に就かれるお方です!」


クリフは焦った明景を手で制し、五体投地に入ろうとしていた平民に、手を差し出した。


「アルテスだ、よろしくな」


恐る恐る手を取る平民に、クリフは笑みを向けた。

渡された力も恩恵ばかりではない。

神として果たすべき責任を、後悔のない選択をする。

背中を押してくれたエルウェクトへの義理くらいは、果たしたかった。



「このように狭い場所で申し訳ありません」


家屋の地下に着くと、幾人かの平民が肩を寄せていた。みな一様に俺の姿を観察し、明景の顔を伺っていた。


「ルナブラム様の弟君、アルテス様だ」


俺を魔物と間違えた平民が、やや興奮した様子で話した。


「おお……」


「ついに……!」


「あの僧侶の横暴を見かねて……!!」


集まっていた人々は、希望に満ちた表情を浮かべた。

それと同時に、察した。

彼らは(アルテス)が全てを解決する事を期待していると。


「アルテス様が直接罰する事はありませんよ」


俺が苦言を呈そうとした時、明景が遮った。


「竜神は、全てを見守っておられる。人の行いは、人が変える……それこそが教えではありませんか」


全員が、戸惑いを隠し切れていなかった。


「では何故、顔をお見せになられたのですか?」


ヴィオラを殺した奴を殺しに来た。力を貸せ……などと口が裂けても言えなかった。

宗教改革に乗じて、黒幕を仕留めたい。

というのが本音だ。


「俺がやるのは後押しだ。過度に干渉するのは、あいつらの規則に反する」


彼らから態度には出ない僅かな落胆を感じた。しかし、希望を感じて微かに微笑む者も居た。


「こうして集まってるんだ、何か考えはあるんだろう?」


そう尋ねると、明景が一歩踏み出した。


「私の生まれ持った名は、趙昌景和(ちょうしょうけいわ)。この地を治める趙昌の次男として産まれました」


「……道理で行儀が良い訳だ」


「恐れ入ります。長らく、兄である玄和に霊寂院を誅するよう促していましたが、聖地である霊山を焼く訳にも行かず……未だ派兵しかねている状態になります」


明景は悔いるように説明していた。


「……じゃあ城に行くか」


その場に居た全員が目を見開いていた。

まさか、何もしないと勘違いされたのだろうか?

俺はただ、力で問題を解決したくなかっただけなのだが。


「よろしいのですか?」


「後押しするって言っただろ?口利きと演説くらいはしてやるさ」


明景は深く頭を下げ、集まっていた人々もそれに倣った。


「感謝を」


「よせよ__」


柄じゃない。そう言おうとした時、地下室の入り口が蹴破られた。

乾いた音と共に、僧兵の集団がこの部屋に押し入って来た。


斯様(かよう)な場所に集まり何をしている!明景、貴様には……っ!?」


先頭を歩く僧兵が威圧するように話していたその時、彼は俺の姿を見て口ごもった。

彼は深呼吸をし、何かを決意したようだった。


「……竜神を騙る者め、化けの皮を剥いでやろう」


僧兵は俺に槍の穂先を向けた。

逆賊を捕らえに来た筈の彼は、一転して後には引けなくなっていた。


「……来いよ。あやしてやる」


オムニアントも、魔法も起こさないまま彼に近付く。

僧兵大粒の汗を流し、穂先を震わせていた。

そして今、彼が雄叫びを上げようとしたその瞬間、一度に三つの打撃を叩き込んだ。

コマを差し替えたかのように、一瞬で穂先が砕け、喉仏が陥没し、胸当てがひび割れた。


義父から学んだ理を無視する剣技。

それは拳だろうと問題なく行えた。


「次だ。お前らには、権能を使う価値すらない」


膝から崩れ落ちる僧兵をよそに、残る四人の僧兵に声を掛けた。

彼らは凍りついていた。


俺が一歩踏み出した時、最後尾に居た僧兵が武器を落とし、悲鳴を上げて逃げ始めた。

滑るように足を運び、僧兵達の間を抜け、逃げる僧兵の前に立った。


「逃げるなよ、捕まえに来たんだろ?」


俺の膝蹴りが、彼の鳩尾を貫いた。

顔を真っ赤にして崩れ落ち、彼は嘔吐した。


「あと三人」


俺が呟くと、僧兵達の一人が武器を手放し、地面に額を擦り付けた。


「お許し下さい……」


残された二人も、遅れて武器を捨て、頭を擦り付けた。


「……縛っておいてくれ。転がってる奴らも含めてな、殺してはいない」


俺はため息を吐きながら、明景以外の市民に頼んだ。


「さて……さっさと進めるか。懸念はあるか?」


明景は瞑目し、息を吐いた。


「一つだけ。霊寂院が引けぬ程に腐敗した元凶が居ます」


「僧正じゃないのか」


明景は首を振った。


「はるか昔より、霊寂院には強大な魔物が棲んでいるのです」


「……そいつか、ヴィオラを殺したのは」


小さく呟く。

思わず、怒気と殺気が滲み出た。

周囲の人々は慄き、明景は冷や汗を流していた。


「悪い、怒りが漏れた」


「……いえ、動機があって安心しました」


「失望したか?俺は聖人君子じゃない」


乾いた笑いをこぼした。


「まさか、私もですよ」


明景は薄く微笑んだ。


「で……そいつの名前は?」



「斉天大聖様、夕餉(ゆうげ)にございます」


霊寂院の本堂。神像が納められている筈のその場所では、一人の大猿が寝そべっていた。


僧正を始めとした高位の聖職者が彼の元に侍り、豪勢な食事を差し出していた。


「ワシの食糧庫にネズミが紛れていた。恐らく、バレたろうな」


斉天大聖は腰を上げ、差し出された料理に手を伸ばした。

一見してただの角煮を盛り付けた更に見えたそれには、毛髪を剃り落とされ、同様に煮込まれたヒトの頭が添えられていた。

つまりこれは、オーガの人肉だ。


「不味いかもしれんのぉ」


彼はヒトの頭を手に取ると、そのまま骨ごと齧った。


「そも……アルテスなるお方は本物にてあられましょうか。彼の方について、聖典には何の記述もありませぬゆえ……」


僧正は恐る恐る尋ねた。


「さてな、だが魂は本物だ。視た限り、あ奴は神の魂を載せている」


斉天大聖は羽織を正し、顎の毛を(しご)いた。


「ワシでも勝てぬかもな」


僧たちはどよめいた。

その中で、僧正は深く頭を下げた。


「ご協力致します」


彼は、神ではなく大猿に仕えていた。


「……あの竜人をどうにかするのは無理筋だ」


斉天大聖は鉄棒を袖から取り出した。


「だが……連れ合いを人質としようか」


鉄棒を床に立て、白い歯を見せた。

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