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竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
4章.武豪の国
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126話「王たるには」

六人横並びで数千㎞の旅。

ネクロドールを操るマレーナとテレシアに荷物を持って貰い、後は各々が持つ無尽蔵のスタミナでゴリ押した結果、悪路と名高い山々を驚異的な速度で通り抜け、修験者(しゅげんじゃ)達の名所、ストリクト教の聖地、霊岱(れいたい)に訪れていた。


「おぉ……来たよ霊岱(れいたい)


シルヴィアは感慨深そうに呟いた。

それに対し、ヴィオラは片手を目の上にかざした。


「山の上にあるのは何です?」


彼女は遥か遠くに建つ、粒のようなそれを指差した。


「んー……アレは寺院だろ。それにしちゃキラキラしてるけどな」


俺は訝しげに寺院を見つめると、遥か遠方にある、金装飾の飾りで彩られた寺院を見て、呟いた。


「行ってみたいです」


俺とシルヴィアは顔を顰めた。

仕事でもないのに、自分たちを信仰する寺院になど行きたくはなかった。


「……あたしは街の屋台に行きたいかな」


彼女は笑顔を引きつらせ、提案した。

かなり行きたくないようだった。


「じゃあ俺がついて行くよ。メイ、頼めるか?」


横を歩くメイシュガルの背中を軽く叩いた。

未だに、この青年が息子だという実感が湧かなかった。


「うん。分かった」


彼が頷いた瞬間、シルヴィアがメイシュガルの手を引っ張った。


「じゃあ行こっ!!」


無邪気に笑うシルヴィアは、彼を連れて走り出した。


「えっ……」


彼は戸惑いながらも、シルヴィアに連れて行かれ、凄まじい速度で街に走って行った。

テレシアもまた、彼女と接続が切れるのを避ける為か、青い噴炎を下半身から吐き出しながら二人を追った。


「宿は取っておく!!」


遠くに消えそうな二人に、声を張って伝えた。


「そういう事だ、ちょっと準備してから行くぞ」


「分かったです」


彼女は文句ひとつ言わずに、眩しい笑みを浮かべていた。

俺はヴィオラの手を引きながら、マレーナとゆっくり街を目指した。



青々と切り立った山に囲われた修験道を登る。

肌を撫でる心地よい風、小鳥の(さえず)りと森の香り。それらが心を穏やかに癒してくれた。

苔むした石段や朽ちた木を踏み締め、風化した石碑を目にしては、その場の雰囲気を噛み締めていた。


「ここで小休止なんだろうな」


石段を踏み越えると、少し開けた場所に出た。木屋根と椅子の付いたその場所は、休憩場だった。

渓谷に広がる街を一望できるそこで、白い髪の女性が、イーゼルとキャンバスボードを広げ、絵を描いていた。


「何を描いてるです?」


彼女は小走りで休憩所に向かうと、絵を描いている女性に尋ねた。

彼女は絵筆を止め、パレットを置いてこちらに向き直った。

白いワンピースに、麦わら帽子を被ったその姿は、画家のイメージからはあまりに乖離(かいり)していた。


「ああ……″今″を記していたんだ」


彼女の言葉は、やや支離滅裂だった。

絵画に描かれたのは街の景色だった。

僧侶が飢えた子の横で裸の女を抱き、酒をあおっていた。

その他にも、民衆が僧侶達に貢ぎ、平伏している光景があった。

武器を持った僧兵が、貧しい人々を容赦なく痛め付けていた。


「今……か、随分と悲観的なんだな。それにセジェスの画風じゃないか」


俺は、少しだけ警戒心を引き上げていた。

この国の絵画は、墨を用いた筆画が主流だ。

にも関わらず、分厚いキャンパスに鮮やかな色彩を塗り重ねた油彩画は、セジェスやアウレアのものだった。

加えて、エルフやオーガの特徴がなく、限りなく人間に近い。

そこから導かれる答えはひとつ。

__彼女は、ヒトではない。


「霊岱の人々に、この絵は受け入れ難く、非難や破壊の対象になるだろう……故に、これを受け取るべきはセジェスだ」


彼女の口ぶりには、技法や拘りが感じ取れなかった。


「どうしてそこまでして描くです?」


ヴィオラが尋ねると、彼女は膝を負って目線を合わせ、柔和に微笑んだ。


「我らが忘れ去られたからだ。若きウェンディゴよ」


俺は無意識に剣の柄へ手を乗せた。


「未来の竜王よ、私は記録者だ。一切の脚色を加えず、ただ事実のみを後世へと伝えたいだけだ」


全てを見透かして答えた彼女に、警戒心が頂点を迎えた。


「なんで俺を知ってる」


目と鼻の先まで近づき、瞳を覗くように睨んだ。


「君の龍たる姿を描いた。あなたの父の勇気も、その想いを、余人が見た記録として、既に記してあるよ」


それは恐らく、俺がセジェスで犯した過ちの事を言っていた。


「お前は……何なんだ」


彼女は再びパレットを手に取った。


「古い時代の生き残り、今は記録者だ。縁があれば、私の記録とあなたの足跡が交わる事もあるだろう。」


彼女はそう答えると再びキャンパスを描き始めた。


「……二度と会わない事を願うよ」


そう答えてヴィオラの手を握ると、その場から離れた。



中腹を越えた頃、巨大な木造りの門が道を塞いでいた。

大きな(かんぬき)が掛けられたそれは、来訪者を拒んでいるかのようだった。


「まるで城だな」


そう呟くと、門に寄りかかっていた守衛がこちらに近付いた。


「ここは神聖なる霊寂院であるぞ、城と神域を同義に語るとは、なんたる不敬か」


鼻で笑いたくなった。姉がこんな山に関心を持つ筈が無い。ベルナールの剣の方が余程神聖さがあるだろう。


「申し訳ありません。祈りが足りておりませんでした」


手を合わせ、軽く頭を下げる。

道中で見かけた、豪国式の祈りを示してみせた。


「我らは見ておるぞ、誰が篤信で、誰が薄信かを。竜神様は貴様らの不敬をつねに見ておられるのだ」


つい、顔が引きつりそうになった。

姉は勿論のこと、あのペットとして飼われ、干し肉に貪欲な大トカゲが、そんな手間をかけるようには到底思えなかったからだ。


「申し訳ありません」


悲痛な声音で、心にもない事を言った。

それと同時に、先ほどの画家と泰遼の話を思い出す。

寺院の腐敗は本当かもしれないと。


「門は誰にも開かれぬ。不信者として立ち去るが良い……」


男は不安を煽り、脅すように話した。


「……ただし、飢える者の腹を十人。いや、二十人程満たせる″誠の寄進″があれば……神もまた心を開かれるだろうな」


それは恫喝(どうかつ)であり、値踏みだった。


本当だったようだ。

竜神を騙る彼らに血圧が上がったその時、ヴィオラが一歩前に踏み出した。


「敬うのにお金が要るのですか?」


核心を突いた言葉だった。

僧兵は、持っていた錫杖(しゃくじょう)を躊躇いなくヴィオラに__子供に向かって突き出した。


「おい……」


俺は軽く腕を振って錫杖を吹き飛ばすと、続けて外套を脱いだ。

僧兵は、露わになった角と尾を見て絶句していた。


「……まさか」


僧兵は、みるみる内に顔を青くしていた。

今すぐにでも、手足をへし折ってやりたい気分だった。


「これが″教え″か?」


「あ……っ、お許しを……」


怯える彼の胸ぐらを掴んで持ち上げた。

そのまま門に向かって歩き、力に任せて蹴ると、閂がへし折れ、門の片側が千切れ飛んだ。


「是非とも、説法願いたいな」


そう呟きながら僧兵を手放すと、彼は地面に転がった。

慌てて彼は起き上がり、懐に手を伸ばすと、無数の銀貨を掴んでは、その場にこぼし始めた。


「お金……かねっ……を……きし、寄進させてくださ……あ」


僧兵は体を震わせ、完全に憔悴しきっていた。


「金が欲しいのですか?」


ヴィオラは首を傾げた。

そんな筈が無かった。


「……僧正に伝えておけ。ヴィリングの使いが、ルナの弟がお前らの信仰を見たいと」


「はっ、あ……はいぃっ!!」


僧兵は叱られた子供のように走り出すと、険しい参道を駆け上がって行った。


「当たっても痛くなかったですよ?」


ヴィオラは首を傾げた。

俺はため息を吐き、頭を抱えた。


「そういうことじゃないんだよ……」


隣に居るマレーナが鼻を鳴らし、前脚で俺の太腿を叩いた。

彼女の情操教育には、骨が折れそうだった。

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