表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
竜娘と行く世界旅行記  作者: 塩分
4章.武豪の国
134/159

124話「消えた火」

砂漠を越えたクリフ達は、セジェスを完全に抜け、ハース最北の都市、燎砂に訪れていた。

半分は砂漠化し、″カワラ″と土壁を用いた、独特の建築が目を引いた。

そして、道ゆく人々の多くが茶褐色のオーガだった。


「ちょっと涼しい?」


シルヴィアはカウムディーで貰った一対の剣を腰に下げ、周囲を見渡していた。

彼女は再びあの不安になるようなドレープ衣装に戻っており、メイシュガルが気まずそうに目を逸らしていた。


「アタックしても、お父さんは止めないからな」


そう言ってメイシュガルの肩を叩く。


「……お兄さんでしょう!」


彼は顔を赤くしてそう答えた。

少しだけ、冗談も効くようになった気がした。良い兆候……だと思いたかった。


「……お前もか」


俺は保護者扱いされない事実に肩を落とし、周囲を見渡していると、近くでオーガの商人が騒いでいた。


「絹織物はいつになったら届くってんだ!クソ!クソッ!!もう期日が過ぎちまう!!あのクソエルフ共め」


非常に、心当たりのある内容だった。


「あー……」


シルヴィアはバツが悪そうに呟いた。


「ちょっと行ってくる」


俺は被っていた外套を緩めながら、オーガの商人に近付いた。


「失礼。もしかすると、リオネルさんの取引相手でしょうか?」


言葉を取り繕い、聖人のロールプレイを始めた。


「あぁ?アイツが何処に言ったのか知って__いるのですか?」


ドスの効いた声で(まく)し立てていたオーガは、緩んだ外套から垣間見えた角と鱗を見て、絶句し、言葉を改めていた。


「ええ、あの方々なら、道中で魔物に襲われた私を庇ってくれたのです。幸い、無事に街へ帰還することは出来たようですが……」


自分がやっておいて、酷い言い草であると、我ながら思わされた。


「……それは」


オーガの男は、僅かに眉間を震わせていたが、俺の前で怒ることが出来ないようだった。


「彼の勇気のお陰で、私はこの砂漠を渡れたのです。どうか私に免じて、(ゆる)しては頂けないでしょうか?」


俺は、そう言って行商人から取り返した金貨袋を取り出し、腕に生えていた鱗を一枚むしり取った。


「必要とあらば、貴方の取引相手にも弁明致しますが……」


そう言って鱗と金貨袋を差し出そうとするも、彼は機敏に後ずさった。


「いえっ、とんでもないです!!あんた……様にそんな事を……」


高速で首を横に振る彼の手を取り、鱗を手渡した。


「ならばせめてこれを」


俺は外套を再び締め直すと、軽く手を振った。


「あなたの道行きに幸運があらん事を」


そう言って立ち去ろうとした時、オーガの商人はその場に倒れ伏し、額を地面に擦り付け、五体投地を行った。


「感謝を……!」


彼の行動は一瞬で衆目を集め、否応なしに俺にも視線が向いた。

慌てて周囲の人混みに紛れ、その場から離れた。


軽い身のこなしで人混みをすり抜け、シルヴィアと合流した。


「お疲れ様!」


快活に労う彼女に対し、俺はため息を吐いた。


「疲れた……柄じゃないのによ」


「なんで助けられた事にしたのです?」


ヴィオラは首を傾げた。


「虫は飛ばして満足したんだ。それ以上追い詰める必要はないだろ?ほら、拉麺(ラーメン)食いに行こう」


近くに立つ屋台を指差す。

看板には、湯麺と書いていた。

赤い柱に黒い瓦屋根が特徴的なそこは、身長の高いオーガ達が、所狭しと並んで、麺を啜っていた。


「うえ……フォークあるかな」


シルヴィアは、あの独特な食べ方に顔を顰めていた。


「案外慣れるよ」


と、メイシュガルが彼女の肩を叩いた。


「郷に入ってはだ……ほら行くぞ」


カウンターの前に並んだ席は、丁度四つ空いていた。


「拉麺四杯、釣りは結構だ」


俺は、そう言って銀貨一枚をテーブルに置いた。

大体、十杯は食える計算だった。


「あいよ。感謝するよ!」


彼はそう答えると、慣れた手つきで麺の湯切りを行っていた。


「なああんた、この国は初めてかい?」


隣で麺を(すす)る男に尋ねられた。


「……ん?まあな」


素っ気なく返してしまった。

これでもかなり我慢した方だ。オーガには、両親と幼馴染を皆殺しにされた過去がある以上、まだ好意的に接することなど出来なかった。


「遠路はるばる大変だったろう。連れ合いの様子を見るに、ヴィリングから来たと見た。どうだ?」


彼は挽肉(ひきにく)とネギが乗った拉麺を勢いよく音を立てて啜った。そんな人当たりの良い彼の態度に、少し心がほぐれた。


「正解だよ。そういうあんたは、平民ってナリじゃなさそうだ」


恰幅(かっぷく)の良い、鮮やかな漢服を着た彼は、その身なりもそうだったが、全身の筋肉量と立ち居振る舞いが常人のそれとあまりに乖離(かいり)していた。


「ああ。我が名は泰遼(たいりょう)、武官だ」


彼は声のトーンを落として名乗った。


「俺はクリフ。ヴィリングの公務員だ」


俺もまた、彼に倣って声を落とした。


「公務員……か。確かに、間違っては居ないようだがな」


泰遼は、俺の頭上を見上げた。

恐らく彼は、外套で隠した角に気付いていた。


「……あんたもただの武官じゃないだろ?」


そう尋ねると、彼は白い歯を見せて笑った。


「今日はお忍びでな。元来ならば貴公をもてなしたい所だが、容赦してくれると助かる」


その発言で、彼が燎砂の重役だと察せた。


「いや、俺も旅をしながら移動してるんだ。丁重に護送されて、プロパガンダに使われても困る」


泰遼は朗らかに笑った。


「それは(もっと)もだな。旅人というならどうか安心して欲しい。北方のオーガ達の気性は穏やかな方さ。飯も美味いし、気候も穏やかだ」


「旅する上で気を付けた方が良いことはあるか?」


泰遼は箸を止め、思案する。


「北方の人間は面子を大事にする。衆目の前で恥をかかせると、最悪刺されるから気をつけるべきだな……それと南にある霊岱(れいたい)という地域は、少し悪徳な商売が続いている」


彼は少し悔しげに話した。


「盗賊の取り締まりは厳しいし、村も旅人には寛容だ。セジェスを抜けて来たであろう貴公なら、よい旅を過ごせるはずだ」


彼は拉麺を食べ終えて席を立つ。


「情報提供に感謝するよ」


「ああ、良い旅を」


そう言って泰遼は屋台を後にし、人混みに消えた。


「良い人だったね」


シルヴィアが、出来上がった拉麺を受け取り、不器用に箸を持った。


「少し怪しかったけどな」


俺もまた、拉麺を受け取ったその時だった。

隣に座るヴィオラが、箸を逆手に持って麺を掴むと、音すら立てずに麺を吸引し始めた。

約5秒間、休みなく麺を吸い続けた彼女は、一口で拉麺を食べ切ってしまった。


「おいしいです」


彼女はそう言うと、俺はもう一枚銀貨をカウンターに置いた。


「悪い。六杯くらい作ってくれ」


傍らでヴィオラは、器のスープを飲み干していた。



そんな光景を、人混みを抜けた泰遼は遠目から眺めていた。


「……ヴィリングの″公務員″か」


泰遼は鼻で笑った。


竜人(ドラゴニュート)の身で冗談を言ってくれる。(ヤン)、指示を飛ばす」


「はっ……」


鎧を着た武官が民衆を払いながら泰遼の側に近付くと、彼の前で片膝を付き、拳を合わせて頭を下げた。


「彼の方は次代の竜神と見て相違ないだろう。が、我らが護送する事は望んではおられない」


泰遼は指を鳴らした。


「各地の長に、治安維持を厳に行えと伝えよ。そして趙昌(ちょうしょう)の長に文を飛ばせ。霊岱の坊主共を処罰せよ、さもなくば家を取り潰すと」


陽と呼ばれた武官は再び頭を下げた。


「拝命致しました″豪王″、直ちに取り掛かります」


陽はその場から鮮やかに立ち上がり、足早にその場を去った。

泰遼は、空に浮かぶ太陽を見上げると、顔を顰めた。


「玉座に就いて以来の大事になりそうだ」



エレネアはセジェス東部に集う、反政府軍のキャンプに訪れていた。


大型のテントの中で、ボルトガンで武装した兵士達に囲まれながら、エレネアと初老の男が、テーブルを挟んで対談していた。


「……何を言い出すかと思えば。我らの計画を止めて欲しいと?」


顔に多くの傷を持つ初老のエルフは、彼女を鼻で笑った。

彼はマクシミリアン。虐げられる民衆の味方にして、反政府軍のリーダーだった。


「ええ、貴方達を失いたくはないのです」


ひりつき、殺気立った空気すらも流れるテントの中、エレネアは落ち着いた口調を一切崩さなかった。


詭弁(きべん)だな、自らの立場が惜しいだけだろう」


葉巻きを吹かし、彼女を見透かしたように話す。だが、エレネアは一切表情を変える事なく、機械のように微笑んでいた。


「疲弊しているとはいえ、バロンの陥落には多くの犠牲が出るでしょう」


マクシミリアンはテーブルに身を乗り上げ、彼女に凄んだ。


「我らが血を恐れるとでも?」


エレネアは目を細めた。


「征服した後の事が問題なのです。首都を取り返すべくやって来る数万を超える軍隊と数千のネクロドールを前に、あなた方は勝算を持っているのですか?」


彼は顔を顰める。それは、紛れもない事実だったからだ。


「これより私は革命を起こします。そこで貴方は、罪人ではなく腐敗を正す正義として活躍して頂きたいのです」


彼女は席を立ち、マクシミリアンを凝視した。


「私にはあります。腐敗したこの国に勝つ手立てが」


彼は歯軋りをし、右手を上げた。


「小娘の道理に私が耳を貸すとでも?大方、我らを陥れるつもりだろう」


二人を囲んでいた兵士達に、エレネアをあごで示すと、彼らは一斉にボルトガンを構えた。


__マクシミリアンに向かって。


「これは……何故だ!!」


彼は激昂し、先ほどまで部下だった兵士達に怒鳴った。


「リーダー、我々の目的は復讐ではありません……仲間を、家族の命を繋ぐことです」


兵士の一人が、声を震わせながら答えた。


「誇りはどうした!我々は、この小娘に搾取(さくしゅ)されて来たのだぞ!!」


別の兵士が、ボルトガンを撃ち、リーダーの足元に矢を打ち付けた。


「俺たちは死にたい訳じゃねえ!エレネア様みてえに、計画を示せってんだ!!」


彼は興奮した様子でマクシミリアンに銃口を向けると、仲間の一人が慌てて取り押さえた。


「……そんな」


マクシミリアンはその場から崩れ落ち、項垂れてしまった。


そんな時、テントの天幕が上がり、一人の女性が入って来た。

初老の女性は、優しげな眼差しを彼に向けた。


「あなた。もう良いのよ」


「……え?」


彼は沈み切った声音で返事をした。


「あの子だって……これ以上は望んでいないわ」


それは、マクシミリアンにとって。革命の為に動き続けた男にとって、人生の全てを否定したトドメの言葉だった。


「う……あぁ……」


彼は今にも泣き出しそうな声音で俯くと、喋らなくなってしまった。


沈黙が場を支配し、彼の妻が駆け寄った。


「私は……外でお待ちしていますね」


エレネアは気まずそうに答える。


「私達が和解出来ることを願っています」


彼女は、自身の少女性を一切見せることなく、柔和に、しかし自罰的に話した。


彼女がテントから出ると、近くで待機していた反乱軍の兵士達は一斉に銃口を上に向け、身を引き締めた。


「ご協力、感謝します」


彼女は兵士達を労いながらエリノアと合流した。


「ご無事で」


彼女は短く案じると、エレネアは満足げに微笑んだ。


「ええ、皆様のお陰です」



半日後、エレネアは村の外れで待機していた。

彼女はマクシミリアンが愛用していた葉巻きを手にしており、指先に魔力を集め、火をイメージして、簡易的な魔法を起こした。


指先から弾けた火花が葉巻きに火を付けた。

彼女は煙を口に含むと、そのまま咳き込んでしまった。


「大丈夫?」


隣に立っていたメアリーが不安げに尋ねた。


「やっぱり吸うものじゃないわ。味も……酷い」


彼女は咳き込みながら話した。

それにメアリーが苦笑した。


「葉巻きは吹かすものだから」


そんな折、村の遠くからエリノアが急いで走って来た。


「エリー、どうしたのかしら?」


エレネアは微笑んだ。

まるで彼女の話す内容が分かっていたかのように。


「マクシミリアン様が自害しました」


彼女はやはり、驚く素振りを見せなかった。


「そう、今日を国民禁煙日にしようかしら」


彼女は冗談めかして呟き、人差し指で葉巻の火を潰した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ